その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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前回がボリュームが多かった分、今回はあっさりめです。



23.胎動、新世代の産声

 

「ありがとうございました」

 

「……ありがとうございました」

 

 納得いく結果ではなかったのだろう。挨拶を終えると姉弟子は足早に道場を出て行った。

 追いかけるべきなのかも知れないが、今は弟子たちのことが気に掛かった。

 

 

「……ふぅ」

 

 姉弟子が去ったことで緊張を切らしたのだろう。天衣は大きく息を吐いた。その小さな額からも汗が噴き出し、艶やかな黒髪が湿って張り付く。

 そして試験官である久留野先生の方へ向き直り声をかけた。

 

「色々とわがままを聞いていただいてありがとうございました」

 

「いえ……」

 

 二人の熱戦に久留野先生も自分が試験官であったことを忘れていたのだろう。

 あいまいな返事を返す。そして天衣は更に問いかける。

 

「それで試験の結果ですけど、どうでしょうか?」

 

「ええ……その前に最後の一手ですが、この後どう展開すると読んでましたか?」

 

「それは────」

 

 久留野先生の問いかけに天衣は以降の姉弟子が指すであろう手順と自分の手順を数パターンしめす。あの一手が偶然のものではないことを証明してみせたのだ。

 

「なるほど。奨励会で研究されていた手とは異なりますが、確かにこちらのほうが良い。素晴らしい発想です」

 

「ありがとうございます」

 

「中盤での新手への対応も見事でした。奨励会の棋譜を手に入れていたわけではないのですよね?」

 

「ええ。どれも知らない手でした。空先生が時間を奪いに来ていたことには気付いてましたが、受け損なった瞬間にひねり潰されそうだったので狙いに乗らざるを得ませんでした。私の力不足です」

 

「そんなことはありませんよ。その感覚は正しい。君の判断は適切でした。むしろ短時間の思考で正解を導き出し続けたことを誇るべきでしょう。その判断力も読みの力も素晴らしい才能です。知識はこれから研究会で蓄積していけば済むことだ」

 

「ありがとうございます。それでは……?」

 

「あれだけの対局を見せられて不合格になんてできませんよ。ただ、これからは無理難題をぶつけるのを控えてもらえると助かりますけどね」

 

「そうね。善処するわ」

 

「……ふふっ、よろしくお願いしますよ」

 

 合格を受け取った瞬間に殊勝な態度を崩してしまう天衣お嬢様には久留野先生も苦笑するしかない。

 

 

 試験が終わったことで周囲の研修会員たちがわっと天衣を取り囲み、今の一局で放たれた数々の手について質問を投げだす。対局前に天衣の態度にいだいていた怒りよりも、見せつけられた将棋への興味・好奇心が優先する辺りはなんとも研究会員らしい。天衣も憮然としながらも、周囲に応えていく。やはり将棋は万能のコミュニケーションツールだ。

 

 

 だが、そうして場が盛り上がる中、輪の中に入っていけないものが一人。

 

「あいは行かないのか?」

 

「…………はい」

 

 あいは非常に悔しそうな顔をしている。同じく姉弟子と対局したものとして天衣との力の差を感じ取ってしまったのだろう。だが悔しいと思えること、それ自体があいの意思の強さを示している。悔しさを感じるということは圧倒的な才能を前にしても勝ちたいと思えているということだ。

 ここは師匠として弟子に道を示してやるべき時だろう。

 

「……天衣の才能は俺が思っていた以上に圧倒的だった。今の天衣と女棋士でまともに勝負できるのはおそらくタイトルホルダーくらいだ。……いや、姉弟子以外相手ならタイトルホルダーすらなぎ倒してしまいかねない。でもな、あい」

 

「師匠……?」

 

「姉弟子以外でもあいなら天衣を打倒しうると俺は思ってるぞ」

 

「え……?」

 

「あいは天衣に劣らないだけの才能を持ってる。だからあいのことも俺の弟子にしたんだ。……信じられないか?」

 

「……いえ! あいは師匠を信じます! 天ちゃんのライバルは私です!! だから私が天ちゃんに勝ちます!! もちろんおばさんにも!!」

 

「……そうか。ならあいも行ってこい! ライバルはお互いを高め合うもんだ!!」

 

「はいっ! 師匠! 行ってきます!!」

 

 

 

 そういってあいも輪の中へと入っていく。そして天衣と意見をぶつけ合う。

 その姿に俺は近くふたりを中心に女流将棋界に激震が起こることを確信していた。

 

 

 

 




■原作との違い
・Wあい同時合格
・姉弟子不本意な対局結果が2局に

波乱も無事終わり物語は1巻でいうところのエピローグへ。
次回もお楽しみに。

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