機動戦士ザクレロSEED   作:MA04XppO76

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文字数の都合上、前話「ヘリオポリス沖に狂風は凪いで」の末尾にも追加しています。
続きを読まれる方は前話の「撤退戦。それが兵隊にとって一番にキツイ。」で始まる段落からお読み下さい。


ヘリオポリス沖は悪夢に沈みて

「すいません。ラスティのメビウス・ゼロを大至急で修理してください!」

「はぁ?」

 格納庫側の整備員待機室。帰ってきたMSの整備の為に、メカニック達が忙しく出入りしている中、ミゲルは整備主任を捕まえるといきなり頭を下げた。

 整備主任は面食らった様子だったが、ややあってからミゲルの突然の行動に呆然としているラスティを指差して口を開く。

「メビウス・ゼロって言やぁ、そのお嬢さんの機体か? 随分、派手にやられたみたいだな。

 だがよ、直しても使い物になるのか? 目立った傷はないが、お前らのモビルスーツだってメンテナンスしなきゃならん。あの半壊したモビルアーマーの修理を大至急となれば、そっちに手が割けないかもしれねぇ。

 そこまで手をかけても、今日みたいにまた落とされたんじゃ、たまったもんじゃねぇやな。そうだろう?」

「…………」

 整備主任からの猜疑的な目に、ラスティは何も返さない。

 彼女はまだ自分が連合機に落とされたと思っている。正々堂々の勝負だっただけに、その敗北に言葉を弄するのはラスティの気持ちが許さない。

 その沈黙を都合良く思いながらミゲルは整備主任に請け負った。

「彼女は大きな戦力です。次の戦闘でも必要です」

「え?」

 今度はラスティが驚きの声を発する。

「ちょ、ちょっと、何言ってるの?」

「何って……冷静に戦力を評価したんだよ。お前は強いし頼りになる」

 何を、意外だとばかりに戸惑いを見せているのか? ミゲルには良くわからなかったが、どうもラスティにはそう思われてるという事が心底意外だった様だ。

「えー……と。言葉通りにとって良いのよね?」

 何か身構えた感じのラスティに、ミゲルは怪訝気な目を向ける。

「当たり前だろう?」

「んー……ん゛ー――っ」

 どう反応したらいいのかわからない様子で戸惑うラスティ。

 彼女の困り顔など初めて見る。普段、迷惑をかけられてるだけに、何か勝った様で面白い。

 当初の話をすっかり忘れてラスティを観察しているミゲルはさておいて、その時、オロールは整備主任と話をしていた。

「まあ、あいつらの青春コメディっぽいやりとりはさておいて、仲間ですから同じ戦場で戦いたいじゃないすか」

「な、仲間とか! あんたも何言ってるのよ!?」

 ラスティの困惑は、あっさりとオロールの方にも飛び火する。

 それを受けてオロールは、溜息一つついて見せながら言い返した。

「お前ね。あんだけ迷惑かけておいて、今更、何の関係もない他人ですだなんて通じないからな?」

「で……でも、だって!」

 何か言いたげで、もどかしそうなラスティの肩を、オロールは宥める様に軽く叩く。

「いやね? お前はさ。自重しない奴で。迷惑の塊で。正直、俺もミゲルも困りもんだと思ったよ。

 でもなー。こうして一緒に戦う事になったんだ。そりゃあ何て言うんだ? 仲間以外に言い様があるってのか?

 いや、俺としては友達くらいに言っても良いけどな。どうせ、面倒はミゲルが背負うんだし」

「おい」

「あ、恋人ってのは勘弁な。お前には女の色気ってもんが無いから」

「ちょっと」

 ミゲルとラスティからツッコミが入るが、オロールは気にせず得意げに親指を立てて見せて続けた。

「まあ、だからな。お前がどう思っていようが、俺とミゲルはお前の事を仲間だと思ってる。ぼっちのお前に、いきなり仲間だ何だと言っても馴染めないかもしれないけどよ」

「ぼっちじゃない! 私にだって……えと…………4人は仲間? が、いたもん」

 仲間だったかどうかの自信すらないのか、ラスティの抗議は尻窄みに終わる。まあどうやら、ミゲルやオロールと同じく面倒を背負い込んだ奴が、4人くらいは居たらしい。

 でも4人。片手で数えて余る。本当に友達が居ないんだな。あんな性格じゃなぁ……と。

 何だかミゲルがしみじみとしてしまっていると、話に関わりを持たない整備主任の声がその場に割り込んだ。

「おいおい、俺は忙しいんだ。あんたらの仲が良いのはわかったから、用件をまとめよう。

 そのお嬢さんのモビルアーマーを直せば良いんだな?」

「はい、お願いします!」

「よろしく頼みます!」

 言われて、ミゲルとオロールはすぐに頭を下げる。

 本来、ここまで平身低頭でいる必要など無いのだが、やはり忙しい所に無理を言っているのだし、何よりラスティがどれだけ敵を作っているかわからないので、ここは一つ慎重に。

「……お、お願いします!」

 二人を見て、僅かに逡巡した後ラスティも頭を下げた。

「私のモビルアーマー……今まで触らせない様にしててごめんなさい! 大好きだったし、楽しかったし、独り占めしたかったんです!

 でも、あんなに壊れてしまったら、私一人じゃ直すのに時間が必要で、そしたら戦いに間に合わないかもしれなくて……だから、お願いします。直すの、手伝ってください」

 ラスティの真剣な声。と、頭を下げたままオロールが感心した様に言う。

「頭を下げるなんて珍しいな」

「私のモビルアーマーなの。だから、私が一番に真剣じゃないといけないの。貴方達に頭を下げさせて、私がふんぞり返っていられるわけないじゃない」

 ラスティは反発した様子は見せず、やはり真剣に言葉を返した。

 頭を下げたままそんな会話をしているので、その表情は整備主任からは窺えない。

 人にものを頼んでる時に雑談を混じらせるのはどうかとも思うが、それを注意する様な場面ではないし、何よりラスティの真剣さを酌んだ。

 整備主任は殊更に軽く明るく言ってみせる。

「わかった、わかった。頭を上げてくれ。ぺこぺこする必要なんてないだろう?

 元々、そのお嬢さんが貼り付いてて、必要がないそうだから手を出さなかっただけだからな。必要とあらば、腕前の程を見せてやるさ」

 プラントでも、作業機械や支援兵器としてのMAはまだ現役である。

 それが壊れれば修理するのはメカニックとしての当たり前の仕事であり、MAだからどうという気持ちもない。そこがパイロットとの心意気の違いだ。

 ただ、MAの戦力的な価値に疑問はある。戦力にならない物より、戦力として重要な物を先に直すのが道理だからだ。しかしそれも、ミゲルが戦力にお墨付きを出したことで解消されていた。

「ありがとうございます」

「あざーす!」

「ありがとうございました!」

 ミゲル、オロール、ラスティが一度頭を上げた後、再び綺麗に一礼する。整備主任はその若者らしい生真面目さを好ましく思う。

「あんたらがお嬢さんを必要と言うなら、こっちは何も言う事は無ぇよ。後は任しておきな。連合のモビルアーマーだろうと、ピカピカに直して見せらぁ」

 言い残して整備主任は整備員待機室を去ろうとする。

「あ、私も手伝います!」

 その後を追おうとするラスティ。それを、整備主任の怒声が止めた。

「パイロットは休むのも仕事だ! 撃墜されたんだから、なおさら安静にしてな!」

「はい……」

 ラスティが消沈した様子を見せるのは、パイロットの心得を説教されたためか、大好きなMAを触れなくなったからか。

「何にせよ良かったな。これでまた乗れるじゃないか」

「え、あ……うん……」

 慰める様な事を言うミゲルに、ラスティは生返事を返す。それから、彼女はミゲルとオロールに向き直り、少しだけ顔を赤らめて言った。

「あ、あんた達にも。ありがとう」

「? ああ、たいした事じゃない。気にするなよ」

「いやいや、ここは感謝を受け取っておけよ。機微のわからん奴め」

 この程度の事は何とも思っていないミゲルがラスティの感謝を流した所で、オロールが呆れて口にする。

 が、ミゲルにその忠告は通じなかった。

「あ? 何の話だよ。それより、ここでする事も終わったんだし次に行くぞ」

 言って、ミゲルは次の場所へと向かう為、整備員待機室の外へ出る。その後にオロール、ラスティが続き……

「ああ、すまない。ラスティは来ないでくれ」

 ミゲルはラスティだけを止めた。

 ラスティは少し驚いてから、眉をひそめて苛立ちを声に纏わせて問う。

「何よ。さっそく仲間外れ?」

「そういう訳じゃないんだが……」

 ミゲルは返答に困った。

 次に行くのはゼルマン艦長の所だ。ラスティへの後ろ弾の件の対応を話しに行くのだが、ラスティにその話を伏せると決めた以上、彼女を連れて行くわけにはいかない。

 では何と言って同行を諦めさせるか? 考えていると、脇からオロールが割り込んだ。

「あ、いや……ついてきても良いんだ。むしろ、ついてきて欲しいくらいだ。ただ、お前にとって少し辛い事になるんじゃないかなと思ってな。

 その覚悟があるなら……ついてきてくれるか?」

「おいっ!」

 まさか、場合によっては話すつもりなのか? そう考えたミゲルが声を上げかけると、オロールは任せておけとばかりに目配せする。

 一方、ラスティはと言うと、オロールの台詞を挑発と取ってか、不適な顔で言い返した。

「良いわよ。仲間なんだもの、何処へでもついていってあげようじゃないの」

 それを聞き、オロールは笑顔でラスティの手を握る。

「そうか、ありがとう」

「どういたしまして。で、何処へ行くの?」

 ラスティは聞き、そしてオロールが答える。

 堂々と、臆する所など欠片もなく、自信に溢れた有様で、はっきりと。

「連れション」

 ――もちろんラスティはついて来なかった。

 

 

 

「ミゲル・アイマンです。お話があって参りました」「オロール・クーデンブルグです」

『……入れ』

 二人は入り口のインカムに名を告げ、返答の後に部屋のドアを開く。そして、中の様子に眉をひそめる。

 艦長室の中は闇に満ちていた。

 単に灯りをつけていないだけ……そうはわかっているが、どうしてそんな事をしているのかがわからない。

 まさか寝ているのか?

 と思ったその時、部屋の闇の中で何かが動いたのが微かに見えた。

「ああ、待ってくれ。今、灯りを付ける」

 ゼルマンの声の後、部屋の灯りがともる。

 部屋の中央、椅子に座した姿勢でゼルマンはそこにいた。

「どうしたんですか艦長。灯りも付けないで」

「ああ、何。たいした事じゃない。ちょっと照明の白い光が目に刺さる様な、不快な気がしてな……疲れてるのかもしれない。だが、問題はない」

 ミゲルの問いに、ゼルマンはそう言って光から目をそらし、目頭を押さえる。

 暗闇の中からいきなり光の下に出たのだから、眩しさにして当然の動作とも言えたが、その動作は何処か光を恐れている様にも見えた。

 艦の便宜上の天井に取り付けられた、白い光を放つ平たく四角い電灯を。

「そんな事より、用件を……いや、言うまでもないな。“誤射”の事だな?」

 ゼルマンが表情を改める。それに答えてミゲルは言った。

「はい、“後ろ弾”の事です」

「お前も、そう思うか」

 返す台詞と同時にゼルマンが吐き出した溜息は重い。

「ガンカメラやボイスレコーダー、コンピューターに記録されていた戦闘データ。それらが故意の味方殺しだと強く示しているそうだ。詳細に調べれば、確実な証拠も出てきそうではあるがね」

 戦闘中の機体で何が行われていたのかは記録されている。それを調べれば、コックピットという密室で何が起きていたのかがわかるのだ。

 とは言え、流石に犯人もまるっきりの馬鹿ではない。明確な証拠は残してはいなかった。それでも、そこに殺意があった事を想像するには十分の内容ではあったのだが。

 単純に記録を見てそうなのだから、事件捜査を専門とする者に任せれば、より確実な証拠も見つかる事だろう。だが……

「罪に問えますか?」

 ミゲルの問いに期待感はなかった。

「……マッケンジー家が裁くだろう」

 答えてゼルマンは陰鬱な笑みを見せる。

 比喩でも何でもなく“そういう事”だ。裁判も何も必要がない。

 プラントの権力者は、その力で何でも出来る。「権力者の誰かが、国家予算を私的流用して謎の組織を飼っている」なんて荒唐無稽な噂が、かなりの真実味を持って流れるくらいだ。

「しかし、艦の上ではどうにもならない。この任務が終わりプラントへ帰還するまでは、彼等も戦力と見なさざるを得ないわけだ」

「その事ですが。今回の件、ラスティには秘密にしたいと思います」

 味方撃ちの卑怯者を戦闘に引っ張り出さなければならない事は想定の内なので、ミゲルはその対処について進言する。

「ラスティは戦闘を高潔なものと考えています。味方の卑怯な行為でそれが汚されたと知れば、心理的に悪影響があるでしょう」

「で、どうするのかね?」

「知ってる者に箝口令を。赤服の機嫌を損ねる覚悟で御注進に及ぶ奴も居ないでしょうから。

 危ないのは、実行犯から直接漏れる事。馬鹿は、得意げに話しかねませんからね。

 営倉からコックピットまで直送すれば連中とラスティの接触は防げます。後は通信を制限して、連中とラスティの間に回線が繋がらない様にしてください」

 連中が自棄にでもなれば、ラスティに直接何を言うかもわからない。「死ね」くらいならラスティはビクともしなさそうだが、連中の悪行を得々と語られでもしたら事だ。

「その上で、前衛後衛でも、右翼左翼でも良い。戦場を分けます。ラスティと自分とオロール、そして連中の二つに。おそらくは、連中を前衛に。こちらを後衛とする事になります。

 連中は自分やオロールも敵視してますから、実際、そうするしかないでしょう」

「背中撃ち共に、後衛を任せる事は出来ない……か。そうなると……」

 頷き、そしてゼルマンは思い至る事があったのか僅かに黙る。だが、彼の中で生まれた可能性は彼自身が否定した様で、静かに首を横に振ると言った。

「いや、君達は彼等がプラントに帰って裁かれる事を望むのだったな」

「それはそうですが……」

 ゼルマンの言葉に含んだ意味に、返すべき言葉を言い淀むミゲル。そこで、彼に代わってオロールが口を開いた。

「ミゲルと自分の腕なら、誤射はありません。しかし、部隊を二つに分断して戦う以上、危機に救援が間に合わなかった……そういう事も有り得るとお考えください」

 つまり、こう言った訳だ。「助けない」と。

 助けないという、消極的だが確かな殺意のある行為に、ミゲルも嫌悪を抱かないわけではない。

 しかし、連中が窮地に陥っている時こそが最も危険な瞬間の筈だ。連中が自棄を起こすなら、まさにその瞬間の筈だからだ。そこに飛び込んでいくのは、他の全ての対処の意味を失わせるに等しい。

 これは仕方のない事だとミゲルは納得した。オロールは言いにくい事を代わりに言ってくれたのだ。ならば、彼一人をその役として舞台に立たせ続ける事は出来ない。

「そうですね。間に合わない事も十分に考えられます」

「……仕方がない事だな。彼等は、そう扱われても仕方のない行為を行ったのだから」

 ミゲルも、そしてゼルマンもがその対応を認めた。

 少なくともこの場に「疑わしきは罰せず」とか「彼等は罪を犯したが許そう」と言い出す者はいないという事だ。

「了解しました。では、これで失礼させていただきます」

「失礼いたしました」

「ああ、御苦労」

 話は終わったとミゲルは退室を決めた。オロールも後に続き、それをゼルマンが了承する。

 ミゲルとオロールは敬礼の後にゼルマンの前を離れて艦長室を出る。

 そして、ドア脇のコンソールを操作してドアを閉めた。

 最後、ドアが閉まるより僅かに早く、艦長室は闇に閉ざされる。闇の中でゼルマンが何をしているのか、ミゲルとオロールに窺い知る事は出来なかった。

 

 

 

 船体に無数の穴を穿たれたナスカ級高速戦闘艦“ハーシェル”が宙に浮かぶ。爆沈はしなかったものの、既にこの艦は死んでいた。

 その船体に開いた大穴の一つ。その入り口には1機のシグーと、他数機分の残骸が漂っている。そして穴の中、ビームの熱に溶けかけた跡の残る通路。

『う゛ぅ……』

 ノーマルスーツの中でイザーク・ジュールが呻く。ノーマルスーツ内蔵の通信機を通して漏れるその声。そして、苦痛に身を捩ろうとするのを、ディアッカ・エルスマンが抑えた。

「動くなよ。傷に障るぞ」

 イザークは全身に火傷を負っている。それはうっすらと焦げたノーマルスーツが示していた。

 その火傷がどの程度のものかはわからないが、火傷一つ一つは軽くても、全身にとなれば地獄の苦しみだろうとは想像が出来た。

『アズ……ランは……』

「……回収した。生きてるよ」

 イザークが苦しい息の下から絞り出した問いに、ディアッカは答える。“まだ”とは敢えて付けなかった。

 側に浮いているアスラン・ザラの体は、右腕と右足が本来は有り得ない方向にねじ曲がり、そのノーマルスーツの右半身はイザークのそれ以上に焼け爛れていた

 教科書通りに処置はしている。モルヒネの痛み止めと、絆創膏を貼ってのノーマルスーツの補修、そんな程度しか出来ないという意味で手は尽くした。

 後は、コーディネーターの生命力に賭けるしかない。

『お゛れが……あんな、わなにがかったばかりに……』

「責めるなよ。初見の敵だ。まさか、あんな隠し球を持ってるとは思わないさ」

 気休めにもならないが、ディアッカはイザークを宥める。

 ――酷い戦いだった。

 もともと、連合軍第8艦隊旗艦“メネラオス”との戦闘で、損傷はないものの消耗はしていた。

 そこに襲い来た敵の大型MA……戦艦以上の重火力と、MSの攻撃などものともしない重装甲。まさに化け物だった。

 先程までは敵を狩る側だった自分達が、今度は狩られる側に回る。

 それでもZAFTの栄えある赤服たる4人は、何とか戦えていた。しかしそれも、イザークが敵の攻撃に捕らえられるまで。

 その後は、イザークを助けだしたアスランが離脱中にコックピット間際に被弾、大破。ニコル・アマルフィがカバーに入るも、仲間を庇って動けないMSでは的にしかならず、足と頭部を消し飛ばされた。

 そこに至って、MS部隊の壊滅という惨状の中でも最後まで輸送艦を守ろうとしたのだろう、ハーシェルがMAへの砲撃を開始。時間は稼いでくれたものの、MAの反撃により艦は轟沈。

 その間、ディアッカはと言うと……隠れていた。

 アスラン達の機体の残骸が集まっていたのを良い事に自分もそこにくっつき、動力を止めて死んだふりをしたのだ。

 卑怯と言うなかれ、おかげで仲間を救出する事も出来た。

 もっとも、二人は重症で、今の所は手の出しようも無いのだが。

 と、通路の奥から、もう一人の生き残り、ニコルが姿を現す。

 体の痛みに耐えてのぎこちない動きながら通路の壁を伝って帰ってきた彼は、ディアッカに告げた。

『医務室に何とか行けそうですよ。そっちはまだ空気も残っています』

「そうか……ところで、生存者は居たか?」

『はい。何人かは……他にも生存者はいると思いますが、艦内が寸断されてて探しには行けないそうです』

 戦いは極めて短時間で一方的に終わり、乗組員に脱出の暇も無かった為に取り残された者が各所に残されている。

 艦内は酷い有様で、自動で降りた隔壁の働きで一部に空気は残されてはいるが、それとて何日も保つというものではないだろう。

 しかし、仲間が助けに来る見込みはない。惨憺たる状況だが、ディアッカは落胆を見せない様に敢えて気楽に言った。

「よし、イザークとアスランを運んでやろうぜ。この忌々しいノーマルスーツを脱がさないと、怪我の治療も出来ないからな」

 

 

 

「アスラン、遅いな……」

 遠く、輸送艦の中。キラ・ヤマトは、自らとアスランの為の船室を漂いながら呟く。

 客人に戦況など報されはしない。だからキラは何も知らなかった。彼の親友の現状も、彼自身の置かれている窮地も……

 

 

 

『いやだああああああああっ!』

 戦場に若い男の悲鳴が響く。鼻を啜る音、嗚咽、それらが混じった騒音が、通信機から止め処なく溢れてくる。

 ジンのコックピットの中、操縦桿を握る妙齢の女は、苛立ちを露わに怒鳴り返した。

「うるさいね! 黙って戦いな!」

『先輩。そんな事言っても……勝てるわけがないじゃないですか!』

「勝てなきゃ死ぬだけさ!」

 今、ジン2機は連合MSを腹に収めた輸送艦にしがみつき、追撃してくる敵に対して抗戦を試みていた。

 ナスカ級“ハーシェル”所属の2機。彼等に与えられた任務は、輸送艦に同行して、友軍との合流までそれを守る事。だから、彼等は死を免れた。

 連合の大型MA……驚異的な火力と装甲を持つ、宇宙の重戦車とでも呼ぶべきそれが撒く死から。

『いやだああああっ! 勝てるわけがないんだあああっ! 新型機のザフトレッドが4人がかりでダメだったんですよ!?』

 彼等は知っている。シグーに乗った赤服4人が、如何にして敵に敗れたのかを。そして、輸送艦を逃がす為に、母艦のハーシェルがどの様な末路を辿ったのかを。

「うるさい! だったら、どうするのさ!? そこでメソメソ泣いていたらどうにかなるのかい!?」

 怒鳴りながら、彼女はジンの手の重機銃を撃ち放つ。

 しかし、有効射程の外からの射撃ではほぼ当たらない。

 当たったとしても紫色の曲面状の装甲は、その銃弾を弾いて何の傷も受けはしない。そしてそのまま、ジリジリと輸送艦との距離を詰めてくる。

 敵が、ばらまくつもりででもビームを撃ってくれば輸送艦は瞬く間に窮地に陥るだろう。それをしてこないのは、嬲るつもりか、有効射程に入って確実に当てる事にこだわる為か……

「輸送艦に速度なんて期待出来ないってのはわかるけど、このままじゃ……」

 無意味な攻撃を続けながら彼女は歯噛みする。

 このままでは追いつかれるだろう。一度距離を離しながらも、こうして追いすがられた事実が示す通り、敵の方が足は速い。

 輸送艦が一度はその牙を逃れる事が出来たのは、赤服4人とハーシェルが輸送艦を逃がす時間を稼いだから。それで、ほぼ半日分という時間を輸送艦は得たのだ。

 とはいえ、単に戦闘時間でそれを稼いだわけではない。

 大型とはいえMA。短時間の機動力は艦船と比べるべくもないが、その代わり稼働時間はその優劣が逆転する。

 一度、距離を離してしまった目標を追うには向かず、故に母艦に収容する手間がそのまま追撃に負担となった。大型だけに、収容と言うよりも曳航と言うべき運用形態を取っている事も悪く出たのだろう。

 戦闘時間と収容時間のロス。連合艦隊がそれを取り返す為に半日。だが、追いつかれてしまえば、輸送艦の悲しさ。再び逃れる手段はない。

 もう一度、大型MAの動きを止めればあるいは? しかし、ジンを使って輸送艦から狙い撃つだけでは、それは出来そうにもない。

 ならば、どうしたら良いか……

 ああ! ああ! ああ! そんな答しか出せない自分の頭の悪さに彼女はうんざりする。

 でも、他に出来る事など無い。

「いいかい、最後まで輸送艦を守るんだよ!? きっと、もう少しで増援が来てくれる。それまで頑張れば、生き残れるから!」

『先輩?』

 彼にそう言い放ち、困惑の声が返るのを聞きながら、彼女はジンに輸送艦の甲板を放させる。

 ゆっくりとジンは輸送艦から離れた。それをスラスターに火を灯して更に加速する。

『先輩!?』

 後輩の悲鳴を吐き出す通信機を切って、自分の中に沸き上がりそうになる思いと決別する。

 後悔はしている。自分は馬鹿だ。でも、他に出来る事が思い付かない。

 だから、全てを振り切る為、ただ敵だけを睨み据える。

「ここは通させないよ」

 向かうは敵大型MA。遠い宇宙に浮かぶ様は紫玉葱の様なそれ。

「時間を稼ぐだけ……それで良い。倒すなんて考えるんじゃないよ。長生きするんだ。少しでも長く」

 勝てるなどとは思っていない。

 いや、輸送艦が逃げる時間が稼げれば勝ちだ。勝ってみせる。

 とりあえず、敵の足を鈍らせる為に進路上を正面から突っ込む。

 大型MAがゆっくりと回転し、その側面に並べられた主砲が自機に向く。

「くっ!」

 機体を跳ねる様に動かし、今までの進路上から強引にどかせる。直後、今まで自機が居た場所を四条のビームが薙ぎ払った。

 しかし、それで終わりではない。大型MAの回転する機体は、次の砲台を彼女に向けようとしていた。

「近寄らせてもくれないってのかい!」

 叫び、再び跳ねる。ビームは間際の宙を灼き、そして彼女は体にかかるGに呻く。同時に、恐怖に肌を泡立てた。

 さっきよりもビームが近い。

 かわしてはいる。しかしそれは誘導された回避だ。

 一発一発。罠に追い込まれていく様に、必死の位置へと追いやられている。

 その証拠に、次の砲火が早い。既に回り込んできていた第三の砲塔が自機を狙おうとしていた。

 回避の為に操縦桿を傾ける。フットペダルを改めて踏み込む。そうしてから、その操作が誤りだと気付く――次はかわせない。

 第三の砲塔から放たれたビームが自機の間近を貫く。

「この程度かい! あたしなんてさ!」

 まだ必要な時間を稼いではいない。

 悔しさに叫びながら、出来る限りの回避運動を取らせようとする。それが無駄なあがきと覚悟の上で。

 第四の砲塔が自機を向いた。完全に捕捉されている。

 砲口が真円となって見える様。そこから撃ち出されるビームはきっと、彼女の機体を貫く事だろう。それを理解しながらも、彼女は何ら対応する事は出来なかった。

 が、その時、砲塔の上に被弾を示す火花が散る。

 同時に、放たれたビームが、彼女の機体を僅かに外して宙を撃った。

「な!?」

 驚きを短い声にして漏らし、そして戦場周辺を観測する。真っ先に、逃げたはずの輸送艦の方向を。

 そこに、小さな反応が有った。

「…………馬鹿が!」

 感情に身を振るわせ、叩きつける様にコンソールに手をやって通信機をオンにする。

「馬鹿! どうしてついてきた!?」

『だって、先輩……死んじゃうじゃないですかぁ!』

 叫ぶと、男の涙声が溢れた。

 彼女の機体の後方より、重機銃を撃ちながら接近してくるジン。逃げろと命じた筈の後輩の機体。

『嫌です! 先輩が死ぬのは……それだけは嫌なんだぁ!』

「馬鹿だな……だからって、二人で死んじゃったらしょうがないじゃないか」

 命令違反を怒る気持ちより、死地に飛び込んできた愚かさを責める気持ちより……どうしてか、嬉しさを感じてしまう。

『その時は、一緒に逝きます』

 男の声を聞いて、女は僅かに微笑んだ。

 ああ、これで良いのかも知れない。幸せな女だ、私は。

 こういう時、男には生きて欲しいと思うべきなのかも知れない。でも、ダメだ。一緒に死んでくれる馬鹿な男が愛おしくてたまらない。

 「逃げろ」とか「生きろ」とか、そんな言葉が出てこない。

「二人、生き残ったらさ」

 敵大型MAは、新手からのちょっとした妨害など気にもしなかった様に、体勢を立て直している。

 牽制射撃を行う。装甲表面で跳ねる銃弾。効果はない。

 それを確認しながら、自機を動かして男の機体との距離を縮める。砲塔と砲塔の間は90度角。大型MAからみてそれ以下の角度となる位置を取れば、二機を同時に撃つ事は出来なくなる。つまり、常に一機は牽制を行えるだろう。

 時間は稼ぎやすくなった。だが、おそらく待っている結末は変わらない。そんな事はわかっている。

「生き残ったらさ。遺伝子の生殖適性、調べに行こうか」

『え?』

 頬を染めながら言った言葉に、男の戸惑った声が返る。

 思いを伝えたのに、何というつまらない反応。

 もっとも、告白やプロポーズとしてはあまりにも色気が無さ過ぎたか。

 艶めいた言葉の一つも出ない自分に女は笑う。今までずっとこんなだ。

 だが、最後で男に愛された。ああ、女冥利に尽きる。

「これ以上は言わせるんじゃないよ! さあ、私に会いたくて、のこのこ地獄にやって来たんだ。せいぜい頑張って生き延びな! 私より先に死んだら、あんたを許さないからね!」

『は、はい!』

「返事は良い! 攻撃、来るぞ!」

 敵大型MAが回る。新しい砲塔を向けてくる。

 二人いれば……的が二つなら、さっきの様な追いつめ方は出来ないだろう。とはいえ、出来ないからといって、それで自分達が優位に立ったとは言えないのだが。

 僅かでも時間が稼げるなら、それで。

「……本当、もっと時間があったら、子を産んでやっても良かったさ。男なら私似に、女ならあんた似に。髪の色は、あんたと私とどっちの色が良いだろうね」

 口の中で呟いた言葉は、小さく吐き出した未練は、通信機の向こうに届く事無く消える。

 敵大型MAの砲撃が宙にまたラインを引いた。

 ――結論を言う。二人は僅かな時間、二人で共に生きた。

 

 

 

 宇宙に閃光が散る。

 そこにどんな心があったのか、誰も知ろうとはしない。

「ははは! 良いぞ!」

 アガメムノン級宇宙母艦の艦橋。ジェラード・ガルシア少将は笑い声を上げた。

「モビルアーマーだ! この戦争を終わらせるのは、やはりモビルアーマーの力だ!」

 ここまでにナスカ級高速戦闘艦一隻、MS四機を落としている。ここで更に二機追加だ。笑いを抑えられる筈がない。

 だが、続くオペレーターの報告が、ガルシアの気分に少し影を落とす。

「敵輸送艦。アッザムの戦闘圏より離脱しました」

「む、遊びが過ぎたかな」

 離脱されれば、アッザム収容の為の一手間が必要になる。そうなると、輸送艦の再捕捉と攻撃にまた時間を必要とするだろう。

 そこで参謀の一人が進み出て提案した。

「本艦はアッザムを収容。ネルソン級を差し向けて輸送艦を落とす事が可能ですが?」

 もはや丸裸の輸送艦一隻。ネルソン級とその艦載機が有れば十分な獲物だ。

 だが……ガルシアは欲を出す。

「戦艦で虐めるのも悪くはなさそうだが、アッザムの戦果に輸送艦を追加してやりたくはないかね?」

 これはアッザムのデビュー戦。戦果は派手な方が良い。たかが輸送艦一隻でもだ。

「少将閣下のおっしゃる通りです」

 参謀は追従する。それに気を良くして、ガルシアは指示を下した。

「では、アッザムの収容を急がせろ。終了次第、再度、追撃に入る」

 

 

 

 輸送艦の艦橋。艦長は艦長席から身を乗り出し、モニターに映る何もない宇宙を睨む。

「味方との連絡は?」

 焦りに満ちた声に、オペレーターの声が返る。

「現在、光学観測中。近隣の宙域に味方艦影無し。先に別れた艦も先の交戦地域から離れたようです」

 味方艦の姿を探して広い宇宙を眺め回しているが、なかなか見つからない。そんな報告に、輸送艦艦長は指示を下す。

「信号弾放て。『ワレ、窮地ニ有リ』だ」

「は? 敵に観測されます」

「既に背中に食いつかれている! さっさとやれ!」

 オペレーターが驚いて振り返った所に怒声を浴びせた。驚くのはわかる。輸送艦など、隠密行動が主なのだ。わざわざ信号弾で自分の位置を知らせる事に利はない。

 しかし、今は一刻も早く味方に見つけて貰わなくては困る。

「わ、わかりました。信号弾撃ちます!」

 オペレーターの操作後、モニターに映る宇宙に、輸送艦から撃ち出された信号弾が煌々と輝くのが映った。

 そのまましばらく。信号弾は瞬いて消える……

「……発光信号確認! 友軍のローラシア級“ガモフ”です!」

 モニターの一角、小さく光がちらついていた。しかし、その程度でも信号としては十分だ。

「“ガモフ”、こちらに向けて急行中。ですが、間に合うかどうかは……」

 最後の頼みの綱がローラシア級一隻とは。

 これまでに失った全てを思い返し、輸送艦艦長は苦い表情を浮かべる。

「勇士が命を賭けて稼いだ時間だ。間に合って貰わなければ困る」

 

 

 

 ローラシア級“ガモフ”は今、出せる速度の全てを出して、輸送艦との合流点へと急いでいる。

 その格納庫の中では、まさに今が戦争の最中だった。

『作業完了!』

『よし、チェック入るぞ! リストの上から下までだ。一つも手を抜くな!』

 整備員達の手で組み上げられたメビウス・ゼロが完成しようとしている。

 機首の黄色い塗装とザクレロに似せたノーズアートは健在だが、ほぼ再建という形になった後部は塗装もされて無く、鈍色の装甲が剥き出しになっていた。

『エラー発生! 電気系です!』

『馬鹿野郎! ナチュラルのメカニックに笑われるぞ!』

 整備主任の怒声を浴びながらエラーが示す箇所を修理。それを繰り返して、完成に近づけていく。

『味方輸送艦、及び敵艦隊に接近中。会敵予想時刻まで2時間』

 格納庫内への放送……正確には、格納庫内で働く者全ての宇宙服のヘルメットに内蔵された通信機から声が発される。

『リストの17から48まで省略! 56と72もだ! 再チェック開始!』

『再チェック入ります!』

 繰り返されるトライ&エラー。しかし、整備は着実に進んでいく。

 そんな格納庫内、ミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグは自らの搭乗機の整備を行っていた。

『敵は何だって?』

「大型MAらしいな」

 オロールからの通信を、自機の中で受け取って、ミゲルは与えられていた情報を答えた。

『まさか、ザクレロか!?』

「わからん。他にあのクラスの大型MAがいてほしくはないけどな。ただな……“ハーシェル”の赤服が全滅だそうだ」

『まじか……』

 オロールが黙り込む。が、間を置くといつも通りに話し始めた。

『……大型モビルアーマー相手に重機銃じゃ豆鉄砲だな。となると重粒子砲?』

「ハイマニューバの特性を自殺させる様な選択だな」

 M69 バルルス改特火重粒子砲。ジンでも使えるビーム兵器なのだが、取り回しが悪く機動力を落とす事になる。

『だな。あれ取り回しが悪すぎんだろ。それほど効果も無かったしよ』

 重粒子砲を上げたのは冗談だったようで、オロールは残された選択肢を選ぶ。

『無反動砲にするわ。当たれば装甲抜けるだろ』

 作業アームに掴まれたM68キャットゥス500mm無反動砲が差し出され、ジン・ハイマニューバはそれを掴む。ついで予備弾のコンテナが、作業アームによって機体のラッチに取り付けられていく。

 その作業を見ながらミゲルは言った。

「抜けるかもな。弾が当たれば」

 少なくともザクレロは速かった。あれに無反動砲を当てるのはなかなか厳しい。

『そこは腕の見せ所……となると当たらないかもな。ミゲルに任せて、俺は艦の直掩でもしてるかね』

「お前も働けよ」

『へいへい……と、それよりお前の装備はどうするんだ?』

「レールガンをメインで行く。威力は折紙付きだ。手持ちはサブアームだから、重機銃で良いな。無反動砲だと取り回しが悪くなる」

 ミゲル専用ジンに着けられたアサルトシュラウドには、115mmレールガン“シヴァ”と220mm径5連装ミサイルポッドが追加装備されている。

 特にレールガンの威力は高く、大型MAでもダメージを与えられそうではあった。

『レールガンね。そういうの一般兵にも回せよな。上は、わかっちゃいないぜ。連合が主力を大型で揃えてきたら、今のジンの火力じゃ追いつかなくなるぞ』

「モビルアーマーって奴が重機銃が当たれば大破する的だと思っている内はどうにもならんだろ。敵もモビルスーツを作ったって辺りで意識も変わるといいけどな」

 MSがMAよりも上というプライドが足を引っ張って、大型MA対策は遅れるだろうと、ミゲルは諦めの気持ちで考えた。

 きっと、前線の損害……多くの兵の死が必要となるだろう。その死者の中に自分や自分の仲間が含まれない様に努力するのみだ。

 ただ、連合MSがZAFTに届けば、状況が好転する可能性はある。連合MSが満足に動きもしない木偶そのものではなく、多少なりとZAFTに危機感を抱かせる物であればの話だが。

 何にせよ、今回の任務が無事に終わらないと話にならない。

「と……来たか」

『ああ、突撃隊長殿がお見えだぜ』

 二人は同時に気付いた。キャットウォークの上を、MPに拘束された二人のパイロットが、それぞれの機体に運ばれていく。

『敵の情報は与えてあるのか?』

「ああ。危険を警告したら、俺達を臆病者と呼んでくれたよ」

 敵が大型MAである事は伝えてある。型どおりの過小評価をしてくれたが。

「それでも、重装備が良いとだけは納得させた」

『ごくろうさん。で……と。奴等、何を装備するかね? おっ、おー……ああ、一人は重機銃と無反動砲の両手持ち。やった! もう一人、粒子砲だぜ!?』

「はしゃぐなよ。意味がわからん」

 ミゲルの呆れた声に返したオロールの声は、どことなく感情を押し殺した様な感があった。

『いや……あいつら、生きて帰るかなってさ』

「……オロール」

 感傷か。ミゲルはそう判断して、その必要はないと言いかける。が。

『上手い事、死んでくれねーかなって思っても、言っちゃいけないわけだ』

「全部、ぶっちゃけてんな! わかってるなら、黙ってろよ!」

 思わず怒鳴り返したが、オロールは悪びれない。

『そー言うなよ。後ろ弾野郎に気を使うひつようなんてないさ』

「通信記録が残るんだぞ」

『俺達は奴の背中なんて撃たない。だから残っても良いだろう? 誰だって、死ねぐらいは言ってるさ。殺すとは言わないし、まして手を下したりはしないがよ』

「そういう問題じゃ……ああ、まあ良いよ。好きにしろ」

 何を言っても意味がないと、ミゲルはオロールに言い返す事は止めた。

 そして視線を、組み立て中だったメビウス・ゼロに向ける。

 整備は終わったのだろう。整備兵達は既にその場から撤収しつつあった。何人かは残って、銀色の装甲が剥き出しの機体後部に、スプレーで黄色の塗料を吹き付けている。

 メビウス・ゼロは黄色一色に染まっていく。

 と、そこでミゲルは、メビウス・ゼロの側に小柄なパイロットスーツを見つけた。

 味方殺しのMSパイロット共との接触を避けさせる為、ラスティ・マッケンジーの機体搭乗は戦闘開始直前の予定だったが、整備完了と聞いて飛びだしてきたか。

「おい、ラスティが来てる」

『そうか……奴等に動き無しだ。艦内でぶっぱなすほどキチってはいなかった様だな』

 MSパイロット達の様子を警戒していたオロールはそう答えた。

 ラスティを殺す事だけが目的なら、ここで無反動砲の一発でも撃てば良い。殺すだけならそれで良いが、後は奴等も死ぬ目に遭うだろう。つまり、奴等はまだ生きたいらしい。

『どれ……と。俺達がこんなに気を回してるってのに、当事者様はお気楽な様子だねぇ』

 オロールもラスティを見たのだろう。やれやれとばかりに通信機から声が漏れる。

「死にかけたってのに、プレッシャーを感じてないのは良い事だよ」

『怯えてベッドから出てこないよりは確かにな』

 PTSDになりもせず戦いを続けられるのは、戦士として重要な条件だ。

 人間だもの、一時引き籠もりたくなる事もあるだろう。しかし、戦場はそんな事情を考慮してはくれない。

 では、ラスティが戦士向きだとして……兵士に向いているかと問われれば首を傾げるだろうが。

 その一端を見せつけるかの様に、ラスティはMSメビウス・ゼロの周りではしゃぎ、そしてコックピットに飛び込んでいった。

『私のザクレロが甦ったわよ!』

 いきなり通信。ラスティがそう来る事はだいたい読めていたので、ミゲルもオロールも適当に返事を返す。

「よかったな」

『おめでとさんー』

『何よ、もっと心を込めて祝いなさいよ』

 口調は怒声の様だが、クリスマスプレゼントを抱えた子供みたいな喜色が全然隠せていない。そんなラスティに、オロールがからかう様に言った。

『直ったのは、俺達がメカニックに頭下げたからだぞ。改めて感謝しろよ?』

「おいおい、そういうのは止せよ」

『……そ、そうね。あ……あり……あ……』

 恩に着せる様な事じゃないと呆れつつ言ったミゲルの耳に、ラスティからの通信が届く。

『…………』

 だが、その言葉は途切れ途切れで形を成さず、すぐに沈黙に取って代わられる。そうして、ラスティが次に口を開いた時、その言葉はすっかり無かった事にされた。

『そういえば、あっちのパイロット連中と回線が繋がってないみたいなんだけど。私の通信機の問題?』

「いや、あっちの機体のトラブルだ。共用通信が出来なくなっている。艦橋と、俺の機とは、回線が通じているから、問題はないだろう」

 無論、実際は違う。背中撃ち共とラスティ機との間にだけ通信が繋がらない様にされているのだ。背中撃ち共が憎悪を吐き散らさない様に。

「味方機への通信が必要になったら、信号弾やハンドサインでカバー出来る。俺が注意してるから、ラスティは気にせず戦ってくれ」

『ま、今日は俺達は後衛だけどな。気にし無さ過ぎて、勝手に突っ込んでいくなよ?』

『えー、メビウス・ゼロで後方支援なんて宝の持ち腐れじゃない』

『そう言うなって。あいつらにも手柄を分けてやらなきゃな』

 オロールが話題を変え、ラスティがそれに気を取られて不満の声を上げ始めたのを、ミゲルは安堵して聞いていた。

 ラスティは連中の事には関わるべきじゃない。何も知らないまま全部が終わってくれれば、それが最良だ。と――

『各機に通達。間もなく敵との交戦距離に入ります。各機、発艦に備えてください』

 ラスティとオロールの会話を垂れ流す通信機に、オペレーターの声が割り込む。

「……よし、出撃だ。敵大型モビルアーマーを叩く。この面子じゃ言うまでも無いと思うが、既存のモビルアーマーとは桁が違う相手だと考えて、戦う時は十分に注意してくれ」

『あい、さー』

『言われなくてもわかってるわよ』

 オロールとラスティの声が返った。ミゲルはその通信に頷き、そして気乗りしない表情を浮かべて通信機を別のチャンネルにあわせる。

「……出撃前に、もう一度注意しておく。敵は、お前達の知っているモビルアーマーじゃないぞ。焦って突っ込むような事はするな。じっくり落ち着いて戦え」

『……手柄を立てられるのが恐いかよ』

 背中撃ちのパイロットの声が返った。

『手柄を……立ててやるからな! お前らが何も言えなくなる様な手柄をだ! ははっ! そうなってから吠え面かくと良い!』

「…………」

 ミゲルは無言で通信を切る。

「無駄な事だったな」

 出撃の時は迫っていた。

 

 

 

 宙を二機のジンが突き進んでいく。

 ミゲル・アイマンは、軸を変えて斜め後方よりその姿を見守っていた。

「こんな距離から回避機動か」

 ジン達はフラフラと常に位置を変えながら飛んでいる。

 敵の攻撃を警戒してかもしれないが、おそらくは違う。味方の……ミゲル達からの攻撃を警戒しているのだ。

「背後を気にして戦えるかよ。だから、背中撃ちは特に忌まれるんだ」

 責める言葉を口にしてから、通信機のスイッチを入れ直す。今の言葉をラスティに聞かれるわけにはいかない。

 それに今は戦闘中だ。背中撃ちの味方殺し二機が向かう先にあるのは、宙に浮かぶ紫玉葱。連合の大型MAである。

 その大型MAを見て、ミゲルは思った。

「ザクレロとは違うな。何て言うか……プレッシャーを感じない」

『ザクレロは、前に立つと身がすくんだよな』

『ザクレロは恐いのよ』

 ミゲルの呟きに答える様に、オロール・クーデンブルグとラスティ・マッケンジーが返信して来る。

 恐い……恐怖か。わからないでもない。あの凶相が真正面から突っ込んでくるのは、正直、今思い返しても肝が冷える。

 まるで、体の底から沸いてくる様な耐え難い恐怖感。

「ザクレロに比べて、こっちは何て言うか……強力な兵器だってのはわかるし、それはそれで恐いが、それだけだな」

 感じるのは、強力な兵器を前にした時の、重苦しい緊張感を伴う恐怖。これはまだ堪える事が出来る。

 “奴は、ただの兵器だ”

『アレでも、ラスティは格好いいって言うのかね?』

『ん? 丸くて可愛いじゃない』

 オロールとラスティの会話は続いていた。が――

「敵発砲! 思ったより遠い!」

 敵大型MAの側面が光る。それは、敵の砲火の閃光。台詞を言い切る前に、放たれたビームが四本の光条を描いていた。

 狙われたのは先行の二機。早い内から回避機動を取っていた二機は、何とかそれをかわしていた。

「各機、攻撃開始!」

『早すぎないか!? この距離じゃ当たらないぞ!』

 攻撃の指示にオロールから声がかかる。ミゲルは、レールガンの照準を敵大型MAにあわせながら怒鳴る様に返した。

「敵を引き付けないと、先行した連中がやられる! あいつらが敵に取り付くまでは支援してやらないとな!」

『そうだな。了解! だが、俺は弾を温存するぞ? この距離じゃ当たらん!』

 オロールは応えたが、攻撃は控える事を告げた。

 無反動砲は弾速が遅いので、距離があると命中率は一気に下がる。そして、弾が大きい分、装弾数も多くない。

『そうね、お休みしてなさい! 砲撃開始!』

 割り込んだ通信と同時に、ラスティのメビウス・ゼロが対装甲リニアガンを撃ち放った。

 僅かに遅れてミゲルもレールガンを放つ。

 敵大型MAの装甲表面で、微かに閃光が散った。

『今の私のよね?』

「わからん! どっちでも良いが、効いたか!?」

 見た感じでは、敵の様子は変わらない。が――応射が来る。

 敵大型MAから放たれたビームが、ミゲルに向けて放たれた。

「俺のが当たりか!」

『命中おめ! いやー、羨ましいわー』

「代わりたいなら代わってやるぞ!」

 ビームが自機を外れて行った事に安堵しながら、オロールからの通信に言葉を返す。

『何それ、外した私への当てつけ?』

「面倒臭いな、お前は!」

 くだらない言い合いの間に次のビームが飛んでくる。それは、先程よりもずっとミゲルの機体に近寄っていた。

「……着実に修正してくるな」

 すぐにランダムで進路を切換て飛行し、照準外しを試みる。

 ほぼ同時に、ラスティのメビウス・ゼロも砲撃を行い、敵の狙いを散らせる手を打った。

「よし、これで少しは時間が稼げるか」

 複数方向から攻撃すれば、攻撃を向けていない方向は手薄になる。その筈だ……

 だがそれは、死して輸送艦を守った二人のパイロットによって、既に試みられた戦法だった。

 一度見られた戦法への対応は早い。砲撃のパターンが変わる。

 ビームが空間を薙ぐ。宙に一筋の線を描く様に。そして、描かれたその線は、そのまま死を賜う光となって飛来する。

「っ!?」

 ミゲルはフットペダルを踏み、その操縦を受けて、ミゲルのジンはまるで縄跳びの様にビームの線をかわす。

 機体を回転させながら撃っている為、長く照射すれば長大なビームの剣を振っているかの様な攻撃ともなるのだ。当然、回避は困難となる。

 拡散する分、距離がある以上、威力は減衰している筈だが、当たってその威力を試す気にはならない。

『今の……私まで狙った!?』

 通信機から溢れる、ラスティの驚きと喜びを含む声。

 点の砲撃なら複数の目標のどちらかしか狙えない。しかし、線であるならば、複数の目標を含む線を引く事も可能だ。

 それはともかく、そんな事で喜ぶなラスティ。そう口をついて出そうになった文句を飲み込む。今は仲良しをやってる場合じゃない。

「砲撃戦特化型のモビルアーマーだってのか!?」

『突っ込んでくるザクレロとは違うが、こっちも厄介だなミゲル』

「奴が砲撃戦型なら、懐に飛び込めばあるいは……先行の二機の活躍が頼りになったな」

 オロールに返す言葉に少し苦いものが含まれた事を否定は出来ない。

 奴等がそのまま手柄を立てる事は気持ちの良い事じゃあない。だが、敵を倒せずにここで死ぬよりはましだ。

『そうだな。連中は……』

 攻撃を掛けていないが為に狙われておらず、比較的余裕のあるオロールが戦場にその姿を探す。

『居た。真面目に前進してるみたいだぜ? 俺達を囮にして肉薄して勝負をかけるくらいの知恵はあったらしいな』

 言葉と共にオロール機から位置情報が送られてくる。その情報を元にカメラを動かすと、ジン二機が静かに先行しているのが映った。

 向こうはこっちを利用しているくらいのつもりでいるのだろうが、一応、連携の形としては悪くない。中途半端な位置で奴等に攻撃を仕掛けられると、こっちの努力が水の泡になる。

『この調子なら、真下に潜り込めそうじゃないか? あの砲塔の配置じゃ、下は死角だろ』

 言われて、ミゲルはスクリーンに敵大型MAの拡大映像を呼び出した。

 機体の上部……上下が玉葱と同じだと仮定して、上部についている砲塔はほぼ固定されていて左右には動かない。替わりに、上下には余裕を持って動かせる様だ。

 下部の砲塔は、左右に向きを変える事が出来るよう、ターレット化されている。が、上下の動きに、それほど自由は無さそうだ。

 つまり、真下は死角となっている。

「あの脚から見て、本来は何か地盤の上に機体を固定して戦うのかもな。真下からの攻撃は想定してないとか……」

 機体の四方に突き出た、穴の様に推進器が並ぶ脚の先端、今は砲撃の為に折り畳まれている着地用ダンパー。それは多分、地面かそれになりかわる物に足を止める為のものだろう。

 だとしたら、攻撃の有り得ない下側からの攻撃に手薄になるのもわかる。

 わかるが……

 現に敵は宙で戦闘をしている。回転しながらの砲撃も、しっかり戦法として確立されたものだ。なのに、そんな弱点をそのままにしておくものか?

 だが、死角自体は珍しくもない。砲を全周囲に向けるより、一方に向けておいて、それを敵に向けた方が火力の集中という意味で効率的だからだ。MSだって、後ろを撃つようには出来ていない。

「…………」

 通信機に手を伸ばしかけ、止める。

 先行する連中に警告をしてやるか。否か。

 危惧は想像の域を出ない。ちょっと嫌な予感がするだけだ。どうせ奴等はこちらの言う事など素直に聞きはしない。それに……

 奴等は味方殺しだ。

 通信機に延ばした手を引っ込めた。そうと判断して。意識をして。

 悪意のみでも人は殺せる。その事にまだ実感はなかった。

 先行する背中撃ちの恥知らず達は、攻撃の標的となる事もないまま、敵大型MAに接近しようとしている。

 

 

 

 怒り。そして憎しみ。それが殺意へと変わったのはいつからだろう?

 最初の出会いの頃はそうでも無かった。

 良い出会い方はしていない。ナンパを酷く断られた……ナンパと言うにはあまりに低俗で相手を馬鹿にした物言いではあったのだが、それは都合良く忘れ、ともかく断られた事は恨みに思う程ではない。

 ZAFTの新兵器のMSを否定し、連合の旧式兵器のMAを擁護するイカレ女。そんなのに声を掛けた自分達のミスと思えば、ささやかな失敗談として終わらせる事も出来た。

 あの女の仲間との喧嘩で営倉入りした。腹が立つが、殺そうとは思わなかった。それは相手側も同じ罰を受けたと思えば、溜飲を下げる事も出来た。仲良くなる気など完全に失せたが、それでも、そこではまだ殺意はなかった。

 その後は接触を断っていたので、何か思う事などあるわけもない。

 やはりあの時だろう。シミュレーターで負けた時。

 あの時、確定した。“最新最強兵器である筈のMSに乗った自分が、旧式の貧弱な兵器のMAに乗った女一人に勝てない”と言う事が。

 つまり、あの女が言っていた事は全て事実だった。MSなど、少なくともあの女にとっては単なる人形でしかない。

 努力して、努力して、MSパイロットになった。

 MSは最強の兵器の筈だった。それを駆る自分は英雄にもなれる筈だった。筈だったんだ。

 …………。

 子供の頃、立派な家に住んでいた。

 今になって考えても、同じくらいの収入の家庭の水準以上だったと言える。

 そんな家が自慢だったし、そんな家を建てた両親を尊敬していた。

『だから、もう一つ上のコーディネートプランを買っておけば良かったのよ!』『何度も話し合っただろう!? 家を買う予算が余計にかかって仕方なかったんだ!』

 子供の時代の終わり。夜に両親の怒鳴り合いを聞いた。自分の学校の成績についての話だった。

 ああ……そうだ。あの時、知った。

 自分は、家の為に、お値段で妥協して、ちょっと安物で、だから少々出来の悪い不良品で。

 それを否定したかった。だから、不良品と呼ばせない為に必死で努力した。

 でも、コーディネートの差があって、努力をしていない他の連中に追いつけない。

 それでも努力の果てに自分はMSパイロットになれた。

 最強の兵器だ。英雄にだってなれる。

 自分はもう不良品じゃない。

『あんな不良品をつかまされて!』『だったら、家を安物にすれば良かったってのか? 君も満足していただろう!』

 きっとママもパパも褒めてくれる。二人とも、家が火事になった時に死んでしまったけれど。

 でもそうじゃない。あの女が全て否定した。

 MSは最強の兵器ではなく。自分は英雄になどなれない、ただの雑兵だと。

 お高いコーディネートをされた議員の娘が乗れば旧式兵器のMAでも強く、そしてそんな女こそが戦場での英雄となるのだろう。

 ……だから、殺したかった。殺そうと思った。

 あの女は、その存在全てが自分を否定してくる。自分の存在を殺しに来る。だから殺さなければならないし、それはとても正しい事だ。

 こんな殺意を抱いたのは生涯で二度目だった。

 

 

 

『あの女、腹が立つから消しちまおうぜ』

 不愉快だ。殺そう。仲間に向かって言った台詞。

 まさか、誘った奴が本気になるとは思わなかった。何か暗い顔してたから、人に言えない何かでもあるのかもしれない。

 その場のノリで口にしただけの言葉だが、冗談でしたと取り消すのも格好悪い。びびったとか思われたら嫌だし。

 でも、やってみたら興奮して楽しかったし、良かったんじゃないかと思う。

 何にも知らないで飛んでるあの女に狙いを付けた時が大興奮。「俺、悪い事してる!」ってさ。スリルって言うのかな? 違うか? とにかく、ドキドキもの。

 でも、しくじったのはちょっと残念だった。しっかり当てたのに死なないし、後ろについてた連合機が落とすかと思ったら撃たないし。

 オマケに仲間が死ぬし。良い奴だったな。ノリは悪かったけど。

 で、面倒な事になった。

 結局、殺していないのに、扱いは殺人犯だ。酷い話だと思わないか? ちょっとした冗談だったのにさ。死んでないんだから、殺してないんだ。無実の罪って奴だろ?

 だけど、俺達は反省という名目で営倉入り。

 不公平だ。俺達にああさせた、あの女にも責任があると思わないか? あの女が居なかったら、俺達も誰かを背中から撃とうなんてしなかったし。これ、もうこっちが被害者じゃね?

 あの女、きっと俺達を陥れようとしてるんだ。

 冗談だったのに、死ななかったのに、殺されそうになったとか艦長に吹き込んだんだろう。

 失敗したのも、きっとあの女のせい。

 なんだ悪いのは全部あの女じゃないか。

 そんな悪人、殺されても当然だよな。じゃあ、俺は何も間違った事していないじゃないか。いや、むしろこれは正しい事だろ? 正義の為に、悪を抹殺しようとした。これは英雄だ。

 でも、結果は御覧の有様。こっちが犯罪人扱いだ。

 いやいや、正しい人間が認められない事もあるさ。

 でも、そんなものは全部挽回すればいい。英雄になればいい。

 こんなのは、ちょっと服のボタンを掛け違えたみたいなもので、すぐに修正できる。

 ……彼の考えは、そんな程度であった。

 遊び感覚で事を起こし、全ての責任を他者に求める。そして、それを誰も正当とは思わない理屈で、自分の中では正当化してしまう。

 別に、不幸な生い立ちやトラウマ……“情状酌量出来る理由”が有るわけではない。

 それでも人は凶行を為す事が出来た。

 

 

 

 二機のジンは、静かに進んでいく。

 大型MAからの攻撃は全て後衛のミゲル達が引き受けている。ジンを駆る二人には、それを嘲る余裕すら有った。

 勝手に敵を引き付けてくれるなど御苦労な事だ。奴等を囮にして、自分達が手柄を総取りしてやる。そんな考えの下、必殺の位置まで機体を進めていく。

 ビームなどはどうしても拡散する為、近い方が威力が大きくはなるが、実体弾だと宇宙空間では威力の減衰が無い。だから、威力と距離を詰める事には関係が薄い。

 実際に問題になるのは当たるかどうかだ。レーダーを使わず光学観測に頼って射撃している為、攻撃は意外な程に当たらない。

 その事に幾つか解決策はあるが、接近戦……殴り合うような距離での撃ち合いを行う事で解決したのがMSであると言える。

 そのコンセプト通り、接近して持てる火力の全てを叩き込む。それがMSで出来る必殺の攻撃だった。

 故に接近する。強大な力を持つ大型MAへと。

 そこに勝利を確信して――愚かにも。

 

 

 

 アッザムのコックピット。

 MAのコックピットと言うよりも艦橋に近い、人が立って歩ける程に余裕のある空間。そこに配置された操縦席には、数人のパイロットがついて機体を操縦している。

 機体は回転しているが、逆回転してその回転を消しているコックピット内は不動。

 そのコックピットが揺れる。

「……衝撃を吸収しきれないか。損害はどうか?」

『はっ。装甲を削られていますが、機体内に損傷は無し。集中して浴びなければ、問題ありません』

 中央に座る機長の問いに、機体の状態を監視している機関士が答えた。

 先程から砲撃戦を行っているMS小隊の中に、やけに火力が大きい機体がいる。それに比べれば、もう一機のジン・ハイマニューバや、鹵獲機と思われるメビウス・ゼロは問題にならない。

 アッザムの装甲はその砲撃を良く受け止めているが、同じ箇所に複数被弾するなどすれば危ういだろう。

「ならば、奴等とはこのまま砲撃戦を維持する。砲火力で圧倒しろ!」

 機長は判断を下して指示を出す。

 距離を開けての撃ち合いなら、そうそう同じ箇所に被弾するという事はない。ならば、このまま戦い続けるのが正しいだろう。

 それで、こちらの小隊は良い。では、もう一つのMS小隊は?

『接近中のMS二機。後僅かで“籠”に入ります』

「ふん……誘導されているとも気付かずに愚かな奴等だ。蝿のように飛びついてくる」

 測的手からの報告に機長は侮蔑の笑みを浮かべ、そして命じた。

「アッザムリーダー投下用意!」

 アッザムの機体下方から迫るジン。もう頃合いと見たか、ビームを、そして重機銃と無反動砲を撃ち始める。

 しかし、アッザムの重厚な装甲は重機銃弾を弾き、無反動砲とビームは機体を横滑りするように動かしてその射線上から逃れてしまう。

「ふふん。撃ち方が早いぞ臆病者。そらそら、もっと近寄ってこい」

 機長は二機のジンに嘲りの声を投げ、そして待った。

 攻撃を外したジン二機は、更に攻撃を続けながら一気に距離を詰めてくる。

 必殺と思った一撃が空振りした事、敵に潜んで接近していた自分達を認識させてしまった事、それらが彼等を焦らせているのだ。

 焦った二機はあまりに無防備に接近する。アッザムの機体下部に目に見える武装が無い事も、彼等の無謀な接近を誘っているのだろう。だが、それは全て罠だ。

『敵、アッザムリーダーに捕捉! 投下!』『投下よし!』『相対速度合わせ!』

 測的手が声を上げ、直後に砲手がトリガーを引き、合わせて操縦手も動く。

 アッザムは接近する二機との相対速度を合わせるように動き――宙に投網をかけた。

 アッザムの下部から射出されたブイの様な物。更にそこから伸びる無数のワイヤーが網のように拡がり、二機のジンを包囲する。

 直後、ワイヤーが光を纏った。

 ギシリと一度だけ体を震わせ、ジンの動きが止まる――

 

 

 

「――なんだ?」

 砲撃戦の最中、目にした光景にミゲルは呟く。

 機がやや早過ぎた感はあるも下方から強襲をかけ、外された後は焦り気味ではあったが追撃を行った二機のジン。背中撃ち共……

 だがその二機は、敵の大型MAが展開した“檻”に捕らえられ、動きを止めた。

 そのまま無視して大型MAを攻撃するか、檻が邪魔ならそれを破壊するか……そのどちらの行動も取らず、二機はただ動きを止めている。

 ミゲルは、その異常を悟り、すぐさま通信回線を開いた。

「っ……おい、大丈夫か!」

『ぎゃあがああああああうぁ!? あづい! やげっやげる! ぎぃっ! がは! いぎが!? ぐるじ……ぐっ。がああああああっ! だずげ……』

「っ!?」

 溢れだしたのは悲鳴。人間の断末魔。

 ミゲルはすぐに通信を切った。聞いていられるものではない。ミゲルは振り払うように頭を振り、耳にこびりつくその残滓から逃れようとした。

 と、そこに外部から通信が入り、それはラスティの声で告げる。

『カメラを赤外線に切り替えて!』

「赤外線?」

 言われた通り、カメラの画像を赤外線に切り替えた。

 と……見える。檻に捕らえられている二機の機体が白く輝いて。

「表面温度が上昇している!?」

 機体表面の推定温度は4000度。

 装甲は保つだろう。しかし、熱は内部にも伝播する。そんな温度に晒されれば、機体の内部が無事では済まない。

 二機が動きを止めたのは、おそらく熱の影響でコンピューターが動かなくなり……あるいは破壊され、操縦が出来なくなったからだ。

 では、パイロットは? さっきの悲鳴が答だ。

「あれはモビルスーツごとパイロットを焼くってのか!?」

 何の効果かはわからないが、あの攻撃はMSの中にまで効果を及ぼしているらしい。

 さすがにMSという装甲と機械の塊の内奥に居るパイロットには効果は弱まるのだろう。だが、それは苦しみを長引かせる結果でしかなかったわけだ。数千度の熱で炙られたなら、一瞬で死ねていただろうに。

『どうするミゲル!?』

 オロールから通信が入る。

「どうするだって?」

 ……狙い通りじゃないか。流石にそうは言えなかった。

 助けないという選択。それを軽く考えすぎていた様だ。

 一瞬で奴等は宇宙の藻屑となり、自分達はそれに気付きもしなかった……そんな都合の良い状況を勝手に想定していなかったか?

 現実はこうだ。彼等は、オーブンと化したMSの中で、じっくりとローストされている。自分達の目の前で。

 それでも助けないのか? 地獄の苦しみの中で為す術もなく悲鳴を上げている者を見捨てると?

 「助けに行くべきだ」そう思い、すぐにも機体を動かそうとする一方。「仲間を殺そうと奴等を助けるのか?」そんな心の声が体にブレーキを掛ける。

 どうする?

 オロールからの問いかけが頭の中をぐるぐる回る。その間も、彼等は光の檻の中で悲鳴を上げている事だろう。

 どうする?

 自業自得だ。あいつらは、やっちゃいけない事をした。仲間を撃つ者が、仲間に救われる事があってはならない。

 どうする?

 助けないと彼等は死ぬ。背中撃ちとか関係無しに、“人間が死ぬ”。自分の中にある道徳観が叫ぶ。「人を助けろ」と。

 どうする?

 だが、奴等は人殺しだ。人殺しは、人と扱ってはならない。倫理観が叫ぶ。応報だと。人を殺そうとした者が、今ここで見殺しという形で殺されようとしているだけだと……

 それはつまり、殺すのは見殺しにする自分だという事か?

 人殺しになるのは嫌か?

 違う。そうじゃない。今、考える事はそうじゃなくて……

『ミゲル! ラスティが行った!』

「な!?」

 どれだけ思考に浸ってしまっていたのかはわからない。

 しかし、それはラスティにとって、痺れを切らすには十分な時間だったようだ。

「よりにもよって!」

 ラスティのメビウス・ゼロは、敵大型MAに向かって突き進んでいく。その一際眩く輝くテールノズルは、ミゲル達からどんどん遠くなっていった。

 ラスティと背中撃ち共を接触させないよう、細心の注意を払ったつもりがこれか。

「……追うぞ! 敵大型に突貫する!」

『了解! 悪いが、先行するぞ! 加速はこっちが上だ!』

 オロールのジン・ハイマニューバが、その軽快な機動性を活かして急加速していく。

 一方、追加装甲に武装で重くなった機体を大推力で動かしているミゲルのジン・アサルトシュラウドでは、機動性では及ぶべくもない。

「重いな。だが、速度が乗ってしまえば!」

 前進する機体。そこへ、ミゲルを警戒している敵大型MAは変わらず砲撃をかけてきた。

 今までは横に大きく動く事で回避に多少の余裕があったが、今度は敵に向かって行っている都合上、動ける範囲は狭くなる。

 自機ごと自分を焼き払うに十分だろうビームが、突き進むその先から飛来する。

 薙ぎ払うように放たれるビームが、まるで空間に描かれた線の様に見え、むろんそれらは点として飛んでくるよりも回避を困難とさせた。

 そして、回避運動を取れば取っただけ推力を余計に消費し、自機の加速は遅れる。だが、回避を行わなければ、直後には自機はビームの直撃を受けている事だろう。

「く……すまん、オロール任せた!」

 仕方なく、撃ち返して牽制をしつつ進む方針へと切り替えた。そして、ラスティの事は、オロールへと託す。

『わかった! どうあろうと、ラスティを殺さなけりゃ良いな!?』

「……そうだ!」

 “どうあろうと”の部分は、今は窮地にある背中撃ちのパイロット共の事を指すのだろう。

 わざわざ言ってくる辺り、オロールも思う所はあったらしい。それにGOサインを出す事で、ミゲルは改めてその責任を自らに科した。

 奴等を見殺しにする事は、最初から織り込み済みなのだ。

 

 

 

「あれほどの敵が……」

 ローラシア級“ガモフ”の艦橋。その艦長席に座したまま、ゼルマンはモニターに映る戦場に息を飲んだ。

 二機のMSを“檻”で虜にした大型MA。それはその状態のまま砲撃戦をも継続しており、ミゲルを近寄らせもしない。

 ああ、なんだろう。なんて、おそろしいのだろう。

 耳に付けたインカムからは、二人のパイロットの断末魔の悲鳴が、まるで何かバックミュージックのように流れている。

 問題行動を監視しつつも隠匿する為、彼等とはオペレーターを介さずに直通回線をつないだのが裏目に出たか。

 しかし、ゼルマンはその魂を凍らせるような絶叫に心を動かされた様子はない。

 …………

「ああ、そうだ。あれでは勝てないかもしれないな」

 敵のMAは強力だ。複数のMSを敵に回しても勝てる兵器であるのだろう。

 ザクレロの様に?

 ……違う。

 違うが勝てない。

 …………

「輸送艦は……どうかな。ここで敵を止められなければ、追いつかれて任務は失敗だろう」

 敵はMS部隊を撃破しつつある。そうなれば次はガモフ。その次には護衛対象である、連合MSを輸送する輸送艦だ。

 それは任務失敗を意味している。

 …………

「任務は果たさなければ。多くの味方がその犠牲を払った。自分の手でそれを無にする事は出来ない」

 何かに答え返すようにゼルマンは呟き、自分の考えを紡いでいた。

 そうだ。任務を果たすのだ。共に戦った艦“ツィーグラー”の様に。

 ZAFTの軍人として。誇らしい。誇らしい軍人として。

 ここまで守り抜いた……

 ここで我等が敗れ……

 カシャカシャとリノリウムの床を擦る音を立てて……

 全てを失う事は……

 きっとそれは幸せな事で……

 任務の為に……

 それは誰も知り得ない回廊を、這いずるように……

 そうだ、ZAFTの軍人として……

 帰りたい。帰りたい。

 怯懦な心こそ、軍人として忌むべき……

 今も私を見ている……

 本当は生きていたかった筈だ。

 ああ、背後に獣が立っているのがわかるだろう?

「そうだ。任務は果たさなければならない」

 考えるな。見るな。感じるな。

 白い……白い……

 自分は軍人なんだ。任務を果たせ……

 ゼルマンの頭の中を無数の声が満たしていく。まるで毒を注ぎ込むように。

 だが、その全てはゼルマン自身の声だ。

 まるで千々に引き裂かれたかのようにゼルマンは思考し、その形にならない思考は一つの方向へと彼を運んでいく。破滅へと。

「敵大型MAは無理でも、敵の旗艦を叩けば、追撃は不能となる」

 耳朶を打つ生臭い呼気の音が……

 男の断末魔の悲鳴がまるで天上の楽の様に……

 嬉しく、楽しい。笑みが浮かびそうになる。何故? どうして?

 ああ、軍人として為すべき事があるからだ。

「各員へ通達。これより我が艦は、敵艦隊へ進路を取る」

 ゼルマンは独り言を止め、いきなり命令を発する。艦橋要員達の中にざわめきが拡がった。

 それはそうだろう。MSの無い艦、しかも単艦で艦隊に攻撃を仕掛けるなど、自殺行為でしかない。

『艦長! それは自殺行為です!』

『戦況はまだ、そこまで傾いてはいません! モビルスーツ隊も、ミゲル・アイマンの隊が健在です!』

 艦橋要員達は、口々にその判断について反論をしてきた。

 それはそうだろう。一つの艦を特攻に使うなど……その損失は、もともと人的資源に乏しいZAFTにとって大きすぎる。

 また、戦略戦術の視点に関係なく、誰だって死にたくはないという単純な話もあるだろう。

 だが、それを為す事こそが軍人としての……

 助けて。助けて。

 ああ、獣はあぎとを開いて……

 このガモフを一個の弾頭としてでも、敵の旗艦をここで仕留めなければ……

「我々はこの“ガモフ”を敵艦にぶつけてでも、輸送艦の脱出を支援しなければならない……」

 そうだ。そうだ。そうだ。

 命を捨てて任務を達成しなければならない。

 ならない。ならない。

 ああそうだ――獣が今、

 

 

 

 ――コール音。

 通信機が鳴っている。

 大事な命令を出している時なのに。

 ゼルマンは、その呼び出しを無視しようとした。だが、気になって仕方がない。

 コール音は鳴り続けている。口を開こうとするのを、そのコール音が邪魔をする。何故だ? 何故かはわからない。だが、その通信を受けなければならない……そんな気がする。

 命令を発している途中だったが、ゼルマンは不思議とそれを中途で途切れさせ、その通信を受けた。

 誰からの通信か、何処からの通信か、そんな事も確認しないままに――

 それは何処か聞き覚えのある少女の声で囁いた。

『怖がっていると食べられてしまいますよ?』

「――!?」

 次の瞬間、ゼルマンは我に返る。

 同時に何かしら叫んだ様な気もしたが、記憶には残らなかった。ただ言えるのは、通信は切れたという事だけだ。

「今の通信は……」

『通信? 何の話ですか?』

 そう答えたのは、通信オペレーターだった。

 その怪訝そうな顔を見て悟る。“通信など無かった”。

 ゼルマンが命令を発し始めてから今に至るまで、外部からの新たな通信は一切無かった。通信は何処とも繋がっておらず、通信機はコール音を発してさえいない。

 通信オペレーターは不思議そうに返した後、心配げな問いに話を切り替える。

『あの、それより、命令の続きをお願いします。敵艦隊へ向かうのですか?』

「は? あ……いや……」

 敵艦隊へ向かう? 特攻か?

 ……何を考えていた? ゼルマンは自分に問う。

 つい先程まで正しいと確信していた行動に、今は全く同意出来ない。軍人として、最終的にその選択も覚悟はしよう。だが、今は全くその時ではない筈だ。

 英雄志向からの暴走か? 死んで英雄になりたいと夢想する類の……

 いや、そんなものではなかったように思う。

 ただそんな思考しかできなかった様な……

 まるで、何かに追われる様に。追いつめられる様に。獣に追われる哀れな獲物の様に、思考は逃げ場を無くしていった様な。

 そうだ、追いつめられていた。あの時、首筋にかかる獣の吐息を……

 そこまで考えてゼルマンは身震いした。

 考えてはならない。後ろの気配を探ってはならない。直感的にそう思う。

 “怖がっていると食べられてしまう”ならば、怖がらなければいいのだ。

 何も知らぬのだと。何も気付かぬのだと。全ては恐怖の幻想に過ぎないのだと。

 だが……ああ! ああ!

 それは脳の片隅に押しやったとしても、その暗がりから再び出るその時を待っているのだ。

 その姿を闇に感じるのは、影に見出すのは、とても抗いがたい誘いなのだから。そこに恐怖を覗き、その先に破滅しかないとしても。

 だから恐怖を恐怖と感じてはならない。その事のみが、暗がりを覗き込む人を守る盾となる。その守りは薄絹よりも弱く儚いとしても、人にはそれしかないのだから。

「…………」

 ゼルマンは、自分が発狂しているのではないかと疑った。

 どんな思考だ。妄想も良い所だ。支離滅裂ではないか。

 全て、艦長職の重責からくるストレスか何かでの精神的失調で片付く問題に違いない。自分に必要なのは精神科医の処方する薬とカウンセリングだ。

 そうだ……全ては現実ではないのだ。それよりも、今は出しかけていた愚策の撤回をしなければならない。

「……先の命令は撤回する。艦は現在の位置で待機。輸送艦の盾として有り続けるぞ」

 艦橋の中に、目に見えて安堵が拡がった。

 自分が妄想になどかまけたおかげで、艦橋要員達にいらぬ不安を抱かせてしまった……これは、自分が艦長としての責務を果たせていないという事なのではないだろうか。

 この任務を終えたら病院へ行こう。ひょっとしたらそれで退役をせざるを得なくなるかもしれないが、大きな失敗を犯してしまう前に自らを軍から排除するのも軍人の責務だろう。

 そうだ。それでいい。

 だから……今も自分に向けられている見えざる何かの視線を、その実感を伴う妄想を、ゼルマンは努めて無視しようとしていた。

 

 

 

 ――間に合え。

 味方機が光る檻に閉じ込められてから僅か。ラスティ・マッケンジーは自らの乗るメビウス・ゼロを敵めがけて突っ込ませていた。

 連中には正直、良い思い出はない。MSパイロットらしいロクデナシだとはっきり思っている。ああいう手合いは、士官学校の頃から幾らでもいた。だから、今更どうとかは思わない。

 嫌な奴等だった。

 でも、見殺しにして良いわけがない。

 その思考は単純で、無知から来る愚かさだった。ラスティとて、彼等が自分を殺そうとした事実を知っていれば、助けようとはしなかったろう。

 盲目的な博愛主義や理想主義は持ち合わせていないのだ。

 しかし、知らないが故に虎口に飛び込む。

 敵大型MAの放つビームが飛来する。甘く見られているのか、攻撃の手は緩い。

 しかし、それでも加速を最優先にしているメビウス・ゼロに回避をする事は困難で、その進路を塞ぐように撃たれるビームに追い込まれていく。

「そろそろ狙ってくる!?」

 とっさにガンバレルを撃ち出し、そのスラスターに自機を引っ張らせて強引に進路を変えた。そのすぐ後、先程までの進行ルート上をビームが薙いでいく。

「やる……モビルアーマーにもまだこんな進化の道があるのね。やっぱり、モビルアーマーって凄い」

 思わず感心の声を漏らしたが、考えるまでもなくそんな場合じゃない。

 ラスティは操縦桿を改めて強く握りしめ、戦闘に意識を集中した。

 敵大型MAにはどんどん接近している。モニターの中に大きくなる紫玉葱に照準を合わせ、対装甲リニアガンのトリガーに指を乗せた。

 が、思い直して止める。

 きっと、この程度の砲では装甲を抜けない。だから、甘く見られているのだ。無駄な攻撃を仕掛けるくらいなら、今は急ぐ。

 それに、狙うべきはMAの本体ではない。

 さすがに接近しすぎた事が注意を引いたか、敵大型MAがメビウス・ゼロに向ける攻撃が濃密になってきていた。

 繰り返し撃たれるビームが宙に線を引き、その度にメビウス・ゼロの進行ルート上を薙いでいく。

 敵が外しているわけではない。ラスティが操縦を誤れば、直ちにそのビームの中に突っ込み、メビウス・ゼロは焼き尽くされていた事だろう。

 ガンバレルを使い、本来のMAに無い動きをしてビームをかわす。なまじ同じ連合の兵器である為か、無茶な動かし方をするラスティの操縦は捕捉しづらいのかもしれない。

 降り注ぐ光の弾幕。その間隙を抜け、メビウス・ゼロはついに敵大型MAの直前へ至る。

「いっけえええええっ!!」

 対装甲リニアガンを放った。

 狙いは敵大型MA本体ではない。

 その一撃は、敵大型MAの下部、宙に檻を形成するワイヤーの基部を貫いた。

 小さな爆発の後、ワイヤーからは光が消え、檻はあっけなく崩れる。

 支える基部を失って宙に散り始めるワイヤー。その中に、動かないジンが二機、ゆらりと漂う。それはまるで骸のようだった。

「間に合った!?」

 ラスティは小さく声を上げつつ、ガンバレルをまるで腕のように広げてから、動かないジンの合間に突っ込む。

 そして、メビウス・ゼロとジンがすれ違う瞬間。広げられたガンバレルのワイヤーがジンの体に引っかかり、その機体を一気に引きずる。

 無論、メビウス・ゼロとジン双方の機体にとって危険であるし、中のパイロットが急な衝撃で負傷する可能性も高い。

 しかし、一刻も早く運び出さなければ、動かないジンに構っている間に、敵大型MAの攻撃を浴びてしまう。そう考えての強引な手。

 だが、それはやはり無謀だった。

 無反動砲と重機銃を装備したジンが、いきなり爆発に包まれる。

 爆発の位置から見て、無反動砲と重機銃の弾倉が誘爆したのだろう。今までの攻撃で熱を帯びていたそれら弾薬が、今の衝撃を受けて発火したのだ。

 ジンは両手に武器を持っていたが故に両腕を失い、予備弾倉を付けていたが故に腰が砕かれて脚がもげた。

 少し遅れて、推進剤に火が回ったのか、ジンは背中から爆発を起こし、宙で燃え始める。

 彼は、最後まで火炙りの運命から逃れる事は出来なかったのだ。

「あ……ああ……」

 思わず呆然とするラスティが目線をずらしながら見ているサブカメラの映像の中、バラバラになったジンが、ガンバレルのワイヤーの束縛から零れていく。

 離脱の為に全速を出すメビウス・ゼロは、そのジンを残して先に進む。進まざるを得ない。足を止めれば、敵大型MAの攻撃に晒されてしまう。それでも……

「コックピットは!? コックピットが無事ならまだ救助の可能性も……」

 コックピットに近い腰で弾薬の誘爆が起こったのだ。その上、コックピットがある上半身は、今や炎の中にある。無事である筈がない。

 しかしそれでも、一縷の望みをかけて、ラスティは置き去って来た無数の破片の中に目を走らせる。

 その時だった。

 ガンバレルのワイヤーに絡められたもう一機のジンが、身震いするようにその機体を動かしたのは。

 

 

 

 霞む視界。見えるのは半ばがノイズに覆われたモニター。そして、かろうじて映る部分には焼け崩れていく僚機の姿。

 そして、黄色く塗装されたメビウス・ゼロの凄惨な笑みを浮かべるノーズアート。

“ああ、お前だ”

 焼かれ乾き苦鳴の声を上げ続けた事で潰れた喉は言葉を形作る事はなかった。それでも、無意識の内に彼は口の中に言葉を作る。

“お前のせいだ”

 憎悪がたぎっていた。

 そうだ……この女が居なければ、こうはなっていなかった。いなかった筈だ。

 勝手な思い込みに過ぎない。しかしそれでもそれは彼の中で真実であった。

“お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前の……”

 憎悪が溢れる。と、その手が動いた。

 僅かに動かすだけでも、焼かれた体は激しい苦痛を伴う。それすらも燃えさかる憎悪にくべて、彼は操縦桿に手を伸ばす。

 そして操縦桿を握りしめると、機体は軋むように動いた。

 パイロットスーツの内蔵スピーカーからは、動作不良や危険な状態を教える警告音が発せられる。それを無視して彼は、操縦桿のトリガーを引いた。

 トリガーが動かす物は、装備した重粒子砲。しかし、重機銃などよりもずっと精密な機械の塊であるそれは、既に内部を焼かれて使い物にならなくなっており、彼の憎悪に応える事はない。

 彼は落胆とも怒りともとれる呻きを漏らした。

 それでもなお諦めない彼は、苦痛の中に途切れそうになる意識を憎悪で繋げて、続いてフットペダルを深く踏み込む。

 機体の背後、スラスターが火を噴いた。

 熱されていた推進剤が、過剰な程の燃焼を起こす。つまり、バックパックを、推進剤タンクをも燃やして。機体をも炎に包み込んで。

 それでも、その炎は機体をメビウス・ゼロへ向かって押しやるに十分な推力となった。

 

 

 

 爆発を背負ったジンが、突っ込んでくる。

 ――事故?

 メビウス・ゼロに乗るラスティは、気付くと当然、そう考えた。

 自分に憎悪を向けられている事に鈍感だったが故に、ラスティにはそのジンの行動が理解出来ない。

 だからこそ気付かなかった。そのジンがメビウス・ゼロに向けて振り上げた拳に。

 その拳に、意思はあったが、意味はなかったかもしれない。ジンは既に機能停止寸前であり、旧式MAの装甲と言えども破壊出来る保証など無かった。

 しかしその事は試されもせずに終わる。

 ジンを擦過していくジン・ハイマニューバ。それが憎悪に終わりを告げた。

 敵大型MAを迂回しながら追いついてきたオロール・クーデンブルグの機体によって振られた重斬刀の一撃に、ジンは両断されてメビウス・ゼロから離れる。

 そして二つに分かれたジンはそのまま寄り添うように宙を漂い……少しあってから二つの火球となって砕ける。

 その様は無論、メビウス・ゼロからも全て見えていた。

「――どうして!?」

 味方殺し。

 それを目の当たりにしてラスティは悲鳴のような問いの声を上げる。

 だが、通信を通じて届いている筈のその声にオロールは沈黙し、ラスティに答えが返る事はなかった。

 

 

 

『アッザムリーダー、破壊されました!』

 アッザムの中で、機長は測的手からの報告を聞く。

 たかが旧式と侮ったか。まさかアッザムリーダーの方を狙うとは。

「先の戦いでは、高速で突っ込んで無理矢理引きずり出したのだったな。アッザムリーダー破りにも色々あるものだ」

 つい先だってのシグー四機との戦闘では、一機を捕らえたものの、僚機による強行突破で脱出されている。

 もっとも、僅かな時間だったとは言えアッザムリーダーの中に入った影響は免れなかったか、その後に仲間を抱えて鈍くなった隙を突かせてもらう事になった。

 今度のはなかなか上手くやったが、結局、仲間を担いで逃げ出そうとすれば動きがとれなくなるのは一緒だ。

 “一人の負傷兵は、二人の兵の手を奪う”

 相手を嬲り殺す様なアッザムリーダーの特性は、相手を消耗させるには効率的であった。

 ついでに言ってしまえば、アッザムリーダーの発生器は一つだけではないので、破壊されても戦力の低下と言うほどのことはない。

 こちらに被害は少なく、仲間を救おうとした敵に出血を強いた。損得の勝負なら、アッザムの勝利だ。

 と、モニターの中、救出されたジンの一機が、誘爆を起こしてバラバラになったのが映った。どうやら、救出は少々遅かったらしい。

 その無様に嘲笑を浮かべ、機長は命じる。

「仲間を救出し、我等に背中を見せた敵に、たっぷりビームをお見舞いしてやれ!」

『了解。砲撃します』

 砲手は応えた。

 メビウス・ゼロは、残る一機を引きずって逃げようとしている。その重い動きに照準を合わせるのは容易い。

 と、残る一機のジンが、スラスターを爆発させた。

 誘爆かもしれないが、メビウス・ゼロに取り付く様な動きは何なのか。

 溺れる者が救助者にしがみつくような動作。心情的には助けに縋る事を理解出来なくもないが、それは救助者もろともに溺れるだけの悪手だ。

 メビウス・ゼロの機動性はより落ちる事になるだろう。ならば、抱き合ったままビームの炎に焼かれると良い。

 機長は構わず、砲撃が行われるのを待つ。ほんの僅かな時間。しかし、その間に事態は急転した。

「今度は同士討ちか?」

 理解しがたい事に、メビウス・ゼロに取り付いたジンが、さらにもう一機……ジン・ハイマニューバによって破壊される。

 直後、アッザムから撃ち放たれたビームが、それら機体が固まる宙を薙いだ。

 ――が、メビウス・ゼロはそれを回避する。救出したジンから解放された事で、直前に機動性を取り戻していた様だ。

「……そういう事か! 味方を救う為に、負傷兵を切ったな!?」

 ジン・ハイマニューバの行動の理由を想像して機長は声を上げる。

 その想像は、それほど大きくは外れていない。味方を救おうとしたと言う点は正しく、だがアッザムからの攻撃を想定しての事ではなかったが。

「だが、終わったわけではないぞ。続けて攻撃を行え」

 指示を下す。戦いは終わったわけではない。そう……戦いは続いている。

 そしてその事を逆に教えるかのように、その時、アッザムを激震が揺らした。

「な!? 何だ!」

『もう一機のジンからの攻撃です!』

 

 

 

 ――オロールはやってくれた。だが、自分は身動きが取れない。

 敵大型MAと砲撃戦を行うミゲルは、ほぼ釘付けにされている状況に歯噛みする。

 相手の注意を引いているという点で戦果は出しているが、それは単にラスティやオロールが敵の注意を引いていないからとも言える。

 今、ラスティとオロールの両機は確実に敵の注意を引いた。

 どうする? 砲撃をし、それが命中したからと言って、相手の強引に振り向かせる事は出来ない。今までの攻撃の結果を考えれば無理だとわかる。

 115mmレールガン“シヴァ”の一撃をもってしても、敵大型MAの装甲を削る程度に過ぎないのだ。

 ならばどうする? 手をこまねいて見ている以外の行動だ。

 意味のない無駄な足掻き以外の行動だ。

 どうする?

 敵は、仲間達を狙い撃とうとしている――

「良いさ、俺を殺して見せろ!」

 決断は早かった。

 ミゲルは機体の足を止める。敵大型MAが可能とする猛攻を前にしては自殺行為だ。だが、次の攻撃には必要だった。

 そして冷静に敵に照準を合わせ、トリガーを引く。

 それはレールガンではなく、ミゲルのジン・アサルトシュラウドのもう一つの追加武装、220mm径5連装ミサイルポッドがだった。

 撃ち放たれたミサイルが敵大型MAへと直進する。

 それが命中するまで足を止めて待つ。この時に反撃が来ればミゲルの賭けは負けだ。ミゲルの機は容易く撃破され、おそらくはその後にラスティとオロールも撃たれる。

 だが、ミゲルの中の何処か冷静な部分が、その賭けは自分に分があると言っていた。

 敵はラスティとオロールを狙っている。

 ならば、自分への攻撃はきっと遅れるだろう。

 ……もう一撃を放つまでの僅かな時間くらいは。

 ミサイルは敵大型MAに届いた。着弾したミサイルが装甲の表面で弾け、閃光を撒き散らす。

 直後――ミゲルはレールガンを放った。

 

 

 

「アッザムの装甲は、奴の一撃程度では……」

 アッザムの中に響き渡る警告音と、測的手の報告に、機長は焦りの声を上げる。

 レールガンの一撃には耐えられた筈だ。それが何故?

 答が返る。

『違います。ミサイルです! その上に、奴は砲撃を重ねて――』

 ミサイルの着弾には、アッザムの装甲は耐えた。しかし、直後に撃たれたレールガンが、損傷した装甲を突き破って内部にダメージを与えたのだ。

『反撃します!』

 砲手が叫び、機長の返事を待たずに反撃を行った。

 モニターの中、宙に留まっていた砲撃戦型のジンの上半身がビームの直撃を受ける。

 爆発を映すモニターを見ながら、砲手は報告に叫んだ。

『命中! 敵機撃破です!』

 

 

 

「……ミゲル。お前ってば、俺に見せ場を譲ってくれるんだものなぁ!」

 ミゲルの機体がビームの直撃を受けたのを見ながら、オロールは自機に無反動砲を構えさせた。

 その筒先を向けるのは宙に浮かぶ敵大型MA。

 これはチャンスだった。

 ミゲルが作ってくれたチャンスだ。

「落ちろ、糞玉葱!」

 罵声と共に撃つ。放たれたロケット弾は、真っ直ぐに敵大型MAへと突き進む。

 狙いは、ミゲルが穿った装甲の穴。

 無論、そこに狙い当てるのは難しい。だが、それならば。

「全弾、持って行け!」

 当て難いなら数を撃てばいい。どれかが当たるだろう。

 その鉄則に従い、景気よく持ってきた全ての弾を撃ち尽くす。狙いなど、それなりにしか定めていない。文字通りの、「数撃ちゃ当たる」だった。

 敵大型MAに突き進んだロケット弾は多くが外れ、また健在な装甲に弾かれる。

 だが、その内の一発が、ミゲルの穿った穴から進入。その奥で炸裂した――

 

 

 

 敵一機撃墜の戦果に機内が沸いたのは僅かな間で、更なる激震の後にアッザム内の警告音は一段と高まり、全乗員に非常事態を伝えていた。

 装甲の中で炸裂したロケット弾に、機体は大きなダメージを受けている。自機を映したモニターでは、装甲の穴から炎と破片が吹き出しているのさえ見えた。

 だが、機長は怒りにまかせて吠える。

「まだ……まだだ! たかが後二機、このアッザムならば!」

 それは事実だ。

 確かに大きな損傷を受けたが、アッザムの戦闘力はまだ残っており、戦闘の継続は可能。

 残す敵は二機。アッザムからすれば大した敵ではない。

 戦いはこれからだと気炎を吐く事も出来た。

 しかし……

『機長。撤退命令です』

「何故だ! まだアッザムは戦える!」

 通信手が伝えた艦隊からの命令に機長は思わず怒鳴り返した。

『貴重なアッザムを失うわけにはいかないとの事で……』

「少々不利になって臆病風に吹かれたか!? これだから、安全な後ろで椅子をケツで磨くだけの奴等は……」

 文句を吐き散らしながらも、機長は落胆した様子で最後には命ずる。

「砲撃を行いつつ後退せよ。戦いは此処までだ」

『了解です』

 命令は直ちに実行された。

 ユルユルと距離を取りながら、残る敵に砲撃を行う。しかし、そんな身の入らない攻撃で落ちてくれるのは相当の間抜けだけだ。

 そして、敵の追撃はない。

「ここで追撃でもしてくれれば落とせたものを。退き際は知っているようだな」

 追撃の為に追ってくる所を、退き撃ちで討ち取る。そんな戦い方もある。こちらが戦闘態勢を維持している時、戦果に焦る敵には効果が高い。

 残念ながら、敵は間抜けではないらしい。

 機長は無念の気を抑えつつ、離れていく敵機の姿をモニターの向こうに見送った。

 

 

 

 アガメムノン級宇宙母艦の艦橋。ジェラード・ガルシア少将は焦りを安堵に変えていた。

「アッザムの撤退は順調なのだな!? よし、ならば問題ない。早く下がらせろ」

 アッザムは性能評価の為に貸し与えられた特別な機体だ。それを失っては、自分の面目が丸潰れになる。

「しかし、たかだかモビルスーツにやられるとは。機長は何をやっているんだ」

 不愉快そうに、責任をなするかのようにガルシアが言う。

 今まで積んだ勝利故か、MSの事をすっかり見下していた。“アッザムならばこの程度の敵”と、無意識に考えてしまっていたらしい。

「この程度……か」

 その事に自分で気がつき、ガルシアは渋面を浮かべ、調子に乗っていた自分を恥じた。弱いと思い込んだ相手に調子づいて足下をすくわれる、そんな傾向がガルシアにはある。それを省みて。

 しかし、その表情を機長への怒り故と見たのだろう。参謀達の方で機長を責める声が上がり始める。

 が……ガルシアにとってそれは困るのだ。何せ、機長を推薦したのはガルシア自身なのだから。

 どう話題を変えようかと考えていた所、その空気を読んでくれたのか、参謀の一人が声を掛けてくれた。

「ですが閣下。最後に撃墜したあのオレンジの機体は、ZAFTのエースである可能性があります。アッザムの性能の証明になるかと」

 エース。今までに連合軍に流血を強いた怨敵。その撃破は、アッザムの性能を大いに保証する事になるだろう。

 当然、その戦果を出した機長の功績も認めねばならない。「別の機長ならもっと戦果をあげられた」と言うのは容易いが、自分の馬鹿をひけらかす以外の結果を得るのは難しいだろう。

 ガルシアは、エースという言葉にすぐさま飛びついた。

「ほう、エースとはどんな奴だね?」

「ハイネ・ヴェステンフルス。オレンジの機体カラーがトレードマークです」

 参謀は資料の中から、何とも惜しい人名を上げる。確かにオレンジ色でエースではあるが……

 ともあれ、それにガルシアは上機嫌で応えた。

「素晴らしい。アッザムの撃墜記録に記載しておくように。最後は無様と思ったが、エース相手に白星か。機長の事も評価すべきだな」

 これで、アッザムの華々しい戦果の中にエース撃墜が加わる事となる。

 ガルシアは機嫌を直して満足げに頷いてさえ見せた。

 その上機嫌が消えない内にと、別の参謀が問いかける。

「閣下。奪われた連合モビルスーツはいかが致しますか?」

「…………」

 ガルシアは一転して困った様子で眉根を寄せた。

 これ以上の戦闘を行うなら、艦隊はアッザムに頼らずに戦う他無い。

 敵の戦力は圧倒的に少数ではあるものの、万が一の被害を被る危険は犯したくなかった。

 いや、敵が如何に少数でも、戦力の質で劣る以上、被害は絶対に発生するのだ。兵の命が大事という訳ではないが、失われる中に自分が含まれる未来は極力避けたい。

 それに、既に十分な戦果はあげている……と、言い訳が出来るくらいには戦果はあがっていた。ならばもう、いいのじゃないだろうか。

 ガルシアは、わざとらしく咳払いをし、言い繕う様に言葉を紡いだ。

「強攻はしない方針だ。此処は見逃してやるしかないな。実に残念だが、敵には幸運だったようだ」

「全くです。敵は命拾いしましたな」

「閣下の温情に感謝すべきです」

 参謀達が口々に賛同してガルシアを褒めそやした。要するに、ここにいる誰もが、危ない橋を渡りたくなどないのだ。

 どうせこの連合MSの一件は大西洋連邦の失点でしかない。多少、着せる恩が少なくなるが、ここで欲をかく必要がある事でもないだろう。

 考えても見ろ。連合MSの件で大出血した大西洋連邦と違い、ユーラシア連邦は一人の兵も失わずに大戦果をあげ、自国製新型MAの性能を証明してみせたのだ。既に大勝利ではないか。

 しかしまあ、つまらない所をほじくり返す連中も多い事だ。建前に近いものだったとは言え、作戦目標未達成は痛い。

 しばらくは基地から根回しの日々だな……

 自分の功績を最大限に活かす為、そして更なる地位を得る為、基地に帰ってからがガルシアの戦いとなる。こんな所で戦っている暇はない。

 結論に至るとガルシアは改めて命令を下した。

「各艦、各モビルアーマー隊には、アッザム収容中の対空警戒を厳に行わせろ。アッザムの収容が完了次第、“アルテミス”へ帰還する」

 

 

 

 敵大型MAの後退。その後、連合艦隊は見事と言って良いくらいに整然と撤退していった。

 もっとも、そんな事は鉄の棺桶と化した自機の中にいるミゲルにはわからない。

 火が落ちて自分の指先も見えないような完全な暗闇となったコックピットの中、ミゲルは身じろぎ一つせずに操縦席に座り続けていた。

 と……機体が揺れる。何かが機体に触れたようだ。そしてそれは、ミゲルが期待した通りの相手だった。

『ミゲル、無事か?』

 接触回線を通して通信が届く。相手はオロールだった。

「……何とかな」

 ミゲルは安堵の息を吐きつつ、身動きはしないままに答える。

「敵は?」

『撤退してくれた。肝が冷えたよ。こっちは弾切れで、敵のもう一押しがあったら死んでたぜ。って……見えてないのか?』

 オロールに戦闘結果を聞き、危機は去ったと知ってミゲルは安堵した。

「そうか、まあ勝ちだな……で、こっちはカメラ全損、通信不能だ。何も見えないし聞けない」

『だろうな。胸から上がごっそり無くなってるわ。よく生きてたな』

 胸から上……ああ、そこに当たったのか。

 ならば、メインカメラのある頭部、そしてアサルトシュラウドで追加された武装は全て失われた事だろう。肩辺りのサブカメラも死んだだろうし、肩から腕の駆動装置も全損か?

 修理は……いや、ここまでやられれば、廃棄処分だろうな。

 そんな事を考えながら、ミゲルは応答する。

「撃たれる事はわかってたからな。砲撃後に下に機体を移動させたんだ……」

 反撃は絶対にあると考えていた。だから、砲撃後はすぐ機体を動かした。結果、それが命を救ったらしい。

 まあ、命は救われた。それは良いとして……だ。

「あー、いや、痛い。体が死ぬ程痛い。酷く揺さぶられたからな。ラスティはよくあれで無事元気だったよ」

 全身を痛みが覆う。着弾直後の激震の事は記憶に薄い。だが、これだけ全身が痛むのだ。おそらくはシェイカーの中のカクテルみたいに振り回されたのだろう。

 打撲で済んでいれば良いのだが、骨だの筋だの壊していたら、回復に時間がかかる。

 同じ様な撃墜のされ方をしておいて、よくもまあラスティは無事だったものだ。あれは、まるでその時にコックピットにいなかったみたいな無傷っぷりだった。

『帰ったら、予備機体も無いし、しばらく医務室生活出来るぜ? 羨ましいよ』

「羨ましいか? 代わってやるよ」

 オロールに言われたが、そいつこそは御免だ。ベットに安全ベルトで拘束された状態で何日も過ごすなど、退屈で殺す拷問かと思う程に苦痛だ。

『くくっ……』「はは……」

 二人の間に小さな笑いが起き、それが静まるとただ沈黙が残った。

 ……気分的に話し難い。しかし、放っておける事でもない。

 憂鬱な気分でミゲルは切り出す。

「ラスティはどうした?」

『お前の生存確認までは居たよ。今は、帰っちまったな』

 オロールの返答は何の気無しの言葉の様に聞こえた。

 が、味方パイロット……実質は仲間の背中を狙う敵だったわけだが、ともかく味方を助ける為に敵に突っ込んでいくあのラスティが、ミゲルの生存が確認されたからと言って、さっさと帰ってしまうはずがない。

 あのやたら攻撃的で情熱的な性格からしても無い事だろう。

 ならどうしてなのか。答えは一つだ。

「不味い所を見られたしな」

『言い訳は出来ないしなー……口利いてくれなくなっちゃったよ』

 あの時。仕方なかったとは言え、オロールは“味方殺し”を行った。

 ミゲルは重々承知であるし、ゼルマンにもそれがラスティを救う為だったとは理解してもらえるだろう。罪にはなるまい。

 しかし、何も知らない……何も教えられていないラスティにとってはどう見えたか? それは言うまでもあるまい。

「お前は悪くない。命令したのは俺だ」

 それは自身で背負う事に決めた。ミゲルが言うと、オロールも言葉を返す。

『だよなー。お前、責任とって何とかしろよ?』

「……ここは互いにかばい合う所じゃないのか? ああ良いよ。お前にそんなの期待した俺が馬鹿だった。帰還したらラスティに……っ!」

 話を続けようとして、ミゲルは体を襲う痛みに呻く。苦痛は今も全身を苛んでいた。

『……全部、治療を終えてからだな』

 オロールは苦痛に呻くミゲルへ気楽に言う。まるで気にしていないと言う様に。

『なーに。この任務が終われば、多分、ラスティともお別れだ。ラスティの中で俺が背中撃ちのままだったとしても、何も問題ないさ』

「そうだな……」

 それはそれで良いのかも知れない。少なくともラスティが、自分自身が命を狙われ、彼女の愛する戦いを汚されていたと知る事はないのだから。

「お前一人、糞の様に嫌われればそれですむもんな。俺も楽が出来て良かったよ」

『おいおーい。ちょっと気を楽にしてやろうとしたら、本気にしちゃったのかい? 仕事しろよ? 任務終了まで、部隊の統率はお前の仕事だぞ? 隊員間の揉め事とか放置すんなー?』

 冗談混じりに嫌みたらしい言葉を吐く。お互いに。その後、ミゲルとオロールは笑いあった。

 もっともミゲルは、笑った事で呼び覚まされた体中の痛みに、しばらく声も無くもがく事となるのだが。

 

 

 

 かくして、連合宙軍アルテミス所属ユーラシア連邦艦隊の戦場離脱により、ヘリオポリス沖会戦と呼ばれる一連の戦闘は終了した。

 結果は、連合宙軍第8艦隊が壊滅。一部の艦は残ったが、第8艦隊が再編される事は当面無いだろう。

 彼等は、連合製MSの奪還にも失敗しており、幾隻かのZAFT艦を撃沈させるも、自らも大きな被害を出し、目標は果たせずに終わった。

 一方、ユーラシア艦隊は、その新兵器アッザムの実戦投入を行い、自らは被害を受けることなく大きな戦果を上げた。この事は、後にユーラシア製大型MAの存在を強くアピールする事となる。

 ZAFTは、今会戦に参加した艦艇に全滅と言って良い被害を出した。とは言え、参加艦艇数が少なかった事もあり、それほど大きな被害ではないとも言える。

 肝心の連合製MSは守りきっており、作戦目標を一応は達成していた。

 この後、輸送艦と合流したローラシア級モビルスーツ搭載艦“ガモフ”はプラントへの帰途を辿る事となる。

 ZAFTによる連合MS奪取から始まり、荒れに荒れたヘリオポリス周辺宙域は今、仮初めのものかもしれないが一時の凪ぎを迎えた。

 


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