その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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感想300件突破ありがとうございます。
時間がなくて返信が滞っていますが、目は通させていただいています。
引き続きよろしくお願いします。

ところでお気付きでしょうか。
ゴキゲン研究会への天ちゃん同行によってデンジャラスビーストフラグが折れていることに。姉弟子すまぬ。桜宮イベント発生せず!桜宮イベント発生せず!
その代わりといってはなんですが、天ちゃんのお風呂シーン張っておきますね。



08.夜叉神天衣後援会結成

 

「……ふーぅ」

 染みこんでくる温かさに思わず声が漏れる。

 

 手足を伸ばして上下に揺らせば、ぱちゃぱちゃとお湯が跳ねる。指の又の間をお湯が抜けていく感触が心地いい。屋敷のお風呂も十分広いので手足が伸ばせるお風呂というものに特別感慨はないけれど、銭湯というものは独特の風情がある。これはこれでいいものなのかもしれない。まあ、大阪城と飛車駒を合わせたペンキ絵のセンスはどうかと思うけど。

 

 ひとまず研究会を中断して食事をいただいた後、『風呂でも入ってけよ』という生石玉将の言葉に甘えて、私は今、銭湯に浸かっていた。おそらく八一先生も同じように男湯に入った頃だろう。

 臨時休業のゴキゲンの湯には当然ながら誰もいない。よって女湯は私の貸し切り状態だった。せっかくだ。少々行儀が悪いのだけれど、よりリラックスできる姿勢を求めて足を前に投げ出し、背中を後ろに倒していく。やがて完全に仰向けになった私の体はぷかぷかとお湯に浮かんでいた。全身の力を抜いて水面の揺らぎに身を任せる。天井から降り注ぐ照明のまぶしさにそっと目を閉じれば、先ほどの研究会での手順が脳内将棋盤に再生される。

 

 八一先生の示す手順は前へ。前へ。敵の駒を躱し、あるいはときおり対消滅を起こしながらも敵陣を断ち割っていく。

 その駒の輝きに確かに私が目指すべき理想を見た。美しいもの、恍惚とさせるもの。あの輝きを私もきっと。そこを目指して手を伸ばすことに迷いはない。私はそっと目を開いて、私を照らす照明に向かって手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 どのくらいの時間、そうして湯に揺られていただろうか。ぼんやりとしていた私の耳にカラカラと戸が開く音が聞こえてきた。だれかが女湯に入ってきたらしい。

 誰だろう? 既にオバサンはゴキゲンの湯を去っている。

 だとすると後は。該当する人物に心当たりがあった。

 さすがにこのだらしない姿をさらすわけにはいかない。浴槽の底に手をついてそっと身を起こす。洗い場から聞こえてくるシャワーの音。どうしようか。出てしまってもいいのだけれど、いっしょに入るのを嫌がっていると取られるのも気まずいか。ひとまずもうしばらくは居ることにする。

 

 

 

 やがて、シャワーの音が止まると今度はヒタヒタと足音が近づいてきた。そして足音の主が声を掛けてくる。

 

「あ、あの……となり…………いい?」

「ええ、もちろん」

「あ、ありがと」

 

 そう言って浴槽に身を沈めたのはこのゴキゲンの湯の娘——生石飛鳥だった。

 

「ふぅー…………」

「…………」

 

 横目で見やると、隣に腰を下ろした生石玉将の娘はぐっと体を伸ばしている。そうして腕を組んで伸びをすると腕の間で潰れる目障りな物体。

 

 チッ……

 

 この生石玉将の娘、性格は大人しいを通り越しておどおどしているくせに、それに反してスタイルは自己主張が強い。その上、肩をすくめた姿勢をとっていることが多いからより強調される。さっきの食事中も八一先生の視線が露骨に吸い寄せられていた。それに腹を立ててオバサンは去ったのだから感謝するべきなのかもしれないが腹立たしいものは腹立たしいのだ。

 

 くっ……

 

 翻って自分のを見下ろして見ればほとんど遮るものなく浴槽の底が見えてしまう。忸怩たる思いに駆られながらも手をやり、その存在を確かめる。

 うん。なくはない。微かに、僅かではあるけれど確かにそこにある。私の年齢を考えれば大きい……とは言えないまでも小さくはないはず。それに成長期はまだまだこれから。同じ年齢になれば私だってあれくらい———

 

「え、えっと……ごめんね……?」

「何が!?」

 

 ちょっと自分が大きいからって、憐れんでるつもり!?

 けれどそれは私の被害妄想だったらしい。

 

「え、えっと……難しい顔をして………お腹をさすってたから……とん平焼き……口に……合わなかったのかなって……天衣ちゃんは…………お嬢様だって……聞いてるし……」

「……いいえ。そんなことない。美味しかったわ。……ちょっと考え事をしていただけよ」

「そ、そう……良かった……」

 

 さすってたのは胃じゃなくて胸だけどね。貴女から見たらどっちがどっちか分からないようなささやかなものなんでしょうけど!

 

 

 

 

 

 

 その後続いた沈黙を破ったのは彼女からだった。

 

「す、好きなの……?」

「……何がよ?」

 

 またさっきと同じように意図を掴みかねる発言。ひとまず今度はいきなり食ってかかるようなことは———

 

「や、八一君のこと……」

「はあッ!? 何をいきなり!?」

 

「そ、その……研究会のとき…………八一君の手を熱っぽく……見てたし……八一君が天衣ちゃんと………同じ意見だって……言ったとき……とても嬉しそう……だったから……」

「それはッ! …………あの人の将棋、将棋だけは尊敬しているもの。一棋士として」

「そ、それだけ……?」

「それだけって何よ! それだけに決まって———」

 

 言いかけたところで前髪の間からこちらを覗く、意外なまでに真摯な瞳に気付く。真正面から投げかけられる強い視線に口ごもってしまう。どうにか視線を逸らそうとするけれど、相手の視線が揺らぐことはなかった。

 

 

 

 

 

「……好きよ」

 

 そして気付いた時には白旗を上げていた。

 

「…………」

「……私は八一先生が好き。女の子として。八一先生にも私のことを女の子として好きになってほしいと思う」

「そ、そっか……」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「……ふふッ……」

「何がおかしいのよ?」

「う、ううん……なんだかかわいいなって……」

「やっぱり馬鹿にしてるんじゃない」

「そ、そんなことないよ……天衣ちゃんの歳でそこまで……はっきり…………人のこと……好きだって……言えるのすごいと……思う……」

「そんなのたいしたことじゃ———」

「す、すごいよ……少なくとも……私には…………無理……」

「貴女、まさか———」

「ち、違うよ……私は違う……」

「……まだ何も言ってないわよ。何か心当たりあるわけ?」

「むっ……」

 

 小学生に揚げ足を取られて怒ったのだろうか。そこでしばらく会話が途切れる。

 けれど会話を再開したのもやはり彼女から。

 

「で、でも……八一君狙いか……ライバルが多くて……大変だね……」

「そうね。貴女も含めてね」

「だ、だから……私は違うって…………空先生に……もう一人のあいちゃん……とか……そのお友達の……みんなとか……」

「それに伏見稲荷みたいな女とかね」

「ふ、伏見稲荷……?」

「山城桜花のことよ」

「や、山城……? く、供御飯先生……まで……? ひゃああ~~~~っ!!」

 

 こう並べてみると八一先生ってあっちこっちの女から好かれているわね。朴念仁のくせに。それも面倒かつ質の悪いのにばっかり。

 

「た、大変だー……強敵ばっかり…………でも……私は……天衣ちゃんを……応援……するね……」

「はあ? なんでよ?」

「お、お父さんの……新しい戦型…………間違ってないって……魅力的だって……言ってくれたから……」

 

 なるほど。今度はこっちが反撃する番ね。

 

「……ファザコン」

「そッ……そんなことないよ……ッ!!」

「どうかしら? 生石玉将のこと褒められて嬉しいでしょう? それに以前、妹弟子と対局していた時も『お父さんの中飛車が大好き』って言っていたじゃない。泣きながら」

(原作三巻『中飛車対中飛車』の章参照のこと)

「お、”お父さんの”なんて……言ってないよ……ッ!!」

「そうだったかしら?」

「そ、そうだよ……ッ! それに……親を褒められて……嬉しいなんて………当たり前……でしょう……?」

「そうかしら? ……よく分からないわね」

 

「わ、分からないって……なんで……?」

「なんで? ……そうね。私は父親を既に亡くしているから。そういうシチュエーションになったことはないからかしらね」

「あ……………ご、ごめん……」

「気にしなくていいわ。もう随分前のことだもの」

 

 参った。失言だった。不用意な私の発言でその場の空気は急速に重たいものへと変わっていく。どうにか話の流れを変えたいけれど。

 

 

「それで。応援って何をしてくれるのかしら?」

「え、ええ……!? え、えっと……八一君が……天衣ちゃんを選ぶように……祈ってる……とか……?」

「高校生のくせに使えないわね」

「む、むぅー……」

「何よ? 怒ったの? 使えないから使えないって言っただけよ。お祈りだけなんて神頼み以下じゃない。これだから女子高生になっても彼氏いない歴=年齢の喪女はダメね。少しでも期待した私が馬鹿だったわ」

「あ、天衣ちゃんは……小学生のくせに……生意気……なんだよ……ッ!!」

 

 そう言って飛びかかってくる飛鳥。背中を向けて逃げようとするが一瞬遅く、脇から手を入れてくすぐられる。

 

「きゃッ!? アハハッ!! くすぐるのは……止めなさい!! って、ちょっとッ!? どこ触って!?」

「お、応援として……揉んで……大きくして………あげる……よッ!! ……き、気になって……たんでしょ……ッ!!」

 

「あ、貴女!? さっき気付いて———」

「き、気付くに……決まってる……よ。そ、そういう……視線には……女の子は……敏感……なんだから……ほらほら……八一君も……大きいの……好きみたい……だから……大人しく……マッサージを……受け……なさい……!!」

「八一先生の視線にも気付いて!? ああッ!? ……ってもう結構よ! 離しなさい! 心配されなくても勝手に大きくなるから!!」

「だ、だーめ。……このマッサージは………始まると……一定時間……止まらない……のです……」

「あ……んっ…んぁ…あっ…ぁ…あっんっ……♡ このッ……いい加減にッ」

「さ、さすがに……腕力で……小学生には……負け…ないよ………どうしても……解放……されたかったら……どうして…………八一君の……こと……好きになったのか…………全部……白状……なさい……」

「はあッ!? ふざけ…あっんっ……♡」

「は、はーい。つ、次は……先っぽのほうを……マッサージして……参り……まーす……」

「ぅん——————ッ♡」

 

 

 

 ばちゃばちゃ

 

 

 

 こうして女湯での悪ふざけは二人が茹で上がるまで続くのだった。

 

 

 

 




飛鳥ちゃん結構ちゅき。
前髪おっぱいイイよね。
そして普段オドオドの飛鳥ちゃんを攻めにさせてしまうほどの天ちゃんの受け属性よ。
すごい。(小並感)

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