その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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第六章.伝えたい想い
01.診察(天衣√)


 

「……極めて重篤です」

 

 沈痛な声が、静まりかえった部屋に響き渡った。

 白に統一されたその部屋にいるのは俺の他にもう二人。部屋と同じく白い衣装を纏った女性と、同じく白系統の薄いピンクの衣装の女性の二人。

 

「そんな……どうにか治療できないんですか!?」

「難しいですね……その症状に対して現在の医学では有効な療法は存在しません」

 

 白衣の女性は気の毒で仕方がないという表情で首を横に振る。

 

「そんな……そんな!?」

 

 

 

 

 ここは大阪市内のとある総合病院。その病院の神経内科で俺は女医さんとそのアシスタントの看護師さんと向かい合っていた。

 竜王戦で限界以上に読みの力を行使したからだろうか。最終戦以降、日常生活の中で、俺の意思とは無関係に突如として脳内将棋盤が現われて読みの力が暴走するということが度々発生していた。そのせいで睡眠不足などの弊害にも襲われている。そのため、これじゃまずいと縁遠かった病院に足を運んだわけだ。

 

 

 そこで問診の後に下された衝撃的な結論が冒頭のものだったのだ。

 

 畜生! 竜王位の防衛を果たして全てはこれからって時に……

 

「それで、先生。俺の病気はいったいどういうものなんですか? 重篤って……」

 

 全てを受け入れる覚悟で俺は女医さんにおそるおそる問いかける。そして、一瞬の沈黙の後、返ってきた答えは———

 

 

 

 

 

「ロリコンです」

 

「は?」

 

 

 

「ロリコンです」

「いや、先生、何を言って……?」

 

 

「だから。病名『ロリータコンプレックス』ステージ5の重症です」

 

 

 

 

「いやいや。ちょっと待ってくださいよ。俺がロリコンのわけないでしょ。俺が好きなのは桂香さん———」

「いいえ。問診結果からあなたがロリコンである可能性は、99.9999999%です。万に一つどころか億に一つも間違いありません。きっとあなたはいろんな幼女に囲まれてはヘラヘラ気持ち悪い笑顔をしているはずです」

「ぐッ……よしんば、俺がロリコンだとしてですよ。それと脳内将棋盤の暴走に何の関係があるんです?」

「あなたの中の生存本能が、あなたを破滅的な行動(ハイエース)から回避させるためにとにかくロリ以外のことで頭の中をいっぱいにしようとしているのです」

「そんな無茶苦茶なこじつけ……」

「なんもかんもロリコンが悪い」

 

「…………それで俺はどうすればいいんですか?」

「ロリコンの存在は深刻な社会不安を巻き起こします。すぐにでも対処が必要です」

「…………それで?」

 

「選択肢は4つです」

「意外とありますね」

 

そして、女医さんは目の前に立てた4本指を折りながら中身の説明を始める。

 

 

「一つ。精神病院に死ぬまで隔離」

「却下」

 

 舐めんな。

 

 

「二つ。去勢する」

「却下」

 

 一度も使わずにJr.とお別れするなんてそんなことできるか。

 

 

「三つ。外科的な処置を施した上で、クジ○ックス作品や鬼○直作品等を絶つ」

「外科処置ってどんな内容ですか?」

「小路あ○む先生のもダメなんですよ?」

「知らねぇよッ!? いいから外科処置について教えてください」

「そうですか……」

 

 なぜか残念そうな女医さんは、一つ溜息をつくとその内容を教えてくれた。

 

「ロリコンの原因は脳にあるのでそれを手術で取り除きます」

「手術で取り除くって……はぁ!?」

「脳にメスを入れるのが不安ですか? 大丈夫ですよ。我が院の脳外科にはフランスから来た凄腕の先生がいますので。ほら」

 

 そういって女医さんが手で示した方を振り返ると、そこにはキャップと手袋までした完全装備の外科医の姿が。確かに外人らしく、キャップの隙間から覗く髪は金髪だ。けれどその影は妙に小柄で———っていうか。

 

「シャルちゃんじゃん!?」

「フランス帰りの名医。シャルロット・イゾアールDr.です」

「いやいやいやいや!」

 

 確かにフランスから来たんだろうけど幼女じゃん。それに白衣かと思ったら着てるの給食当番の服だコレー!!

 

「めてゅ」

「ほいきた! メス一丁!!」

 

 舌っ足らずなDr.の指示に従ってその後ろから刃物を差し出すのは。

 

「澪ちゃんまで!? ちょっと。誰か止めて!?」

「そんなに心配しなくても大丈夫なのです」

 

 そういって後ろから俺を押さえてくる先ほどからいた看護師は、よく見るとなぜか綾乃ちゃんだった。

 

「しょれでは、これからオペをはじめるんだよー」

 

 そう言って、凶器を握ったシャルちゃんはひたひたと近づいてくる。

 ダメでしょ!? これはいかんでしょ!?

 目の前の愛らしいDr.? に生命の危機を感じて俺は必死に逃れる方法を探す。

 

 

「第四! 第四の選択肢は何ですか!?」

「第四ですか? 本当に知りたいんですか?」

「いいから! 早く! 早く教えて!!」

 

 目の前までシャルちゃんの持ったメスが来てる!!

 

「しぇっかいのあとは、どりるでじゅがいこちゅにあなをあけるんだよー?」

「ほいきた。ドリルの準備は澪に任せて!!」

「早くぅぅぅぅぅ!!」

 

 俺の懇願に女医さんは立てていた最後の指を折り曲げながら説明を続けてくれた。

 

「第四の選択肢は逆転の発想よ」

「逆転?」

 

 シャルちゃんのメスを握った手を押し留めながら、女医さんの発言にオウム返しに問い返す。これは期待が持てるのでは?

 

「そう。ロリコンの存在が深刻な社会不安を引き起こすのは、幼女とみればその性欲を片っ端からぶつけようとするからよ」

「なるほど」

 

 納得できる話だ。いや、俺はそんなことしないけどね。

 

「だからいっそのことロリコンを特定の幼女と結婚させてしまえばいいのよ」

「……は?」

 

 この女医さん何かとんでもないことを言い放った気がする。俺の聞き間違いだろうか?

 

「不特定多数に性欲をばらまけば犯罪だけど、一人につぎ込めば純愛よ」

「……い、いやいやいやいやいや!?」

「何よ。何か文句あるの?」

 

 そんなのロリコン対策以前の問題だ!

 

「それじゃあ、単なる生け贄だろうが!」

「人聞きが悪いわね。双方の合意があれば問題ないじゃない」

「あのなぁ! どこにロリコンと結婚OKなんて言う幼女がいるんだ!?」

「ここに」

「へ?」

 

 一瞬何を言われたか分からず思考が止まる。衝撃発言をかました女医さんが、思考停止で固まる俺の肩を掴み、自分の方に向き直らせてくる。

 

「私が結婚してあげてもいいわ」

 

 よく見るとその女医さんは非常に小柄だった。とても社会人のような体格ではない。その白衣の上には対照的に艶やかな黒髪が散らばり、整った輪郭の中に収まった黒いはずの瞳は、光の加減か紅が差しているように見える。

 ———というか彼女は。

 

「あ、天衣!?」

「……私じゃダメ?」

 

 驚く俺の様子を否定と取ったのか、天衣は更に詰め寄ってくる。

 

「いや、ダメとかそんな話じゃなくて……っていうかそもそも結婚してもいいって何を言ってッ!?」

「私、八一先生のこと好きよ? だから八一先生となら結婚してもいいわ」

 

 そう言って天衣は俺の腰に手を回し、密着するとその濡れた瞳で見上げてきた。

 うぁ……超可愛いけども! 突然おかしいだろ!?

 

「い、いや、天衣さん? 急に何を言って?」

 

 誰かが止めてくれないかと周囲を見渡すが、気付くとシャルちゃんも他のみんなもいつの間にかいなくなっていた。

 

「急になんかじゃないわ。会ったときから、いいえ会う前からずっと八一先生のことが大好きだったの」

 

 ———う———あ——

 

 天衣の熱が俺に伝わって来て言葉に詰まる。

 

「それに八一先生も私のこと、好きでしょう?」

「ッ!? ……い、いや好きって言ってもLoveじゃなくてLikeだから! そもそも俺、ロリコンじゃないし! それに本命は桂香さんだし!!」

 

 むっとしたのか天衣の表情が俺を睨むような感じに変わる。

 

「そんなの嘘よ。八一先生は私の方が好きなはずだわ。それに論理的に考えてもあんなババアより私を選んだ方がずっといいんだから」

「な、何がだよ?」

 

 

 あまりに自信満々な天衣の言い方に何を考えているのか少々興味を引かれる。

 

 

「考えてみて。仮にあのババアとうまくいったとしましょう。今日から八一先生とババアは恋人です」

 

 やったぜ。

 

「でも八一先生もまだ17歳。すぐに結婚とは考えないでしょう?」

 

 まあ、そうだな。

 

「恋人としてある程度の期間を過ごして、将棋では八一先生もタイトル常連として確固たる地位を築いて25歳。ついに二人は結婚します」

 

 やったぜPart2。

 

「しばらくは新婚生活を二人っきりで満喫します」

 

 いいねいいね。

 

「そして二年経って、八一先生は27歳。そろそろ子供が欲しいと考えます」

 

 せやな。そろそろ欲しいな。定番だけど最終的には一姫二太郎とか。

 

「けれどその時ババアは既に36歳。高齢出産には危険が伴い、哀れ子宝には恵まれませんでした」

 

 ひでぇ。

 

 

 

「いやいや、今時36歳くらいで高齢出産とは言わないんじゃ……」

「じゃあ、36歳で無事子供が生まれたとします。子供が10歳の時にはババアは46歳。子供が16歳の高校入学時にはなんと50歳オーバー。周囲の親と異なり老いた母親を恥ずかしがる子供は親の入学式への参列などを拒否。家庭が不和に。そして崩壊へ」

「…………」

「対して私なら八一先生が27歳の時、いまだ20歳。まさに適齢期。ね、これだけとっても私を選んだ方がいいことが分かるでしょう?」

 

 いや、まあ説得力があるような、ないような話だったけども。そして話は天衣自身についてのプレゼンに移る。

 

「まあ私の場合はあと6年ほど結婚は待ってもらわないといけないけれど、まずは婚約からということで……」

 

 そこで照れたように顔を赤らめて言葉を濁す天衣。俺の腰に回していた両手を離し、もじもじと組んだ指を遊ばせる。よほど言いづらいことがあるらしい。天衣にしては珍しい態度だ。そしてややあって搾り出すかのように切り出す。

 

「その、それにまだ私……きてないから。…………だからまだしばらくはデキないから、八一先生の欲望をいくらぶつけてもらっても大丈夫よ?」

「ぶッ!?」

 

 そのぶっ飛んだ発言に思わずむせてしまう。

 

「げほッげほッ! ……天衣、お前何言ってるのか分かってるのか!?」

「だから! ロリコンが高じて八一先生がやらかす前に私が全部受け止めるって言ってるの!!」

 

 さすがに自分がとんでもなく恥ずかしいことを口走っていることを理解しているのか、顔を真っ赤にしながらやけっぱちのように声を荒げる天衣。

 

「アホかッ!! 10歳のガキにそんなことするわけないだろうッ!!」

 

 この勢いに負けるわけにはいかない。それ以上に俺も声を張り上げる。

 その怒鳴り声に明確な拒絶と怒りを感じ取ったのか、天衣は顔を曇らせ俯く。

 そして次に出てきた声は酷く悄然としたものだった。

 

「……ごめんなさい」

「あ、いや。俺もそこまで怒ってるわけじゃ」

 

「ううん。本当はロリコンがどうのなんてただの言い訳なの。ただどうしようもなく私が八一先生のことを好きなだけ」

「…………」

 

「だからその、八一先生がもし私にそういった気持ちを持ってくれたとしたら嫌なんかじゃなくて、むしろ嬉しいの」

「いや、だから———」

 

 俺の発言を遮り、堂々巡りを防ごうとするかのように再度、天衣が抱きついてきた。そして潤む瞳で俺を見上げてくる。

 

「八一先生、大好きです。私を八一先生の彼女にして下さい」

 

 そう言って、天衣はそっと目を伏せると爪先立ちで背伸びをしてくる。

 事ここに及んでは、彼女の気持ちを誤解しようもない。そしてその言葉と態度を噛みしめるとすぐに脳内で白旗が揚がった。

 

 天衣の細い背中を抱き返し、そっと身を屈める。

 

「天衣」

 

 そして———

 

 

 

 





そして二人は幸せなキスをして濃厚なベッドシーンに(なりません)

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