CoCキャラが、ダンまちの世界に来たようです。   作:みかん

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第2話

 ベル・クラネルは人生災厄の日はいつかと尋ねられたら、それは今日だと彼は答えただろう。

 

 自分が目指す理想のためにダンジョンに入り、いつも通りモンスター達と戦っている最中。彼は恐ろしいミノタウルスと遭遇したのである。

 本来、ミノタウルスは地表に近いこんな所に現れるモンスターではない。もっと下の階層に存在する恐ろしいモンスターだ。それが何が起こったのか、こうして追い回されることになってしまった。

 

 ベルのレベルはたったの1しかない。ゴブリンなどの弱いモンスターと戦うことで精一杯な自分が、中級冒険者すら時には殺してしまうミノタウルスに勝てるわけがない。

 ベルの胴体ほどもあるミノタウルスの太い腕が当たってしまえば、防げたとしてもそのままぺちゃんこになってしまうだろう。あっという間にミンチの完成だ。

 

 必死の形相で、汗が流れるままに走る。走る。走る。

 身体が悲鳴をあげ、込み上がっている胃液を必死に飲み込みながら逃げ続けた。出口はどこかなど、考えられられる余裕すら無かった。ベルは追いかけられるままに走るしかなったのだ。

 

 いつこの逃走劇は終わるのか。終わりはどんな終わりを迎えるのだろうか。そう考えたら怖くてたまらない。宛のない闘争に、諦めてしまおうかとさえ思った。

 帰りを待つ神様の笑顔が頭に思い浮かんだ。祖父と語り合った理想と思い出が頭を過ぎった。それだけが孤独に戦う彼の心を励ましとなり、生きるチカラとなっていた。

 

 しかし生きたいという思いがいくらあっても、彼の身体は限界を迎えつつ合った。

 このままミノタウルスの餌食となり、夢も理想も消え果ててダンジョンに飲み込まれるか。

 

 「……っ!」

 

 歯を噛み締め、もう限界だと死を意識し始めた。その時であった。

 

 彼の耳に不思議な声が聞こえた。

 女の声、それも幼い。まるで泣いているかのように悲しく、そしてほえるようにそれは洞窟の中を木霊して響いた。

 一直線に続くダンジョンの先、暗く見えなかったその先から、この声は此方へと伝わってくる。

 

 「ッ!逃げるんだッ!こっちに、ミノタウルスが……ッ!」

 

 ベルは自身の残り少ないスタミナ、そして危機を顧みずに叫んだ。無意識であった。

 

 少女の声が聞こえた時に、彼は自分の身よりも彼女を優先したのだ。それは英雄的な、尊い行いだった。

 先にいる何者かに彼を追うミノタウルスを押し付ければ、少しは彼が生き延びる可能性もあったかもしれない。実際、そうやって見ず知らずの冒険者にモンスターを押し付けて、自分は逃げる輩の存在というのは、このオラリオでよく聞く話であった。

 だが、彼はそんな事を考えられるような人間ではなかったのだ。危機にあったとしても、自分よりも他者を想う素晴らしい優しさを持っていた。

 

 そしてその優しさが、ベルの運命を決めた。

 

 注意が一瞬切れたことによって、限界をとっくに迎えていた足が地面に躓いた。

 激しく転倒し、ダンジョンを転がった。衝撃に思考が上手くできず、視界が揺れて定まらない。

 

 「……う、あ」

 

 苦痛に溢れる声。呼吸すらままならない有様だった。

 そんな中で、彼は自身に覆いかぶさる大きな影に気づく。痛みに歪む顔を何とか持ち上げて、それを見上げた。

 

 鼻息を荒くし、目を爛々と輝かせたミノタウルスの姿がそこにあった。

 振り上げられる筋肉隆々の巨腕。その手には自分を圧し潰さんと握られた武具。

 

 「……ッ!」

 

 目を瞑った。襲い掛かってくるであろう、大きな衝撃を想像して身体が強張った。死を覚悟した。

 

 「……?」

 

 だが、いくら待ってもその時は訪れなかった。

 

 恐る恐る、目を開く。

 そこにはミノタウルスが腕を振り上げたまま固まっていた。ベルは短い悲鳴を上げて、這うように逃げようとする。

 いつその掲げられた武具が、振り下ろされるのか解らない。ああ逃げなくてはと、痛む身体にムチを打って進もうとするも、逃げて疲れ果てた身体は思うようには動いてくれなかった。

 

 不味い。

 焦るベルの視線が、ミノタウルスと交わったその時。

 

 大きな声がダンジョンをこだました。

 

 「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?」

 

 それはミノタウルスの口腔より飛び出た声であった。

 あまりの大きさに、思わずベルは自分の耳を塞いで蹲る。

 

 「い、いったい何が」

 

 怯えすくんだベルが、ミノタウルスを見つめた時。それは起こった。

 

 ミノタウルスの全身が震える。手から武具がこぼれ落ち、それを気にすること無くミノタウルスは全身をかきむしり始めた。

 見ればミノタウルスの皮膚の表面が黒ずみ、斑点が至る所に生じていた。さらにそれは隆起し、弾け、さらには泡立ち始める。

 苦悶の表情を浮かべたミノタウルスは悲鳴を上げると、立っていることが出来ずに倒れてダンジョンを転げ回った。地表は黒ずんだミノタウルスの血で塗れ、肉が腐るような独特な匂いがベルの鼻にツンと響く。

 

 あまりにも不可解な現象に、ベルの視線は釘付けとなっていたが、彼は先ほどから聞こえていた声が、より自分のところへと近づいている事に気がついた。

 ミノタウルスの大きな悲鳴の中で、ベルは小さな足音を聞き、唖然としたままに振り向く。

 

 「……え?」

 

 そこには、小さな少女の姿があった。

 黒髪黒目の珍しい様相は、話に聞く東方の出身であるかのように思える。

 

 問題はオラリオの街では見慣れない服装。街中に買い物に出かける時に来ていくようなそれは、ダンジョンを探索するのにあまりにも不適切な服であることは、ベルの目にも明らかであった。

 さらにベル見る限りでは、剣や斧といった武具を身に着けておらず、杖も持ってはいなかった。身軽な装いから、サポーターである事もないだろう。それ以前に、ダンジョンに潜る最低限の飲食物を持っているようにも見えない。着の身着のままだ。

 

 ダンジョンに現れた、不可思議な少女。その口は絶え間無く声を紡ぎ続けており、よく聞けばそれは歌のようにも感じられた。

 まるでおとぎ話、夢を見ているかのような非現実的な光景に、ベルは混乱するままにその姿を目に刻む。そしてより一層激しくなったミノタウルスの悲鳴、最早絶叫とも言えるそれを聞いて我に返った。

 

 ベルは慌てて振り返り、息を呑んで固まってしまった。

 

 それは悲惨極まりない光景であった。

 ミノタウルスの体中が隆起しうねり、皮膚が溶けて見える筋肉の上でも、気泡が生まれて弾けていた。既に全身が泡立っており、皮だけではなく肉までもが溶けてグズグズとなっている。

 激痛に襲われるミノタウルスの目は、既に正気を保っているようには見えなかった。大きく開かれた口の中にも、気泡が生まれて弾けているのが見て取れる。

 

 ついには声も出せなくなったのだろう。声にならない声を上げ、地表を転げ回る力も無くなり、まるで芋虫のようになってしまった。

 その視線がベルと交差する。何を思ったのか、全身から腐った血の匂いを漂わせたミノタウルスが、震える手でベルへと手を伸ばした。それはあまりにも弱く、滑稽で。ベルはこれがほんのすこし前まで自分を追いかけていた、あの強いミノタウルスには思えなかった。

 

 「……あ」

 

 その目が助けを求めるものだとベルが気がついたその時、ミノタウルスの身体はまるで風船のように破裂した。一瞬全身が膨れ上がったかと思うと、パンっという湿った音と共に水風船のごとく、ドス黒い血を周囲に飛び散らせる。

 おびただしい量の血がベルにかかり、彼は一瞬にして血だらけとなってしまった。

 

 精神的ショックで固まるベル。

 少女の声は聞こえなくなっていた。此方に歩み寄り、隣に並んだ少女を呆然と見上げる。

 

 「……うーん、グロテスクさがないクリーチャーですね。格好良さすら感じますが、どこの眷属だったのでしょうか」

 

 無機質な目で広がる血の池を眺めていたが、自分に向ける視線に気がついたのか、黒い眼をベルへと移動させた。

 この時、ベルは初めて理解したのだ。この少女が、この少女こそが、あの恐ろしいミノタウルスをこのように変えてしまったのではないかと。

 

 凍りついた心に恐怖が襲いかかり、精神が悲鳴を上げた。

 負の感情の濁流が荒れ狂い、ベルの感情をかき乱していった。

 

 逃げなくければいけない。

 

 どうしてそう思ったのか、それは彼にもわからない。

 いや、正しくは意味など無かったのかもしれない。何故ならばそれは理解とは程遠い本能の叫びであったからであり、思考が麻痺した先にある生物本来の衝動であったのだから。

 

 逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ――――

 

 「落ち着いてください」

 

 静かな少女の声が、不思議なほどにベルの心に溶け込んできた。

 

 「――――え」

 

 「大きく息を吸って、吐いてください。大丈夫です。もう何も起こりません。私は何もしません。貴方は大丈夫です」

 

 それは根拠のない言葉であった。

 何も起こらない保証もなければ、少女が自分に何かしない保証もない。

 この現状を考えれば、どんな馬鹿でもその事実には気がつくはずであった。

 

 「ほら、大きく息を吸って吐くんです。深呼吸ですよ、大事ですよ、ゆっくりでかまいませんから。……ね?」

 

 優しげに微笑む少女。

 その姿を見て、その声を聞いたベルは、何故か彼女の言葉が本当の事だと思えてならなかった。

 自分を案じる言葉に、あれだけ掻き乱されていた心が徐々に落ち着き、深呼吸を重ねることで高ぶった精神も落ち着いてくる。

 

 「……落ち着きましたか?」

 

 少女の言葉に、ベルはゆっくりと頷いた。

 

 その様子を見て、少女はほっとしたように胸を撫でる。

 その安堵は少年、ベルが落ち着いたから生じたものではなかった。彼が助かったからという理由でもなかった。この少年を攻撃しなく良かったという、安堵からくるものであったのだ。

 

 暗闇の先を見て解った、化物と少年の存在。

 自分はどう動くべきなのだろうか。隠れるところはなく、この光景から逃れるすべはない。第一、もしこれを見逃せば少年の命がない事は、彼女の観察から明らかであった。

 

 となるとだ。

 重要になるのは、敵対する二人のどちらに味方するのかであった。

 彼女の判断から、呪文を唱える時間は十二分にある。距離を考えても、確実に先制を取って攻撃できるだろう。一度攻撃できれば、彼女の呪文はそのまま相手を殺すことができる。

 

 だが、どちらを攻撃したら良いのだろうか。

 

 ベルは知らないだろうが、彼の命は「人型は神が化けている可能性が高い」という理由で救われたのだ。

 化物は見たままの存在であり、例え知性があってもそれ以上の存在と成る可能性は、彼女の経験からして極めて少なかったのだ。

 見た目通り強く、悍ましい存在であったとしても、彼女にとってはその範囲を出ないのである。その程度であれば、いくらでも対応してこれた。

 

 しかし、人間であった場合は判断が難しい。自分と同じように迷い込んだ存在かもしれないし、神々の端末や神々自身が化けた存在かもしれない。しかも人をかたどったとなると、役割や駒としてお気に入りの可能性も高い。

 それを傷つけてしまったら、大きな災と報いが自分に訪れることになる。逃れるのも、弁解するのも、生き残るのも大変になってくるだろう。

 

 その結果、彼女は少年を助けることに決めたのだが、どうやらそれで正解だったらしい。

 

 だが彼は混乱と狂気に陥っており、とっさに精神分析を行って助けたことは愚かな行いであった。

 もし彼が神であったのなら、その心を覗いたことで人間としてのキャパシティが限界を迎え、自分の精神は狂気と恐怖に蝕まれてしまっていたかもしれないからだ。

 結果的には人間、もしくはそれに準ずる状態の生き物であったから助かったが、これからは気を引き締めねばならない。小さなミスが、自分と世界の命運を分けることを貴方は知っている。

 

 この少年らしき存在との出会いが、恐ろしくも悍ましき旧支配者達の演劇の開幕となる。そう彼女は直感した。

 

 「えーと、キミの名前を教えてもらえるかな」

 

 「べ、ベル・クラネルです。あ、貴方は……」

 

 「あー、外人さんかな。私の名前は――――」




なんか感想と、評価もらえて嬉しかったら続いてしまいました。
続いたからには、少し文体を整えねばと四苦八苦。

妄想楽しい、すごく楽しい。
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