その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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あれれ~? おかしいぞ~?
4行くらいで済みそうなゴキゲンの湯への移動がなぜか一話丸々の分量に。
これも次元連結システムのちょっとした応用か。


06.あるいはそれはデートのような

「お嬢様、おひとりで本当に大丈夫ですか?」

「平気よ。もう何度も行ってるんだから。ただ電車に乗っているだけだし、乗り換えの大阪駅では八一先生がホームまで迎えに来てくれるそうだから」

 

「う~~。お気を付けていってらっしゃいませ。お嬢様~~」

 

 そう言いながら手を振る晶。思わず溜息が出てしまう。

 はあ。だいたい晶は過保護過ぎるのよ。私のことを大切に思っていてくれるのは分かるけれどさすがに息が詰まる。電車で、それも在来線でせいぜい1時間もかからないところへ行くだけで大騒ぎだ。

 

 

 

 昨日の生石玉将の研究会への誘い。それを受けて今からその会場となる『ゴキゲンの湯』へ向かおうというところだ。急な予定だったため、晶は明日は別件が入っていた。また小学校が終わってから移動するということで車では遅くなりすぎる。そのため、小学校から直接、晶に車で最寄り駅のJR六甲道まで送ってもらい、そこからは私ひとりで電車で移動ということになっているのだ。なにげにこの時点から私ひとりというのは初めてかもしれないけれど。

 

 ちょうど来た快速電車に乗り込む。中学校以上の学校や会社はまだ終わらない時間だからか、乗車客はさほど多くない。普通に座ることができた。後はこのまま25分も電車に揺られていれば八一先生との待ち合わせ場所である大阪駅まで着く。簡単すぎるミッションね。スムーズに合流できるように八一先生に到着時刻と私が乗り込んだ号車をメッセージで送っておく。

 

 

 

 それにしても駅で待ち合わせか……。何となくこう言葉にするとデートっぽいかも知れない。なんだかふわふわしたものを感じる。柄にもなく浮かれているのかしら———

 

 不意に恥ずかしくなって意識を切り替える。生石玉将との研究会。苦戦が予想される帝位からの玉将位防衛戦のための研究会。おそらく焦っているだろう生石玉将には悪いけれどかなり楽しみだ。生石玉将はA級在位12期目、タイトル獲得計6期という文句なしのトッププロ。そんな彼が追い詰められた状態で研究に取り組み、その相手が名人を下した八一先生なのだ。きっととんでもない研究会になるに違いない。それを間近で見るだけでなく参加できるというのだから。

 

 それに、あの場にいなかった妹弟子は連れてこないとのことだ。あの生意気な小娘を出し抜いた形で八一先生と同行。まあオバサンはいるけど、なかなかいいんじゃないだろうか。……ってまた思考が浮ついた方向に行ってしまっている。いけないいけない。

 

 

 

 そんなことを考えていると、あっという間に大阪駅へと到着した。扉が開くと乗車客がどんどん降りていく。私もその最後尾について電車を降りた。

 八一先生はどこかしら。ホームに降り立ちながらキョロキョロと彼の居所を探す。けれどあちらの方が先に私を見つけてくれたらしい。

 

「天衣、こっちだ!」

 

 その声のした方へ視線を向ける。ホームの壁際、人の流れがないところに八一先生はいた。そちらへトテトテと小走りで向かう。

 

「お待たせ、八一先生」

「おう。ひとりで大丈夫だったか?」

 

 そう言って、八一先生は私の頭を撫でてくる。

 女の子の頭を出会い頭に撫でるなんて少々気安いのじゃないかしら。まあ、払いのけたくなるほど嫌なわけじゃないのだけれど……でも子供扱いは腹が立つ。一言言ってやらないと。

 

「大丈夫に決まってるでしょう。ここまで電車で一本。乗り換えすらないんだから。子供扱いしすぎよ!」

「これは失礼しました、お嬢様。それじゃあ早速参りましょうか」

 

 八一先生は苦笑しながら、頭を撫でていた手を離すと背中を押してくる。この慇懃な態度。全然私の言うことを分かっていないらしい。けれどこれ以上反発してもかえって子供っぽい。渋々従って足を進める。

『ゴキゲンの湯』の最寄り駅は京橋。ここからは環状線に乗り換えだ。環状線のホームは隣だけれど一旦下のフロアに降りて移動しないといけない。けれど。

 

 

 

「……うんッ」

 

 そろそろ学生が増え出す時間帯。それも大阪駅ということでかなり混み合ってきた。こういうときに小学生は不利ね。小さいからだでは周囲の圧力に押し負けてしまう。……ッ。八一先生ともはぐれてしまいそう。まあ目的地は同じホームなのだから大丈夫でしょうけど。そんなことを考えながらも押され押されしながら何とか足を進める。すると。

 

「あッ!」

「ほら、こっちだ。天衣」

 

 不意に八一先生に手を握られ、強く引かれる。

 

「さすがにこの時間帯は人が多いな。大丈夫か、天衣?」

「———ッ!」

 

 こういうところズルいと思う。いつもは女の子の扱いなんてなっていないくせに、こんな時は自然と手をつないでくるなんて。あるいはまあ、腹が立つ想像なのだけど女の子扱いではなく子供の手を引いているくらいの感覚なのだろうか。

 思考があちこちに飛んでしまって返事を返せないまま、ずんずんと八一先生に引かれて進む。よく分からないうちに環状線のホームに着いていた。いつの間にかエスカレーターを下って上ってしていたらしい。

 でも、何とか電車に乗って席に座ればつないだ手を離せる。そうすれば頭の回転もまともにもどって———

 

 

「——————ッ!!」

 

 

 夕方の環状線はより混んでいた。当然座るなんてことはできない。どころかドア際、八一先生が片腕を突っ張って確保した僅かなスペースに、八一先生の胸に密着するように立つことになってしまった。もう片方の手はつないだまま。大阪駅から京橋駅の間の僅か10分弱が永遠のよう。冬も真っ盛りの1月だというのになぜか体がとても熱い。手に汗をかいていないかしら。そんなことだけが気になっていた。

 

 

 

「ほら、天衣。降りるぞ」

「え!? ……ええ」

 

 八一先生の呼びかけにふと我に返る。気付けば傍の扉が開いていた。車外に吸い出されていく人の流れに私たちも乗った。

 

「…………」

「ほら、どうした天衣? 行くぞ?」

 

 ええ、ええ。分かっていたわ。ここまできたらきっとそんなことになるんだろうと。

 

 京橋駅前の商店街は帰宅するサラリーマンや学生で大混雑。手つなぎは延長戦に突入だ。

 けれどもこっちはさっきまで密着状態に耐えていた身。今更この程度のこと、どうということもないわ。何なら周囲の景色を楽しむ余裕まである。

 

 商店街の店々のネオンが輝きだしている。残念ながらあまり品のない感じだけれど。どうせならおしゃれな神戸モザイクとか、エキゾチックな南京町を八一先生といっしょに歩ければ良かったのに。

 結局、私は引き続き舞い上がっていたらしい。思考があさっての方向へ飛躍していることにその時は気付いていなかったのだ。

 

 

 

 ダンジョンみたいなアーケード街をくぐり抜けていく。もうまもなく『ゴキゲンの湯』に着いてしまう。そうなればつないだこの手も離すことになるだろう。それがホッとするようでもあり、残念なようでもあり。けれど足を止めることはない。そんな私たちの背に不意に声がかけられた。

 

「ちょっと。君たち」

「「はい?」」

 

 振り向くと、そこには青い服に身を包み、同じく青い帽子を被った中年男性が。

 

「こんな時間にどこに行くの? そっちの子は小学生? 妹さん……じゃないよね?」

 

 

 

 えーっと……

 

 

 




この後、二人で滅茶苦茶言い訳した。
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