若干盛りすぎた気はする。
でも反省はしてない。
天ちゃん愛で充ち満ちた本作ですので。
「すいません。先ほど一戦されていて恐縮なのですが、もしご迷惑でなければ空先生にお相手を願えないでしょうか?」
「……わたしであれば構いませんが」
天衣からのラブコールに姉弟子も応える。
「そうですね。では空さんにお願いしましょう」
姉弟子が天衣の対面に着く。
だけど大丈夫だろうか。先ほどの桂香さんとの対局の際には既に戻ってきていた姉弟子は、姉と慕う桂香さんへの天衣のあまりの態度に、あいとの対局との時よりボルテージをあげているように見えるのだが……
「それでは空さん、手合いはあいさんとの時と同じく──」
「重ねて申し訳ありません。失礼は重々承知しているのですが、よろしければ振り駒でお願いできないでしょうか?」
さらにとんでもない要求が天衣の口から飛び出した。
「……」
「夜叉神さん、それはさすがに……それに今は試験中なのですよ?」
久留野先生もさすがに咎める意図も含め、暗にひどい負け方をすれば試験結果に影響すると伝える。だが、
「手合い違いは承知しています。ですが私も本気で上を目指しています。研修会の入会機会を一度棒に振ってでも、女流タイトルホルダーとの実力差を計る機会があるのなら逃したくないのです」
殊勝な物言いだ。だが、試験開始前や先ほどの桂香さんへの発言を聞いている周囲からすれば、慇懃な態度の裏に本気で女流タイトルホルダーを食らってやろうという意図があることに気づかないはずがない。
この場の空気は一気に一触即発の様相を帯びる。
「……分かりました。それでは私の振り駒で」
「ありがとうございます。お願いします」
「……仕方ないですね」
姉弟子の承諾もあり、当事者間で決まってしまったことで久留野先生も根負けする。
二人が駒を並べ始める。
そんな中、久留野先生がつかれたような口調で俺に耳打ちしてきた。
「……君は本当にとんでもない子たちを連れてくるね」
「いや、なんというか本当にすいません」
俺は久留野先生に謝罪し、二人に目を戻す。
上位者の姉弟子が振り駒をし、結果は──歩が4枚に、と金が1枚。姉弟子の先手だ。
周囲の空気が弛緩する。天衣の先手ならもしかしたら……と考えていたが、後手番では万一もあるまいということだろう。姉弟子の殺気も若干緩んだだろうか。
「お願いします」
「……お願いします」
天衣は気負いもなく挨拶し、それに姉弟子も冷淡に返す。
姉弟子の第一手は、飛車先の歩を突く2六歩。天衣は角道を開ける3四歩を指した。姉弟子も角道を開けてそれに応じる。それに対して天衣は飛車先の歩をついて居飛車戦を明示した。
居飛車党の姉弟子にとっても異存はなく、両者そのまま駒組みが進む。
「……横歩取りかな?」
久留野先生が呟くが、
「いえ……これは──」
そう、かの猛者ピンクパンサーを葬った一戦と同じ──
「『一手損角換わり』!?」
姉弟子の角を奪って、そのあとに自分の馬を叩きつけた天衣の一手に周囲はどよめく。
それもそのはず、一手損角換わりを打ち回すのは極めて難しいがゆえにプロでも指す人間は限られる。アマチュアの世界ではいわずもがなだ。
究極の受け将棋とも言える一手損角換わりを天衣が指すのはある意味自然なのかもしれないが……
「まさか『一手損角換わり』とは……さすが九頭竜竜王の弟子というところでしょうか?」
「いえ、そんな……」
久留野先生のからかい混じりの質問に曖昧な返ししかできない。
確かに俺は一手損角換わりの数少ない差し手だ。スペシャリストとしての自負もある。だがそもそも──天衣に一手損角換わりなど教えてはいないのだ。
にもかかわらず、天衣はピンクパンサー戦でも見事に指しこなしていた。どこでそんなものを学んだというのか。
天衣は俺の一番弟子だ。その天衣の将棋の根底には、俺の知らない何かがある。それが天衣の力になっているのだから良いのだろうがなんとなく面白くない。
俺は近いうちに夜叉神氏に、弟子入りする前の天衣がどのように将棋を学んでいたのか事情を聞いてみようと決めていた。
ギリッ
不意の物音に俺は意識をふたりに戻す。
天衣の一手損角換わりに姉弟子が修羅もかくやというほどに激怒し、歯がみした音だった。
え!? 何でそんなキレてんの!? というか殺気が俺のほうにも飛んできてるんですけど!? わけがわからんぞ!?
何だろうか? 一手損角換わりなんて対処が面倒な手を俺が教えていたのが気にくわない? それ冤罪ですから。俺は姉弟子の胸中を慮り、必死に心の中で無罪を主張する。
そんな俺の祈りが通じたのかは分からないが、姉弟子の殺気は俺から外れ、次の一手を指す。当然馬取りだ。
そこから、互いに持ち駒に角を握った緊迫した状態での応酬が続く。姉弟子は天衣を押さえ込むように攻め手を繰り出し、天衣は薄い玉形のまま迎え撃つ構えを見せる。
これから壮絶な駒のぶつかりあいが起きる──そんなタイミングで天衣はさらに姉弟子を煽った!?
「さあ……踊りましょ?」
バサッと音をたて、隠し持っていたらしい扇子を開いて扇ぐ。そこには────
「『新鮮』? 変な言葉のチョイスですね? それに字もなんというか下手クソです。ね? ししょー?」
「あ、ああそうだな、あい……」
うぉぉぉぉぉぉぉい!? 俺の黒歴史ーーーーー!?
まさかの登場だった。天衣がなにやら俺のサイン入り扇子を買っていたのは知っていたが、まさかの第一弾、新四段となった時に揮毫したこの世に存在する初の俺のサイン入り扇子である。まだ売れ残っていたのか!?
だれか俺を殺せーーーー! いっそ殺してくれーーーーーーー!!
あいからは角度の問題か俺の落款が見えなかったらしいが、天衣の対面にいる姉弟子にはバッチリ見えてしまったのだろう。いやそもそもあの揮毫をした際に姉弟子にはさんざん馬鹿にされている。
ということでおそらく、その間抜けな単語と扇子の出自に天衣と俺、師弟に揃って馬鹿にされたと感じたのだろう。あまりの姉弟子の殺気の高まりに空間が歪んでいるかのようだ。
※注)あくまで将棋の対局の情景描写です。
さすがの天衣にとってもこの殺気はキツかったらしい。先ほどまで振るわれていた姉弟子のあい戦同様の盤外戦術は意に介していなかったが、今は冷や汗を流し出している。だけどやはりお嬢様のハートはスペシャルらしい。扇子を閉じ、ぎゅっと握りしめると平静を取り戻し、挑発的な笑顔すら浮かべて見せた。
「……殺すッ」
天衣は姉弟子を激発させて冷静さを奪ったつもりかもしれないが、姉弟子にその手は……
姉弟子は全面攻勢に転じ、盤上が一気に燃え上がる。対して天衣も薄い玉形ながら、バランスを取ってよく耐えている。姉弟子の重厚な繰り手を受け、いなし反撃のチャンスを待つ。
一方の姉弟子もここが勝負所とみたのか容赦しない。奨励会で開発されたのだろう新手を縦横無尽に駆使しミスを誘い、その棋力のあらん限りで押しつぶそうとする。
しかしながら天衣もこの局面を予測していたのだろう。以前新世界でも見せた読みの姿勢──前傾して盤に顔を寄せ、片目を手で押さえて矢のような視線で姉弟子を射貫き、一手一手の意図を丸裸にして適切な応手を見せる。
終盤に至り盤上の形勢は今だ五分だ。圧倒的上位者であるはずの姉弟子に対して天衣の指し回しは驚異的の一言に尽きる。道中では奇跡のようなカウンターを見せ姉弟子もあわやというところまで迫りもした。その後、姉弟子の粘りにより五分までもどされはしたが。
あまりに熱い一局に周囲は俺も含め皆魅せられてしまっていた。それを生み出しているのが女流二冠とまだ研修生ですらない小学生という事実はとうに忘れてしまっているだろう。
そんな二人の熱戦の決着はどうやら盤外によって着くらしい。
ビーッ!というデジタル式対局時計の無機質な音がその時を告げた。
二人の差を分けたのは、結局は新手に関する知識の有無だった。頭の中から記憶を引き出すだけでいい姉弟子に対して、天衣は一つ一つに読みを入れ小考程度とはいえ時間を使わされていた。とうに持ち時間を使い切って、一分将棋になっての終盤だった。その場面で姉弟子が放った高難度の新手に対し、小考を入れていた天衣は対局時計の音に我に返り、パチリと一手指し、
「……負けました」
と頭を下げた。
その最後の一手は、これまでの奨励会でもみたことのないものだったが、指されてみればこれ以上ないというほどの正着だった────
名前:夜叉神 天衣
性別:♀
年齢:9
職業:竜王の一番弟子
女子小学生
装備:扇子『新鮮』E.
扇子『活』
扇子『出世魚』
装備詳細
扇子『新鮮』
ステータス:攻撃力+ 1
精神力+10
特殊効果 :『竜王の加護』装備者の職業が竜王の弟子の場合、『精神異常無効』のアビリティが付与される
ということで姉弟子戦でした。
まあ、受験者が望んだからといって平手で指してもらえるかは(以下略)
なお天ちゃんとあいちゃんの名勝負を見たい方は原作2巻を(以下略)