|'ω')ノ⌒゜ポイッ
|彡サッ
曇り空の隙間から日が覗いた。目を瞑るほどに眩しいわけでは無いが目を閉じていたかった。
呼吸はすでに落ち着いていて、足は動いていない。しかしその歩みのなさは心や身体の重さとはまた別の理由から裏付けされるものだった。
ただ当然、緊張はしている。喉は乾いている。スマホの縁をやたらとなぞっている。覚悟を決めたつもりがそんなことはなかった。
ようやく動き始めてもとぼとぼと、ウロウロと、住宅街を彷徨く不審者と化した俺がいる。思考に相変わらず進展はなく、ただ無意識に動く足だけが結論を急かそうとして脳がそれを拒否している。
ぺこんと、間の抜けた通知音が響く。
『家の周りをうろうろとしないでくれ。危うく通報する所だった』
同時にシャアッとカーテンを開ける音が聞こえて、その奥から彼女は顔を覗かせた。若干眠たげな瞳と白と淡い水色のボーダーのもこもことした寝間着が新鮮に映る。
「あー……その、なんだ。おはよう」
「まだ7時だよ。馬鹿か君は、いや天才か?」
何方も自覚があるし、最近は若干馬鹿が優勢な気もしていた。昨日、俺が二宮の家に招待されたのは9時ごろという話であった。
着替えだ、準備だ買い物だとあって、結局。彼女の部屋に上がったのは8時ごろだった。
「緑茶でいいかな」
ありがとうと言ってから俺はただ一言も発する事なく、身動ぎもせず、恐らくまばたきすらする事無くぼうっと結露を眺めていたらしい。
心配そうに覗き込んだ二宮と瞳がかち合った。
「コーヒーの方がよかったかい?」
「そう言うわけじゃないんだ。ただ、自分の罪を噛み締めていただけで」
ふ、と彼女のテンションが僅かに上がったことが分かった。今の俺にもわかるほど察しやすい。けれど、俺の方はそんな気分ではなかった。今にも逃げ出そうとする足をただ覚悟だけで抑え込んでいた。
懺悔室なんて可愛らしい想像はできなかった、気分は絞首台に立つ死刑囚。それもつい銃を持って気の大きくなってしまった哀れな小物だ。
「…………あのさ。少し前、俺のセカイの話をしただろう」
喉が枯れる。どれだけ飲もうと潤うことはない。それ以上を声に出さないように、未だに逃げようとする俺がいた。
「そうだね、あの時は助かった。蘭子も随分と気に入っていたがそ」
「俺は生まれた時は誰しもが"そう"だと思っていた」
こんなにもはっきりと自我を持っているものだと、耳に聞くように感情を覗くことが出来るものだと、不思議な未来の夢を見るのも、手に触れた無機物を腐食させることも、非金属を錆させることも、その縁をなぞる様にして命を簡単にその手に握ることも。
誰しもが平等に持つ機能だと勘違いしていた。
だが、どうも違うらしい。それに気付くのにあまり時間は必要無かった。一歳の誕生日を迎える前には、俺しか持ち得ないこの異質で不要な才能は厄介ごとしか呼ばないだろうと結論付けて、万が一に備えてその3日後には当時行使できた13個の異能を掌握した。
日に日に数を増す力に辟易していたが、楽しさもあり、どんどんと俺は強くなっていった。小学校に入学するころには細かく分別すれば31個にまで増えていて、そして今はきっとさらに増えている。
「一度完全に失った能力だとしても、もう一度望めば簡単に、呆気なく、この手に戻ってくると確信していた」
────現にこうして、俺は白黒のセカイで独り言を垂れ流せてしまっている。二宮飛鳥の前にいたはずが、のんびりと立ち上がって、彼女の背後に立っている。元の場所に収まらなければきっと、バレてしまう。
恐ろしい。何よりも、バレないようにと元の位置に戻ろうとしている自分が恐ろしい。
今なら自分自身ごと、この宇宙を丸ごと水にしてしまえる。それ程までに自分の才能が肥大していくのが分かる。世界を1秒の間にあらゆる手段で何度でも滅ぼしてしまえる事がわかってしまう。
たかだか自分が失望を受けたくないという一心で180秒以上時を止め続けていることが何よりの証明になる。くだらないプライドのために、逃げ続け、避け続け、背け続けて。そしてそれのために醜くも自分の限界を越え続けている。どこまでも、底のない暗闇を落ち続けている。長く、苦しく、虚しいだけの時間が停まり続けていく。
何年過ぎただろう
何十年過ぎただろう。
唐突に暴れ狂う色彩が吹き荒れて、俺の全身を灼いていった。
「大丈夫だよ、道を分つ事があってもいつか必ず逢えるさ。曲がって、迷って、進んで、その先できっと逢える。そしてまた岐れる。君が教えてくれた事だ」
ずっと止まったままだった時が動き出し、振り返ると彼女はそこにいた。いつでも変わらない高潔な笑みも、そのまま。
ようやくこの手がそこに触れた音がした。
「────えぁっ?! ちょっ、何を」
気が付けば、俺は彼女の手を握っていた。思い返せば、俺と二宮との間に身体的接触はほとんどなかった。素肌に触れたことは一度もない。そしてそのまま軽く抱き寄せた。困惑と羞恥の色が聞こえてきて
「ごめん、二宮。待たせてごめん、全て俺が悪いんだ」
「はぁ? いいから、離してくれないか。誰かに見られでもしたら────」
「もう遅い」
数十年、いや数分前から彼女の両親が好奇心丸出しで覗いていたのは気付いていた。
なんなら、先ほどまでは世界の全てが手に取るようにわかった気がする、あまりに感覚として高次元すぎて処理しようとも思わなかったが。
「なら、余計、離せってばッ!!!!!」
そこで初めて気付いたのか、珍しく顔を朱に染めた二宮に吹っ飛ばされて、意識を失った。こんな役得が他にあるだろうか。
「いいや、ないね」
俺が目覚めてからの話し合いは平行線を辿っていた。
全てを告白し、同時に全ての責任は俺にあるとする俺と、全てを受け入れ、同時に自分の人生は全て己の責任の下に運営されるという二宮。どうしても彼我が交わることはなかった。
「ボクの人生はボクのものでしかない、ただキミ1人に左右されるようなモノではないんだ」
「前提が間違っているんだ、人智を超えた力に常識だとか、制約なんてものは必要ない」
そしてその中で、使えない事に俺に時を戻す機能や選択をやり直す力は備わっていなかった。
数秒迷った後に、今まさに手に入れた俺が心の底から欲しがっていたモノを即座に棄却し、無かったことにする。
「大体責任なんて、どうやって取るっていうんだ。ボクはもうすでに決めているんだ。後悔なんてしていないとも」
「────なんでも出来る」
なんでもだ。出した書類を無かったことにするのも、報道を無かったことにするのも、二宮の記憶を保持したまま時間を戻すことも今まさに出来る様になった。全てがどうにだって出来てしまう。
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
誰のものかは分からない。
「…………君の意志の強さには脱帽するよ、ボクがそんな力を得たらきっと」
決して人を褒めるような声色ではないが。二宮は褒めてるんだよ、と付け足した。
確かに、やり直しが効くようになった今何をしようと問題になることは無いというのに前ほどのときめきは起こらなかった。不能になったのか、不毛になったのかそれとも────やめよう、今考えるべきことではないことだ。
「そもそも、これは君の傲慢さが招いたことだろう」
「ああ。だからこそその傲慢さを持って解決すると言っているんだ」
「さすが、お行儀よくハイの返事を貰おうとしているヒトの言う事は違うね」
言葉に詰まる、もはや論破される寸前だった。上層部の押印がなければ動けない現場のように、二宮は俺が待ての出来る大型犬か何かだと思っているらしいが、それは実に正しく。惚れた弱みというものだった。
しかし、このままでは埒が開かないのも事実。
「じゃあどうすればその後悔を取り払える?」
「後悔なんて────」
しているとも。俺も、二宮も後悔まみれだ。塗れって言うほど酷くはないが。
しかし、二宮は言葉に詰まった。いやちょっと待てなんか凄い勢いで疑念やら羞恥やらが膨れ上がって来てるんだが。
「もしかして君、精神感応────というか読心を使ってないか?」
「あ、ああ。だが二宮の思っているような万能なの」
引っ叩かれた。
そんな万能なものではないと言いたかったが、二宮から漏れる恥ずかしいやら、怒りやら男子を部屋に入れたのは初めてだからドキドキするやらの感情が、今そんな万能なものに進化したことを雄弁に物語っていた。
ので、遮断しておく。ちらりと見えた桃色の感情は見えなかった事にした。
「───っ、帰れ!」
「あー…………。じゃあ、この後昼飯でもどうだ?」
「帰ってくれって!」
結局、進展はなかった。
Twitter見る感じまだバレンタインみたいなもんだしセーフセーフ。
ただ何の進みもない現状把握みたいな回で申し訳ないと言う気持ちはある。