「吐け!」
「ひっ!?」
罵声とともに俺のすぐ脇の壁にドカッと叩きつけられる足。
マイナビ統一予選の解説会が休憩中の今、控え室では九頭竜八一容疑者(17)への取り調べが行われていた。俺のことだ。
容疑は不純異性交遊だ。
「まあまあおばさんそう脅さないで。……師匠、よければ話を聞かせてもらえませんか? 何か事情があったんでしょう?」
かわいらしい幼女が俺を労るように聞いてくる。
「その……あいつとは中学の時にネット将棋で出会ったんです。なかなか面白い将棋を指すやつで、よく指してたんですけどそのうちチャットで話すようになって……」
「八一、出会い厨だったんか、われッ!?」
「ひっ!? ち、違います!?」
「何が違うの!? チャットでナンパしたんでしょッ!?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
銀髪の少女の罵声に萎縮してしまう。
「大丈夫大丈夫。怖くないですよ。さあ落ち着いて。続きを話してみてください」
かわいい幼女になだめられ俺はまたしゃべりだす。
「実際にあったのは四段になってからです。三段になってからはずっとネット将棋をやってなかったので連絡をとることもなかったんですが……。昇段と同時にネットにつないだらメッセージが来まして……」
「…………」
銀髪の少女が無言であごをしゃくって先をうながす。
「東京で待ち合わせをして会ったんです。そしたらそこにいたのが祭神雷で」
「そこで運命を感じちゃったと」
「え?」
突然聞こえてきたぞっとするほど冷たい声に思わず、幼女の顔を見上げる。幼女はきょとんとした顔をしている。この子のほうから聞こえてきたかと思ったが勘違いか……?
「いえ、特に色っぽいことはなく、ただVSをしていただけで」
「なるほど。それはたいしたことはないですね。……それで終わりですか?」
「その……竜王になった後すぐに『付き合って』って言われて———」
ドゲシッ!! 痛い!?
それまではあくまで口での脅しのみだった銀髪の少女——姉弟子からついに物理的な攻撃が飛んでくる。
たまらず幼女のほうに転がって逃げるが、その幼女——あいは先ほどまでの優しさが嘘かのような無表情で暴力を受ける俺を観察していた。
この世には神も仏もない。そう絶望する俺に、しかし天は俺を見捨てていなかった。
「ちょっと。人の師匠を足蹴にしないでって私は前に言わなかったかしら?」
そう言いながら控え室に入ってくる天衣。
これまでの姉弟子は天衣に苦手意識を持っているのか、その言葉を聞き入れていた。だけど今日ばかりは怒りが勝っているらしい。
「黙れ小童。あんただって事情を聞けば私たちに味方するわよ」
「はあ? 何言って——」
「まあまあ、天ちゃん。今日に限ってはおばさんに一理あるんですよ」
「貴女まで一緒になって何を」
「ことは師匠の元カノの話なんです」
「は?」
そう言って、天衣を説得にかかるあい。もしや天衣まで調略されてしまうのではないか。そんな不安に苛まれながらも俺には見守るしかない。
「天ちゃん、祭神雷って知ってますか?」
「?……たしか女流帝位だったかしら? 才能も女流一って言われてる」
「それは今は良いのよ」
「そうです。重要なのは過去に師匠はその祭神雷と密会を繰り返していて、その際に『付き合って』と告られていること。それに今日もまたその時の返事を求められているところをおばさんが目撃してるってことなんです。師匠はちゃんと断ったし、もう会ってもいないって言い逃れしてるんですけど」
「……それで元カノ?」
「そうです」「そうよ」
「はぁ……聞き出したいなら好きにすればいいけど、暴力は止めなさい。目障りだわ」
天衣の選んだ答えは中立。ひとまず静観する構えだ。
え? 止めてくれないの?
「むー。天ちゃんの良い子ぶりっこー。自分だって気になるくせにー」
「小賢しいガキね」
あいと姉弟子からブーイングが飛ぶ。天衣はガン無視だ。
だが、優先順位があるのだろう。やがてあいと姉弟子は俺のほうを向き直り尋問を再開する。
そして俺は洗いざらいを供述させられた。
雷は別に俺を好きというわけではないこと。ただ強くなるために将棋が強い相手を求めているだけのこと。俺の部屋に侵入して全裸待機していたことがあること。師匠経由で連盟を通して抗議したこと。etc.etc.
「つまり八一先生は、その女につきまとわれて迷惑しているというわけね」
「ん? あ、ああそうだ」
「それに相手の方も恋愛感情ではなく、あくまで将棋が目当てと」
「その通りだな」
「なら対処は簡単ね」
「なに?」
「諦めさせればいいんでしょう? 自分にいかに才能がないかを理解させて」
そういって、天衣は獰猛に嗤う。
「都合がいいことにおあつらえ向きな舞台があるじゃない?」
マイナビ一斉予選決勝。天衣の相手は———女流帝位祭神雷。
■原作との違い
・あいちゃん、落とし役に
・天ちゃん同席
・イカちゃんの相手、天ちゃんに(たまよん逃げて、超逃げて)