その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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13.追想、生死の分かれ目

「・・・・・・・・・・負けました」

 

 あいちゃんはぽろぽろと涙をこぼしながらも、なんとかそう言葉に出した。

 唇を噛み、鼻をすすって泣くのを必死に堪えようとするが、涙は止まりそうにない。

 

 まあ、気持ちは分からなくない。

 弟子入りの希望がかかった一戦。

 しかも自分からふっかけた喧嘩で返り討ちにあってしまったのだ。

 悔しくて、情けなくて───自分の弱さが許せないのだろう。

 俺にも経験がある。すごくある。

 

 そしてあいちゃんは立ち上がると俺に声をかけた。

 

「・・・・・くじゅりゅう先生、洗面所を貸していただけませんか?」

 

「ああ、洗面所なら向こうだよ」

 

 あいちゃんは俺が指し示した方に消えていった。

 そして水が流れる音に紛れて、そのすすり泣きも聞こえなくなった。

 

 一方、勝者である天衣は複雑な顔をして、盤面を睨んでいた。

 俺は先ほどの勝負の分かれ目となった一手を確認すべく、天衣に話しかける。

 

「お疲れ、天衣。さっきはよく踏みとどまったな。見えていたのか?」

 

 あいちゃんが手抜いてカウンターをしかけた場面。

 仮に天衣が無視して攻撃を続けていれば勝敗はひっくり返っていた可能性が高い。

 

「いいえ、見えていたわけではないわ。あの子の前後の様子から咄嗟にまずいと判断して手控えただけよ。でも八一先生がそう言うってことは、あのまま行くとやられていたのね?」

 

「ああ。あの時点で守りにシフトしないと間に合わなかった。一手対処が遅れれば、長手だけども詰みがあった」

 

「そう・・・・・・」

 

 天衣も唇を噛み、悔しそうな表情をする。

 しかしながら、俺は天衣の先の発言から逆に彼女の才能を感じ取っていた。

 

 

 この子は、対戦相手の表情や仕草、所作などからも情報を得て、形勢を判断することができている。

 それはつまり盤外まで活かした勝負に長けている、ということだ。

 盤外を勝負に持ち込むことについては賛否両論あるが、俺は諸手を挙げて肯定する。

 将棋が『人対人』のゲームである以上、そういった機微まで勝負に含むことに意味があると思うからだ。

 盤上真理だけが全てなのであれば、もはや人間が将棋を指す必要はないだろう。

 勿論、盤上真理を真摯に追い求めようとする棋士達を否定する気はないけれど。

 

 それに棋士として上を目指す以上、棋力が上の相手との対局は幾度となく訪れる。

 そしてトップ棋士として大成するにはどうしても上手食い(ジャイアントキリング)を成し遂げ、力をため込む必要がある。

 その時に盤上のみで戦う棋士と、盤外あまねくを力に変えられる棋士では自ずと勝率に差が出るものだ。

 天衣の盤外の才能は大いに彼女を助けるだろう。

 

 とはいえ、天衣の指導のため、俺はそのことはおくびにも出さず彼女を叱る。

 

「あの場面は長考してでも慎重に進めるところだったぞ。結果的にはうまくいったけども」

 

「私だって公式の一戦なら長考してでも読み切っていたわ。でも素人相手に長考するなんて格好が悪いことできないでしょう?私にも意地があるもの」

 

「もし負けていれば、それより遙かに格好悪かったけどな」

 

 口を尖らせる天衣には苦笑してしまうが、まあこの鼻柱の強さも天衣の才能だろう。

 

 

 ───それに、その鼻柱を折られて涙目になる天衣もカワイイシナ───

 

 

 自然とニチャリとした笑みが浮かんでしまい、振り返って天衣から顔を隠す。

 そうこうしているとあいちゃんが洗面所から戻ってきた。

 目は赤いが、涙は止まっている。

 

「失礼しました、先生」

 

「気にしなくていいよ、あいちゃん。それよりこっちにきて。さっきの将棋についていくつか聞かせてくれるかい?」

 

「え?・・・は、はい」

 

 あいちゃんを再び将棋盤の前に座らせ、盤面を巻き戻す。あの分かれ目の一手に。

 

「ここ。天衣がこう指していたら、どうした?」

 

「その次にこうしたら?」

 

「あ、えっと・・・こうです」

 

「それじゃあ、こうしていたら」

 

「その時はこっちです」

 

 うん。やっぱり読み切っている。

 

「・・・・なるほど。たいしたものだ。よく読んでいるし、特に終盤力は図抜けてる」

 

「えと・・・・その、ありがとうございます。えへへ♡」

 

「逆に序盤とかの定跡はあまり勉強できていない感じかな?」

 

「あ・・・いえ、その!・・・わたし、先生の竜王戦を見て憧れて!・・・それで将棋を始めたので、先生があの時していた、飛車の前の歩を進めていくやり方しか知らないんです・・・ごめんなさい」

 

 

「はへ?」

 

 

 いかん。一瞬意味分からなくて変な声出た。

 天衣も俺の後ろで、珍しく間抜けな顔をしている。

 

 えっと、竜王戦最終局からってことは───え、まだ三ヶ月くらい?

 三ヶ月であの詰みの手順を読んで、なおかつ攻めてくる相手にしかけたの?

 やだ、なにこの可能性の獣?

 

「・・・・・とんでもない才能だな」

 

 思わず口に出してた。

 

「え!?・・・あの、それじゃ、せんせぇ?」

 

「ん?」

 

「それじゃ、わたしの・・・試験・・・あの」

 

「あ」

 

 そうだ、そんなこと言われたら負けちゃっても、もしかしてって期待しちゃうよね。

 後ろで天衣が溜息着いて呆れている。『このお馬鹿』とでも言いたそうだ。

 

 そういやそうだ。断ろうとしていたんだった。しかし・・・う~ん。

 これほどの才能、捨てちゃっていいのか?

 将棋界にとって途方もない損失なんじゃない?

 

「負けちゃいはしたけど、色々惜しかったからもう少し見させてもらおうかな?」

 

「は、はい!」

 

 とりあえず、問題を先送りした俺にあいちゃんは元気よく答える。

 後ろで天衣がさらに呆れて果てているのが、空気で分かったが気づかない振り。

 

 今度は俺が相手をしようとする。その時───

 

 

 

『グ~』

 

 

 

 思えば、昨日の歩夢きゅんとのランチから何も食ってない。

 

 腹が─────減った─────

 

 

 

 




■原作との違い
・あい、泣いちゃう
・八一、エスというよりゲスに
・八一、腹の音でJSの手料理を要求

次回は下記の三本立てです。お楽しみに

「大阪市福島区 北陸育ちのJSが作る至高の和定食」
「大阪市福島区 JS二人から出汁を取った究極のスープ」
「私、銀子。今あなたのアパートの前にいるの」
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