その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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ということで第五章の幕開けです。

今週は実験的に朝に投稿してみます。毎晩楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、よろしくお願いします。


第五章.竜が如く
01.今、旅立ちの時


 

 

 

「あい、海外に行くの初めてですー」

「俺だって初めてだよ。しかもハワイだぜ、ハワイ!」

「常夏の島ですー」

「青い空に青い海! テンション上がるよな!」

「そんなところに二人で行くなんて……新婚旅行みたいですね、ししょー?」

「新婚旅行って……ハワイで待ってるのは名人との対局だし、それに二人じゃなくて清滝一門のみんなも一緒だろ?」

「……言ってみただけじゃないですか……師匠のだらぶち」

 

 あいの機嫌は山の天気よりも変わりやすい。さっきまでゴキゲンだったのに、今や雷雨の兆しだ。女の子って難しい。

 

 俺たちは今、特急はるかに乗って関西国際空港に向かっている。竜王戦第一局の舞台が海の向こうにあるハワイと決まったからだ。対局相手は名人——歩夢は残念ながら挑戦者決定戦で熱戦の末に敗北し、その座を譲った。

 17歳の若き竜王の初防衛戦そして名人の永世七冠・タイトル通算百期(扱いとしてはこちらの方が遙かに大きい。クソッ)が掛かった記念すべき7番勝負の最初の舞台は六年ぶりの海外対局となったのだ。

 

 そのため俺たちは福島駅から天王寺駅を経由し、この関西国際空港直通の特急列車に乗っているわけだ。出しなにはパスポートを桂香さんに預けていることを忘れて、あわや出国できずの不戦敗かと大騒ぎをしたが何とか無事フライトに間に合う電車に乗ることができた。

 

 先ほど桂香さんにパスポートを預けていると言ったが、今回のハワイ行きには桂香さんや姉弟子、師匠など清滝一門総出で応援(兼観光)に来てくれることになっている。姉弟子はもともと大盤解説の聞き手役として来ることになっていたのだが、それを聞いたあいが絶対に自分もついていくと主張。頑として譲らなかった。そこで孫弟子に甘い師匠の発案で一門みんなまとめてとなったのだ。みんなとは空港で合流することになっている。

 

『まもなく終点、関西空港です。本日もJR西日本をご利用下さいましてありがとうございました』

 

「お、あい、もうすぐ着くぞ」

「はいししょー。あい、飛行機も初めてなので楽しみですー」

 

 電車が止まるのを待って俺たちは関西空港駅に降り立った。

 

 

 

 

 

 

「遅い! 貴方達何をやっているの!?」

「ごめん、天ちゃんー」

 

 空港駅前で俺たちを待っていたのは天衣だった。天衣は晶さんに送られて別に車で来ていたのだ。

 

「いや……すまん、ちょっと家を出るときにドタバタがあってな。でもまだ飛行機の便まで余裕があるだろ?」

「そういう問題じゃないでしょうに……スマホを持ってるんだから一報くらいしなさいよ」

 

 天衣の指摘に俺は携帯を見てみると、天衣から遅れているのか確認するメールが入っていた。

 

「すまん。ドタバタで携帯が鳴ってたのに気づかなかった。心配かけたな」

「はぁ!? 別に心配なんかしてないわよ!……ただ訳も分からず待たされるのが嫌だっただけよ」

 

 耳を赤くしてそっぽを向く天衣お嬢様かわいい。清滝一門総出となる今回のハワイ遠征。天衣を連れてくるのは苦労したのだ。

 

 

 

 

 

 

『はぁ? どうして私がいかないといけないわけ?』

 

 ハワイに誘った俺に対する、天衣の回答がこれである。だがここで『お、おう……』と挫けてはいけない。

 

『清滝一門みんなで行くことにしたんだ。せっかくだから天衣もこいよ』

『私はそういうなれ合いは嫌いだわ』

『一門は家族だろ? 心の角道、開けていこうぜ?』

『キモッ』

 

 辛辣ゥー。だがまだまだ。こんな所で諦めるか!

 

『この間のマイナビではあんなに素直になってくれたのになぁー』

『チッ!…………あれはああいう舞台だったから空気を読んで話を盛っただけよ。本心じゃないから』

 

 これは視線を逸らした今の天衣の様子を見るまでもなく嘘だと分かる。天衣が周囲への配慮でそこまで自分を曲げるはずがない。精々『今日は…………あなたのためだけに指したわ』って照れ隠しでぶっきらぼうに言うくらいだろう。——いや、想像するとそれも相当かわいいな。……まあとにかく押せば落ちるはずだ。

 

『今回の防衛戦には、名人の永世七冠とタイトル在位通算100期というメモリアルが掛かってる』

『…………』

『多分、日本中がお祭り騒ぎになって、名人の勝利を、俺の失冠を祈るんだろう……正直に言えばとんでもなくキツい状況だ』

『…………』

『そんなときに近くに天衣がいてくれたら……心強いんだけどなぁ……』

 

 そう言いながら、チラッチラッと天衣の方を見る。天衣はプルプルと震えている。効果は抜群だ!

 

『天衣がそばで俺の勝利を願っててくれればそれだけで———』

『ああぁッ、もう! 分かった、分かったわよ! 行けば良いでしょう、八一先生!!』

『あざーす』

 

 我が弟子ながらチョロ甘である。

 

『じゃあ、チケットとか宿泊先はこっちで手配しておくからパスポートを準備しておいてくれよ。弘天さんの説得が必要なら言ってくれればそっちも手伝うから』

『はぁ……お爺さまのことなら別に大丈夫よ。私から話をしておくわ』

 

 こうして、『ドキッ、清滝一門だらけのハワイ旅行』は実現したのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで他のみんなは?」

「みんな一足先に空港に入っているわよ。ロビーで待ってるって言ってたわ」

「そうか、ありがとう。天衣は師匠を待っていてくれたんだね?」

「猫撫で声キモいんだけど……あのメンツの中に私だけいても気まずいからここで待っていただけよ」

 

 ああ……天衣は前に姉弟子とも桂香さんともバチバチにやり合ってるしな。

 

「晶さんは?」

「今日は家の仕事があるから。さっき帰らせたわ。先生によろしくって」

「そうか。あとで合流できたことをメールしておくか」

 

 晶さんは自分も同行できないことを涙を流して悔しがっていた。天衣の水着姿なんかを撮影したかったそうな。ちなみにその役目は俺が代行するよう堅く言いつかっている。

 

「それじゃあ、俺たちも行こうか」

 

 

 

 いざ、空の旅へ!

 

 

 




■原作との違い
・天ちゃんハワイに同行

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