その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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前回で波乱は終わりだといったな。あれは嘘だ!

そして君は知るだろう あの対局もまだほんの序の口だった
天ちゃんの創り出す波乱は むしろここからが本番なのだという事を




24.誓約、竜王と愛しの悪魔

 

 そうして俺のふたりの弟子達の研修会試験は幕を閉じた。

 

 

 あいはJS研のみんなが合格祝いをしてくれるということで引っ張られていった。

 その後、あいはご両親と合流し一旦金沢に帰ることになっている。4月からこちらで本格的に将棋の修行を始めるために身の回りのものの発送や転校の手続きが必要だからだ。

 

 JS研の合格祝いには天衣も誘われていたが夜叉神氏に早く合格を報告したいとのことで断っていた。

 そんな天衣を送るべく俺も着いてきたわけだが────

 

「……ッ」

 

「天衣、大丈夫か?」

 

 みんなと別れたことで虚勢がはがれ落ち、一挙に疲れが押し寄せてきたのだろう。

 壁にもたれて崩れそうになった天衣を咄嗟に支える。

 

「まったく無茶をする。あんなに姉弟子を煽るなんて」

 

「…………」

 

「激発した姉弟子の隙を突くつもりだったんだろうけど、アレは悪手だったぞ? 姉弟子はどちらかと言えばむしろ──」

 

「いいえ、あれで狙い通りよ」

 

「──なに?」

 

「あなたの姉弟子の棋譜はすべて並べたわ。映像もあるものは確認した。彼女は一見クールなタイプに見えるけど実際は激情型。怒りとともにむしろ頭の巡りも良くなるタイプね」

 

「じゃあ、なんで……?」

 

「なんで? 対局前に言ったでしょうに。実力差を計りたいって。手合い違いの平手に『一手損角換わり』にこの扇子。たくさん燃料を放り込んだ甲斐あっておばさんも全力ではき出してくれたわ。持ってる棋力。揺さぶるための新手。追い詰められた時にどう粘ってくるのか……」

 

 

 や……ヤバすぎるだろ? こいつ……。あの一局は全部姉弟子を丸裸にするための威力偵察だったってのか?

 

 

 己の一番弟子への戦慄のあまり、おれは本筋とは関係ない言葉しか絞り出せない。

 

「……お前もおばさんって呼んでたのか? 心の中じゃ」

 

「そうよ。悪い?」

 

「姉弟子がおばさんなら桂香さんは?」

 

「ばばあ」

 

「おいッ!!」

 

 桂香さんには悪いが天衣に突っ込んだことで少し調子を取り戻せた。俺は話を本筋に戻す。

 

「だけど姉弟子に勝つのはたやすくないぞ」

 

「そうね。今回も勝てるに越したことはなかったけどあのまま続けててもむずかしかったでしょうね。でも次は勝つわ。弟子になるときにいったでしょう? 女流タイトルを総ナメにするまで無双するって。今回は公式戦じゃないからノーカンよ」

 

「本命はマイナビか。だけど女王戦までまだ一年以上ある。その時には姉弟子はもっと強くなっているはずだぞ?」

 

「当然そうでしょうね。でもおばさんが伸びる以上にその時には私も伸びている自信があるわ。道中には食べ応えのある獲物もたくさんいることだし」

 

「女流高段者やタイトルホルダーを獲物扱いか」

 

 大言壮語に俺は苦笑させられてしまった。だが次に天衣が放った一言に俺はまたもや凍らされてしまう。

 

「それにおばさんには女王戦に向けて毒も盛ったことだし」

 

「…………なんだって?」

 

「3六桂打つ」

 

「……最後の一手か」

 

「ええ。おそらく奨励会ではこれがあの新手に対しての応手なのでしょう? この手ならすぐ思いついたわ」

 

「…………」

 

「でも同時にもっといい手があるとも感じたわ。制限時間には間に合いそうになかったけど」

 

「…………」

 

「そしてあのまま対局を続けるよりもその一手を見せつける方がいいと直感したのよ」

 

「……それは」

 

「激情型は怒りとともに更なる力を発揮するわ。でも恐怖にはどうかしら?」

 

「…………」

 

「きっとおばさんは私のことを注視し続けてくれるわ。そして道中の戦いで私の力が増していくのを嫌でも知ることになる。自分で恐怖にえさをやり続ける。恐怖は時間とともに成長し続ける」

 

 俺の読みは本当に浅い。何度痛感させられても直ることはない。

 天衣は自分たちのことを面白く思っていない姉弟子が研修会試験に出てくることを予測していた。そして準備を積み上げていたのだ。

 姉弟子を丸裸にするための威力偵察? あの一局はそんなちゃちなもんじゃない。

 一年後に向けて天衣が女王をたたき落とすために仕掛けた壮大な盤外戦の始まりだ────

 

 

「八一先生…… あなたの姉弟子が誰かに敗れるところを見るのは嫌……?」

 

 ……そこでそんな不安そうな顔をするのはずるいだろう?

 

「……天衣。お前は竜王の一番弟子だ。立ちふさがるものは誰だろうと遠慮することはない。叩き潰せ。お前が最強なんだって皆に見せつけてやれ」

 

「はい! 八一先生!!」

 

 俺の言葉に愛弟子は本当に幸せそうな笑顔を見せてくれる。

 

 

 

 俺はとんだ悪魔と師弟契約を結んでしまったのかも知れない。

 ああ、だけど── そんな悪魔だからこそ竜王の愛弟子にふさわしいのだろう。

 

 

 




ということでエピローグでした。
原作の爽やかなエピローグやエピローグからつながっているのだろうプロローグは影も形もありません。
が、奇しくも原作と同じくヒロインの満面笑顔で締めです。
やりたいことは全部詰め込んだエピローグとなりました。

どうも作者は天ちゃんをダークな面を色濃く持つヒロインとして描きたかったようです。
エピローグまで書いて気付くのもいかがなものかという感じですけど。
ですが原作で最も好きな天ちゃんは7巻の大天使を粉砕した天ちゃんなので何か納得。
儚くいじらしい天ちゃんも大好物ですが。

というわけでここまで応援いただいた皆様ありがとうございました!

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