その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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12.熾烈、二人の『あい』

将棋盤を挟んで二人の『あい』が向かい合う。

天衣は一昨日対局して知っていたが、あいちゃんも背筋を伸ばし綺麗に正座している。

今時の小学生としては珍しいのだろうが、やはり家が旅館だからというのがあるのだろうか。

 

 

 

俺の将棋盤は脚付きの七寸盤(ローン有り)なのだが、高さがあるため、二人の前に置くと対比でJSが非常にちんまりして見える。

なんというか、非常に――いい。

 

カメラを構えればインスタ映えする良い写真が撮れそうだ。

アップした瞬間、アクセス数はうなぎ登りだろう。

同時に俺への世間からのヘイトもうなぎ登りしそうなのでやらないが。

 

ただひたすら脳内シャッターを切り、目の前の光景を焼き付けるのみ。

 

 

 

先ほど、あいちゃんに感じた恐怖も収まっていた。そもそも俺の勘違いだろう。

小さな手で、あせあせと駒を並べる手つきも愛らしいじゃないか。

 

だいたい、大の男を金縛りにするほどの殺気を放つJSなどいるはずがない。

ほんと、俺って馬鹿。はは。

 

 

 

二人が駒を並べ終える。

 

「先手をどうぞ?」

先手を譲ってあげる天衣お嬢様。やさしい。

私が上手だというアピールの可能性も微レ存だが。

 

あいちゃんも頭を下げて好意を素直に受ける。

顔を上げる際に、天衣に対しメンチを切っていた気もするが勘違いだろう。きっと。

だいたい、あんなに愛らしいJSがメンチなんて切るはずが・・・ない。

ほんと、俺って馬鹿。ははは。

 

 

 

「「よろしくお願いします」」

いよいよ対局が始まる。

さて、あいちゃんはどのような将棋を指すのか。

 

「すー、はー・・・・・・・・んっ!」

あいちゃんは一つ大きく息を吸い込むと、凛とした表情を作り、飛車先の歩を突いた。

 

 

居飛車党かー。うん。振り飛車党でないのはポイントが高い。

俺の中では、『振り飛車=不利飛車』である。あんな将棋を指す連中の気が知れない。

そもそも、振り飛車党なんてのは指運に任せて適当に指してるだけの――いや、今は言うまい。

二人の将棋に集中しよう。

 

 

天衣はまず、角道を開ける。

三手目のあいちゃんはほぼノータイムで飛車先の歩をさらに突いた。

 

 

これは――全力でぶん殴りにいこうというのか?

意外に気の強い子だ。いや、意外じゃないか。

見知らぬ男に弟子入りしに石川県から一人で乗り込んでくるような子だ。肝は太い。

 

それ以前に俺に殺気を放ったり、天衣に喧嘩を売ってたりしたじゃないか?

ちょっと、何を言っているのか分かりませんね。

 

 

 

天衣は眉根を寄せ、小考した後、矢倉を指向した守りの手を指す。

 

 

天衣の性格上、二手目で飛車先の歩を突いていれば、喧嘩を買って相居飛車にしただろうが、既に角道を開けていたので、まずはお手並み拝見と決めたのだろう。

先ほどの小考はそういうことだ。

愛弟子の思考を正確にトレースした(つもりの)俺、マジ師匠の鑑。

 

 

 

そこから、あいちゃんが攻めかかる展開が続くが、天衣は正確に受け、いなしていく。

形勢ははっきりと天衣の優勢を示していた。

 

 

 

うん。あいちゃんは初心者だな。

駒を並べる手つきで薄々察していたが――最近はPCやタブレット、スマホ等で勉強する人も多いのでそれだけでは断定できない。

ここまでの展開を見る限り、あいちゃんは定跡もほとんど知らないはずだ。

無理に攻めかかっては、あしらわれ、涙目になってしまっている。

 

 

天衣も俺と同じ結論に達したのだろう。

「はぁ・・・」

一つ溜息を着くと勝負を決めるべく、陣形を崩しながらも攻め上がる。

 

 

 

そうして、天衣の駒組みが間延びし、敵陣を押し込み始めた所であいちゃんが長考に入る。

 

「・・・・・・・・・こう・・・・こう・・・・・・・・・こう・・・・」

 

何かをつぶやきながら、体を小刻みに揺すりながら、猛烈に思考を回転させている様子だ。

天衣は怪訝そうにあいちゃんを見ている。

 

「・・・・こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう・・・・・・・」

 

あいちゃんの体の揺れ幅大きくなり、前傾していく。

 

この揺れは、頭の中で腕を伸ばし、手を指している現れか・・・?

 

「こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこう――――――――――」

 

前傾はさらに激しくなり、もはや盤面をのぞき込まんがばかりになっている。

 

仮にこの『こう』と言うつぶやきが一手指すシミュレーションなのだとすると、あいちゃんは一体、何手何パターン読んでいるというんだ!?

 

「こうこうこうこうこうこうこう・・・・・・・・うんっ!!」

あいちゃんは目を見開き、瞳を爛々と蒼穹の色に輝かすと、長考の結果を盤面に放った!

 

「「っ!?」」

 

天衣と同時に俺も驚きのうめきをもらす。

 

ここで、手抜いて攻めの一手だと!?

 

 

攻めに対して、攻めで返す。

これは――天衣の攻めをなまくらと断じ、斬り合いになれば自分が勝つと主張している!

 

「・・・・・こう、こう、こうこうこうこうこう・・・・」

そして、俺たちを驚愕させた本人は、また盤面をのぞき込み膨大なシミュレーション作業に戻っていった。

 

 

「っ!!」

対する天衣は小考の末、手を進めた。

 

天衣の示した手は『守り』だ。

ここは長考していい場面だったが・・・この手は――

 

 

 

そこからは、猛烈に殴り続けるあいちゃんと攻め上がった影響で薄くなった守りを必死にたぐり寄せながら受け続ける天衣による攻防が展開した。

 

その様は俺に、死線に踏み込み無数の斬撃を放つ侍と羽衣を身にまとい紙一重で躱し続ける天女を連想させた。

 

 

熱い!!

 

いつの間にか俺は、目の前に座っているのが小学生の女の子たちということを忘れ、その熱に飲み込まれていた。

 

しかし、どれほど心沸かせる熱戦もいずれ終わりの時が来る。

 

 

 

侍と天女の決闘は――

 

 

 

斬撃を切らし、動きを止めた侍の心臓(玉将)を天女が一突きにすることで幕を降ろした。

 

 

 




■原作との違い
・JS同士の戦い
・八一、あいの心の闇を見なかったことに
・八一、現時点で振り飛車ディスが発覚
・あいの「こう」という台詞に一カ所う○こが異物混入(嘘)

感想戦まで一気に書こうかとも思いましたが、分量も多めになったので今回はここまで。

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