「永世名人への勝利おめでとう、八一先生。ちょっと格好悪かったけどね」
「……ありがとう。天衣」
控え室で待っていてくれた天衣が開口一番勝利を祝ってくれたのに対し、俺も礼を返す。
「……それで? 話したい事って? この私を待たせてたんだからそれなりの内容なんでしょう?」
そう。俺は天衣を連盟に呼び出していた。会長との対局が終わるまで傍で待っていて欲しいとお願いして。それもこれもこの話をするためだ。
「……ああ。まずは……この棋譜を見て欲しい」
「……これはお父様の?」
「そう。当時アマチュア名人だったお前の父親と名人だった月光会長との記念対局だ。その対局で俺は記録係をしていた」
「そう……それで?」
「……俺は聞いていたんだ。お前の父親がいずれお前を会長の弟子にしたいって言ってたのを」
「……」
「今日の対局で会長の方が俺より遙かに上手なのが分かった。いや前から知ってはいたんだけど、再確認したっていうか……」
「……」
「きっと俺よりお前の師匠にはあの人のほうが相応しいんだろう。だけど———」
「……はぁ、八一先生?」
「ん?」
俯きながら搾り出すように話していた俺は、しばし無言だった天衣がふいに声をあげたことに反応し、顔をあげた。天衣は心底呆れたという顔をしている。
「たかが消化試合になんで呼び出すのかと思ったら……。まったく和装までして」
「え、えっと?」
天衣がなぜそんな反応をするのか分からない。確かに和服まで着てきたのはやりすぎだったかもしれないが、これも俺の気合いの表れで———
「ちょっと、八一先生こっちにきて!」
「え、ちょっと? 天衣」
「いいから!」
戸惑う俺の手を引っ張り天衣はどこかへ向かう。
そして連れてこられたのは……資料室?
そして天衣は何か新聞を漁っている。やがて目的のものを見つけたのかこちらを向き直る。相変わらず呆れ顔だ。
「うすうすそうじゃないかって気付いていたけど、本当に忘れていた訳ね?」
「何が?」
「はぁ……ここ。読んでみて」
「ん?これは『週刊将棋』か? お前のお父さんと会長の対局の時の?」
「そうよ」
『名人を超える大器』
天衣が指した記事にはそうあった。
プロアマ名人の記念対局の後の感想戦で俺が月光名人の詰みを発見した。そして———
「僕の娘が大きくなって棋士になりたいと言ったら……その時は九頭竜八一君に師匠になってもらいます?」
「ちなみに八一先生は快く承知したそうよ。お父様によると」
「……えーと、それは……」
「当の八一君はきれいさっぱり忘れていたようだけどね?」
「えろう、すんません!」
俺氏、スライディング土下座である。
「私は『九頭竜君はすごい!』『プロになったら、真っ先に天衣を弟子にしてもらいに行こうね!』って耳にたこになるほど聞かされながら育ったわ」
そしてこれで全ての謎が解けた。
先ほどの会長の言葉の意味。借りとは以前俺が指摘した詰みに対して今回は自分が指摘したということだろう。
さらに天衣の最初の攻撃的な態度。それにしてはその後の好感度が高すぎたこと。てっきり俺がイケメン竜王だったからだと思っていたが、お義父様の教育のたまものだったらしい。
その他にもお義父様はおそらく会長経由で俺の奨励会時代の棋譜も入手し娘に披露していたらしい。
何のことはない『一手損角換わり』も俺が発祥だったわけだ。たしかに薄い玉形のままバランスを取って戦いたがるのは会長というより俺の特徴だ。俺は過去の自分相手に一人相撲をしていたってことだ。
「以前、神鍋六段とあなたなら、師匠には貴方を選ぶっていったわよね」
「ああ」
「はっきり言っておかないと八一先生には伝わらないみたいだから言っておくわ」
「……」
「仮にそこに生石玉将と月光永世名人、おまけに現名人を加えて好きに師匠を選べと言われても……私は貴方を選ぶわ。八一先生」
本当に行き届いた教育だ。お義父様には感謝の言葉もない。今度夜叉神氏に場所を聞いてお墓に花をお供えに行こう。
「だけど勘違いしないでちょうだい」
「えっ!?」
「別にお父様に言われたから貴方を選ぶわけじゃないわ。私はそんなに殊勝な女じゃない」
「……」
「貴方の過去の棋譜を見て、貴方のこれまでの対局する姿を見て、貴方の普段の将棋への取り組みを横で見て。それで”私が”いいと思ったから貴方を師匠に選ぶのよ。八一先生?」
そういって天衣は艶然と微笑んだ。
俺は目の前の悪魔に魅入られたかのように身じろぎもできず、ただその言葉を受け止めていた。
まったく……小学生は最高だぜ!!
って最後の八一のモノローグの代わりに入れようかと思いましたが、前回の反省からなんとか思いとどまることができました。作者、成長してる。
一章のエピローグでこういう天ちゃんはやりきった気だったんですが、まだまだ書きたいことがあったようです。最終的にこんな感じに。
すごいだろ? これでJSなんだぜ?
さて前回同様、これまでの応援ありがとうございました。
もうさすがに同じ手は通用しないと思うので、引き続き応援お願いしますと申し上げておきます。
次回から原作三巻の領域に入ります。
だけど桂香さんどうしようなぁ……(現時点でノープラン)