その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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13.男の戦いを始めよう

 

「だから、その間でプレゼントが欲しいのだけど」

「…………分かった。任せろ」

 

 天衣に勝利を誓い、しばし見つめ合った後、俺は天衣の体に身を任せ休息に戻った。目を閉じれば再び天衣がそっと手を被せ、まぶた越しに入ってくる光を遮断してくれる。愛弟子の温もりが俺を包み込み疲れをどんどんと溶かしていった。

 

 あぁ俺は今、命の揺り籠に包まれている。楽園(アヴァロン)はここにあったのだ。

 

 

 

 そんな至高の時間は不意に終わりを告げた。

 

「竜王、指し直しが決まりましたよ」

「「ッ!?」」

 

 声の方へ慌てて視線を向ければそこには、伏見稲荷の狐みたいにニュ~ッと口の端を吊り上げてニヤニヤしている女性の姿が。

 

「く、鵠さん?」

「竜王戦実行委員会の結論が指し直しで決まったそうです。そろそろ対局室へ戻られたほうがいいかと」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 予想はしていたが、やはりいきなり負けということはなかったらしい。良かった。……良かったのだがそれ以上に今気になるのは———

 

「ところで鵠さん……その手元のカメラはもしかして……」

「スクープの提供ありがとうございます。指し直し局での勝因は愛弟子JSリフレですね」

 

 その言葉に、慌てて跳ね起きる俺。

 おいやめろマジでシャレになんないから!!

 

「いや、これはッ———」

 

 だが、俺が弁明するよりも先に、なぜか鵠さんの笑顔が引きつる。なんだ?

 

「り、竜王、JSに服はだけさせていったいどこまで……」

 

 戦慄したように言う鵠さん。

 ハッとして振り返れば俺が起き上がったことでみぞおちから下腹部辺りまでぺろーんと露わになった天衣の姿が。天衣も自分の姿を思い出したのか顔を赤くしていそいそとシャツのボタンを留めだす。

 

「あわわ……いやいやいや、ちょっと休息をとるのに弟子に手伝ってもらってただけでして——」

「つまりJSとご休息していたと」

「違えよッ!!」

 

『ご』を付けるな! 『ご』を! 途端にイヤらしく聞こえるだろ!!

 

「じゃあなんでJSを露出させる必要あるんです?」

「そ、それは、ほら? 素肌に直接触れたほうがヒーリング効果が高いでしょ?」

「ひッ!?」

 

 俺の言葉を聞いて、予想以上に気持ち悪い回答が返ってきたとでも言うように身を引く鵠さん。

 

 いかん。弁解の仕方を間違えた。

 

 

 その後何とか言葉を尽くし鵠さんを落ち着かせることに成功した。

 

「はぁ……竜王はまったく……」

 

 心底呆れたというような目で俺を見てくる鵠さん。

 

「あなた達を見つけたのが私で良かったですね。空さんやお弟子さんに見つかってたら大変なことになってましたよ?」

「姉弟子やあいが俺を探しているんですか?」

「それに桂香さんも、です。いつまで経っても自室に帰ってこない。指し直しの件も伝えないといけないのに。何かあったんじゃないかってみんな心配して駆けずり回っているところですよ」

「そりゃそうか」

「だっていうのに当の本人は人気のないところでJSといかがわしいことしているんですから」

「あはは…………いかがわしくはないです」

 

 本当に見つかったのが姉弟子とあいじゃなくて良かった。もし二人に見つかってたら指し直し以前に制裁で頓死することになってたな……

 

 

「これは早く対局場に戻った方が良さそうですね」

「ええ、その方がいいと思います。休息も十分とれたようですし」

 

 俺は苦笑するしかない。

 

「私の妹やその友達たちも竜王を応援していますよ。ほら、このメール」

「おおッ!?」

 

 鵠さんが見せてくれたスマホの画面には天使たちの入浴直後に取ったと思われる肌着姿の集合写真が。

 綾乃ちゃんに澪ちゃん、そしてシャルちゃんからのメッセージも寄せられていた。

 みんなの好意を余すことなく受け取る。

 

 そして天衣の方へ向き直る。

 

「それじゃあ行ってくるよ、天衣」

「ええ」

 

 天衣は俺を見上げながら短くそう返す。頑張れとも勝ってとも言わない。けれどその思いは既に受け取っていた。

 

 天衣へ一時の別れを告げ、元来た方へ踵を返す。さあ勝つための戦いを始めよう。

 

 

 

 

 

 

 しばらく進むと姉弟子とあい、それに桂香さんに会った。

 

「八一、どこに行っていたの!?」

「師匠、休憩しないで大丈夫なんですか!?」

「二人とも心配かけてごめん。でも大丈夫だから」

 

「八一くん、忘れ物はない? ハンカチ持った?」

「大丈夫。ありがとう桂香さん。行ってくるよ」

 

 心配してくれていた皆に短く謝罪と感謝を告げ、更に足を進める。

 

 

 対局室へと向かう廊下で男鹿さんと一緒になり、国民栄誉賞にまつわる裏事情を耳打ちされる。残念だけどそんな外野の事情を勘案してやることはできない。既に先約があるからだ。

 

 そして対局室に入り、月光会長から検討結果を受け取る。

 

「指し直し局はこのまますぐに開始することも可能ですが、対局者の体力を考慮して後日とすることもできます。……竜王いかがですか?」

 

 疲れは癒えた。そしてこの胸にはあの約束が燃えている。

 もう、何も怖くない。

 

 

「俺は——今、指したいです」

 

 

 俺の要望に名人は———

 

 

 

 

 ———首を縦に振った。

 

 





今週末は旅行に出るため、次回更新までまた間が空く予定です。
申し訳ありませんがよろしくお願いします。

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