その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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第二エピローグです。
前回で爽やかに終わっておけばいいのに、敢えてダークな話をぶっ込んでいくスタイル。




16.本物

 

「それじゃあそろそろ打ち上げ会場に行くか。天衣」

「え、ええ……」

 

 そう。既に竜王戦の打ち上げは始まっている。当然、主役の八一先生は行かないといけない。それに女流棋士登録をするという意味でも月光会長のいる打ち上げ会場に行く必要がある。それは分かるのだけれど……

 

 何か気恥ずかしいわね。大勢が集まっているところに二人揃って入っていって師弟関係を永続的なものにする手続きをするなんて……

 

「そ、そうだ! 私は一旦部屋に戻ってコートを置いてくるから、八一先生は先に打ち上げ会場に行っていて!!」

「お、おう? ……分かったよ。それじゃあそうするか」

 

 勢い込んで言う私に気押されたように八一先生は承諾した。そして打ち上げ会場に向かう八一先生を見送る。彼の姿が廊下の曲がり角の向こう側に消えたところで私も踵を返し、部屋へと戻ろうとした、その時。

 

 

 ペタペタとこちらに近づく足音が聞こえてくる。それに何となく足を止める私。そしてまもなく暗がりから現われたのは———

 

 

 浴衣に身を包んだ妹弟子だった。お互いに手を伸ばせば触れるか触れられないかという距離で足を止めた妹弟子は、大きな目を爛々と輝かせながら、瞬きすらせずジッとこちらを見つめてくる。

 

「何か用かしら?」

 

 黙ったまま私を睨み続ける妹弟子には不快なものを感じたけれど、敢えて私から声をかける。それに返ってきた言葉は意外なものだった。

 

「……認めないから」

「何を認めないと言うの?」

 

 妹弟子の意図を掴みかねて問いかける。その問いかけを無視して妹弟子は更に突っかかってくる。

 

「竜王戦が終わるまで女流棋士登録を待ってししょーのことを気遣ったつもり?」

 

 どうやら立ち聞きされていたらしい。

 

「あら。聞いていたの? 立ち聞きなんて趣味が悪いんじゃないかしら?」

 

 意趣返しをしてやるけれど、妹弟子は無視して言い募る。

 

「そんなの本当の愛情じゃないから。絶対に認めない」

 

 その一言には私もカッとなる。私だってこの子には言いたいことがいくらでもある。

 

「そう。それじゃあ貴女のあの押しつけがましい態度が本当の愛情だとでも言うつもり?」

「そうだよ」

「はあッ……!?」

 

 私の反撃にてっきり口ごもるかと思っていたところに、きっぱりと断言されて逆にこちらが絶句してしまう。どういうつもり!?

 

「あいの愛情は本物だから。だからどんなことがあっても真っ先に師匠にぶつけるよ。周囲に気を遣って立ち止まったりしない」

「そんな押しつけが本物の愛情ですって!?」

「だからそう言ってるよ。頭悪いのかな、天ちゃん?」

「ふざけないで! そんな相手のことを思いやらない行為が本物の愛情!? そんなわけない!!」

「天ちゃんはさ、自分の思いより師匠がどうかの方が大事なんだよね?」

「そうよ。当たり前でしょう。誰より大事な人のことなんだから」

「それって要はさ。天ちゃんの思いは軽いんだよ。真剣じゃないんだよ。だから自分の思いより師匠の状況を優先できるんだよ」

「なッ……!?」

「あいみたいに何より師匠への思いを大切にしていたらさ。立ち止まったりできないんだから」

 

 そんなわけない。そんなものが本当の愛情であっていいはずがない。そう思うのに言葉が出ていかない。ようやく絞り出せたのは弱々しい声だけだった。

 

「……そんなの単なる押しつけだわ」

「愛情はどれだって最初は押しつけだよ。はじめから両思いでもない限りね。どれだけ始めに迷惑をかけたって、受け入れてもらった後に必ず師匠のことを幸せにするもん。あいなら」

「…………」

 

「それに師匠の思いを優先するってことはさ。もし師匠に告白して断られたら天ちゃんはそこですぐ諦めるんだよね? ……ねぇ、すぐ諦められる程度の思いが本物なのかな? あいは違うよ。真剣だもん。何度断られても折れずに思い続けられる覚悟がある」

「…………」

 

 黙る私に妹弟子は唇の片端をつり上げる。

 

「それにさ。天ちゃん。師匠の状況を自分から女流棋士登録を言い出さなかったことの言い訳にしてないかな?」

「……なんですって?」

「だからさ。師匠の苦しい状況を配慮してなんて単なる言い訳で本当は天ちゃんが臆病だっただけなんじゃないかな?」

 

 

 目の前が真っ赤になる。

 

 

 胸を衝いた怒りに思わず私は妹弟子に掴みかかっていた。けれど、凄い力でもぎ離され、逆に突き飛ばされる。

 

「あぐッ……」

「図星だからって止めてよね。本気で喧嘩したら、天ちゃんがあいにかなうはずないでしょ」

「……痛ぅ」

「とにかく。自分から手を伸ばす勇気もないくせに、そんな思いが本物だなんてあいは絶対認めないから。それじゃあね。あいは先に打ち上げ会場に行くよ」

 

 そう言い捨てて妹弟子は立ち去っていく。

 

 私は床に蹲ったままその後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 違う。私のこの思いは本物だもの。あの子より私の方がよっぽど八一先生のことを思っている。

 

 けれど、どうしてか頭の中からあの子の『自分から手を伸ばす勇気もないくせに』という言葉が消えてくれなかった。

 

 





果たしてあいちゃんは本当にJSなのか。
10歳にして確固たる愛情観を持つ女の子っていったいと思わなくもないですが、女の子は早熟ということで一つ。



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