「諦めるの?」
「……なんのこと?」
「それ、はぐらかす意味はある? 将棋のこと、女流棋士のことに決まってるじゃない?」
「…………」
研究会での彼女たちの対局が終わった後の休憩時間、誰もいない廊下で私は彼女に話しかけていた。
「…………あなたに何か関係あるの?」
「ないわね、別に。雑魚が一匹や二匹いなくなってもなんの影響もないもの」
…………ギリッ
「まあでも私の先生は少しは悲しむかもしれないわね」
「だから私を引き留めようって? ずいぶん師匠思いなのね」
「勿論。大切な先生だもの。だけど別に貴女を引き留めようなんて思ってないわ。勘違いしないで」
「…………?」
「何だかんだ言っても八一先生は将棋が第一だもの。目の前で私が活躍してあげれば貴女の事なんてすぐ忘れてくれると思うわ」
「ッ!……そううまくいくと思ってるの?」
「ええ、タイトルの一つや二つ奪えば……そうね女王位なんてどうかしら?」
「あなたが銀子ちゃんに勝てるって? 本気?」
「当然本気でそう思ってるわ」
「傲慢ね。いつか痛い目をみるわよ」
「実際に痛い目をみることがあれば改めるわ。でもなぜか今まで全てうまくいってしまっているのよね」
「…………」
「まあいいわ。話を戻しましょう。だから私は貴女を引き留めに来たわけじゃないわ。ただ見てみたかったのよ」
「…………何を?」
「負・け・犬」
「なっ……!?」
「堪能させてもらったわ。それじゃあ私はこれで。……そうだ引退するなら挨拶回りで空女王にも会うでしょう? ついでに伝えておいて。今度私がその座を頂戴しに行くって」
「私は引退しないわ!! そんなに恥をかきたいなら自分で行きなさい!!」
そう言い捨てて彼女は研修会場へ駆けていった。
「……あらそう。残念ね」
……本当に世話が焼ける事ね。
そんなことを考えていると彼女が去って行った方からペタペタとこちらに向かう足音が聞こえてくる。振り向いてみればやってきたのはあの子———私の妹弟子だ。
「天ちゃんは優しいね」
「何がよ?」
「桂香さんを激励してたんでしょ? ずいぶん回りくどいやり方だけど」
この期に及んで誤魔化してもしかたないか。
「貴女がえげつないことするからでしょうに。余計な手間をかけさせないでよ」
「えー。そんなことないよ。私だって負けたくなくて必死だったんだから!」
「よく言うわ。貴女が負けたくなかった相手は彼女じゃなくて私だったんでしょう?」
「そんなのどっちも負けたくないに決まってるよ」
「あくまで誤魔化すのね」
「んー? なんのこと?」
私が彼女に対してやってみせた捌き。この子はそれに触発されたわけだ。八一先生に自分も劣っていないというところを見せつけたかった。だからこの子の勝利条件はただ勝つではなく、捌いて勝つ。私より劇的に、ということになった。
最初は敢えて彼女の策略に乗ってピンチを演出した。その上で攻めかかってきた相手を丸ごと捌いてみせたわけだ。計画通りに。
全くどいつもこいつも性格の悪い事ね。
◇
「まあいいわ。今後はほどほどにしなさいよ。妹弟子の尻ぬぐいなんてもうごめんよ」
天ちゃんは疲れたようにそう言う。
「迷惑をかけてごめんね、天ちゃん。……何だったら姉弟子変わろうか?」
「結構よ。八一先生の一番弟子は私」
「……ふーん」
まあ、そうだよね。天ちゃんの大事な宝物だもんね。それ。
「それで何しに来たの?」
「師匠が呼んでたよ。天ちゃんのこと。もうすぐ次の対局が始まるから」
「そう。八一先生が……それじゃあ戻りましょうか」
「うん! 行こう、天ちゃん!」
嬉しそうな顔しちゃって。本当天ちゃん、師匠のこと大好きだよね。
……でもダメ。あげないよ? 師匠はあいのだもん。
それに笑顔の天ちゃんも可愛いけど、天ちゃんが一番可愛いのは泣き顔なんだよ?
あい、最高に可愛い天ちゃんが見たいなー。
だからこれからいっぱいいっぱい泣かせてあげるね♪
ごめんなさい。やらかしました。
前話に続き興が乗ったためにあいちゃんが狂気の世界に。
でもこんなあいちゃんも可愛いと思うの。(言い訳)
とりあえず、20分後くらいに弁明をUPします。
よろしければどうぞ。
そしてもう一つごめんなさい。
この投稿でストックを使い果たしました。
前話まで一話当たりの文字数が通常の2倍以上の状態が続いたためいくら書きためても足りませんでした。
分割することも考えましたが、あまり引き延ばすくらいなら潔く投稿に穴を開けた方がいいかと。
ということで次話の投稿は2~3日くらい空くと思います。
よろしくお願いします。