その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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03.就位式と祝賀会

 

「どっちの花束を先に受け取ってもらえるか勝負だよ、天ちゃん」

「はぁ?」

 

 何を意味不明なことを言っているのかしら、この子は。

 そんなことで何の勝ち負けが決まるというのか。

 

「あいと天ちゃんと……ついでにオバサン。きっと一番大切な相手の花束を最初に受け取ると思うんだよね」

「誰がついでよ」

「…………はぁ、好きにすれば」

 

 オバサンもやる気十分。彼女たちの中では花束を受け取る順番程度のことがよほどの意味を持つらしいけれど……馬鹿馬鹿しい。

 

「ふん。興味ないふりしちゃって。負けたときの言い訳かな?」

「賢しいガキね」

「…………何とでも言いなさい」

 

 もはやかける言葉もない。

 意味のないイス取りゲームを二人で存分に楽しめばいい。私の関心事はそこにはないから好きにすればいいのだ。

 

 今日は第三十期竜王の就位式。八一先生の晴れ舞台だ。

 セルリアンタワー東急ホテルのホールを借り切って式典は進んでいる中、私たちは外で待機していた。

 この後にある花束贈呈のプレゼンター役を仰せつかっているのだ。八一先生に親しく、かつ将棋界に身を置く女性ということで選定されたらしい。三人も必要なのか疑問だが。

 私、妹弟子、オバサンの三名はそれぞれ趣の異なるウェディングドレス風の衣装(釈迦堂女流名跡提供)に身を包み、花束を片手に出番を待っている。この辺りの演出に主催者側の一人である月光会長の悪趣味さを感じる。

 いざ決闘の場に赴かんとばかりに鼻息の荒い二人は見事にその会長の思惑に乗せられている。八一先生の余計な心労にならなければいいけれど。

 

『それでは最後に花束の贈呈となります』

「皆さん。そろそろ出番です」

 

 ホールの中から聞こえる会長の案内に、タイミングを計っていた男鹿女史が扉を開け放った。

 

「あいが一番ッ!」

「あッ!? 小童ッ!?」

 

 私たちを出し抜いてやるとばかりに一番に妹弟子が飛び出した。

 

「仕方ありませんね。それでは次は夜叉神さん、最後に空さんで。さぁ———」

「チッ、待ちなさい!」

「ああ! 空さんまで!? ……もう! 段取りが!!」

「一門の人間がご迷惑をお掛けします」

「いえ……後はお願いします」

 

 最後に続いて歩く。二番弟子、姉弟子、一番弟子の順。並びが滅茶苦茶ね。オバサンは最後か最初にならないと不自然でしょうに。

 会長からの紹介を受けながら、来客の間を抜けていく。BGMが結婚行進曲なのはなんの嫌がらせか。1000人近い人間の好奇の視線を浴びるという羞恥プレイをくぐり抜けて八一先生の前までくれば、先を進んでいた二人が肩をぶつけ合いながらポジションを争っていた。

 ……なんて醜い。それを見る八一先生の表情は引きつっている。然もありなん。

 

 八一先生に耳打ちする月光会長。

 

「さて竜王、どの子から花を受け取るのかな」

 

 その言葉に八一先生の顔はさらに強ばった。先ほどの台詞、会長はマイクを外していたので周囲は聞こえていなかろうが、私たちステージ上の人間にはばっちり聞こえていた。それを受けて前の二人がさらに色めき立ったのだ。

 

「師匠? あいのお花を受け取ってくれますよね? ……ね?」

「じゅうびょうー……きゅう、はち、なな、ろく———」

 

 衆人環視の中の圧力で、八一先生が窮していることが実によく見て取れる。これじゃあ、表彰じゃなくて罰ゲームじゃない。まったく。

 けれど八一先生逃げ場はなく、やがて———

 

「これが! 俺の正解手だぁぁぁぁぁぁぁ—————っ!!」

「「ッ!?」」

 

 迫る二人の花束を一度に抱え込んだ。双方に角が立たないように……ね。

 けれど。

 

「むぅ~……!」

「………チッ」

 

 双方ともに不満を抱く結果となったらしい。報われないわね。

 やれやれ。今度は私が前に出る。

 

「八一先生……二期連続竜王おめでとうございます」

 

 上目遣いに八一先生を見上げながら、花束を差し出す。

 それに八一先生は意表を突かれたかのように惚け、そして照れる。かわいい。

 

「あ、ありがとう。天衣」

「どういたしまして……せんせっ」

 

 後ろから何やら睨み付けるような視線が二対、私を刺しているのを感じる。

 まあどうでもいいけどね。

 

 

 

 

 

 

 翌日は大阪にて清滝一門による祝賀会。一門から今年も竜王と女流二冠を輩出できたことによるファン感謝祭らしい。

 私も一門の末席として、指導対局員に駆り出されている。八一先生に教わったことを実演しながら対応していた。

 その後は、一門の紹介。全員がステージの上に並ぶ。

 

『小さな弟子がタイトルを防衛し、今では二人の弟子を立派な女流棋士に育てるまでになりました。孫はホンマかわいいですね。わしは甘やかしているだけですが、才能のある子たちのようで、こちらも何と! タイトルに手が届きそうです』

 

 清滝九段の紹介に隣の妹弟子ともども頭を下げる。そっと横目で見ると相手もギラギラした目でこちらを睨めつけていた。

 そう。今度の準決勝でこの子に勝ち、その次の挑戦者決定戦に勝利すれば、女王位に手が届く。そうすれば———

 そのためにはこの子が…………邪魔だ。

 絶対潰す。そういう意志を込めてこちらからも睨み返してやった。

 

 

 

 

 

 

 壇上での挨拶の後は、テーブルを回っての個別の挨拶回りになった。ババアに連れられ、妹弟子やオバサンといっしょに右へ左へ。来賓を持てなす。

 

 そんな中で事件は起こった。

 ダーンッという凄まじい音が聞こえたかと思ったらその直後。

 

「何が『来年くらい』や!! 来年ならわしがB級2組から落ちて、順位戦で自分と当たるっちゅうんか!? ああッ!?」

 

 その方向から怒声が響いてきた。声の主は清滝九段。その相手はなんと八一先生だった。

 最初は困惑していた八一先生も話しが将棋の中身に移ると頑なになった。ことがことだけに不誠実な態度は取れない、あるいは竜王位にあるものとしての責任感もあるんだろうけれど、緊張は増すばかりだ。来客を置き去りにして最悪の事態になりかねない———

 

 そんな閉塞した場面に風穴を開けたのはシャルだった。空気を読まない、あるいは空気を読んだ故だったのかもしれないけれど、とにかく彼女の作った端緒に蔵王先生がとりなし、沈静化を図った。緊迫の根源である清滝九段を連れ出した後は、残った一門が総出で空気を変えて回ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「八一先生……大丈夫?」

「あ、ああ。天衣か。どうした?」

 

 その後何事もなかったかのように祝賀会は幕を閉じた。

 そして来客をみな送り出して一息をついたところ。壁にもたれて体を休める八一先生に声をかける。

 

「清滝九段とのこと」

「うん。大丈夫だから……心配しなくていいよ」

 

 師匠が理不尽を言うのには慣れてるからなんて笑う。

 

 嘘つき。

 

 さっきも溜息をついていた。それに祝賀会が終わった後も清滝九段と目を合わせることもできなかったくせに。

 普段はそんなこと思わないのに、こんな時は自分の幼さが恨めしい。私の背がもっと高ければ、八一先生の背を抱いたり頬を撫でたり、慰めるためのアクションも簡単にできただろうに。

 

 だからせめて今の私にできることを。

 

 八一先生の隣で私も同じように壁にもたれかかる。肩が触れあう距離で。そしてそっと八一先生の手を握った。

 八一先生は驚いたようにこちらを見てくる。けれどそれに何の反応も返さない。

 やがて八一先生も私の意図をくみ取ってくれたのか、前に視線を戻すと、そっと手を握り返した。

 

 


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