その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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02.苦行、育む絆

 その後、師匠の娘さんに将棋会館まで来てもらい、かろうじて新品のパンツのみ履かせた(もともと履いていたパンツは流れ弾を受け大破していたため、職員さんがコンビニに走った)師匠と気絶した姉弟子をタクシーに押し込み強制送還した。

 タクシーの運ちゃんが実に嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。パンツ丸出しのオッサンと美少女とはいえ湿って何か得体の知れない異臭がするJCを乗せるのだ。無理はない。美人かつ巨乳(重要)な師匠の娘さんを乗せてこちらに来るときには思いもしなかっただろう。合掌。

 

 

 去りゆくタクシーを見送り放心状態の俺に、職員さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「九頭竜先生、大変お疲れ様でした。後は我々がやっておきますので……」

 

「すいません! すいません! うちの師匠がまことに申し訳ありません!! 私にもいっしょにやらせてください!」

 

 本当は師匠の身内である俺が全てやるべきなのだろうが、偉大すぎる師匠の巻き起こした爪痕を前に、たった俺一人の力ではあまりにも無力。助けを求めるしかない。

 

 

 まずは、総出で一般市民の被害者の皆様に頭を下げて回った。

 竜王になったとはいえポッと出の俺の世間での知名度は低く、名も知らぬ若造に頭を下げられても多くの人は憤懣やる方ないようだった。

 また俺を知っている僅かな人たちからは「クズ竜王!」だの「失冠しろ!」だのといった心ない罵声が浴びせられたが、正当な怒りだとグッと涙を堪えた。

 彼らはう○こをぶつけられたのだ。仕方がない。

 

 

 そうして、何とか被害者への土下座対応を終えたら、次は汚物の撤去だ。

 

 

 将棋会館の五階には、師匠が放出した聖水が何十リットル分も広がっており、その中に師匠の履いていたズボンが浮かんでいる。右膝の部分に皺が寄っていたのかは、もう誰にも分からない。

 そして外には師匠の便意の結実たる茶色の物体が散乱している一方、人っ子一人いない。

 その光景に俺の脳裏には『兵どもが夢の跡』という、ある俳人の有名な句の一節がよぎった。芭蕉も墓から飛び出して助走つけて殴るレベルで失礼だったかもしれない。

 

 職員さんとともに、割り箸で拾い集めながら(何を集めていたのかは言及したくない)、俺は先ほどの師匠を思った。

 脳をフル回転させて将棋を指していると無意識に体が水を欲っする。そのため大量の水を飲むことが常の棋士にとって、尿意との戦いは切実な問題だ。

 とはいえ、尿意ではなく便意に負ける棋士というものを俺はこれまで見たことがなかった。

 いや、あるいは師匠は便意に負けたのではなく、むしろ勝ったんじゃないか?

 なぜなら師匠はあの惨劇の後も一切恥じ入ることもなく、逆に恍惚とした笑顔を浮かべていたではないか。誇らしげですらあった。

 俺の師匠は男の中の『漢』と言えるのかもしれない───

 ……真似したいとは決して思わないが。

 あと、聖なるシャワーを一身に浴びた姉弟子は立ち直れるのだろうか? それに師匠との関係に深刻な問題は生じないか?

 

 

 そんな益体のないことを考えながらも黙々と片付けを続け、夜も更けた頃になってようやく俺たちは師匠の偉業()を拭い去るという任務を完遂したのであった。

 

「お疲れ様でした。九頭竜先生」

 

「ありがとうございました」

 

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 

 この世の苦すべてを集めたといって過言ではない、長い長い苦行をともにした職員さん達と俺は互いを称え合い、堅い絆で結ばれた。きっと。たぶん。

 師匠の凶行により、白い目で見られるはずだった清滝一門をこの俺──九頭竜八一が救ったんだ・・・!!

 

「竜王」

 

 そんな感慨に打ち震える俺は後ろから女性に声をかけられる。苦行を厭わない漢の後ろ姿に惚れたのだろうか?

 

「はい、何でしょう?」

 

 キメ顔で振り向いた俺の前にいたのは─────男鹿さんだった……。

 

「竜王、会長がお召しです」

 

 

 

 

 

 アイエエエ!?

 

 

 




■原作との違い
 ・姉弟子の不在かつ尿意ではなく便意だったため、被害者への謝罪の難易度上昇
 ・便意と尿意の同時解放による被害拡大のため、片付けの工数大幅増
 ・将棋連盟職員にも協力を仰ぎ多大な負担をかける
 ・連盟に借りを作り、月光会長の介入を招く
 ・原作よりもはるかに時間経過

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