The World of us   作:君下俊樹

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久しぶりに書いてみようと思い至った結果です。次も書こうと思った時に書きます。
相変わらず説明は少ないと思いますが読む際はぜひ天才になってもろて。


サヨナラセカイ

どんな顔をして二宮飛鳥に会えばいいのだろう。どんな声を二宮飛鳥に掛ければいいのだろう。どうして俺なんかが二宮飛鳥に話しかけれる?

 

 

 

 

「アイドルを辞めようと思っているんだ」

 

二宮飛鳥はそう言った。ペットボトルを取り落とす。とくとくと、中身が溢れ出してズボンを若干だけ濡らした。その表情は決意に溢れて、生半可な言葉では止まることも逸れることもないだろうことがわかる。思いを読めなくなっても、時を止めれなくなっても、願いが叶わなくなっても、それだけはわかってしまった。曇天だ。昼過ぎだと言うのにいやに寒かった。これまでと同じ平日の静かな屋上で違反者だけが集う世界。これまでと違うのは俺だけではなかった。何を口走ったかも、それともなんの返事も出来なかったのか、それすらも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

願いを叶えられるようになってから1週間と少し。諸々の準備と試用期間を設けて、俺はすべての異能を手放した。

最初のうちは何度か時を止めようとして失敗したり、一度だけ朝寝坊して遅刻したり、ゴミをただ手放して風に吹かれたり。もちろんちゃんとゴミ箱に捨てたものの、苦労はした。それでも次第に慣れていたと思う。願いを叶えられるようになってから2週間。異能に目覚めて14年と少し、俺はようやく一般人と肩を並べることができた。

それは喜ばしく、感慨深いことのはずだった。躊躇や未練や雑念はなかったはずだった。ただ願ったはずだった。『すべての異能を手放して普通の人間として生きたい』と。それだけを願ったはずだった。

 

「どうして急に」

「急でも、そうでなくとも、ボクが一番綺麗だと思える終わり方だからそうしようと思った」

「」

「夢の終わりは儚く、そして美しく在るべきだ。そして誰も覚えていないくらいが丁度いい」

「」

「ボク個人の願いは叶えられた。だから、プロジェクトは次のフェーズに進むべきなんだ」

「…………ボク自身も、次に進むべきだと思った」

「そっか、応援してる」

 

 

 

気付けば俺は走っている。曇天の中、午後の授業なんかほっぽり出して逃げる様に走っていた。ビル群を抜けて、祈りながらカフェに入店する。結局のところ俺は何もしていなかった。ただ走っていただけだった。走っている間は何も考えずにすむから。いつもの席には誰もいない、そして誰も来なかった。

 

コーヒーだけを頼んで頭を抱えていた。余計なことばかりを考えてしまう。白を基調とした瀟洒なカフェの中で黒い制服が異様に目立っている気がした。

仮説が2つあった。まず第一に彼女は悩みながらも自分の人生の中の大きな決断としてアイドルを辞めると言う決定を下した。喜ばしい事だ。惜しまれもするだろう。だが俺はその決定を祝福するし尊重する。そしてもう一つ、俺が分不相応にも凡人になっても彼女と一緒にいたいと願ってしまったからそれが叶えられたのではないか、と。

思ってしまう。そんな最悪の答えが頭をずっと塞いでいた。首を振って呼吸を整える。ちくちくと心臓が痛んだ。

 

なぜカフェに来たのかも分かっていない。天才は助けてくれないだろう。自分だってそうだった。異能を誰かを助ける為に振るった事は無かった。全て自分のために使ってきた。その結果助けられた人がいた事も認知してこなかった。天才とはそう言うものだと思っていた。

本当にこの結末が彼女の望んだものなのか。これは俺の願望ではないのか。ただ胸が締め付けられるような痛みが俺を苦しめる。コーヒーが苦い。結論は出ない。会議は進まない。俺だけの時間なんてものはもう無かった。影が降ってくる。俺を責め苛む影だ。

 

「遊馬、探したよ」

 

聴こえてきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は天才ではない。

 

「きっとここにいると思ってた」

 

だから天才の考える事なんてわからない。

 

「けど、どうしたんだいこんなところで」

 

そう思っていた。

 

「この志希ちゃんに話してみなさいな、見事解決して見せましょー!」

 

だが、そうではなかった。

惚けたような天才がそこに立っている。正解なのか不正解なのかは判別がつかなかったが、何かしらの変化に繋がることは間違いなかった。

 

「聞いたか?」

「何を?」

 

一ノ瀬志希は何かを感じ取ったようでニヤニヤとにやけて席に座り、自然な動作でオレンジジュースを頼んだ。

 

「二宮がアイドルを辞めるそうだ。志希は聞いていたのか?」

「うん! 2週間くらい前かな? そんくらいから」

 

正直に言うと限界を感じている。会話が進むごとに自分が自分で無くなっていくような、自分を自分と思えなくなっていくような感覚。俺は俺を軽蔑している。太ももを抓って心の痛みを誤魔化す。返事を絞り出せたかどうかも怪しい。

一ノ瀬自身はこんな軽薄なノリをしておいて此方を気遣うかのように覗き込んだ。癪に触る、自分自身がだ。わざわざ一ノ瀬に説明させないと分からない現状に苛ついていた。

 

「おっ、クソみたいな顔してるぅー! 生きながら腐ってる(リビングデッド)って感じで可愛いね!」

「うるせえうるせえ」

 

誰が無気力症候群(リビングで死んでる)だよ。

 

 

 

 

一ノ瀬の頼んだオレンジジュースが届き、汗も一先ずは引いた。このカフェでは積極的に節電が行われているため、外の熱気にやられて避難する客の数は少ない。カップを傾けてからその中身が無いことに気が付いた。

 

「で、なんだっけ? 自分のせいで飛鳥ちゃんが辞めるのかも知れないって悩んでるんだっけ」

「まだ何も言ってないだろ」

「馬鹿だねぇ、馬鹿だ。ちっとも分かってない」

 

ちっちっちぃ、指を振り舌を鳴らす仕草だけでも様になる。これだから天才って奴は嫌なんだ。睨み付けても一ノ瀬は水にならず、心のどこかでホッとする。それと同時に怖気が走った。クーラーの効き過ぎだろうか、嫌な汗が滲む。

 

「飛鳥ちゃんはあたしたち程度じゃ動かないよ。って言って欲しい?」

「っ…………アホか」

 

二宮は強い。そう簡単に折れたり、挫けたりすることはないだろう。だが天才ならどうだ。たぶん彼女は内側から傾けてやればそのまま倒れるだろう。それが一般人の普通だ。本人が気が付かないうちに曲げてやれば、いずれ取り返しのつかない所まで積み上がる。俺たちならそれが出来る。

 

分かりきったことであり、そしてそれは成された。超常の力で、俺の力によって。

 

「まあでもさ、やっちゃったものはしょうがないじゃん?」

「ああ、そうだな」

「あたし、これでもちょっと怒ってるよ」

「そうだよな。ごめん」

 

彼女は視線だけで責任を取れ、と言った。そうせねばならないとは自分でも思うが、いかんせんけじめというやつも思い浮かばないのだ。超常の現象は一般人には荷が勝ちすぎる。諦めかける俺を彼女は急かした。カフェの中の静寂が全て俺を急かす声にも聞こえた。

 

「いいから早く行きなよ。本当は分かってるだろ、青少年。

言わなきゃ分からないなら言うけどさ、あたしだってまだキミの事大好きだよ? 飛鳥ちゃんに渡したくないくらい」

 

分かっていたけれど最低だな、俺。そして馬鹿だ。

 

「今更だね、あたし何回も告白してるのになー」

「ごめん。やっぱ俺、二宮が好きなんだ」

 

だから、俺は2人分の会計をして店を出た。何処に行くべきかは分かっていた。一ノ瀬の顔は見ないようにした。振り返ることもしなかった。だってどうして俺が彼女の顔を見れるのだろう。だんだんと歩みは速くなり、最後には俺は走っていた。曇天の中、走るしかなかった。走っていないと余計な事を考えてしまいそうだった。腹の横が痛む。上を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。また、フラれちゃったにゃー」

 

下を向いたら泣いてしまいそうだ。




次はなるべくお待たせしないように心がけようと思いたいですね。


《カフェのウワサ》
あまり儲けは出てないらしい
《寺田遊馬のウワサ》
もう一般人と変わらないらしい
《一ノ瀬志希のウワサ》
それでも好きは好きらしい

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