その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

49 / 93
02.清滝一門、常夏の島に立つ

「天ちゃん、これって……」

「うん?それは…………」

 

 隣の席からは弟子たちのひそひそ話が聞こえてくる。俺はそれをぼーっとしながら聞くともなしに聞いていた。夜間飛行中ということもあってか、周囲はとても静かだ。

 空の旅はとても快適だ。なんてったってビジネスクラスだからな。対局に関わる移動では対局者と立会人はビジネスクラス、その他の関係者はエコノミーということが多い。対局者である俺はもちろんビジネス、同じく対局者である名人と月光会長もどこかに乗っているはずだ。姉弟子は聞き手役、師匠と桂香さんはプライベートでの自費旅行の扱いなので別枠だ。プレミアムエコノミーにしたらしい。

一方で俺の弟子達二人は隣の席、ビジネスクラスに座っている。これは主催者側が俺に一人では退屈だろうと配慮してくれた結果であって、別に俺がロリコンだからねじ込んだわけではない。費用は俺持ちだけどね。

 ただ、ビジネスクラスというやつは一人席と二人席の組み合わせしかない。俺は窓際の一人席に、弟子たちは隣の二人席に並んで座っている。隣とは言いながら通路を挟んでいる上、ビジネスクラスはそれぞれの席のプライバシーが守られるように作られている。そのため俺は弟子たちの声を漏れ聞くくらいしかなくて結局退屈しているのだが。CAのお姉さんもこの時間帯には回ってこないしな。いっそ俺たちもプレミアムエコノミーにしてもらったほうが良かったかもしれない。それか天衣かあいのどちらかを俺の膝に乗せて二人席に座るとかな。それはないか。そんなしょうもないことを考えながら俺の意識はまどろみに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「ア~ロハ~♪」

「オエ~♪」

 

 約9時間のフライトを終えて、ハワイの地に降り立った俺は南国の空気に浮かれていた。あいもそれに乗っかってくれる。さすが常夏の島、グラサン越しでも日差しが眩しいぜ。

 

「浮かれすぎよ、貴方達。恥ずかしいから離れて歩いてくれないかしら」

 

 だが、もう一人の弟子はこの高揚感を共有してくれないようだ。

 

「おいおい、天衣~。テンション上げていこうぜ~」

「そうだよ、天ちゃん。なんって言ってもハワイなんだからー」

「たかがハワイくらいでおおげさな……」

 

「まっ!? 聞きましたかあいさん?」

「ええ、ええ。聞きましたよ、ししょー。『たかがハワイです』って」

「これだからブルジョワはやぁねー」

「ねー」

「なんで近所の主婦風なのよ……。貴方たちだって竜王に有名旅館の娘なんだから海外くらい行けるでしょうに」

 

「金はあっても暇はない」

「ですー」

「八一先生の方はダウトね。11連敗していたころは暇だったでしょ」

 

 ぐっ……。嫌なことを思い出させる。確かにその頃は週休5日状態だったけども、とても海外に遊びになんて精神状態ではなかった。

 

 ちなみに清滝一門のハワイ上陸後の様子は2種類に分かれる。冷静派の天衣と姉弟子。テンション爆上げ派の俺とあいに師匠と———

 

「私だって……私だってねぇ! ハワイくらい来たったっちゅーねんボケがぁぁぁぁぁ!!」

 

 ぶっ壊れ気味の桂香さんだ。あ、3種類だった。なにやら過去に友人に海外旅行を散々自慢されたことがあり、溜まっていたらしい。

 

「みんな! せっかく来たんだから遊ぶわよ!? 軍資金はたんまりあるんだから!」

「え? け、桂香……それはお父さんのクレジットカードやないかい……?」

「どうせスマホアプリで女の子のカワイイ服を着た絵を出すために使うんでしょ? だったら私たちに課金なさい」

「い、いややぁぁぁぁぁ! わしは、わしはみりあちゃんのポッピン・ハイ☆をゲットするんやぁぁ!!」

 

 師匠も壊れた。

 

「そういや、二人は飛行機の中で何を話してたんだ?」

「あ、はい。これです」

 

 そういって、あいは雑誌を俺に見せてくる。将棋世界の竜王戦特集という名の実質名人ファンブックだ。

 

「この名人語録の中の『打ち歩詰めがなければ先手必勝』という意味が分からなくて」

「私といっしょにいろいろ議論していたんだけど結局結論は出なかったわ。八一先生はどう思う?」

 

 水を向けられ、俺なりの解釈を二人に話した。『打ち歩詰め』や『千日手』を反則とするのは先手を縛るためのルールなのではないかということ。将棋は本質的に先手必勝のゲームのため、先手・後手のバランスをとるためにそういった反則を設けたのではないか。だから名人は打ち歩詰め禁止のルールがなくなれば先手必勝という論理でその言葉を残したのではないかということを聞かせてみせた。二人はそれなりに納得できたようだ。心なしか二人からの尊敬値が上がった気がする。やったぜ。

 調子に乗ってもっと知識をひけらかそうとする俺。

 

「ただ、個人的には『打ち歩詰め禁止』のルールは詰め将棋を面白くするためのルールって気がするんだよな。『最後の審判問題』とか」

「さいご……の、しんぱん……? それって」

 

 狙い通りあいが食いついてきてくれたところで、残念ながら迎えのリムジンが到着し、この談義はここまでとなった。

 

 

 

 豪華ホテルが俺たちを待っている!

 

 




■原作との違い
・師匠の狙いが新田ちゃんからみりあちゃんに変更。師匠、お前もか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。