「弟子たち。そして孫やひ孫たち。新年おめでとう」
俺たち関西棋士の仕事始めは、日本将棋連盟関西本部総裁の蔵王達雄九段の年賀挨拶から始まった。
蔵王九段のことについて聞いてくるあいに一門の最長老かつ、現役棋士としても史上最年長であることを説明する。それだけじゃなく、タイトル獲得歴やA級在籍経験など棋士としての実績も文句なしなんだが。感心するあいに今季限りで引退予定であることを告げるとシュンとしていた。優しい。
そして挨拶が終わると本日のメインイベント『指し初め式』が始まる。
将棋盤がずらっと並べられる。このたくさんの盤を使って、関西所属プロ棋士や来客のアマチュア達が好き勝手に指すのが関西流の『指し初め式』だ。
ちなみに、関東では一つの将棋盤を使って、一手ごとに指す人間を変えていくリレー方式になっている。初手を会長が指し、二手目をアマチュアが、以降先手側をタイトルホルダーや高段者などのプロ棋士が、後手はアマチュアが打っていく。通常アマチュア側は子供将棋スクールの生徒など関係者が参加するが、2手目、4手目、5手目の3名はチャリティオークションで権利を落札した人が招かれるらしい。
関東では厳格な儀式然としている『指し初め式』であるが、関西ではめいめいに楽しむ緩い儀式となっている。とはいえ、俺は竜王。この場では最上位に当たる俺は中央の盤の上座にどっしり構え、対局希望者を待ち構えるのだ。
さあ、最強の竜王に挑むものはだれじゃ(慢心中)。
と思っていたのだが……
あれれー? おかしいぞー?
待てど暮らせど対局希望者がやってこない。
皆遠巻きに見てるだけで盤の前に座ろうとはしないのだ。
姉弟子や桂香さんはたくさんの人々に囲まれているというのに。解せぬ。
やっとのことでやってきたのもあいだけだ。
でも、あいとは普段から指しているからわざわざ『指し初め式』で指さなくてもね。
見かねた『
止めて!?
◇
「しりませんっ! 師匠のだらっ!!」
師匠は何か周囲の目を気にしてあわあわしていたけどばっさり切り捨てる。
あいとお話ししている時に、周りのことばっかり気にして。失礼だよねッ。
だいたい、最近師匠は天ちゃんのことばっかりであいのことが疎かになってると思うの。師匠の身の回りのお世話をしているのはあいなのに。今朝も夢の中で天ちゃんとキスしてるなんて酷い裏切りだよ。挙げ句の果てに下手な言い訳までして。
思い出すと腹が立ってきた。
腹が立つといえばさっきの連盟ビル前での一幕もそうだ。天ちゃんのふてぶてしいあの態度。せっかくこの前、天ちゃんの心を折ってあげたと思ったのに。痛いところを突いたと思うんだけどなー。
天ちゃん、将棋では鋼のメンタルを持っている割に、それ以外ではむしろ脆いところが見え隠れしていたから、そっちが突破口になると思ったんだけど……。やっぱり本丸(将棋)を叩かないとダメみたいだね。
天ちゃんとの直近の対局は、来月中旬に予定されているマイナビの準決勝。まだ一ヶ月以上お預けか。
そんなことを考えていると、ある記者さんが思わぬ提案をしてきてくれた。
「雛鶴さん。もしよかったら夜叉神さんとお二人で盤を囲んでいただけませんか?」
小学生新女流棋士が二人ということで、紙面にしたいらしい。注目が取れるということなんだろう。あいとしては願ったり叶ったりの展開なんだけど……
「イヤよ」
まあ天ちゃんならそう言うよね。馴れ合うのは嫌だとかそんな感じ。別にあいも馴れ合う気はないけど、天ちゃんを早々に潰す機会がやってくるならありがたい。
記者さんが熱心に説得するけれど、けんもほろろ。これはダメかと思ったところで。
「天衣。これも女流棋士としての仕事だ。気軽にでもいいからやってみろ」
「……分かりました。八一先生」
師匠からの説得が入った。師匠の言うことなら素直に聞くらしい。あざとい。
天ちゃんと盤を囲む。ちなみに天ちゃんがしれっと上座に座った。これもイラッとポイントだ。私たちの周りにはあっという間に報道陣の囲いができた。
ひとまず周囲を置いて指し始める。そうすると先ほどの記者さんがインタビューを始めた。こうして質問を受けながら指していくスタイルになるらしい。
「お二人ともマイナビ女子オープンの本戦で快進撃を続けておられますね! 準決勝ではお二人での同門対決となることが決まっています。残念ながらどちらかしか決勝に進めないわけですが、勝算のほどはいかがですか?」
まあ、その話題になるよね。とりあえずあいから答える。
「天ちゃん? 強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけどあい、負けないよ」
「おおー、雛鶴さんから勝利宣言が出ました。これに対して夜叉神さんはいかがですか?」
「誰が相手でも関係ありません。自分の力を出しきるだけです」
「力を発揮できれば勝てる自信があると?」
「全力を尽くします」
天ちゃんからはくっそつまんない回答しか返ってこない。これは記者さん、記事にするのに困るんじゃと思ったけれどそうでもないらしい。
「なるほど……《神戸のシンデレラ》は将棋だけでなくコメントも成熟していますね!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと何よ《神戸のシンデレラ》って! それ私のこと!?」
記者さんから飛び出した思わぬ異名に取り乱す天ちゃん。
神 戸 の シ ン デ レ ラ www
「いいなーw 天ちゃんだけ素敵なお名前を付けてもらってズルいよーwww」
あいならそんなダサい渾名は絶対ゴメンだけど、せっかくだから定着するように後押ししておく。師匠も気持ち悪いポエムで煽ってくれた。
それにしても《神戸のシンデレラ》か。まあ《浪速の白雪姫》に対抗しているのと『シンデレラガール』から取っているんだろうけれど、『シンデレラ』という渾名は意外と的を射ているのかも知れない。
ただ家で泣いていたら魔法使いがドレスと馬車を与えてくれた。ただ家で待っていたら王子様がガラスの靴を持って探しにきてくれた。
自分から動き出すことをしないで、幸運が目の前に転がり込んでくることを待っているだけのあの子にはなんとも似合いの皮肉が効いた名前だ。
リスクをとるからリターンがあるんだ。自分から手を伸ばして取りに行くから、掴んだ幸運には価値があるんだ。
あいは必ず勝つ。天ちゃんなんかには絶対負けないから。
結局この指し初め式での対局は、異名に関する騒ぎのせいで指し掛けとなって決着が付かなかった。
少し残念だけど、まあ、お楽しみはマイナビ準決勝までお預けだね。