その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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03.失着、見逃さぬ会長

 男鹿ささり。元女流棋士の将棋連盟職員であり、現在は日本将棋連盟会長、月光聖一の秘書を務めている。20代前半の美人さんである。胸も決して小さくはない(重要)

 

「あの、男鹿さん」

 

「はい、男鹿ですが」

 

「なぜ会長はこんな時間まで連盟に?」

 

「今日のうちに竜王とお話されたいことがあるということで、竜王の手が空くのを待っておられました」

 

「そうですか……」

 

 彼女の後ろをついて歩きながら俺は、今回の会長からの呼び出しの理由を必死に考えていた。

 会長と会うのは俺の竜王就位式で推挙状を受け取って以来、2回目である。これまで接点はほとんどなかったといっていい。

 そんな会長がわざわざ長時間待ってまで俺にいったい何の用があるというのか?

 

 これからの将棋界を背負う、若き竜王である俺に激励を?

 あるいは、いずれは戦うことになる強敵である俺への盤外戦術か?

 あるいはあるいは、目の前の男鹿さんを俺の嫁候補として紹介するためか?

(熱烈な会長Loveの男鹿さんだが、会長からは全く女性として見られていないことを連盟関係者なら誰でも知っている。適齢期の男鹿さんに有望な結婚相手を紹介してあげようと考えたのかもしれない)

 

 考えても考えても全く分からん。ええい! 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ!

「男鹿さん、なぜ会長は俺をお呼びに?」

「男鹿はそれを存じ上げません。ですが、タイミングから考えて先の清滝九段との一件では?」

 

 

 

 うん。知ってた。

 

 必死に目を逸らしていたけど、それしかないって知ってたよ! 畜生ッ!!

 警察沙汰にならなかっただけでも奇跡の凶行(う○こ爆弾)だ。何のペナルティもないと考える方がおかしい。

 桂香さん(師匠の娘さん)、ごめん……俺は清滝一門を守れなかった…………

 

 

 そしてついに、理事室というプレートがかかった部屋に着いてしまった。その部屋で───俺は『伝説』と対面した。

 ※なお『伝説』の詳細については原作(神)2巻でご確認ください。

 

「ご無沙汰しております。竜王就位式以来ですかね?」

 

「は、はひ! ここ、こちらこそ、ぼ! ぼぶ・・・・・・ご無沙汰しております!」

 

「そう緊張なさらずに。叱るために呼びつけたわけではありませんから」

 

 生きて鼓動する伝説は早速ジャブを放ってきた。

 

「このたびは! 私と私の師匠が連盟の皆様に多大なご迷惑をおかけし! まことに申し訳なく!」

 

 腰を180度に折って深々と頭を下げる。

 俺、平謝りである。心の中では華麗にスライディング土下座を決めていた。

 

「ははは。それを言うなら私は彼の兄弟子です。この件ではあなたと立場は変わりませんよ。竜王こそ、私の弟弟子の不始末の後を押しつけてしまい申し訳ない」

 

「いえ、そのようなことは……」

 

 さすがに言葉通りに受け取るわけにはいかないだろう。いかに兄弟弟子関係とはいえ、それぞれ独立して長い年月がたっている会長と現在進行系で師弟関係にある俺の責任を同列で語っていいはずはない。

 

「互いに謝り合っていても話が進みませんね。これぐらいにしましょう。実は今日は竜王にお願いしたいことがあって失礼ながらお呼びだてしたのです。立ち話も何ですから。まずは座ってください」

 

 来た! 会長の狙いはこれか……!!

 致命的な失態を犯した直後のこのタイミング。

 俺は、いや俺たち清滝一門は連盟、ひいては会長に多大な借りを作ってしまっている……!

 

 ソファーに腰を下ろしながらも、俺は緊張感に身を固くする。

 

「会長から私にお願いですか…… いったいどのような?」

 

「実は……弟子を取っていただきたいのです」

 

 

 ………………は?

 

 

「長く将棋界のために援助をくださっている実業家の孫娘です。年齢は9歳。小学三年生」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! どうして俺……いえ、私なのですか!?」

 

「お好きではないですか? 小学生」

 

「なななな何を言ってるんです!? 俺の好みは年上の巨にゅu、いえ何でもないです」

 

「冗談です。先方の希望です。竜王の好みに添えず申し訳ないのですが」

 

 そんな平然と質の悪い冗談を言わないで…… そして好みの件は忘れて……

 

「どうもその娘さんが『弟子入りするなら現役A級棋士かタイトル保持者でないと嫌だ』と仰っているそうでしてね」

 

「ぜ、贅沢な…………」

 

 関西所属棋士でその条件に該当するのは、月光会長、生石充玉将、そして竜王の俺だけだ。

 

「私が会長職を務めながらこれ以上弟子をとることは難しい。生石君は現在護摩行中で連絡がとれません」

 

「ああ……なるほど、それで私ですか」

 

 理由はわかった。分かったが俺も運良く竜王になったとはいえ弟子などまだまだ早すぎるだろう。………連敗中だしなっ。

 

「会長のお話は分かりました。ですが私もまだまだ若輩。修行中の身です。だれかの師匠になるなど……」

 

「実はこの件は、事前に清滝君にも相談していまして。彼からも賛成してもらっています。若いとはいえ君もタイトル保持者。トッププロの仲間入りを果たしている。これからは師事するだけではなく、誰かを教え導くことで始めて成長できることもあるだろうと」

 

 外堀を埋められている……だと……

 

「清滝君も君や空さんを弟子に迎えることでより大きく、強い棋士となりました。名人位への挑戦者となるほどに。そういった彼の経験も賛成してくれた背景にあるのでしょう」

 

 ぐぬぅ……

 

「そうして棋士の輪を広げ、さらに君自身も一回り大きくなってくれたなら……私も『連盟』会長として、こんなに嬉しいことはありません」

 

「は! 非才の身ではありますが、九頭竜八一、弟子取りの件、喜んでお受けします!」

 

「ありがとうございます、竜王」

 

 今日、この日この時このタイミングで『連盟』を持ち出されたら断れねぇ…… さすが《月光流》。僅かな(僅かか?)失着を見逃さぬ、光速の攻めだ……

 

「早速、明日からお願いできますでしょうか。先方で宿泊の世話もしていただけるそうなので、数日泊まり込みでも構いませんよ」

 

「は! 喜んで!!」

 

 

 

 師匠ェ……

 

 

 




■原作との違い
 ・今が好機と見た会長の英断により、天ちゃんとの出会い前倒し
 ・前話の後始末と会長との面談により、八一の帰宅時刻は深夜に
 ・あいは一旦八一の家から撤収し、大阪ないし京都あたりの知り合いの旅館へ

まあ、あいなら深夜だろうが八一の家に居座って、出会いが発生していた気もしますが、そこは作者のご都合を許してください。<(_ _)>

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