「遅い」
「だからさっきから何度も謝ってるじゃないですか」
「遅い」
「俺も昨日丸一日仕事でかつかつだったんですよ」
「巨乳女にデレデレして、JSにいいように振り回されて、最後にキスされるのが仕事なわけ?」
「いや、それは……って、姉弟子、昨日の『ニコ生』見ててくれたんですか?」
「見てない」
「え? でもさっき放送の内容を言ってたじゃ……」
「言ってない」
「は?」
「言ってない」
「……そうすか」
『ニコ生』の惨劇の翌日、俺は姉弟子とともに研究会のため東京は原宿を訪れていた。姉弟子とは駅前で待ち合わせしていたのだが、ちょっとしたことから俺が遅刻してしまった。そのためつい先ほどまで姉弟子からネチネチ責められていたのだ。
研究会の相手は俺と姉弟子でそれぞれ違う。俺は歩夢きゅんと、姉弟子は歩夢きゅんの師匠、『エターナルクイーン』女流名跡(プロ棋士でいうところの名人)
『シュネーヴィットヒェン』竹下通りの一つ隣の脇道にあるそのセレクトショップは釈迦堂さんの経営するものだ。ここでふたりが俺たちを待っている。
◇
「ようこそ我が城へ、銀子。そして若き竜王よ」
扉を開けると釈迦堂さんが俺たちを迎えてくれた。
店内は中世ヨーロッパ風で統一されている。この辺りの趣味はまさに歩夢きゅんの師匠って感じだ。
釈迦堂さんは姉弟子とともに席に着き練習対局を始めた。なぜか俺に見学していくように告げてだ。俺としては1秒でも早く歩夢きゅんと研修会を開始したかったのだけどどういうことだろう?
練習対局そのものは居飛車穴熊対ノーマル四間飛車という最新最強の戦型(姉弟子)対昭和時代の型落ち戦型(釈迦堂さん)というで始まり、芸術的な受け潰しにより釈迦堂さんの勝利という意外すぎる結果になった。
確かに驚いた。けれどそれでも歩夢きゅんとの研究時間を削ってまで……という感じなのだがどういう意図が釈迦堂さんにはあったのだろう? 俺が見ていたから姉弟子に勝てたというようなことも言っていたけれど?
その後、釈迦堂さんに負けて怒る姉弟子に追い立てられるように店の二階にいる歩夢きゅんのところへ向かった。
そこで歩夢きゅんと滅茶苦茶研究した。かけた時間は実に5時間にのぼる。とても濃厚で濃密な全てを出し尽くした時間だった。お互いにこれまで秘してきた部分、その隅々までさらけ出し理解し合った。
これは俺からの名人に勝てというエールであり、そして竜王戦の場で俺に挑むという歩夢きゅんの決意表明であった。そして……おそらくこれがふたりの最後の研究会になるのだろう。何となく分かっていた。
◇
万感の思いを胸に1階へ降りると部屋には釈迦堂さんひとりになっていた。
姉弟子の行方を聞くとお色直しとのことだがなんだそりゃ? だけど姉弟子がいないこの場は好都合だ。俺はかねてから悩んでいた弟子の育て方、導くべき女流棋士のあるべき姿というものを釈迦堂さんに問いかけた。姉弟子のいる場ではこんな弱音のようなことは口に出せなかっただろう。
そして釈迦堂さんは語ってくれた。『エターナルクイーン』がこれまでに遭ってきた境遇。女流棋士としての矜持。そして”女棋士”の向かうべき未来。
大きかった。棋力とかそんな問題じゃない。ただただ器が大きかった。
姉弟子が懐き、歩夢きゅんが師匠として敬うのも頷ける。自然と心から敬える”大人”がそこにはいた。
※釈迦堂さんの話はとても素晴らしいので是非原作を(以下略)
そこからさらに姉弟子にかけている希望。そしてその対極にいる魔物、
ドレスを着て。
もう一度言おう。ドレスを着てだ。
それもフォーマルなやつじゃない。リボンとかフリルをこれでもかというほど過積載にし、スカートもローアングラー的ポジションなら余裕で中身が拝めてしまえそうなほど短い。ともかくカワイサを全面に押し出す衣装だ。断じて姉弟子が好むものではない。
「……何見とんじゃ……ぼけぇ……」
吐き出す罵倒もいつになく弱々しい。
釈迦堂さんによると研究会に関する費用を釈迦堂さんが負担する代わりに姉弟子を着せ替え人形モデルにして楽しむという契約になっているらしい。
釈迦堂さんに何か感想を言うように押されるが、意外すぎる状況にうまく言えそうにない。もともと語彙が豊富ではないということもあるが。中卒の悲しさよ。
「えっと……姉弟子……そのかわいいですよ、うんかわいい」(小並感)
「…………ぶちころしゅじょ……われぇ……」
姉弟子は顔を真っ赤にしながら罵倒になっていない罵倒を返してくる。
うーん。姉弟子も世間的からはよくかわいいかわいい言われているはずなんだけど慣れないもんだな。せっかくだからもっと言っとくか。
「うん! めっちゃかわいいよ姉弟子! かわいいかわいい!」
「そ……そうかな? わたしかわいい?」
この姉弟子、ちょろあまである。
だけど何となく落ち着かないな。ちょっとぼけておくか。
「イイ! イイよぉ! せっかくだから写真撮るね!」
そういって俺はスマホを構える。
ローアングラーとなって。
「……うん。かわいく撮ってね。……って八一」
「うん? なに姉弟子? ちょっと動かないで」
「ねぇ八一。その角度だと私のパンツ見えてない?」
「見えてないよ」
「本当に? 私の青いパンツ見えてない?」
「青? 白でしょ? …………あ」
「…………」
姉弟子の顔が更に赤く染まる。いかん攻撃色だ。
だけどこちらは腹ばいの状態。すぐに回避行動はとれない。ならば後できることは———
「……てへぺろッ」
「ブチ殺すぞ、われッ!」
顔めがけて飛んでくるインステップキック。
「あがっ!」
とても痛い。だけど実家のような安心感。やはり姉弟子はかくあるべし。
◇
その後、釈迦堂さんは姉弟子にこの格好のまま大阪に帰るようにとのオーダーを出した。
鬼かあの人は。
こんな格好のまま姉弟子を一人放り出してはどう考えてもギャラリーに囲まれることになる。俺がエスコートせざるを得なかった。姉弟子はヒールを履いたこともない訳でこけかねないしな。
竹下通りに出ると案の定やじ馬に囲まれることに。姉弟子のことをモデルでイベント中と勘違いした群衆が群がること群がること。姉弟子のプロフィールを聞きたがる奴や服のブランドを知りたがる奴。そして最悪なのが勝手に写メをバシャバシャ撮りまくる奴らだ。とにかく無視だ。姉弟子の手を引いてずんずん進む。
「写真をWebにでも上げられて将棋関係者に見られたらまた何を言われるか。……ただでさえ俺と姉弟子は誤解されることも多いんだから……」
「…………かいじゃないし……」
それに万が一、弟子達に知られでもしたら。ことあいに知られれば命に関わる。歩夢と研究会だと言って一人東京に残った俺がコスプレした姉弟子を連れて原宿を歩いている。うん、きっと情状酌量の余地はないな。
とにかく今は祈るしかない。タクシーで品川駅に乗り付け、新幹線に飛び乗った。席についてもなぜか姉弟子が俺の手を離すことはなかった。
なのでそのまま俺は物思いに耽る。
この服。これはいいものだ。なんとか天衣に着せられないだろうか。普段からゴスロリみたいな服を着ているんだからそこまでハードルは高くないと思うのだが。いやこんなミニミニスカートを履いていたことはないけど。
釈迦堂さんはかわいい女の子を着飾らせることが好きみたいだから、天衣の写真を見せれば嬉々として用意してくれるだろう。後は晶さんを抱き込めば———
いける! いけるぞ!!
■原作との違い
・ロリ落ちしている八一、ドキドキ感Down
・八一、ボケる
・八一、悪だくみする
最初はキンクリしようと思ったんですが、これを逃すとマジで姉弟子のエピソードがなくなるので急遽書きました。
が、むしろなかったほうが良かったかも。かえって姉弟子がかわいそうな結果に……
八一の鈍感力ェ