あ、外伝のパスワードとか告知とかは全部ツイッターでやってます。
「やあ」
「二宮か、おはよう」
もう昼だけどね、と彼女は薄らと笑った。屋上には疎らに陽が落ちて、雲の影と共にアートを描く。俺にかそれとも雲にかは分からないが、どうやら審美眼が欠けているらしく特に美しいとは思わなかった。
天候こそ曇天だが、過ごしやすい気温に湿度。午前中は概ね快適な日であると、キャスターは嘯いた。また、3割くらいで雨が降るとも。
正午を回った今、風は吹かず変わらぬ暑さだけが充満する。睡魔に近いような気怠さが起きようともがく体にまとわりつく。確かに昨日よりも涼しいのは確かだが、それがイコールで過ごしやすいかと聞かれればそうでないことがよくわかる。さらにこれから雨が降ると思うと嫌になる。どうにかならないものかと溜息をついて、そこまで思ったところで歯噛みする。
「倦怠感と言うのかな、動く気も起きない」
「…………見た通りなら、日向を避ける気力はあるようだけど」
それは必要経費というものだ。わざわざ外に出て天を仰ぐのも、 そのくせ日向は避けてしまうのもこうしてなんでもない日常を謳歌するためだ。そうだろう二宮。聞かずとも彼女は、満更でもなく思ってくれているらしかった。
そういえば、と思うことがある。
「雨の匂いは好きか? 俺は好きだ。それなりの雨なら」
「いきなりだね。そうだね、嫌いじゃないよ。いわばこれも生命の匂いだから、かな」
自分でもわからないけれど。二宮は鼻をひくつかせそう締めくくって、確かにと呟くとそれでも濡れたくないからか屋根の下へとその身を隠した。俺もそれに倣い、その隣に腰かけ鍵をかけた。同じく濡れ鼠になる気は無い。その気になれば髪すら濡らさずに帰れるが、嫌なものは実際に嫌だ。晴れの方がいいに決まっている。カラッとした晴天を夢想した。
やがてトン、と大粒の雨が屋上を叩いた。徐々に雨足を強めてそれらは窓の外から見える屋上を濡らしていく。
しかしそれは僅かなもので、短い時間だけ世界を暗くするとすぐに晴れ間が見えた。表情が険しくなる。
「強くなりそうだと思ったんだがな」
「君が予想を外すとは、珍しいね」
扉に付いた窓から外を眺める。外面よりもだいぶ焦っていた。予知夢で見た通りならば、今降った雨は6時限目の半ばまで降り続き、俺たちの帰り道に水たまりをつくる筈なのだ。
唇を湿らせる。
隣にいる少女のことも忘れて考え込む。可能性として僅かに思い浮かんでしまうのは、天候が変わるほどの想定外の出来事を起こしてしまったとか、誰かが天候に干渉しているとか、俺自身に干渉しているとか、そういう類のこと。いやまさか、しかし現に。いくつもの推論が泡となって消える。この日の夢を見たのは4日前のことだからこの四日間の行動を振り返ってみる。しかし、特に世界を救ったわけでもなく異能バトルに巻き込まれた記憶もない。杞憂ならば良いのだが、もしも何かがあった時に打つ手がない。なんてあり得もしないことを考える。現実から目を逸らしているとも言える。確かに可能性として絶対ないとは言い切れない。しかし十中八九そうであるという確証を持つ今、それについて考えるのは馬鹿らしかった。
「考え事かい? そう病むこともない、勘ぐらい外れるのが普通さ」
「ああ、そうだな。いや、あとで降らなければいいなと思っただけだ」
からりと晴れた日の下であるはずもないことを口走った。うすうす感じていた、というより今のは俺が迂闊だった。
ただでさえ検証の途中であり、めったなことを望むこともできない今。天に望むようなことをすべきではなかったのだ。いや、言い訳をすると、あれを願い事と捉えるとは思わなかった。ただ、晴れた方が精神衛生上よろしいと感じただけのつもりだったから。
「この分には、降りそうもないね」
手のひらで太陽を隠しながら二宮は散り散りに千切れていった雲達を目で追った。
結局、一ノ瀬志希は異能者ではないだろうと言うのが俺の出した結論であった。
というより、
俺以外の異能力者が存在しないという結論が出て、憂も何もなくなった今、俺に彼女に構う理由が消えた────ということはない。正直、人が生まれ持つ物だけでああなるものかという興味もあるし、いざという時味方陣営に居ればという打算もある。これからも付き合いは続くだろう。彼女は俺よりも頭がキレる。きっと新たな視点を与えてくれる筈だ。
止まった時の中で考える。もはや癖のように行使される能力であるが、その一つ一つが埒外の力であることを思い起こさせる。すいすいと人波を潜り抜けながら、丁度良い路地裏を探す。監視カメラの映像を誤魔化しながらモノトーンの世界から抜け出して息を吐く。
数日前から不可思議なほどに願い事が叶う。疑念とともに現れた頭痛で確信へと至る事になってしばらく、未だに俺はこのじゃじゃ馬を制御しきれないでいる。この瞳ですら、数日も付き合って行けば制御を覚え、きちんと両目で一ノ瀬を見ることができる。靄の塊もまた、両目で。
こいつと来たら、願ったと思えばすぐに叶える、節操もなく。お陰で今日の夕飯はカレーだし、デザートに果物まで付いてくる。朝っぱらから料理番組なんてやるなと言ってやりたい。嬉しくも、複雑な悲鳴が止まらない。昨日の煮物がまだ残っているのに。
「ままならねぇな」
「────へぇ?」
すでに、いつもの席と化したテーブル席。元々芸能事務所からそう離れてはいないカフェでありアイドルが顔を出すことも少なくない。その中で、一ノ瀬志希が積極的に座る席というのは常に変わらなかった。人気のアイドルを一目見ようと来る一般の客も、わざわざそこに座る変わり者は少ない。何せ机に一ノ瀬って書いてある。
「一ノ瀬にもあるだろう、そういう出来事が。アンタのプロデューサーも相当な傑物だと小耳に挟んでいる」
「んー、まぁ。秀才タイプ? 結構ガチガチー」
渋い顔をして、一ノ瀬。彼女が苦手意識を持つような相手がいるとはそうそう思えないが、傑物でもあり潔物でもあるということか。今もぐずぐずととろけ始めている一ノ瀬には丁度いい相手なのかもしれない。あくまでも平均を取るならばだが。
「あ、もしかしてー」
「安心して良いよ、俺個人の話だから」
コーヒーシロップを2本の指で弄ぶ姿も何処かで自分を魅せる職業特有の美しさを感じる。
一瞬だけ見せた嫌らしいにやけ面も、そうでないと知るや何時ものような興味なさげな笑顔に変わる。別に恋バナが好きなわけでもあるまいに、呆れるほどに子供らしい。しかし、数巡の思案の後に彼女は軽く身をずいと乗り出した。それを先回りしてたしなめる。
「やめてくれないか、そういうのは」
「…………つまんな」
悪かったな、そう返して彼女が言うであろうセリフを心の中でかみ砕く。2度も期待通りに行かなかったからか、彼女は少し不機嫌にストローを噛む。彼女の持つシロップを掠め取り、カップに垂らした。それをジトリとした目つきで追っている。
「なんだ、どうかしたか」
「飛鳥ちゃんに似てるなぁーっ、て思った、だけ」
そうかな、なんて返す。何のことかは分からないが俺の行動に二宮を見出したらしかった。あまりに節穴が過ぎてやはり本物の天才というのはどこかおかしいんじゃないかと常々思っていたのが実証されてしまうところだ。現在8割といったところ。
「頭ん中がバラバラっぽさそうなとことか?」
「今の行動でそう思ったのか」
「いや、別に」
9割2分。このままでは全世界の天才達が彼女による風評被害を被ることになるだろう。
その突発的なところにも精神を疲弊する。どうして未だにこうして二人でいるのかすらも分かっていない。当然のように理由はない、来たらいた。俺が来なければ居なかっただろうなという確信もある。
「まるっきりあんたの方だろ、それは」
「そうかな。そうかも」
でもそれってさ。大層楽なことでしょう。深く考えなくて済むじゃんか。
「どう。違ってる?」
「楽、って」
苦笑した。確かにそうだ。それは何か違うだろうというその何かを言い表すことはできない。ならば今のところはそれでいい。あまり感情を動かしたくはないから、そこで思考を打ち切った。
「出来るから、できた。それでよくない?」
「ああ、それでいいよ。間違ってないさ」
「────興味深い話をしているね」
「おは、飛鳥ちゃん」
「おつかれ、二宮」
二宮は挨拶もそこそこに、店員にコーヒーを頼むと一ノ瀬の隣へと詰めて座った。ぼんやりとした思考が霧散して薄れる。
何を考えていたのか忘れた。ちょっとだけ思い出そうとしてやめる。多分、どうでもいいことだ。他のことに比べれば。
天才は唐突
読んでも読まなくてもいい設定
《じゃじゃ馬》
思いを叶える最終形。大体なんでも叶えてくれる。青いあれ。
《カフェ》
学校から徒歩の距離。