その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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天ちゃんの脳内将棋盤を捏造してみました。
ちょっと盛りすぎかもしれないけど、まあいいよね?(白目)


05.ミエナイチカラ

 

 このところ俺たちはゴキゲンの湯で振り飛車修行の毎日だ。

 銭湯の営業を手伝っては、生石さんに弟子達とまとめて将棋を指してもらい振り飛車の、捌きのなんたるかを教わる。道場に立ってお客さん相手に振り飛車を指しては習ったことの成果を確かめる。そしてまた銭湯の営業を手伝うの繰り返しだ。

 その中で子供の頃からの夢だった銭湯の番台に立つという経験もできたのだが、残念ながら二番弟子の厳重な監視を受けて目的を達することはできなかった。特に何が目的とは言わないが。

 俺たち三人の中で最も活躍したのは、やはりというかあいだ。実家が温泉旅館なだけあって堂に入ったものだ。逆に天衣はなれない肉体労働に苦戦している。体操服姿でよたよたとバケツを運ぶ姿は大変かわいらしいのだが。

 また、心配な話では桂香さんに降級点がついたという話をあいから聞いた。桂香さんに迫る年齢制限を考えると非常に厳しい話だが……俺に何もできることはない。ただ祈るばかりだ。

 

 そんなある日、浴場の清掃中にふと脳内将棋盤の話になった。

 棋士を志す者ならだれでも持っている脳内将棋盤。その見え方の個人差の話をしていたときに事件は起きた。

 見え方はそれぞれ。でも貴賤はない。だれでも心に将棋盤を1面抱いて———といい話風にまとめようとしたときに、あいが自分は6面持っていると言い出したのだ。同時に頭に浮かぶのが6面ということでトータルすると11面もあるらしい。

 真偽を確かめるために生石さんと俺で3面ずつ持って目隠し将棋をしたところあいは平然としながら対応してくれた。俺と生石さんが四苦八苦しているのにだ。

 

 

 そうしてあいのあまりの可能性の獣ぶりに戦慄していると、天衣がホースで水を撒きながら戻ってきた。

 

「八一先生達、何を遊んでるの? 手が止まっているわよ」

 

「いや、それが———」

 

 俺は天衣に事の次第を説明する。

 

「同時に6面? それは……」

 

 天衣にも俺たちの驚きを共有してもらえたようだ。そういえば天衣の脳内将棋盤もとんでもないことになってないだろうな……? 俺はおそるおそる聞いてみる。

 

「……天衣の脳内将棋盤はどんな感じだ?」

 

「私の場合は2面ね」

 

 よかった。普通だ。いや、あいのせいで感覚がおかしくなっているだけで十分おかしい。

 

「ちなみにどんな見え方なんだ?」

 

「2面でそれぞれ違うけれど……。1面は真っ暗の空間の中に将棋盤の線と星、それに駒の文字だけが白く浮かび上がってる感じね。それを高い位置から俯瞰しているの」

 

「ほうほう」

 

「あとは駒の利きがどうなっているのか光の線で視覚化されているわね」

 

「なに?」

 

 なんかおかしなことを言い出したぞ。

 

「自分の駒の光をどうつなげていくのか、相手の駒の光をどう切断していくのか考えながら使うと大局観をイメージするのに便利よ」

 

 便利って、あなた……

 

「……ち、ちなみにもう一つの脳内将棋盤は?」

 

「家で使っているのと同じ脚付きの普通の将棋盤ね」

 

 なるほど。だけどまだ油断はできない。

 

「そっちも何か特徴があるのか? 相手の駒組みの急所が見えるとか……」

 

「いいえ? 普通の将棋盤だけど? 視点も普段の私と同じ高さね」

 

 良かった。あんまり特殊な能力付きだったら世の不条理さに俺がゲシュタルト崩壊を起こしているところだ。

 

「あとは自分の向かい側に対局相手が座っているくらいかしら」

 

 おっとー? 油断するのはまだ早かったですか。

 

「……それで? その対局相手は座っているだけなのか?」

 

「自分がどこに次指すつもりなのかとかその手にどんな意図があるのかとかを喋ってくれるわ」

 

 ……これはひどい。

 

「……それって当たるのか?」

 

「当たらないわね。というより挙げる選択肢が多すぎて、そこから先の変化を読み切れないわ」

 

 良かった。救いはあったんや。

 

「ただ、その人の過去の棋譜を読み込んだり、本人と会ってひととなりを知ったり、実際に対局をして手数が進んだり。とにかくその人の情報を得れば得るほど挙げる選択肢は絞り込まれていくわね。滅茶苦茶な手とか新手には対応できないけど」

 

 ……これはひどいパート2。

 

「まあでも要は相手の次の手を読んで、かつ過去の傾向なんかの分析から精度を上げてるってことだから普通のことでしょ?」

 

 普通のことじゃねーよ。

 

 確かに俺たちは相手の手を読む。だがそれはその人の性格、過去の情報、現在の盤面の状況などを”自分なりの尺度”で解釈した上で頭の中で膨大なシミュレーションを行うのだ。要は相手を読んだ気になっているだけで、計算するのはあくまで自分なのだから自分の発想の外にある結果は出てこない。

 天衣が言っているのは、頭の中に相手の情報を全部放り込んだら演算結果を途中式込みで返してくれるAIがいるということだ。意識から演算が切り離されているため、まずかかっている労力と時間が全く異なっている。さらに天衣の話を聞くと思いもよらなかった手も脳内対局相手は普通に挙げてくるらしい。どういうことだ、おい。

 

 まあ何はともあれ実験してみた。

 生石さんに天衣と今回は普通に一面で目隠し将棋を指してもらう。さすがに棋力が違う。生石さんの優勢で序盤から盤面は進む。だが今の目的はそこではない。やがて中盤に差し掛かかった頃。

 

「今、頭の中の生石玉将が挙げる選択肢が三つまで絞られたわ」

 

「……そうか。次に俺はどんな風に指す?」

 

「こう。もしくはこう。もう一つはこう」

 

 天衣の指した三つの手筋に生石さんは———

 

「……驚いた。正解だ。確かに突飛なことをしようとしなけりゃその三つの選択肢から選ぶな」

 

 まだまだ盤面は中盤。それも空中戦だ。俺から見れば指しうる手筋は無数にあるように見える。

 それが三つとも的中の上、それ以外の選択肢が存在しないとなれば……どうやら本物らしい。

 

 ちなみに天衣は新たな戦法が使われたり、手の良し悪しの解釈が一新された棋譜が出回ると、第二の脳内将棋盤で再生してその手が生まれた意図を読み取り、第一の脳内将棋盤で大局的に見て有効なのか、よりよい手がないのか検証して自分の将棋に取り込むというように研究用にも使っているらしい。

『後手番角頭歩』なんかはそうして生まれてきたとのことだ。

 

 

「……おい八一。お前の弟子達はどうなってるんだ。……ヤバすぎるだろう?」

 

「……俺も改めてそう思いますわ……」

 

 対局相手の力を食らって、オリジナル以上に高めて自分のものとする天衣。

 常人の6倍のスピードでシミュレーションをぶん回して詰みまでの最善手をはじき出すあい。

 

 

 

「…………羨ましい……」

 

 つぶやいたのは飛鳥ちゃんだが、俺もまったくの同意である。

 

 

 




■原作との違い
・天ちゃんの力、ブースト
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