どうしてこうなってしまったのか(;・∀・)
地の文を極力削って会話中心で話を進めてます。
司令室のかっこよさみたいものを目指したのですが……
艦娘の出撃と重雷装巡洋艦に関して独自設定がありますので、
その辺をご容赦いただければなぁと思います。
大井っちがお好きな方、どうかお手柔らかにお願い致します……
なお、この話は下記サイトで同時掲載してます。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9138777
巨大な軍用航空機の後部ハッチの前。そこに佇む大井は深呼吸を一度だけ行ったようだ。機内中央の司令室にいる提督の耳に、スピーカーを通してその吐息が感じ取れた。
「気分はどうだ大井?」
はじめての重雷装巡洋艦の艤装に身を包む大井は、大きな重圧を感じているかもしれない……そう気遣ったが故の言葉だったのだが……
『……大丈夫。なんたって北上さんと同じ艤装を身にまとってるんですもの』
どうやらそれは取り越し苦労に終わったようだ。スピーカーから聞こえる大井の声に、緊張は微塵も感じられない。むしろその声色からは、自然と持ち上がった大井の口角が見えるようだ。
そんな大井の反応に苦笑しながら、少し離れた位置にいるオペレーターに目配せをする。頷いたオペレーターは目の前のコンソールのボタンを押した。途端にスピーカーから聞こえる、風の轟音。轟々と轟くその音は、後部ハッチが開き、大井のいる場所が減圧されていることを伝えている。スピーカーを伝って風圧がこちらにも届くようだ。
「よし確認するぞ。これからお前の、重雷装巡洋艦としての適性試験、及び性能評価試験を行う。北上の時は演習による評価試験だったが、今回は実戦で行う」
『相手の編成は?』
「現在作戦区域にはタ級が1、ヲ級が2、リ級が1確認出来る。うちの鎮守府ではないが、友軍の防衛艦隊を突破して、依然こちらに侵攻中だ」
『ちょっと待ってバカじゃないの!? そんなの評価試験で戦う相手じゃないでしょ!?』
「編成としてはありふれている上に数が少ない。まだ捕捉出来てない潜水艦か何かがいると考えるべきだろう。充分注意するように」
『私の話を聞きなさいよッ!!』
司令室に轟く風圧の音に負けないほどの大井の怒号は、提督の苦笑いを呼んだ。
『……それで? こっちの味方は? 合流するのは誰なの?』
「いない。お前一人で全員を撃沈してもらう」
『アンタ……ふざけるのもいい加減に……ッ!!』
「不服か?」
『当たり前でしょ! それだけの編成、私一人で全部撃沈出来るわけ無いわよ!!』
ギリギリと歯ぎしりの音が鳴り響く。まるで大井の憤怒の形相が見えるようだ。
そして、ここまでは想定通り。提督はここで、スピーカーに向かって大井の姉から授かった切り札を切ることにする。
「……風呂」
『あンッ!?』
「北上が風呂場でお前を待っているそうだ」
『……ホント?』
大井の声色が変わった。憤慨しブチギれて、ともすれば上官である提督を殺しかねない勢いだった大井の声が、恋する少女のそれへと変わる。
「本当だ。伝言も言付かっている」
『何て言ってたの? 北上さん、私に何て言ってたの?』
「“お風呂で待ってるから、早く合格して帰ってくるんだよ大井っち〜”」
『声真似やめて北上さんの言葉が腐る』
「お前、俺を上官だと思ってないだろ」
『……まぁいいわ。本当なのね。北上さん、私のことを待ってくれてるのね』
「もちろん。だからまずは、目の前の試験を突破してくれ。お前なら行ける」
『軽く言うわね……戦うのは私なのに』
「他人事だからな」
『時間です』の声が響いた。オペレーターが提督をじっと見ていた。
『ちなみにさぁ』
「ん?」
『北上さんの評価試験はどうだったの? 北上さんの戦績は?』
「北上は演習での評価試験だ。参考にならんぞ?」
『いいから教えて』
「……大和と武蔵、加賀の三人を撃沈、瑞鶴と伊401を大破。神通だけが小破だったな」
『北上さん自身の損傷は?』
「……小破だ」
『……』
北上の性能評価試験の時のことを思い出し、提督の身体が震えた。あの光景は壮絶だった。他の鎮守府の者とはいえ、演習相手は名だたる歴戦の強者6人。それらを相手に、北上はたった一人で、神通以外を戦闘続行不可能まで追い込んだ。
――まー、こんなもんじゃん?
試験後の北上のセリフを聞いて……提督は自身の部下に、とんでもない艦娘が紛れていたことを、改めて思い知らされた。破壊された相手の艤装の瓦礫と倒れ伏す艦娘たちの中心に立つ北上の姿に、提督の意識は恐怖を抱かざるを得なかったのだが……。
『……だったら、私もこれぐらいはこなさなきゃね』
スピーカーから流れてくる大井の声は、意外にも弾んでいた。
「萎縮しないのか」
『全然。むしろやる気が出るわよ。北上さんがそれだけ出来るなら……北上さんのパートナーとしてふさわしくなるには、少なくともそれ以上の戦績を上げなきゃ……ってね』
「……」
『それに、帰ったら北上さんがお風呂で待ってる……』
『開きました。いつでも行けます』とオペレーターが告げた。頷いた提督は再び、スピーカーを見つめ、その向こう側の少女へと呼びかけた。
「……漫談は終わりだ。行け」
『了解。行きます』
次の瞬間、提督はスピーカーの故障を反射的に疑った。
『きったかっみさぁぁああああああん!!! まっててねぇぇええええええええ!!!』
まったく……大井と話していると苦笑いしか浮かばない。本日4度目の苦笑いを浮かべながら、提督は立ち上がった。
「大井、降下していきます」
「着水と同時に、大井を中心にした海域情報をモニターに出せ」
『ちょっとまって提督! 口乾く!!!』
「海域の状況はどうだ?」
「晴天です」
「身を隠せない……まずいな」
『わ゛だじばま゛げな゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛い゛!!!』
「海面まであと100」
『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!?』
「大井。聞こえるか。もうすぐ着水する。体勢を整えろ。主機を装着した足から着水出来るように姿勢を制御しろ」
『ぞれ゛どぉぉおおお!!! でぎぜい゛に゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛!!! 何の関係がぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?』
「着水地点、割り出しました」
モニターを見る。円形のモニターの中心に『大井』と注釈された光点が一つ。それを囲むように、紫色の光点が4つ。
「大井。聞こえるか大井」
『な゛に゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛い゛!?』
「着水地点は敵艦隊のど真ん中だ」
『な゛ん゛でずっでぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛!!!』
「着水します」
スピーカーに再び轟音が鳴り響いた。続いて、大井の着水で発生した水しぶきの音が司令室に轟く。必要以上に音響にこだわった司令室なのか……提督は不思議と顔に水しぶきがかかった錯覚に陥った。
「大井、着水しました」
『……何よこれぇ……ホントにど真ん中じゃないッ……!』
「そう説明した。艤装に損傷は?」
「着水の衝撃で主機に多少の損傷が認められますが……許容範囲内です」
「だそうだ。行けるか大井」
『行けなかったら……どうするってのよ……ッ!?』
「がーんばれっ」
『殺す!! 戻ってあんたを絶対殺すッ!!!』
モニター中央から少し上にある2つの光点が、中心から離れていく。注釈には、それぞれ『ヲ級1』『ヲ級2』。充分に距離を離したと思しき2つの光点から、更に細かく小さな光点が無数、中央の光点に向かって走り始めた。
「ヲ級が爆撃機群を発艦させたぞ」
『見えてますー!!』
「対空砲起動。対空戦闘に入れ」
『やってますぅぅううううう!!!』
大井の声にかぶさるように、タイプライターの何倍もけたたましい対空砲の発射音が司令室に響いた。反射的に提督は耳をふさぐ。そのけたたましい音の向こう側で、甲高い風切り音が鳴り響いている。
『きゃあッ!!?』
対空砲の音をかき消す爆音が轟いた。スピーカーの音量のせいか、司令室にも衝撃が伝わったようにも感じた。かぶっていた帽子を足元に落とした提督は、そのまま帽子を拾わず、モニターを注視し続ける。
「無事か?」
『無事なわけないでしょ!! 単装砲が死んだわよ!!!』
オペレーターを見る提督。頷くオペレーター。爆撃機を示す無数の光点は、少し数を減らしているように見えた。
「まぁ今のお前にとっちゃ単装砲は飾りだ。魚雷と副砲でなんとかしろ」
『とことんムカつくわねアンタ……ッ!!!』
中央の光点が前方に移動を始めた。ヲ級二人の光点との距離が詰まる。二人のヲ級のうちの一人は後方に移動し、もう一人は離れた位置にいるタ級の方へと移動を開始したようだ。
「ヲ級2がタ級の方へと移動してる。魚雷を撒いて合流させるな」
『うっさいわよ!!』
大井を示す光点から、二本の細い線が伸びた。『torpedo』と注釈が入ったそれは大井が発射した酸素魚雷。ヲ級2とタ級の合流予測地点に向かって、まっすぐに伸びている。
「酸素魚雷、10本発射されました」
「モニターし続けろ。直撃しないようならマニュアルで起爆。少しでも奴らにダメージを与えろ」
「了解」
『そんなことできるんならもっと早く教えてよ!!!』
「んなこと言ってる間に早くもう一体の……」
モニターの中に、見慣れない表示を見つけた。大井とヲ級を結ぶ進路にぶつかるように伸びる白い線……先程大井が放ったものと同じものだ。
「減速しろ」
『ハ!?』
「魚雷だ。スナイプされた」
これは魚雷。どこから発射されたかも分からない出所不明の魚雷が数本、大井に向けて発射されていた。
『もっと早く言いなさいよ』という大井の苦情は、それに重なった爆発音でかき消された。
『……ッ』
「……無事か?」
「反応はあります」
「大井、返事しろ大井」
『いだだだ……なによ……』
「試験の続行は可能か?」
『当たり前でしょ……こいつら全部沈めて、北上さんとの勝利のお風呂を満喫しなきゃいけないんだから……ッ』
予想以上に強い口調の大井の様子に、提督はホッと胸をなでおろす。改めてモニターを見つめる。先程まで大井が距離を詰めていた、ヲ級1の光点が消えている。
「ヲ級1、撃沈しました」
「ほーん……」
「被弾する寸前に大井も魚雷を放っていたようです。酸素魚雷は痕跡が出ませんから、相手も気づかなかったんでしょう」
「なるほど」
改めてモニターを注視する提督。タ級から光点が一つ、大井に向かって移動していた。先程大井が二人に放った魚雷は、まだ届かない。
「タ級、観測機を発艦させました」
「やっかいだな……大井」
『何!?』
「タ級が観測機を発艦させた。砲撃がこれからやかましくなるぞ」
『だったら一人ぐらい味方をつけてよ……!!』
「改めて言うが、これはお前の評価試験だ」
『被験者を裸にする試験がどこにあるってのよ!!!』
ワーワーギャーギャーとうるさい大井の抗議をすべて聞き流し、提督はタ級とヲ級2の光点をジッと見つめた。
「タ級とヲ級2の予測進路を出せ」
「はい」
光点の動きが、白く細い線として表示された。それらの線は、魚雷の予測進路を、わずかにそれている。
「……大井、お前がさっきばらまいた魚雷は当たりそうにない」
『当たり前でしょ……進路ズレてるのこっちからも見え……ひやっ!?』
「どうした?」
『砲撃されてるに決まってるでしょ!?』
「……相手の予測進路を送る。弾幕で相手を魚雷の進路に押し戻せ」
『ちょっとは心配しろ……ッ!! 下着姿で戦う私を……ッ!!!』
「出来ないのか? “がんばってよ大井っち〜”」
『殺す!! 絶対に殺ーす!!!』
大井の魂の叫びが司令室に響き渡り、同時に副砲と対空砲の轟音がとどまらず鳴り響いた。
必要以上に激しい大井の弾幕は、タ級とヲ級2に対する嫌がらせとしては充分に機能したようだ。2つの光点は、魚雷の予測進路へと入った。
「よしそのまま釘付けにしろ」
『わかってますぅううううう!!!』
副砲が更に激しく火を吹いたようだ。そのまましばらくの後、タ級とヲ級2の光点がモニターから消えた。光点が消えた地点には、『LOST』の注釈が入っている。
「酸素魚雷着弾。撃沈を確認しました」
「よし」
『あんたも!!! 落ちなさいなッ!!!』
再び鳴り響く、重いタイプライターのような対空砲の音。大井の光点のすぐ側をさまよっていた、観測機の光点も消えた。
「タ級の観測機、撃墜しました」
あとは重巡リ級のみ。このまま行けば、この無謀な評価試験も何事もなく終わりそうだと、提督はホッと胸をなでおろして、足元に転がったままの自分の帽子を拾い上げた。
「ていとくー。大井っち、どお?」
背後からそんなのどかな声が聞こえ、提督は背後を振り返った。湯気の立つコーヒーカップを2つ持った北上が、いつものジト目で立っている。北上からカップを一つ受け取り、提督は静かに中のコーヒーをすすった。
「ん、ありがと北上」
「んーん。……で? 私の大井っちはどうなの?」
コーヒーを堪能しながら、提督は再びモニターに注視しはじめる。北上も提督の横に並び、モニターをジト目で眺め始めている。
「上司への暴言以外は特に問題はない。このままいけば二人目の重雷装巡洋艦への改造は確定だな」
「ふーん……」
二人で雑談をしながら、モニターを眺める。大井と重巡リ級を示す2つの光点は、互いにモニター内を縦横無尽に動き回っている。せわしなく動き、相手を砲撃で牽制しつつ、攻撃のチャンスを伺っているのが見て取れる。
『こんのぉおオオッ!!!』
「残弾数、残り僅かです」
『北上さんがッ!! 待ってるのよぉぉおおお!!!』
オペレーターにそう指摘され、モニターに表示される大井の残弾数を見た。確かにあと数発撃ち合えば、底をつく。
「おい大井。もう弾が残り少ないぞ」
『分かってますぅううう!!!』
「だったらなんとかしろ。砲撃じゃなくて雷撃を使え。早く仕留めるんだ」
『あなたはそうやって簡単に言うけれ……どッ!!!』
「“なんとかしてよ〜大井っち〜”」
『本気で殺す!! 確実に殺ぉぉぉおおおす!!!』
大井の光点から、明後日の方向に魚雷が放たれた。リ級が今いる地点からちょうど右90度傾けた方向に放たれた魚雷は、誰もいない方向へと突き進んでいく。
「……大井っちらしくなってきたね」
提督のその隣で、北上が口角を上げた。
「だな。やっと重雷装艦としての戦い方が分かってきたようだ」
リ級の光点の動きを見る。時々フラフラと進路を変えるが、大井の魚雷の予測進路に吸い寄せられるように、まっすぐに移動しているのが見て取れる。大井は、タ級とヲ級を沈めたときのように魚雷の予測進路にリ級を追い込むつもりのようだ。
『きゃぁぁあああああッ!!?』
唐突に大井の悲鳴が響いた。
「どうした?」
「リ級の焼夷榴弾が魚雷発射管に着弾した模様です。右大腿部の魚雷発射管が炎上しています」
「大井。大丈夫か」
『あっつ!! 魚雷発射管あっつ!!?』
「問題ないようだな」
『問題ありまくりよ! 髪焦げる! 服焼けるッ!?』
「提督。魚雷発射管を破棄させないと、爆散する危険があります」
『嫌ッ!! せっかく北上さんとおそろの魚雷発射管なのに……』
「とは言ってもなぁ……」
『それを捨てるだなんて……北上さんを捨てるようなものだわ……ッ!!』
呆れ果てる。『お前が愛する北上は、今のお前とおそろの魚雷発射管を、何十機と壊しているのに……』という言葉が、喉まで出かかる。
眉間に皺を寄せ、北上を見た。北上はふぅっとため息をつき……
「……ねー大井っち?」
オペレーターからマイクを受け取って、今まさに戦場で魚雷発射管の業火にさいなまれる大井に、声をかけた。
『北上……さん……? お風呂で私を待ってるはずの……?』
「そだよー。大井っちが心配でこっち来ちゃった」
『本物なの……? ねぇ北上さん? あなた、本物の北上さんなのよね?』
「そだよー。下手クソな提督のモノマネじゃなくて、本物の北上さんだよー」
『見ててくれた……北上さんが……見てて、くれた……?』
「うん見てたよ。かっこいいねー大井っち。さすが私の大井っちだ」
『もっと言って……ねえ北上さん? “私の大井っち”って、もっと言って?』
「まぁーそれはあとでお風呂のときにでも。それよりさ。魚雷発射管」
『嫌ですっ! 北上さんとおそろの魚雷発射管なんだからっ! 絶対に捨てないっ!!』
「まー聞きなよ大井っちー」
提督から見て、隣の北上の口角が少しだけ、上がった気がした。
「爆発しそうならさ。爆発する前に使っちゃえばいいんだよ大井っち」
『え……でも北上さん……これ、まだ十数本魚雷残ってますよ?』
「いいじゃんケチケチしないでさー。全部ぶつけちゃいなよ」
今の口角を上げて微笑む北上の横顔は、彼女の性能評価試験で、艤装の瓦礫の中で立ち尽くす、あの時の姿を提督に思い起こさせた。
大井の説得を北上に任せ、提督は再度モニターを注視する。大井が事前に撒いていた魚雷は、リ級には直撃しなかったようだ。気を利かせたオペレーターが至近距離で起爆させたようだが、ダメージはあまりない。
『で、でも北上さん……撒いてる余裕なんて……』
「全部撒かなくていいじゃん」
ほんのりと微笑む北上の説得が続く。……訂正する。北上から大井に向けられる言葉は、説得というよりも、誘惑に聞こえた。
北上の目が、妖しく笑った。
「十本ほどリ級に向けて発射したらさ。そのままさ。ぶつけちゃいなよ」
『へ……』
「そのまま大井っちのキレイなおみ足から外してさ。直接そいつで、ぶん殴ればいいよ」
『でも……』
「どうせ壊れるんならさ……壊しちゃいなよ」
『……ッ』
「ねぇ……大井っち?」
『……ッ!!!』
意を決したのか。おびただしい数の魚雷の白い線が、大井の光点から扇状に広がっていった。オペレーターの『酸素魚雷、発射しました』の声が響く。そして、もう何度目か分からない、大井の咆哮が司令室に轟いた。
『うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』
大井の光点が、リ級の光点に向けて猛スピードで移動をはじめた。
「そうそう。魚雷ってのはね」
「……」
「相手に直撃させればいいんだよ大井っち」
「……」
「どんな手を使っても……それこそ、発射管ごと直接、相手にぶつけてでもね」
そう言って、いつもとは明らかに異なる笑みを浮かべる北上に、提督の胸が警鐘を鳴らした。
モニター内の、リ級と大井の光点が重なった。次の瞬間スピーカーから巨大な爆発の轟音が鳴り響く。北上の三つ編みの髪が揺れ、提督が持つコーヒーが少しだけ揺れた気がした。
「リ級、撃沈しました」
『北上さんっ!! やりました!!』
「……怪我はないか?」
『ブラ取れそうだけどなんとか……って何言わせんのよッ! 全艦撃沈したんだから、早く私をめくるめく北上さんヘブンへと誘ってっ!!』
「まだだよ大井っちー。……ねぇ提督?」
「ん……」
北上に話をふられ、提督は少々歯切れが悪い返答を返してしまった。先程の北上の冷淡な微笑みが、頭から離れない……。
気を取り直す。
「……大井。さっき戦闘中に出所不明の魚雷を被弾しただろ?」
『そういえば……』
「その海域に潜水艦がいるはずだ。アクティブソナーを鳴らせ」
『でもむやみに鳴らしたら、こっちの居場所も分かっちゃうでしょ?』
「すでにバレてる。だから気にせず鳴らせ。常に相手を補足し続けろ」
『……わかったわ』
大井の返事が終わる前に、コーンコーンとソナーの音が鳴り始めた。一度や二度ではない。絶え間なくソナーは鳴り続け、敵潜水艦の位置をあぶり出していく。
「……補足しました。ヨ級が2です」
「モニターに出せ。大井にも位置を送れ」
「了解。モニターに表示します」
もはや大井の光点だけしか映ってなかったモニターに、新たに2つ、光点が映し出された。『ヨ級1』、『ヨ級2』と注釈されたそれらは、大井から少し離れた地点で、動かずジッと佇んでいる。
「大井、見えてるか」
『見えてるわ。でも持ってる爆雷は少ないのよね……』
「どれぐらいある?」
『ギリギリ二隻を撃沈出来るぐらいかしら……一発でも外したらアウトだわ……』
「なら動かすまでだ。魚雷を推進装置を回さずに下に落とせ。爆雷代わりに使う」
『魚雷で潜水艦を落とすなんて聞いたことないわよ!?』
「いいから落とせ。ソナーも止めずにそのまま鳴らしていけ」
「そうすれば相手は必ず動くからさ。まぁ騙されたと思ってやってみなよ大井っち~」
『……北上さんが、そう言うのなら……ッ!!!』
絶え間なく鳴り響くソナーの音に紛れて、ドボンドボンと十数本の魚雷を水面下に投下した音が鳴り響いた。セオリーとは異なり、垂直に投下されたそれらの魚雷は、垂直に海底へと落ちていく。
「魚雷が相手の予測深度に到達したら起爆しろ。仕留めなくても、相手を動かせられればいい」
オペレーターの復唱を確認したあと、提督は北上と二人、モニターをジッと見つめる。北上がコーヒーに口をつけた。相変わらずのジト目だが、それ以上にその奥の瞳は異様に冷たい。
「大井っちー。休んじゃダメだよー」
『へ?』
「ソナー連打ー。もっともっとガンガン鳴らしてー」
北上の言葉には素直に従う大井。司令室に、ソナーの音がさらにけたたましく鳴り響く。あまりに耳障りの悪いソナー音に提督の耳が限界を迎え、提督は自身の耳を両手で押さえた。
この不快なソナーの轟音の中、北上はただ静かに、コーヒーを片手に冷酷な眼差しでモニターを見つめ続けていた。
「北上ッ!」
「……ずずっ」
「ソナーがやかましい! 位置が分かる程度でかまわないだろ!」
「それじゃダメでしょー。提督も言ってたじゃん。もっとガンガン鳴らさなきゃ」
「やりすぎだッ!」
「まーいいからいいからー」
提督も、耳を押えながらモニターを見た。ヨ級の光点が移動を開始する。モニターの上の方向にまっすぐと、ものすごいスピードで動いていく。
「はい大井っちー。先回りの時間だよー」
『ありがとう北上さんッ! 提督より指示が的確だわッ!!』
「……お前、帰ったら24時間那珂ちゃんの刑だ」
「怖いねぇ大井っちー」
大井の光点がヨ級の光点を追うように動き始めた。まっすぐにヨ級の光点に追いすがり、そして追い越していく。
「追い越して大丈夫か?」
「大丈夫。ああなったら相手は絶対まっすぐにしか進まないから」
「なんでだ?」
「そのためのソナーじゃん」
提督の頭に小さな疑問が芽生えた。アクティブソナーは本来、発信した超音波で相手の位置を探るためのものだ。相手の行動を制限するという効果はまったくない。にも関わらず、北上が『絶対まっすぐにしか進まない』と言い切るその根拠は何だろう?
スピーカーから、爆雷を投下した音が聞こえた。爆雷の光点がモニターに映し出され、それらはヨ級二人の予測進路に広がった。ヨ級の光点をジッと観察する提督。確かに北上の言うとおり、ヨ級の光点は、ブレることなくまっすぐに進んでいる。
「なんでだ北上?」
「なにがー?」
「なんであのヨ級どもはまっすぐにしか逃げない?」
「ぁあ、あれ?」
『提督はわかってると思ったんだけどなぁ……』とポソポソと口ずさみながら、北上はマイクの電源を切った。そのあと、静かにコーヒーを一口すすり、口角を上げる。
「だってさ。あれ、大井っちからヨ級に向けた、死刑宣告だよ?」
「……」
「考えてみなよ。潜水艦にとってソナー音って、耳元で『殺す』って言われてるようなものだからね」
「……」
「恐怖にかられた時、人は単純な行動しかとれなくなる……だから私は、大井っちにソナーをガンガン鳴らさせて、ヨ級に対して繰り返しこう言わせた」
――砕いて殺す 潰して殺す 必ず殺す 確実に殺す
静かにコーヒーをすする北上の目は、ひんやりと硬質で、ひどく低温なもののように提督は感じた。自分のコーヒーカップを見る。すでにコーヒーは冷えていてぬるい。
「到達します」
オペレーターの報告で提督は我に返った。北上の冷酷な眼差しと共にモニターを見つめる。爆雷の光点が多数群がる領域に、ヨ級の光点2つが突っ込んだ。
「ほら」
「……」
「怖くて仕方ない奴は、前を見ない。後ろを見ながら、ひたすら走る」
「……」
「前を向いて、気付いたときにはもう遅い」
「……」
「そいつは爆雷だらけの中で、一か八かに賭けちゃうんだよ」
「……」
「……そして、アウト」
「……」
「爆雷、起爆しました。ヨ級2隻の撃沈を確認」
ヨ級の光点が消え、モニターには、『大井』の注釈が入った光点、ただ一つのみが残った。
「ほら提督。大井っちに試験終了の通信送らなきゃ」
「……あ、ああ」
北上に促され、提督は一度咳払いをした後、帽子をかぶり直した。いつの間にかカラカラに乾いていた喉と唇をぬるいコーヒーで潤し、そしてスピーカー越しに海上の大井に通信を送る。
「……大井」
北上が隣にいる……その緊張感のためか、ほんの少し、声が震えていることを自覚した。
『終わったァァああああ!!! これから帰って北上さんとお風呂ぉぉおおおお!!!』
こちらから声をかけるまでもなく、大井の歓喜の叫びが、スピーカーを通して司令室に響いた。よほどの大声なのか何なのか、スピーカーの音が多少割れているようにも聞こえた。
先程までの緊迫した戦いから一転して間の抜けたこの叫びは、北上の底知れない恐怖に当てられていた提督の緊張を解きほぐした。
「ぷっ……」
『何!?』
「いや何でもない。試験お疲れ。正式な結果は大本営の許可待ちになるが、恐らく問題はないだろう」
『……てことは!?』
「おめでとう。お前は今日から、重雷装巡洋艦だ」
『やったぁぁぁああああああ!!! 北上さんっ! 私……私!! やっと北上さんに並びましたっ!!!』
『きゃっほーい』と響く大井の本当に嬉しそうな声とともに、パシャパシャと水が飛散る音も聞こえる。大井が海面上で嬉しさのあまりはしゃぎまわっているのかもしれない。
「よかったねー大井っちー」
『北上さん……私、やっと、あなたの隣に、並べます! あなたとコンビで、あなたとともに戦えますっ!!』
「私も大井っちとおそろの艤装で戦えるのがうれしいよー」
『北上さんッ! そんなっ……北上さんが、私のことで喜んで……ああっ! 私……私、うれしくて……ひぐっ……』
先ほどとはうって変わって柔らかい笑みを浮かべながら、大井に称賛の言葉を贈る北上からは、先程のような冷たいプレッシャーは消え失せていた。
『ところで提督?』
「ん?」
『私の回収はどうするの? まさかこのまま自力で帰れって言うつもり?』
「そのつもりだが?」
『……思い出したわ。私、鎮守府に戻ったらあなたを確実に六回殺す予定だったわね』
大井の言葉に苦笑いを浮かべる余裕も戻ってきた。提督の隣で、北上もプッと柔らかく吹き出す。
提督はオペレーターに目配せした。それを受けたオペレーターは通信機を取り、鎮守府へと輸送用ヘリを手配しはじめる。
「大井、今お前がいる地点に輸送用ヘリを手配した。それでお前を回収する」
『よかったわね提督。六回の予定を三回まで減らしてあげるわ』
「鎮守府に戻ったら、お前はそのまま風呂に直行しろ」
『……ハッ! ひょっとしてそれ……』
「重雷装巡洋艦になったご褒美だよー。北上さんと一緒にお風呂入ろうねー大井っち~」
『はいっ! あ、ちょ……待って……』
「なんだどうした大井?」
『いや、おぶっ……あんたはちょっと……黙ってて……』
「?」
唐突に歯切れの悪くなった大井を不審に思い、提督はオペレーターの方を見る。
「大井、何があった?」
「えー……あのー……」
オペレーターも妙に歯切れが悪い……何か妙な事態でも起こったのかと、オペレーターの画面を覗き見る。
画面には、先程まで提督と北上が注視していた海域モニターと、大井のコンディションをモニターしている画面の2つが並んで映っている。よく見ると、その大井のコンディションに、『大破』のアラートが表示されていた。
「……どうした? 大井は大破してたのか?」
「いや、あのー……」
「? ひょっとして、残存兵力でもいるのか? 方角は? 相手の艦種は?」
「そうではなくて……ですね……」
「?」
提督の頭の中が、はてなマークで埋め尽くされていく。
だがその直後の大井からの通信で、謎はすべて解けた。
『ちょ……北上さんの裸体を想像したら……鼻血が……』
「大井っちー。だいじょうぶー?」
『やっば……』
「今晩は一緒に寝ようねー大井っちー」
『ちょっと……ホントですか北上さ……オフッ……待って止まんない北上さん……このままでは私、幸せすぎて死んでしまう……』
オペレーターの虚しい報告が、司令室の中でこだました。
「出血多量です」
終わり。