その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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よりもいとゆるキャンロスに悩まされる今日この頃






10.祝祭

 

 

「将棋界の師弟関係は、弟子が奨励会や研修会にいるうちは完全なものとなりません。仮に弟子が棋士になれず退会してしまえば、そこで解消されてしまうからです」

 

 心臓は早鐘のように打ち、手足は痺れて思うように動かせない。

 頭は目と耳から入ってくる情報を理解したがらない。

 

「けれど、弟子が棋士になった時。その関係は不滅のものとなります。皆さん、今ここに新たな師弟が誕生しました。皆様、盛大な拍手をお願いします」

 

 会場に祝福の拍手が響き渡る。

 けれど私はその言葉を聞きながら、足下が崩れ去るような悪寒に襲われていた。

 

 

 

 

 

 

「ししょー♡ ねぇねぇししょー♡」

「うーん? どうした、あい?」

「呼んでみただけです♡」

「……そ、そうか」

 

 内弟子のあまりのハイテンションぶりに俺は戸惑いを隠せない。

 

「師匠ももっと『あい』ってよんでください♡」

「う、うん?」

「ダメですか? あい、師匠とこうやって常にふれあっていないといつの間にか師匠がいなくなってしまいそうで不安なんです」

 

 分かってはいたが、先日連敗続きの苛立ちから追い出してしまったことは、あいにとって深い心の傷になってしまっているらしい。師匠として何とかせねば。

 

「いいや、だめなんかじゃないぞー? ああ、本当にあいはカワイイなー」

 

 そういいながらあいの頭を撫でる。

 

「にゃーん♡」

 

 あいのほうも喜んで自分からも俺の手に頭をこすりつけてくる。かわいい。

 けれど……

 

「チッ……ロリコンは死ねばいいのに……」

 

 通路を挟んで隣の席に桂香さんと並んで座っている姉弟子から殺気とともに罵詈雑言が飛んでくる。

 だが、それよりもつらいのは全くの外野からの言葉だ。

 

「……あれはどう見てもヤってしまってますわ……」

「……やっぱりロリコンじゃないか……」

「……どうせJSにがんばれ♡ がんばれ♡ とかしてもらってるんだろ、氏ねッ……」

「……もしもしぽりすめん……」

 

 そう。俺たちは現在公共の場にいるのだ。

 痛い! 周囲の一般人からの視線が刺さるように痛い!!

 けれど撫でるのをやめようとすると、あいが途端にしゅんとしてしまうのだ。そして上目遣いで見ながら、

 

「まだ止めちゃやです。ししょー」

 

 とおねだりしてくる。こんなん勝てまへんがな。

 

「しかたないなー。もう少しだけだぞ?」

「わふー♡ 師匠の撫で撫で大好きですー♡」

「ははは、あいは甘えん坊だなー」

「でも、向こうについたらあいが師匠のことおもてなししますね♡ なんといってもあいのお家ですから」

「楽しみにしてるよ」

 

 現在、俺たちは電車に乗って一路、あいの故郷、和倉温泉に向かっている。竜王戦第四局の舞台がなんとあいの実家、旅館『ひな鶴』なのだ。

 ちなみに同じ車両には姉弟子や桂香さんの他にも将棋関係者が乗っている。俺の後ろに座っているはずの鵠さんがあまりに静かなのが気になる。弟子とのふれあいにどんな感想を抱いているのか。

 

 そして何より前に座っている天衣はどんな顔をしているだろうか? キモッと顔をしかめているのか、あるいは他人のふりをして知らない顔をしているのか。

 今回は天衣も同行していた。俺が誘ったのもあるが、なによりあいが強く誘っていた。きっと姉弟子に自分の故郷を見せたかったのだろう。

 

 というわけで俺の前の席に晶さんと並んで座っているのだ。

 

 盛り上がるあいと押される俺、そして冷え込む周囲と悲喜こもごもを乗せて雷鳥の名を冠された特急電車は目的地を目指す。

 

 

 

 

 

 

「……なぁにこれぇ?」

 

 何が起こっているのか理解できない。いや理解したくもないんだけど。

 

 

 

 事の始まりは電車が終点にして目的地、和倉温泉駅に着いたところからだった。

 駅のホームには『歓迎! 第30期竜王戦第四局』が霞むほどでかでかと『おかえり! 雛鶴あいちゃん』という横断幕が掲げられていた。

 

 駅の外には竜王戦の会場を案内する看板の横にこれまた桁が違う大きさの『九頭竜家・雛鶴家 式場』と書かれた看板。一体これから何が始まるんです? という疑問を俺に叩きつけてきた。

 

 駅から対局会場である旅館『雛つる』まではなぜかオープンカーで移動。沿道は地元民で埋め尽くされており、手に手に旗を振っていた。その中をあいと二人でオープンカーに乗ってゆっくりと移動してきたのだ。オープンカーの尻にはこれもなぜか空き缶が多数結びつけられており、カラカラと盛大な音を立てながら。何となくこれと似たシチュエーションを知っている気がする。気のせいであって欲しい。

 

 その後、旅館で待ち受けていたあいのお母さんに案内され俺は対局室の下見を、あいは厨房にいるお父さんに会ってくるということで一旦別れた。

 下見が終わると、次は前夜祭ということで用意されていた和服を無理矢理着せられオンステージ。金屏風の前に紋付羽織袴を着た俺と白無垢を着たあい、そしてややスペースを空けて普通にスーツを着た名人が座っている。 ←今ココ

 

 

 本当にどうしてこうなった。これは明らかにタイトル戦の前夜祭とは似て(すらいない)非なるものだ。俺と名人ではなく俺とあいが主役になってしまっている。ってゆうかこれケッコンシ……いや、何も考えるまい。

 

 会場にはなぜか俺の家族の姿も。ステージから一番近い丸テーブルに弟以外の九頭竜家が勢揃いしている。

 

「八一、こんなに立派になって……」

 

 母さんはそんなことを言いながら目元をハンカチで拭っている。でも母さん、涙一滴も流れてないよ。

 

「八一、——生活を円滑にする秘訣は我慢だぞ。辛抱強くな」

 

 何生活だって? 何か親父がすごく不穏なことを言った気がする。

 

「八一、お前は日本一幸せなロリコンだ! ヨッ、クズロリ王!!」

 

 死ね。クソ兄貴。

 

 囃し立ててくるマイファミリー。ますますウエディ……異様な式典染みてくる。これは明らかに女将さんの仕込みだろう。

 

 

 問題は———

 

「あ、あい………………知って、た……のか?」

「ふぇぇ? 何をですかぁ?」

「…………いや」

 

 あいは一点の曇りなく輝く眼で俺を見てくる。うん。きっとこの目は知らなかったはずだ。やたら可愛らしく首を傾げた姿にはあざといものを感じる気がするが、多分気のせいだろう。

 

 女将さんとつるんで俺の逃げ道を塞ぎに来たなんて事……ナイナイ。

 

 

「ううん、あいが知らないなら別にいいんだ」

 

 

 

 

 

 

 勿論知ってましたけどね。

 っていうかあいとお母さんの共同企画ですから♡

 

 竜王戦第四局の会場が『ひな鶴』だって連絡をお母さんにもらったときから、企画をお母さんといっしょに詰めてきた。テーマはなんと結婚式。

 

 えらい人の祝辞から始まって、乾杯の後には対局者の紹介。ここにあいと師匠のエピソードもねじ込んでもらった。ちなみに会場の設営も司会も本職の人にお願いしている。『ひな鶴』は披露宴の場として使われることも多いから式場関係者との伝もあるんだよね。

 

 おかげでまさにブライダル! って感じの本格的な仕上がりだ。

 

 あ、オバサンがすごい怒ってる。こっちに背中を向けてるからどんな表情か分からないけど、桂香さんとおじいちゃん先生が顔面蒼白で震えてるからすごい顔してるんだろうなー。あははー。

 

 それで肝心の天ちゃんは、と…………すました顔してるね。

 天ちゃんにはその表情がよく見えるようにステージ側に正面に向けた席を用意している。まあオバサンの殺気くらいで今更どうこうなることはないだろうし、この結婚式風式典も茶番に見えちゃってるのかな?

 

 

 

 

 

 

 ———でも本番はまだこれからだよ?

 

 

 

 演台に月光会長が上がった。次のプログラムが始まるのだ。

 さぁ、天ちゃん。最高にイイ表情をあいに見せて。

 

「それではこれより『女流棋士資格申請書記入の儀』を始めます」

 

 

 

 

 

 

「竜王。あなたは師匠として、ここにいる雛鶴あいさんを弟子にすることを誓いますか?」

「はぁ……」

 

 何言ってんだ、この人?

 『女流棋士資格申請書記入の儀』なる謎プログラムがコールされると会長がステージに上がってきた。

 

 そして先ほどの迷台詞である。なんだこれ?

 

「雛鶴あいさん。あなたはこの男性を師匠とし、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、師匠として敬い、ともに将棋道に邁進することを誓いますか?」

「はいっ! ちかいますっ!!」

 

 いや、結婚式の神父の台詞のパロディであることは分かるけども。本当なんだこれ? わけが分からないよ……

 

 そして、俺の戸惑いを余所に元気いっぱい答えるあいさん。

 

「結構。ではお二人とも、この神聖なる用紙にお名前を記入してください」

 

 会長のその言葉にあわせて男鹿さんがペンとともに差し出してきた紙は女流棋士登録の申請用紙。

 

 え? 今書くの? ここで?

 

 いや、どうせ書かなきゃいけないもので、いつ書いたっていいんだけど…………まだあいつの分も書いてないんだけど……

 

 躊躇していると、あいが不安そうに囁いてくる。

 

「あの……もしかして、あいのことやっぱり弟子にするのは……やですか?」

 

 いや、決してそんなことはなくて。ただ順番の問題でね?

 

「竜王?」

 

 会長も訝しげに俺を見てくる。

 会長だけじゃない。会場に列席している全ての人の目が俺に注がれている。

 

 

 ……これは書かないという選択肢はないですね。

 ええい、ままよ!

 

 俺はペンを取る。

 

 

 

 

 

 

 記入を終えた師匠からペンと用紙を受け取り、ゆっくりとあいの名前を書き入れる。

 そうしながらも視線は上目遣いで天ちゃんの表情を捉え続けている。

 

 

 あはァ

 

 

 その表情が見たかった!

 

 天ちゃんの表情が悲痛に歪む。

 嗚咽が漏れるのを抑えるためだろうか。唇の小さく噛んでいる。必死に平静を装おうとしているけれど、心情を隠しきれていない。

 今にも泣いちゃいそうだね、天ちゃん。でも泣けないよね? 周りの人に弱いところを見せられないし、大事な対局前の師匠に心配かけるわけにもいかないもんね?

 

 その泣くに泣けないって顔、最高に愛らしいよ。

 

 研修会の登録は天ちゃんが先だけど、女流棋士の登録はあいが先。

 この場合、一番弟子はどっちになるのかな? ねぇ、天ちゃん?

 

 きっと天ちゃんは、師匠の竜王戦が終わってから申請書にサインしてもらうつもりだったんだよね?

 

 

 

 あはは。

 獲物を前に舌なめずりなんて三流のやることなんだよ?

 

 

 





 JSのSはドSのS!

 ということで少々間が空きましたが最新話をここにお届けまします。
 年度末、年度初は非常に忙しいでごわす。
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