高志は岐阜へ向かう新幹線の中で、乗り物酔いと戦う竹ノ内の隣に座り、考え事をしていた。
「もう2週間ほど、ボクはボクだ。一度も入れ替わりは起こっていない。もう終わったということか。とうとう一度は帰宅するまで我慢しきって四葉ちゃんにも見てもらったからな。あの一回は充実感があった、テッシーも協力してチャリで運んでくれたおかげだな。いい友達だった。それもあって三葉さんも、ようやく満足して成仏してくれたのかもしれない。それとも次の取り憑き先へ行ったのか……」
「おう、神山。難しい顔をしているな。乗り物酔いか?」
「いえ。林田くん、これから行く三葉さんの故郷で何を成すべきか、すべきでないか考えていたのです」
「いい感じに先公らも修学旅行先の変更を受け入れてくれたな」
「ええ。おそらく京都に行って他校生とトラブルになるより田舎の方が安全と考えられたのでしょう。一応、旧糸守町は隕石が落下してクレーターもでき、宇宙についての学習や災害についての学習、慰霊の旅という名目も立ちやすいですから」
新幹線が目的駅に到着し、ぞろぞろとクロ高生たちが在来線に乗り換えると、やはり他の乗客は圧倒されて、別の車両へ行ってしまう。再び高志は考え込む。
「先生たちに提案したときは三葉さんの故郷を訪ねることが解決のヒントになるかと考えたけれど、こうやって入れ替わり現象が終わってしまうと、もう無意味では。いや、無意味どころか、余計なことをしない方が良いのでは……」
「あいかわらず、細かいことを考えるよな。オメーは。さっと行って線香あげて、温泉でも入って帰れば、それでサッパリよ」
「そうですね、考えすぎかもしれません。行きましょう」
予定通りに旧糸守町に到着したクロ高のメンバーは、かなり怖じ気づいた。すでに誰も住んでいないので残った家々は空き家となって雑草が茂り荒廃しているし、隕石の直撃を受けた宮水神社を中心とした半径500メートルは無残な姿を残している。ここで500人を超える人間が亡くなったのかと思うと、普段からケンカしては相手を殺す殺すと言いつつも、実際には殺人したりすることのない不良たちは、写真で見た三葉たちが悲惨な死に方をしたのだと実感した。
「お…おい……なんか寒気がするな…神山」
「え…ええ…独特の雰囲気がありますね。まったく復興していない……おそらく山奥なので国と県は放置することにしたのでしょう……」
高志も戸惑っていると、前田が駅の売店で万引きした雑誌を見せてくる。
「この記事を見てくれ。ここが岐阜県の心霊スポットランキング1位に選ばれてるぞ。危険度マックス、絶対に近づいてはいけない場所とか書かれてる。肝試しで行ったカップルが車ごと湖に落ちてるしよ。他にも霊を見たって証言が多数あるってよ」
「う…う~ん…」
迷う高志に林田も迷っているので声をかける。
「神山、どうするよ? ヤバそうだぞ。最近、オメーに取り憑くことが無くなったのに、こんな霊の本拠地みたいなところに近づいたら、オメーは完全に乗っ取られたりするんじゃねぇのか」
「た…たしかに……週に2、3回が、次は週に5、6回になって四葉ちゃんとでも入れ替わり始めたら、もうボクが四葉ちゃんで、四葉ちゃんがボクになるし。そ、そうですね、ここで手を合わせて帰ることにしましょう」
「おう、そうだな」
引き返すことにしたクロ高のメンバーたちは、その場で手を合わせて三葉たちの冥福を祈り、下呂温泉に向かおうとしたけれど、道に迷った。
「迷った……」
「迷ったな……神山、方位磁石は?」
「ダメだよ、林田くん。隕石の影響なのか、まったく方位が定まらない。それに道路も寸断されていて山林を歩いたから、もう、ここが、どこだか……」
「腹減ったなぁ……さっき見かけたラーメン屋に入ればよかった」
「って! 林田くん! どうして、それを言ってくれないんだ!」
「す、すまん。つい、宿に着いてからの夕食が不味くなるかと思って」
「いや、そういうことじゃなくて! そのラーメン屋に道を聞けばよかったんだよ!」
「はっ! そうか! しまった!」
「まったく、次に何かお店があったら言ってくれよ」
「おう、すまねぇ」
「とにかく歩こう。ジッとしていても仕方ない」
歩き続けた高志たちは、宮水神社跡に辿り着いた。神社は跡形もなくなり、隕石落下痕が残っている。
「………ここが三葉さんの家だったところ……」
「着いちまったな。……まるで呪いみたいだ。もうオレたちは、ここから出られねぇのかも」
「と……とりあえず、線香を」
高志たちは線香をあげて心から祈ると、また歩き出した。しばらく歩き、別のクレーターのような地形に入った。中心には石室が見える。
「ここは、たしか……三葉さんと四葉ちゃんが口噛み酒を奉納した場所……」
「やはり呪いか。どんどん中心部に誘い込まれてるな」
「ここまで来たら、いっそ石室の中で冥福を祈りましょう。それで満足してくれるかもしれない」
「そ…そうだな…」
ぞろぞろと全員で石室に入った。中央には3年前に奉納された口噛み酒が置かれていた。
「とくに荒らされた形跡はないな」
「荒らすヤツがいるのか?」
「たまに不良校の生徒なんかが肝試しに来て、こういうところを荒らしたりして眠っていた霊が怒り狂い、人々に取り憑くっていう話があるじゃないですか?」
「おう。たしかに。けど、ここは荒らされた感じはないな」
「ええ、ボクは、ひょっとしたら荒らされたことで、なにがしかの封印が解け、三葉さんの霊が現世を彷徨うようになったのかと思い、その封印でも元に戻せば解決するかと思ったのですが、それも外れのようです」
「この置いてある瓶みたいなのは、何か意味があるんじゃねぇのか?」
「ええ、それは神事で三葉さんと四葉ちゃんが造ったものです」
「これを、どうにかすると、どうにかならねぇかな?」
「逆に、どうにかすると、どうにかなると思いますよ」
「たしかに」
「それに、どうにかするって、どうするんですか?」
「……う~ん……たとえば、飲んでみるとか。すげぇ、パワーが得られるかもよ」
「格闘マンガじゃないんですよ」
「じゃあ、すげぇ美味いとか」
「グルメマンガでもないですから。だいたいこれ、もう3年も前に造られた物ですから、飲んだら普通にお腹を壊すでしょう」
「そ、そうだな。これは、そっとしておいた方がいいかもな。これこそ、封印かもしれねぇし」
「いっそ、どこかの神社かお寺に持っていて供養してもらいましょう」
「お、おう! それいいな! そうしよう!」
「そっと、落とさないように」
高志は三葉が造った口噛み酒を持ち、林田は四葉が造った口噛み酒を持ち上げた。
「ちゃんと供養してあげますからね」
「安らかに眠れよ」
二人が口噛み酒を抱いて、石室から出ようとしたときだった。
バッ!
二人の前にフレディーが立ち塞がった。両手を拡げ、ここから出るなとばかりに立ち塞がっている。
「フレディー……」
「おい、フレディー、どうしたんだ?」
「お願いします。どうか、三葉たちを助けてください」
「「「「「うおお?! フレディーが喋った?!」」」」」
「今は、この方のお身体を借りております」
「「「「「フレディーが喋ってるぞ?! 歌以外で声が出せたのか?!」」」」」
「私は宮水二葉と申します」
「「「「「いや! お前はフレディーだ! 今さら変えられない!!」」」」」
「…………どうか、話を聴いてください」
辛抱強く語りかける宮水二葉の言葉を、だんだん高志たちは聴くようになり、高志が話をまとめる。
「つまり、この口噛み酒を飲めば、隕石落下の当日に行ける。そこで町民たちを避難させてくれと、そういうわけですね。オフクロ様」
「はい、そうです」
「それは少し話がおかしくないですか?」
「どのように?」
「それではタイムパラドックスが起こってしまう」
「その点については、ご心配いりません。私たち宮水の巫女は時間を跳躍できる、その前提として因果律の糸を編み変える力も持っています。あなた方には世界は一つ、時間軸は数直線のように見えているかもしれませんが、世界は三葉が持っていた髪紐のように複層的で、いくつもの糸が組み合わさり、補完し合っているのです。ゆえに焼き切れてしまった一本の糸を、他の糸ですくいあげれば、全体として世界の紐は保たれるのです」
「………すいません。数直線とか、ボクもクロ高での生活が長いので、もう数学の授業なんかも、まともに受けていなくて、あんまり難しい話は、ちょっと。……せいぜい、成績のいい中卒くらいに思って話してくれませんか?」
「おうよ、オレらにもわかるように簡単に言ってくれよ、母ちゃん」
林田に続いて前田も言う。
「三葉とか、四葉とかよ、簡単な名前をつけてんだから、さくっと簡単に言ってくれや。だいたいタバコみたいで吸いたくなるような名前だな、母ちゃんも二葉で、ホント葉っぱの一族だな」
「………では、つまりテキトーにタイムパラドックスを無視することができるのが、宮水の巫女の力です」
「なるほど!」
「おお! いわゆるご都合主義ってヤツだな! わかったぜ!」
「おわかりいただけましたか。では、どうか、娘たちを助けてください」
「ちょっと待ってください」
「……はい、何でしょう?」
「ずいぶん勝手な頼み事だと思いませんか。子を思うオフクロ様の気持ちはわかります。どうにかして助けたいでしょう。けれど、そのパシリに使われるボクたちは使い捨てですか?」
「…………どうか、お願いします……」
「せめて報酬なりないのですか?」
「おお、神山、いいこと言うぜ!」
「だって、そうでしょう。この半年、ボクはかなりの苦労をしてきました。さらに500人もの命がかかった重大ミッションを任される。もちろんボクだって人の子ですから、助けられるものなら彼女たちを助けてあげたい気持ちはありますが、はい、そうですか、とパシリのように使われるのは釈然としませんよ」
「おうよ! クロ高生をナメんじゃねぇぞ!」
「……。報酬ですか………では、娘の三葉を差し上げましょう。お二人は生活を入れ替わりつつともにされ、縁も深いでしょうから。あしからず想ってくださるのではないでしょうか」
「そんな昔話みたいな。本人の気持ちも確かめず。実際のところ三葉さんとは入れ替わっていたので会ったことはないのですよ。まだテッシーあたりの方が友情を感じますよ」
「タイムパラドックスが生じないかわりに多少の記憶の揺らぎが生じます。その揺らぎに乗じて、お互いに想い合う気持ちを植え付ければ、再会したとき二人とも涙を流して喜ぶほど好き合えますよ」
「いえ、ですから、自然な三葉さんの気持ちを考えてあげてくださいよ、オフクロ様」
「あの子は、けっこう男性への好みがうるさくて、東京のイケメン限定なのです。そうなると、いくら人口の多い東京とはいえ、年齢も考えると一千万都民のうち、対象は一万人に満たないですから」
「その一万にボクが含まれるのですか?」
「合格ラインです」
「………」
「でないと、あの子は結婚適齢期を逃すほど選り好みしますから。どうか、娘をもらってください」
「……そう言われても……」
「おいおい、母ちゃん、だいぶ話が違ってきてるじゃねぇか。命を助けるのか、婿探しするのか、どっちなんだよ?」
「一石二鳥を狙っています」
「………オフクロ様にとって、たしかに娘さんの命も結婚も大事でしょうが、ボクには、もうちゃんとした彼女がいます。」
高志がミキの肩を抱いた。
「高志くん……」
ミキは嬉しそうに赤面しているけれど、あいかわらず眉毛は無かった。
「ということで、今回の件は無かったことに」
「そんな…」
「いや待て! オレが三葉ちゃんと付き合う!」
林田が手をあげた。
「オレもそろそろ彼女がほしい! 母ちゃん、オレなら、どうだ?」
「…………その頭、ズラですよね?」
「お、おう」
「ちょっと取ってみてください」
「……わかった……」
林田がズラを取って、普通の頭髪を見せた。
「……ギリギリ合格ラインです」
「よし」
言うが早いか、林田は持っていた四葉の口噛み酒をグイっと飲んだ。
「林田くん……、林田くんだけでは難しいでしょう。ボクも手伝います」
一応は助ける気のあった高志も口噛み酒の封を開ける。お祭り中に500人以上に見られながら、撮影もされている中で、おもらししてしまい泣きながら三葉が造った涙混じりの口噛み酒を、お腹を壊さないか不安ながらも飲んだ。
前略、オフクロ様、あと三葉さんのオフクロ様、ボクは再び宮水三葉として目覚めたようです、と高志は起き上がって鏡を見ると実感した。日付を見ると隕石落下の日で、与えられた使命も覚えている。
「さて……どうしたものか……そうだ、林田くんは……」
「うおおお?! オレが女になってるぞ! しかも子供に!」
隣室で四葉の声が叫びをあげているので行ってみる。
「林田くんですか?」
「お? おお? その顔は宮水三葉! ってことは、神山か?!」
「はい」
「そうか。じゃあ、オレは四葉ちゃんになってるのか」
「そうです」
「よし、町民を助けよう!」
四葉の身体が急いで階段をおりていくので高志も追いかける。一階には一葉がいた。
「おい、ババァ! 夕方には、この家は吹っ飛ぶ! 今から大事な物をまとめて避難しやがれ!」
「四葉………なんね!! その口の利きようは!!」
一葉が怒り出し、四葉のお尻を叩いた。
「痛てぇ! そ、そんな場合じゃねぇんだ! とにかくヤバいんだって!! 逃げようぜ!!」
「………四葉。………さては、三葉!」
一葉が今度は三葉の顔を睨む。
「あんた、今日の祭りを中止にしたいからって四葉に変なことを吹き込んだね?!」
「いえ、めっそうもない」
「夏祭りで粗相したのを、恥じるのはわかるけんど! あかんよ! ちゃんと祭りには出なさい!」
「ババァ! 祭りなんか、やってる場合じゃねぇんだって! 話を聴いてくれよ!」
「林田くん、ここはいったん引こう!」
「け…けどよ…」
「いいから」
「三葉! 四葉! どこに行く気ね?!」
「お婆さん、できれば大切な物をまとめておいてください! 大きな災害があるかもしれませんから!」
高志は四葉の手を引いて宮水家を出ると、とりあえず人気のないところで林田と話し合う。
「ストレートに危険を告げても、さっきのお婆さんのように信じてくれないだろう。ここは一つ、作戦を考えなければ」
「そ、そうだな。ちっ、素直に信じればいいものを。頭のいいヤツはひねくれてていけねぇぜ」
「うむ、なにか行動を起こすにしても、ボクの身体は女子高生、林田くんの身体は小学生だからね。思いっきり騒いでも誰も本気にしてくれないだろう」
「せめてフレディーかゴリラでもいれば、危ないから逃げろって言やぁ、みんな逃げそうなもんだが。あとは爆弾をつけたメカ沢でもいいな」
「ここは三年前の世界だからね。探し出すのも大変だし、東京じゃなくて岐阜だから時間的にも無理だよ。現地での協力者を………そうだ、テッシーに話してみよう。彼なら信じてくれるかもしれない」
高志は三葉のスマフォで克彦を呼び出すと、ティアマト彗星の一部が落下してきて500人以上の町民が犠牲になる未来を話した。
「信じて協力してくれないか、テッシー」
「…………、………わかった、信じよう」
「ありがとう」
「おお! コイツ、話がわかるじゃねぇか!」
「……明らかに、君は四葉ちゃんじゃないしな。何より、三葉のパンツを最期まで律儀に脱がなかった神山くんの言うことだ。信じるよ、君は信頼にたる男だ」
克彦が全面的に協力することになり、三人で作戦を話し合う。しばらく考えて克彦が提案した。
「オレんちの会社から爆弾なら盗み出せる。その爆弾で変電所を爆破すれば、停電を起こすことができる。停電が起これば、学校の放送室から町営放送を乗っ取れるんだ。それで町全体に避難を呼びかけることができる」
「なるほど………」
「おお! それいいな!」
「けれど、停電で暗くなった中を、お年寄りも含めて避難してもらうとなると……う~ん……あえて変電所でなくてもいいような。放送もボクが三葉さんの声でするか、テッシーの声でとなるし……四葉ちゃんの声なら、なおのこと誰も信じないかもしれない」
「じゃあ、他に、どこを爆破する? そして放送は?」
「爆破そのものは実害のないデモンストレーションでもいいかもしれない。それに三葉さんの父親は町長だったよね?」
「ああ」
「テッシーが信じてくれたように娘の口から言うことなら信じてくれるかもしれない。まして、娘二人ともが言うんだから」
「けど、さっきのババァは信じなかったぞ! あいつ肉親だよな?!」
「言い方の問題もあるさ。ボクが話すから林田くんは、あまり話さないようにして。そして、信じてもらえなかった場合の策も考えるよ」
新しい作戦を考え、それを克彦と共有した高志と林田は町役場に向かい、町長室で俊樹と会った。
「お父さん、大切な話があります」
「……何だ?」
「簡単には信じてもらえないとは思います、ですが、どうか信じて欲しい話があるのです」
「………言ってみなさい」
「今日の夕方、宮水神社を中心として半径500メートルに大きな災いが起こります。だから、その範囲から誰もいなくなるよう町長の権限で避難させてほしいのです」
「……………何をバカな」
「信じてください」
「信じてくれ!」
「……四葉まで……いったい、どんな災いが起こるというのだ?」
「信じられないかもしれませんが、ティアマト彗星の一部が隕石となって落下してきます」
「………よくも、そんな話を……いったい何を根拠に言っているんだ?」
「根拠は未来を知っているからです」
「……………」
「信じてください」
「信じてくれ! でないと、みんな死んじまうぞ!」
「………四葉、しばらく会わないうちに、そんな口の利き方になって……」
「んなことは、どうでもいいんだ!! 信じてくれ! おっさん!!」
「……………」
「信じろよ!! 頼むぜ!! くっ…」
四葉の喉が呻いた後に、おしっこを漏らして四葉の衣服と足が濡れていく。
シャァァッァァアァァ…
四葉の口が生温かい吐息を吐いた。
「はぁぁ……朝から我慢してたから、もう限界だぜ」
「四葉…………お前たちに苦労をかけているのは自覚しているつもりだ。母親が早くに亡くなり、私まで家を出た。甘えたい年頃に、ひどいことをしているとは思う。かまってほしい心理もわかる。だからといって、ウソを言ったり、おもらしをするのはやめなさい。とくに三葉、教育長と校長の方からも相談されているぞ。お前、学校で何度も故意に、おしっこを漏らしているそうだな?」
「あれはお茶です」
「…………。そう言い張るとも聴いている。母親がいなくて淋しいのはわかるが、そんな訴え方をして、17才の女子として恥ずかしくはないのか?」
「あれはお茶です」
三葉の顔が思いっきりメンチを切ってくるので、俊樹は反抗期なのだと感じだ。
「三葉……そんな顔をするようになったのか……」
我が子ながら可愛らしくて美人だと思っている三葉の顔がヤンキーのように眉間にシワをよせて目力を最大限に込め、アホのように口を開けて迫ってくると、俊樹は悲しくて涙が出そうになった。その可愛らしい唇がキスをしてくれたのは、もう10年以上前のことで、とても懐かしいのに、今は東京の国会や霞ヶ関に陳情のために出張で行ったときに見かける都会のヤンキーのようで、それもヤンキーの中でもトップレベルと言われるクロマティ高校レベルのメンチの切り方なので、胸と頭が痛い。
「おっさんよぉ! 信じろや!」
さらに四葉の顔までメンチを切ってくる。とても10才とは思えない熟練されたメンチの切り方で、同じく可愛らしくて美人になりそうな幼い顔が、眉間にシワをよせ、麗しい瞳が白目を強調するような睨み方をして、何の意味があるのか大きく口を開けて舌をはみ出しそうにしている。ツインテールが可愛く揺れているのに、表情は殺伐として不良そのものだった。
「……くっ……四葉まで、こんな顔を………やはり、ワシが間違っていたのか……子供を放り出して……グレて当然だ。……だが、まだ10才で、ここまで……うぐっ…」
後悔の涙を耐えきれなくなり、俊樹は泣いた。ウソをつく、おしっこを漏らす、メンチを切る、さらに学校ではウラ番を自称しているとも聴いている。父親が町長という立場なので誰も逆らえず、おかしなグループを形成しているとも報告されていた。
「三葉……四葉……ワシが悪かった。だから、せめて、もう少し、まともに育ってくれ。どうすればいい? 一葉お義母さんと話し合って、近くに住むようにしようか。それとも何か望みはあるか?」
「今は隕石の話を信じてください」
「おうよ! それを信じろ!」
「…………」
「信じてください」
「信じろ!」
「……………あくまでウソを通すのか……それで町を混乱させ、どうしたいのだ? 今日は祭りの日じゃないか。祭りがイヤなのか? それなら他にも手段はあるだろう。いっしょに一葉お義母さんと話し合ってもいい」
「「………………」」
三葉と四葉の顔がお互いを見て、もう説得を諦めた。
「すいませんでした、お父さん。ちょっと、かまってほしかったんです」
「三葉………」
「あと少しだけ、四葉が新しい舞いを編み出したのです。見てやってくれませんか?」
「あ、ああ、それなら見せてもらおう」
俊樹の前で四葉の身体が怪しげな舞いを踊り出した。
「闘魂こめて♪ やれんのか♪」
ボクシングのようなムエタイのようなポーズで変なダンスをしている。
「いま何処♪ ああ~♪ 糸守ぃぃ、我らが母校♪」
「……………」
見るに値しないダンスだったけれど、素直に俊樹は視線を送る。その隙に三葉の身体は父親の背後へ回ると、飾ってあった花瓶を両手で振り上げた。
ゴツッ!
「うっ?!」
俊樹は後頭部を鈍器で殴打され、気絶した。
「よし」
「これは、うまくいったな。素直に信じれば痛い思いをしなかったものを。娘の言うことは聞くもんだぜ、おっさん」
四葉の手が背負っていたリュックサックからロープを出して三葉の手と協力して、父親を縛り上げる。それが終わると町長室の鍵をかけ、さらに釘を斜めに打ち付けて扉を開かないようにした。
「これでよしと」
「館内放送のボタンは、どれだ?」
「テキトーに押していきましょう。そのうち騒ぎになるでしょう」
「おう」
四葉の指が町長室の執務机にあるマイクのスイッチを入れ、ボタンを次々と押していく。
「あ~! テステス!」
いろいろと試しているうちに町役場全体へ放送するボタンを見つけ、その間に異変に気づいた職員も町長室のドアをノックしてくる。
「宮水町長! どうしました?!」
「町長! 開けてください!」
小規模な自治体なので警備員などはおらず、テロ対策など実施していない職員たちが困惑しながらドアを叩いている。急に娘2人が首長へ面会に来たことはわかっていたけれど、親子であり女子高生と小学生である2人に何の警戒もしていなかったけれど、町長室の扉はマスターキーで開けても開かず、打ち付けられたように動かない。そして無断使用されている放送が響いてきた。
「おう! よく聴きやがれ!!」
可愛らしい四葉の声がドスのきいた口調で話している。
「オメーらの町長は人質にした!」
「「「「「なっ?!」」」」」
「無事に返してほしければ、余計なことはするんじゃねぇぞ!」
さらに三葉の声も放送される。
「まず、私たちが本気だということをお見せしましょう。湖の上にゴムボートがあります。それを、これから爆破しますから、よく見ていなさい」
そう言った高志は三葉のスマフォで克彦に連絡を取る。
「爆破、お願いします」
「了解」
開き直って嬉しそうにしている克彦が返事をし、ゴムボートに載せて沖へ流しておいた爆弾を起動させた。
ズンンっ!
打ち上げ花火とは違う、本格的な爆発音と振動が町役場まで響いてきた。それで職員たちは青ざめる。それまでは親子ゲンカの延長か、タチの悪い反抗期くらいに思っていたけれど、もう犯罪だし、テロだと認識して町長室に立て籠もっている二人が本気であり、もはや何をするかわからないと感じた。
「ご覧いただけましたか」
「まだまだ、オレたちの計画は、ここからだぜ!」
女子高生と女子小学生の声が震えてもいなければ、躊躇ってもおらず、まるでワルに慣れたヤンキーのように語ってくる。
「今のは、ほんのデモンストレーションです。さらに大きな爆破を予定しています」
「「「「「っ……………」」」」」
扉越しでも、職員たちが緊張するのが伝わってきた。
「夕刻に宮水神社を中心として半径500メートルを吹っ飛ばす爆弾を仕掛けています」
「死にたくないヤツは逃げた方がいいぜ。な~に、まだ時間はある。貴重品くらい持ち出した方がいいだろうな」
「私たちの目的は宮水神社を跡形もなく吹っ飛ばすこと。それについて犠牲者が出るのは本意ではありません。どうか、逃げてください」
「おう! 逃げろ逃げろ!」
「余計なことをしなければ、人質にした町長も無事に済みます」
「警察の応援を呼ぶんじゃねぇぞ! おっさんの指をへし折るからな!」
「爆弾を探そうとしても同様です。また近づくと協力者がスイッチを入れます」
「わかったら、素直に避難しやがれ! オレたちを殺人者にするなよ!!」
それだけ言って放送を終えた。当然、扉の向こうから説得しようと職員たちが声をかけてくるけれど、それも怒鳴り返して諦めさせると、しばらくして町営放送が避難を求め始めた。
「こちらは糸守町役場です。落ち着いて聴いてください。ただいま、町内に爆弾を仕掛けたとする犯行声明がなされました。念のため避難していただきたい地区を申し上げます」
「うまくいきそうですね」
「おう」
「お嬢さんたち! どうか、ここを開けて!」
ときおり二人への説得が試みられるけれど、別に反抗期や自棄で父親を人質にして自宅付近を爆破しようとしているわけではないので、どんな説得も無意味だった。職員たちも、湖上での爆発を見ていたので二人が本気であることは感じている。町民を避難させるリスクと、避難させないリスクを考え、ともかくも彼女たちの言う半径500メートルからは避難させていった。
「そろそろ日が暮れますね」
「ああ」
町長室に黄昏時の夕日が入ってくる。オレンジ色から紫色の宵闇へ変わっていく時刻に、もう行動計画は現状維持しか残っていない高志と林田の前に、自分たちの姿が現れた。
「……ボクが…」
「オレが…」
「私……」
「私も…」
町長室に高志と林田、三葉と四葉の姿が現れ、そして、お互い自分の身体に入った。
「あなたが神山くん……」
「君が三葉さん……」
「お、やっと身長がもどった。やっぱ小さいと視点が低いよな」
「ゴリラがいない……ロボットも消えた……あ! お父さん!」
四葉が縛り上げられている俊樹に駆け寄った。
「お父さん! どうしたの?!」
「どうなってるの?! ここは……お父さんの仕事場…」
「三葉さん、落ち着いて聴いてください」
「おっと、四葉ちゃん! まだ縄を解かないでくれよ! 大事な話をお兄ちゃんがするからな」
「ここを占拠し、お父さんを人質にしている理由を話します。どうか、落ち着いて聴いてください」
「う、うん。……で、……でも、その前にトイレ……」
三葉が股間を押さえながらヨロヨロと扉に近づくけれど、釘で打ち付けられていて開けることができない。
「ううっ……も…漏れそう……こんなに我慢して……」
「ご安心ください。ボクも林田も、お二人の下着を脱がせたりはしていません。四葉ちゃんは10才なのでギリギリ黙って済ませようかとも思ったのですが、やはり小さなレディーにも配慮しました」
「うっ…だから、私のパンツ、湿ってるんだ」
四葉が、まだ生乾きの下着を気持ち悪そうに引っ張っている。おもらしされた後だと衣服の湿り具合でもわかる。
「う~ん……どっちがマシかなぁ……勝手にパンツおろされるのと、おもらしされるの……」
やはり四葉も女子なので、自分の身体を勝手に操られ、下着の奥まで見られることと、おもらしという不名誉を背負うこと、どちらがマシか迷っている。
「まあ、私は10才だから、どっちでもダメージ軽いけど、お姉ちゃんは……」
「…ト…トイレ……お願い……トイレ、どこ…」
「すみません。ここから出ることは、まだできません」
「そ、そんな……」
三葉が股間を押さえてプルプルと震える。
「や……やだ……もう限界……出ちゃう……」
「「「………」」」
「あっ、あっ! ああぁあっぁ!」
黄昏時に、おもらしを始めた三葉は涙も流した。
シャッシュウゥゥウウゥ…
内腿に生温かい感触が拡がる。その感触で夏祭りのことを思い出すと余計に涙も溢れる。
「ひぐっ…ううっ…あうぅぅ…」
「お姉ちゃん………」
「ふぇぇえぇ…ふぇえぇぇ…」
水たまりの中に立って、顔を両手で隠して泣き出した。初めて出会った高志や、何度も出会った林田の前で漏らしたのも恥ずかしいし、また妹の前で漏らしてしまったのも情けなくて泣けてくる。長女の泣き声と、飛び散った小水の飛沫が少し顔にかかっていたことで、縛り上げられ転がされていた俊樹が目を覚ました。
「ぅうっ…痛っ……なっ? ……どうなって……三葉……四葉……そっちの二人は……くっ…、なぜ、ワシは縛られて……」
「三葉さん、三葉さんのお父さん、これから話すことは信じられないかもしれませんが、事実です。確実に起こる事実ですから聴いてください」
「ひぐっ…うぐぅぅ…私、あなたのせいで膀胱炎が慢性化して……私が私のときだって……学校でも……ぐすっ……間に合わなくて、何度も……死にたいくらい恥ずかしかったんだから…」
「三葉さん、死にたい死にたいとは言っても本当に死ぬことについて、まじめな話なのです。聴いてください。大丈夫、学校での立場は三葉さんのウラ番としての権威があれば誰も何も言いませんよ」
「ウラ番じゃないから!!」
「それは、さておき。もう時間が無いかもしれません。ずばり隕石が落ちてきます」
「え? またクロ高に?」
「いえ、今回は糸守です。しかも、宮水神社に」
高志はティアマト彗星のことと、その避難をさせるために爆破予告をして俊樹を人質にしていることを話した。
「…というわけです。なので、しばらく、ここに立て籠もってください」
と言い終えた瞬間、高志は消えた。
「お? 神山?!」
と驚いた瞬間、林田も消えた。
「「「消えた……」」」
残された三葉と四葉、俊樹は、しばらく茫然としていたけれど、三葉は濡れた下半身が気持ち悪く、俊樹は縛られたままの身体が痛い。
「…ぐすっ…」
「三葉、これを解いてくれないか」
「う…うん……でも、……さっきの話、信じてる? 解いたら、避難を中止したりしない?」
「…………半信半疑だ。だが、ここまで事が進んでいるのだから、今さら中止するよりは彼らが言った時刻まで、待ってみよう。ワシを信じてくれ」
「はい、お父さん」
「私も手伝うよ」
姉妹が父親を自由にした。
「ふぅぅ……」
「ぐすっ……お父さん……着替えとか……ここに無いよね?」
「すまない。ワシのトランクスなら、そっちの戸棚にあるが……それはイヤだろう?」
「………ぐすっ…」
三葉は悲しそうに濡れたままでいることを選んだ。しばらく三人での時間があるので三葉は高志との入れ替わり現象について父親に語った。
「なるほどな……教育長や校長が相談してきた三葉の素行は、そういうことがあったからか」
「うん………私、おもらし遊びなんてしてないから。お祭りだって膀胱炎だったから急に切迫したし……ぐすっ…」
「かわいそうに」
「…ひっく…ぅぅう…」
同情されると、また悲しくなって三葉は啜り泣いた。
「しかし、神山くんといったか……彼も紳士なのかバカなのか、わからん男だ……精一杯、彼なりにやったのかもしれんが……三葉が傷ついて……」
「お父さんだったら、どうするの? 女の人の身体になってたら?」
一度だけ林田と入れ替わった四葉が父に問うと、俊樹は二葉のおしっこが脳裏に浮かんだ。もちろん、二人の娘を授かるためにも、二葉の股間を男として正面から見据えたこともある。
「う、…うむ……ど、どうだろうな。……た、たしかに悩むな。勝手にパンツをおろすのは、とても悪いことのような気もするし。かといって、我慢し続けると、破綻するのは明らかだし………そんな処を見たら責任を取らなくては……とか……そ、そうだ! 三葉、お前は神山くんのことを、どう想っている?」
俊樹は政治家らしく質問を質問で返して切り抜けた。
「……ぐすっ……わかんない……」
そう答えた瞬間だった。
ズドドオオオオン!!!!!!!
クロ高に落ちてきた隕石よりも何倍もの破壊力と轟音をもってティアマト彗星の一部が落ちてきて、町役場も地震のように揺れた。
「「「本当だったんだ……」」」
やっぱり半信半疑だった三人は、窓から宮水神社の方を見て、ともかく高志と林田に感謝した。
お母さん、私は大学生になりました。隕石落下の後、私たちの記憶は曖昧になり、お父さんを人質にしたことや爆破予告をしたことは、私と四葉が未来を予知して行ったこと、という風に解釈してもらえ、逮捕されたりしませんでした。
「……ぐすっ……」
でも、慢性化した膀胱炎は続き、体育館での被災生活中はトイレの数が足りなくて、何度も漏らして泣きました。すぐに町の人たちは私がトイレに並ぶと、お年寄りから子供まで、みんな譲ってくれるようになりましたけど、それでも間に合わなくて漏らすことがあって、せっかく助かった命なのに、やっぱり死のうかと思ったりもしました。
「……ぅぅ…」
けれど、学校でも町でも、からかわれたりせず、それが神山くんが築いたウラ番としての権威と、さらに隕石落下の半年前から私が漏らし始めたことで、災い避けや魔除け、何らかの予感があったから漏らし始めたとウワサになり、からかわれるどころか、神聖な聖水として拝まれるようになってしまいました。
「……だからって……売らなくても……」
私のおしっこが有り難がられるようになると、前々から口噛み酒を商品化して儲けようと考えていた四葉が、酒税法も関係ないし宮水神社再建の費用をまかなうためと言い出して、私のおしっこを売るようになり、偶然なのか必然なのか、私のミツハという名が古事記にあるおしっこから産まれた神さま、ミズハノメカミと重なることもあって、おもらしの化身なんて言われながらも、これが大ヒットしてしまい、今ではトイレでおしっこすることが無くなりました。
「三葉様、お出しになりますか?」
「……うん……そろそろ出そう…」
「宮水様、ご聖水、お願いします」
高校の頃から私につきまとう変な友人が専用の係として宮水神社再建委員会に雇用されて、ガラス瓶を持って私の世話をしてくれます。おかげで、おもらしすることは無くなりましたが、やっぱり悲しいです。いくら神社の再建と私の東京での生活費と学費になるといっても、まるで乳牛扱いです。パンツを脱ぐ途中で、おもらししないために巫女服を着ているときみたいに常にノーパンで、だから万が一にもチラ見えしないためにヤンギャルみたいな足首まであるロングのスカートを着ています。
「……彼の名前……」
そして、曖昧になった記憶のまま、私は東京へ進学したのですが、大学1年生のうちに彼と再会し、街ですれ違ったとき、忘れていた名前を叩きつけられるように思い出しました。
「………フレディーさん……」
あまりにも濃い人だったので、忘れようがなかったみたいです。フレディーさんのことを思い出すと、すぐに次々と思い出し、高校も探し当てるまでもなく超有名校だったので東京で生活していれば、おのずと知ることになりました。
「…そろそろ神山くんも私との記憶があるはず……」
かといって大学1年生のうちに会いに行くと、彼らにとっては未体験の時期になるので大学2年生の秋まで待って、そして今日、私はクロマティ高校に来ました。
「あ、いた」
呼び出してもらうまでもなく校門から見えるところでゴリラを囲んで何かしています。みんな懐かしい顔ぶればかり、いろいろ困ったこともしてくれたけど、それでも私は胸が熱くなって、声をかけました。
「み…、みなさん、こんにちは! ありがとう!」
一言お礼を言いたくて私が声をあげると、こっちを見てくれました。
「「「「「っ?! 出た!!」」」」」
「おかげで、助かりました」
「「「「「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」」」」」
みんなが手を合わせて私を祈っています。
「っ、違っ…生きてるから! 私、生きてるからね!!」
「あ、そうでした。昨日、あの後、助かったんですね?」
神山くんにとっては昨日のことみたいです。だったら、死んでる扱いしないでほしい。
「はい、おかげさまで」
私が神山くんと握手しようと近づくと、ミキちゃんがメンチを切ってきました。
「んだ、このババァ」
「……」
あなたとは同い年な気がします。
「助かっていてよかったぜ、三葉ちゃん」
「は…林田くん…」
あ、あれ? 林田くんの顔を見た途端、目から涙が……止まらなくなって、この人だって気に強制的にされていくような………まあ、でも……ズラを取ったら、そこそこイケメンだし、いろいろいっしょに遊んだし、キープしておいたはずのテッシーは、いつのまにかサヤチンに確保されてたから、ここで手を打つことにします。
お母さん、ありがとう。
副題「彼の名は林田慎二郎」