「ん······、うん?」
草が頬を撫でる感覚がして私は目が覚めた。頭がまだ覚醒しておらず、ボーっとしたまま辺りをキョロキョロと見回す。周りは見渡す限り大きい木々たちが空を覆い隠すほど存在し、見たことも無い植物や茸――だと思われる何か――たちも地面を覆い尽くさんとばかりに鬱蒼と生えている。さらには、太陽の光が届かないために言葉では表しきれないような陰鬱とした雰囲気を出している。そうやって周りを見ていてると、ようやく頭が覚醒してきた。が、それと同時にある疑問が生じた。
「あれ、何で私生きて······ってここは何処?」
そう、どうして私が生きているのかという事である。私は満月が輝く真夜中に廃ビルの屋上から確かに身を投げて死んだはずなのだ。それに、たとえ死んでなかったとしても特に痛みも無く普通に動けるはずがないし、こんな危なげな雰囲気を放つ森の中にいることもありえない。しかし、実際に自分は死なずに生きているし、何処にあるかも分からないこの森にいる。多分だけど夢ではないと思う。もしこれが夢ならば私は夢を見ていると自覚できないし、たとえ自覚できたとしたら夢の内容をコントロールできるはずだ。だが、それができないために私はこれが現実であると思わざるを得ない。
「と、取り敢えずこの森を抜けないと。」
そう思って目の前の道無き道を進もうと試みる。······正直言って自分と同じくらいの背丈の草に明らかにヤバイ茸らしきものがある所を進みたくはないが、あそこにずっといるのも嫌なので頑張るしかない。そう考えていたその時、
ガサッガサッ
「ひぃ!」
自分の真横辺りの草木が音を立てて揺れた。もしかして、何かいるのだろうか。······冗談じゃない。こんな森の中にいる生物なんて熊とかに決まってる。そんなの絶対に死んで、······そこまで考えて私は小さく笑った。一体自分は何を考えているのだろうか。自殺をしておきながら今更死にたくないなんて、咄嗟とはいえそう考えた自分がおかしく思えた。そうだ、別に熊でもそれで死ねるのならいいではないか。ただ自分で自分を殺すか、他者に殺されるか程度の些細な違いだ。だから、私は逃げることなく目の前の草木の中にいるであろう“何か"が出て来るのを見ていた。
「······」
私は言葉を失った。なぜなら、草木の中から出て来たのは熊なんかではなく全身から緑色の粘液を垂らしていてる二足歩行のトカゲみたいな化け物である。しかもかなり大きい。その化け物は私を見るなり、口角を尋常ではないほど吊り上げて吼えた。
「キシャーーーーーーー!!!!」
「きゃああああああああああ!!!!」
逃げた。超逃げた。私は死にたいのではなかったのか、と問われればYESと答えるが、それでも一応死に方くらいは選びたい。自分や熊に殺されるのはいい。だが、化け物テメーはダメだ。あんな得体の知れない奴は生理的に受け付けない。
「キシャーーーーーーー!!!!!」
「ひいいぃぃぃぃ!来るなああぁぁぁぁ一!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、一体何だったんだろう、あれ。」
生理的に受け付けないトカゲモドキの化け物からどうにか逃げ切ることができた私は、心の底から安堵する。しかし、同時にあの化け物は一体何なのかという疑問が生じる。だって、あんなものが存在していたらニュースや新聞で報道されないはずがない。だが、事実として私はそんなことを今まで一度も聞いたことも読んだことも無い。一体どんな進化をしたらああなるのだろうか。そこで思考を打ち切り、自分の現在地を確認――ここが何処か分からない以上現在地を確認しても意味は無いが――しようと辺りを見回して、
「······すごい。」
思わず感嘆する。そこには先ほどの草木が鬱蒼とした不気味な景色ではなく、雲ひとつない青空に緑の草原が広がる自然豊かな景色があった。どうやら、あの化け物に追われたおかげであのヤバイ森を抜け出せたようで、背後には先ほどの森がある。あんな化け物がいる森などもう二度とごめんである。しかし、こんな場所は初めて見た。今の日本にいや、世界にこれほど自然豊かな場所があるだろうか。まるで昔の景色を見ている気分になる。しかし、その景色の中で一点、不自然なものがあった。
「······何あれ、ガラクタの山?」
ヤバイ森の入り口――出口?――の近くにそれはそれは大きなガラクタの山らしきものがあるのだ。近くに行って見てみると、狸の置物や壊れた自転車、ボロボロの椅子や机に古い交通標識まで様々なガラクタが無造作に置かれている。しかし、よく見ると入り口らしき戸と『香霖堂』なる看板がある。ここが誰か人が住む住居――名前からしてお店?――であることが分かる。
「······ここは見なかったことにしよう。」
あんなヤバイ森の近くにこんなガラクタを集めて暮らしている奴にろくな奴はいない。ましてや売るなんてもっての他である。絶対に。そう思って、足速に立ち去ろうとして視界の隅に映ったものに思わず足を止める。目の前にあるのは薄汚れて多少ヒビがある以外は何の変哲もない鏡である。だが、私が足を止めた理由は鏡自体ではなく、鏡に映っているものである。
「······誰?」
鏡には、腰まである金髪のロングヘアーに黄色い瞳を持ち、黒のゴスロリを着た十歳にも満たない幼女が映っていた。そして、一番理解ができないのはその鏡に映る幼女の背から黒く透明がかった二対の羽が生えているのだ。その鏡に映る幼女は、私が右手を挙げれば同じく右手を挙げ、左手を挙げれば同じく左手を挙げる。他にも色々なポーズをとってみる。しかし、やはり鏡に映る幼女も同じようにポーズをとる。そこまでしてやっと状況を理解する。
「·····これって、私?えっ、何で私こんな姿になってるの?というかどうして私は気づかなかったの!普通気づくでしょ!どれだけ自分に興味が無いのよ!」
そして、それはもう混乱した。混乱しすぎて少し発狂してしまうくらいには。ひとしきり発狂し落ち着いた後、鏡に映る自分の姿を見る。
「······この姿ってどう見ても妖精だよね。まさか、転生でもしたのかな。······なんて、そんなライトノベルのようなことがあるわけないし。でも、だったらどうして······。」
何度鏡を見ても、自分の頬をつねっても何も変わらない。そうして、自分に転生やそれに近い事が起きたと確信できた。そして同時に自分の感情に強い喜びが生まれたのを感じた。
「まさか、二度目の人生?を手に入れられるなんて思ってもみなかったかなあ。それに人間じゃなくて妖精なんて。だったら、自殺なんてしようとしてる場合じゃないよね。」
その通りだ。この世界において妖精であるならば、前世の時のように勉強やバイトに追われることも自殺しようとする必要さえ無い。だったら、私が望むことは一つだけ。それは、『平和にのんびり暮らすこと』だ。だから、私はいつか成されるであろうその生活を夢見て、思わず笑顔が止まらなかった。
誤字脱字報告または感想がありましたら
よろしくお願いします。