その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

47 / 93
第四章エピローグです。


06.Present for.

 全ての対局が終わった後は、本戦のマッチングを決めるための抽選会が行われる。観客の前で対局相手を決め、次戦に向けての意気込みを語るのだ。

今クジを引いているのは桂香さん。桂香さんは道中苦戦しながらもなんと一斉予選を突破した。後、1勝すれば女流棋士になれるわけだが、クジの結果は———

 

『おおっと出ました! 清滝桂香さん、一回戦の相手は———釈迦堂里奈女流名跡です!』

「 \(^o^)/ 」

 

 最悪のところを引き当てた。本大会のシード4枠の中で最強の女流棋士。生きるレジェンドがあいてだ。よりにもよって。桂香さんのクジ運ェ……。

引き当てた本人は魂が抜けているし、隣の姉弟子も顔を覆ってしまった。

 

「ま、まあ三人が三人とも本戦に進めただけでも凄すぎるよね!」

「その割にはあまり嬉しそうじゃないけど?」

「あー、まぁ。まだまだ幼い弟子が巣立っていってしまったようで寂しいというか。天衣なんてタイトルホルダーの雷を完封してしまってますからね。もう俺なんて必要ないかな?」

「…………そうね」

「うぅ……ちょっとくらい否定してくれたっていいのに」

「…………そんな余裕なんてあるわけないでしょ」

「……姉弟子?」

 

 様子がおかしくなった姉弟子をうかがうもリアクションはない。一体どうしたというのか。そんなことを考えているうちに桂香さんのインタビューが終わり俺の弟子たちの番となった。

 

 まずはあいか……。

 と思ったが、あいは天衣の手を引っ張って二人いっしょにステージにあがってきた。二人とも緊張しているのか顔を赤くしている。それにしてもなぜ二人いっしょに?

 思わぬサプライズに観客は大盛り上がりだ。二人とも今日一日であっという間に将棋界のアイドルへと駆け上がった。

 

「夜叉神さんと雛鶴さんは今日の勝利をある人にプレゼントしたいそうですね?」

「はい!」

 

 そう答えて、あいはスピーチを始めた。

 

『師匠、17歳のお誕生日おめでとうございます!』

 

 俺の誕生日の祝いから始まって、出会ってからこれまでの思い出。このマイナビに賭けた思い。そして竜王防衛戦に臨む俺への思いやり。俺は涙を堪えるので精一杯だった。

 

「はい! じゃあ次は天ちゃんの番!」

 

 あいに手を引かれ天衣が前に出る。

 

「…………」

 

 そして、マイクの前でしばし無言。それからややあって話だした。

 

 

 

『八一先生の弟子になって早、半年近くになります』

 

『八一先生はもう知っているんでしょうけど、私には前にとても……とても辛いことがあって、それから私の時間はずっと止まっていました』

 

『そのころの私はただ自分の世界に閉じこもって、独りよがりに将棋と向き合っているだけで……私を心配してくれた人達に当たり散らすことしかできなかった』

 

『八一先生に初めて会ったときもきっととても嫌な子だったと、自分で振り返ってもそう思います。だけど、自分から踏み出せずにいる私を八一先生が弟子として迎え入れてくれた時から私の時間はまた動き始めました』

 

『自分が変われたかなんて分からないけれど……八一先生の弟子になってからこれまでの時間は私の中で一番輝いている大切なものです。……たった10年しか生きていない子供の言うことですけど、それでも自信を持ってそう言えます』

 

『八一先生からたくさんの宝物をもらいました。私の手を取って外の世界へ連れ出してくれた。貴方を囲む人の輪へ私をつなげてくれた。将棋との幸せな向き合い方を教えてくれた。私のことを大切に思っていると態度で示し続けてくれた。私と師弟(かぞく)になってくれた』

 

 

 

『だけど———』

 

 

 

『私はたくさんの宝物を八一先生から受け取ったけれど、きっとほとんど何も返せていません』

 

『これから長く辛い防衛戦に臨もうという貴方に、私はきっと何の力になることもできません。こうやって大会の本戦へ進むことができたけれど、それでも八一先生と私の力は隔絶しているから』

 

『無邪気に頑張ってとも言えません。貴方が普段からどれだけ努力しているか知っているから。無責任に勝ってとも言えません。それがどれだけ困難なことか感じているから』

 

 

『…………私にできるのはきっと、私が勝つことで私の先生は誰よりもすごいんだと証明することだけです』

 

『ありがとう。八一先生。貴方がいたから今日私は勝つことができました。…………これからもよろしくお願いします』

 

 そう言って天衣は静かに頭を下げた。

 

 

 

 俺はもう涙を我慢することができなかった。一歩二歩とステージに踏み出し、右手で天衣を抱きしめ、左手であいを抱きしめていた。

 

 周りの目があるとか、ロリコンと誹りを受けるかもなんてことはどうでも良くなっていた。ただ弟子達の心に答えたかった。

 

 

 

 勝とう。

 例え挑戦者がライバルの歩夢でも。

 ———そして神と称される名人であっても。

 

 

 




■原作との違い
・天ちゃん、思い溢れる

原作のそっけない天ちゃんの言葉もツンロリとして至高ですが、本作では素直になっているところを全面に押しだそうということでこのような形に。
いっそ告白までとも思いましたが、そうするとそこでエンドロールに突入となるのでお預けに。

というか前話まであれだけ散々好き放題やって、このエピソードだと白々しく感じられるような気がしなくも……とくにあい。

歩夢きゅんVS名人はキンクリ。出発エピソードだけでは一話分に達さないため持ち越しとなりますので次回から第5巻に入ります。が、またもやストックが尽きたため日が空きます。よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。