今回の話は設定資料に近いのじゃよ。主に自分で見返す用。誤字修正しました。
昨日、テレビを見たんだが。お前噛んだな。
ばふっ、と空気が弾ける音がして、一度二宮のものとなったミネラルウォーターが降り注ぎ、屋上の床に染み込んだ。なんとも変態じみた字面だ。
「……み、見られていたとはね。地上波ではなかったはずだけど」
「母がな、韓流ドラマが好きなもんで。色んな局から電波が集まってんのさ」
「ふむ。なるほどね」
この数秒の間にも、かちゃかちゃとキャップを閉め損なう音が風に紛れて耳に届く。
よっぽど見られていたのが恥ずかしいようで、確かに昨日の二宮は酷いくらいに緊張していた。雰囲気だけは一流のそれだったが。
「ふう、ところで、どういう風の吹き回しだい? キミがテレビの話をするなんて」
「ん、チャンネルを回してたら偶然な」
嘘だ。二宮が出ると知って、気まぐれに見ようとリビングに降りたのだ。そもそも普段チャンネルを回すなんてことはない。
深夜帯の番組で、母も父も寝ていたから自由にチャンネルを回すことができたが、普段は母がテレビにかじりついているので俺にチャンネルの決定権はない。何かとデカいリビングのテレビはキッチンからも見れるので、たとえ彼女が料理中でも勝手に変えることは許されない。
はあ、と二宮のため息が聞こえた。
「遊馬、キミは意地が悪いね。洋画の見過ぎじゃないか」
「そうかな、生憎、日本生まれの頭の悪いバイオレンスアクションしか見ないんだ。生まれつきだろう」
あとは、ホラーとか。心の中で付け足す。これまで話してきた感じだと、ホラーはあまり好きでは無いようだったから。映画の感想を言い合う時も、まだラブコメディの方が反応が良かった。
「なら意地より性質が悪いんだね」
「ついでに頭も悪い。トリプル役満、人生あがりってか」
「言葉遊びは得意みたいだけど」
「そりゃ、洋画の見過ぎかもな。おっと」
ふふふと笑う二宮を見上げる。
今日は屋上についた俺を給水塔に腰かけた二宮が出迎えた。四時間目の授業は生徒に大変人気のある石枝先生の英語である。生徒の要望に応えて、昼休みに食い込む程為になる話をしてくれた。
パンツが見えるからもう少し深く座った方がいいと忠告してやったのだが、彼女は恥ずかしがることなくキミが見なければなんの問題もないだろ? と言ってきたのももう10分は前の話で。
元々少食な二宮と、昼は軽食で済ませることにしている俺はすでに昼食を終えて、二人して今は午後の授業に向け英気を養っている最中である。
「なんといったか、《ディーニー&ロフト》だっけ、確かに二宮が好きそうなバンド? だったな」
「デュオ、が近いかな。バンドと言うわけではないしね」
ああいうディスコサウンドにはあまり詳しくない。二宮が好きそう、というのも放送中に本人が言っていたからだ。確かにあの曲はそういうヤツらが好きそうな歌詞と曲調だったが。かくいう俺も、大好きだ。英語歌詞というものは良いものだ。意味は分からないが心が躍る。
「そういう君は、いつも何を聴いているんだい?」
「オルタナ、それとEDMか。アイドルソングは────」
専らお前の曲を、と続けようとしてハッとする。もしやこれは相当恥ずかしいことを言おうとしているんじゃないかと。やめやめ。
「────あまり聴かないんだ。すまんな」
「別に、謝るようなことじゃない。人には個性と共に好みもある、ボクがキミの好みになれば良いだけさ」
是非、そうしてみろと軽口を叩く。頰が熱い、多分少し赤らんでいるだろう。鉄面皮などと自負しちゃいないが、よくもまあこんな、こっぱずかしい事を言えるものだと思う。
話が一度途切れたため彼女と目を合わせないよう、持ってきていた本を取り出す。二宮が興味を持ったようで、何故か給水塔を降りて近付いてきた。
「それは?」
「【罪の荊】。興味があったものでね」
罪の荊は、外国のとある死刑囚が独房で読んだ詩を看守がノートに書き記したものを、彼の死後に纏めた本。彼は猟奇的な犯罪者であったが、その詩は親の愛を謳ったもの。彼はこれを誰に謳ったのか、俺はそれが知りたくてこの本を買った。
「ふぅん、そうか。でもキミはそういうタイプには見えないけど」
「深層的には誰しも同一なんじゃよ」
「なんだいそれは……」
ふぉっふぉっふぉ、と適当に話を逸らしながら視線もひょいひょいと逸らす。
こうして、大人しく逸らされてくれる内はいいが、彼女が少し不機嫌になると逸らそうと思ったことは逆に追求してくる。いざ舌戦となると俺は彼女に勝てる気はしないので今度はこちらが大人しくされるがままになるしかないのだ。そうでない事を幸運に思う。
一度、本を閉じる。
────開く。
もう一度、閉じて辺りを見回す。
────開いた。
「本を閉じたり開いたり、忙しないね」
「…………ああ」
少し、落ち着かないのだ。背中がむず痒い。彼女が近くにいるのもそうだが、何か違和を感じるような。
時を止める。空を見上げる、雲ひとつない灰色だ。階段下を眺める、影は見えない。職員棟に視線を向ける、白黒の教師がこちらを───いや、一つ下の階を見ている。8秒。元の位置に収まる。場所を変えた方がいいかもしれない。
「二宮、こっちこい」
「随分と強引だね? 乙女の手をそう引くものじゃないよ」
「シッ」
二宮の腕を引いて、階段から見て給水塔の逆、配電盤の裏へと隠れる。少し、10秒ほど経ったぐらいか、屋上の扉が開かれた。
『────、……。』
『…………? ────!』
『──。…………。』
声はよく聞こえない。数は二つ、サッカー部だろう。足音は給水塔の方へと向かって行った。小さく、息を吐く。
多分、しばらくすれば教師が来るだろう。それまでに逃げてしまいたい。サッカー部には悪いが、見られたお前らが悪い。大人しく捕まってくれ。これから先、この件を教訓に、先に屋上しかない階段を登る時はせいぜい見られないように注意してほしい。
都合の良いことに彼らは給水塔の向こうで談笑を始めた。確かにそこは階段からは見えないが、扉の開く音が聞こえづらい。バレている今は悪手でしかないのだ。
「しばらくは使えないかもね」
「かもな」
そんな会話をして教室へと戻った。その後に聞いた話だが、二人の三年生が屋上に進入したとして厳重注意を受けたらしい。
読まなくても人生損しない単語紹介
《ディーニー&ロフト》
背の高いディーニーとシェードサングラスが特徴的なロフトによる日本のハウスデュオ。2010年に1st,2ndシングルをリリース。日本、欧米諸国で爆発的なヒットを記録する。
【罪の荊】
原題『A Sinful Thorn&Samuel Livingston』。アメリカのとある死刑囚が獄中で詠んだ詩を看守がまとめた詩集。37編からなる【罪の荊】部と彼と看守の会話を綴った【Samuel Livingston】部に分かれる。
変なところの設定を細かく拘るのは厨二病の特権。