ということで後編です。
引き続きサービス回をお楽しみください。
「……本当にどうしてこうなった」
「私が知るわけないでしょ!」
「もー、天ちゃんお風呂で騒ぐのはマナー違反だよ?」
「今更それを言う!?」
いや、マナー違反もそうなのだが……
「あの、二人ともせっかく広い風呂なんだから。もっとゆったり広く使ったらどうだ?」
「えー。別にいいじゃないですかー」
「…………」
ふたりの背中がさっきからピタピタ当たってるんですけど……
確かに向いている方向は二人とは逆だ。逆ではあるのだが二人はなぜかならんで俺と背中合わせに湯船に座っているのだ。
そして湯船にタオルを浸けることまかりならんという風呂奉行あいのお達しで、あいはもちろん天衣のタオルもはぎ取られている。
そんななかであいがたまに手足をバチャバチャやるせいで湯に揺られて二人の背中(素肌)が時折俺の背中に当たるのだ。
なんだこれ? 俺はロリコンかどうか神に試されているのか?
くっ! とにかくどうにか意識を逸らさないと! 何か、何かないか……?
何か嫌な思い出を想起して……そうだ!
『はぁぁ~ 九頭竜君の眼鏡を外した素顔を見るとドキドキするよぉぉ!』
一瞬でとんでもない寒気が襲ってきた。山刀伐パねぇ。
さすがにこのままでは精神衛生上悪すぎるので意識を山刀伐さん本人から先ほどの将棋の内容にスライドする。
開幕からこちらが知らない最新型に誘導され序盤で大きなリードを奪われた。そのまま一方的に攻撃をされ続け終盤へ。完封されて投了だ。端的に言ってフルボッコでござる。
「八一先生、考え事?」
「今日の試合の内容を振り返ってちょっとな」
「今日の対局相手は……A級4位の山刀伐八段だったかしら」
「A級4位! 強敵ですね! どうだったんですか、師匠!?」
「残念ながら俺の負けだ。控えめに言っても完敗だな」
「ですかー。……残念ですー」
「……完敗、ね。敗因は分かっているの?」
敗因か。それはどう考えても———
「研究だな。俺のことを研究し尽くされて全てに対策されていたって感じだ」
「た、大変じゃないですか!?」
「確かに深刻ね。だけど八一先生も竜王だもの。個人として研究対象になっていても不思議じゃないわ。……いいえ、常に誰かが八一先生のことを研究していると考えてもいいくらいね」
「……まあ、そうだわな。この前までの11連敗もそれが原因だ。どうしても年齢の問題で俺の将棋には幅がない。狙い撃ちにすれば対策もしやすいはずだ」
「そんな! みんなが師匠を標的にしてるってことですか!?」
「……竜王になるってのはそういうことだ。あい」
そう。誰もが俺の首を狙っている。竜王が今一番奪いやすいタイトルだと思われている。言い換えれば舐められてるってことでもある。事実でもあるんだが。
ここでしばし皆無言になる。重たい沈黙が場を包んだ。
そして、次に言葉を切り出したのは———
「……まあでもそこまで分かっているなら、やらなきゃいけないことも明確ね」
そういいながら天衣が俺の背中に……もたれかかってきた!?
あの……背中に柔らかくも張りのある肌が密着してるんですけど……
これも元気づけてくれているってことなんだろうか?
「……戦法を増やすしかないな。山刀伐さんの研究の枠を突き抜ける新戦法が必要だ」
「……新戦法ね。当てはあるの? 闇雲にってわけにもいかないでしょ?」
「ある人にお願いするつもりだ。素直に聞いてもらえるかは分からないけど……何とかする」
「……そう。それじゃ後の問題は時間ね。3週間後には山刀伐八段と再戦でしょう?」
「そうだけど……よく知ってるな、天衣。師匠の対局予定をチェックしてくれてたわけだ?」
「はぁ!? き、今日連盟に行ったときにたまたま今月の対局予定が目に入っただけよ! 勘違いしないで!!」
天衣は火のついたように怒り出す。……だけど背中はくっついたままだ。
「わ、悪いそうだったのか。ごめんごめん」
「ふんっ。わかればいいわ。それで間に合いそうなの?」
「それが一番の問題だな。一から新戦法をものにしないといけないわけだが、短期間でそれなりのレベルにならないといけない」
「……そう」
「いくら研究を外しても山刀伐さんの地力が低いわけじゃないからな。お粗末なできならそのまま潰されちまう。そこまで考えると正直3週間じゃ厳しいな」
そう。山刀伐さんとの再戦に間に合うかは賭けだ。それもかなり分の悪い。
ここでまたしばし沈黙。そしてその沈黙を破ったのもまた天衣だった。
「大丈夫よ。八一先生なら。必ず間に合うわ」
そういって、さらに俺の背中へ体重を預けてくる。
「天衣?」
「前に言ったでしょう。現名人と較べたって貴方を選ぶって。貴方の才能はあの名人と較べても劣るものじゃないわ。私はそう確信してる」
「…………」
「『九頭竜君はすごい』のだもの。だからきっと間に合うわ」
「……ああ」
本当に天衣はよくできた弟子だ。柄じゃないだろうに俺のためにここまで嬉しい言葉をくれる。だけど、感動で歯切れの悪い俺の回答に誤解してまだ足りないと思ったのか、さらに付け足してくれた。
「……私に手伝えることがあるなら力を貸しても良いわ。八一先生には研修会試験の前にお世話になったもの」
「……ああ、今度よろしく頼むよ」
「ええ」
反対を向いてるからその顔は見れないけど、きっと赤く染まっているのだろう。
「むぅ。なんか二人の世界を作ってる……師匠のだら」
「ん? 何か言ったか、あい?」
「いいえ!! なんでもありません! それより師匠! 勿論あいも手伝いますよ!!」
そう言ってあいが飛びついてくる。ってそんなことしちゃ———
「うおぉ!? あい!?」
「ちょっと!? 何やって!? きゃあぁぁ!?」
飛びついてきたあいの勢いでもみくちゃになり、おおきな水柱が立つ。
そして気付くと———
「いてて……。って何か柔らかい?」
後頭部を極上の枕のようなものが受け止めている。そして目の前には俺の顔をのぞき込んで目を見開いている天衣。
なるほど。どうやら俺は天衣のお腹に頭を押しつける形で上を見上げているらしい。しかしこの年頃の女の子のお腹は素晴らしいな。以前してもらった膝枕の時の太ももの感触も絶品だったが、これはそれと較べてもまた格別だ。柔らかに沈み込みつつも、みっちりと内部がつまっていることを思わせ、適度な反発力で俺の頭を支えてくれている。一流アスリートが使っている超高級枕とはこのような感じなのかもしれない。そして何より無機物である枕にはない、幼い生命が発するぬくもりと呼吸によって僅かに上下に揺られるのがたまらない。
「これが……命のゆりかごか……」
しかしこの位置関係。今は天衣の顔を見上げているが視線をずらせば他の部分も見えてしまうのではないだろうか。
などと考えていたら、天衣の顔が赤く染まり目つきが鋭くなる。
これはまずい。非常にまずい。
慌てて起き上がろうとしたが時既に遅し。俺の眼前には両手が振り下ろされており、顔をはたいた。目と一緒に。
「目がぁー! 目がぁーーぁぁぁぁぁぁぁーー」
「死ねば良いのに! 変態!」
痛みにのたうち回る俺を尻目に天衣は大浴場を出て行く。
「だ、大丈夫ですか、師匠!? ……え、えっと天ちゃん待ってよー!」
あいも自分のお茶目が引き起こした惨劇に慌てたのか天衣を追いかけて出ていく。
後には湯船の中でもがく俺だけが残された。
せっかく、師弟の絆が深まる良いイベントとなりそうだったのに最後が締まらないな。だけど天衣のお腹。アレは本当にいいものだ。差し引きは大きく+だろう。
それに山刀伐さんへの対策も決まった。早速動き出すことにしよう。
ということでサービス回でした。
お楽しみいただけましたでしょうか。
次回はちょっと寄り道しまして番外編。(次話の制作が間に合ってないともいう)
三章02話、03話制作秘話(言い訳回)となります。
一章の閑話とは違ってネタバレもクソもありませんのでお気軽にどうぞ。
くだらない内容になる予定です。
それではまた。