その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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天ちゃぁぁぁぁぁんッ!!(号泣)
そして、
大好きだよ。八一お兄ちゃん(棒読み)
それにしても姉弟子の女流棋士に対するぐう畜感パネェ。

以上。原作9巻の小並感でした。

原作に当てられてというわけではありませんが、
今話も天ちゃんが攻める攻める。


04.愛弟子との日々

 大阪難波にやってきた。天辻碁盤店を訪ねてから半月も経たないくらいか。隣にいるのはその時と同じく天衣。その時と異なるのはあいがいないこと。今日は二人っきりだ。

 

 そうすると、どうしてもあの時のことが思い出される。

 

『好きです。誰より貴方のことが。八一先生』

 

 顔が熱くなる。いかん。俺は何を思いだし照れしてるんだ。気持ち悪い。

 

「八一先生?」

 

 隣で百面相している俺を不思議そうに見上げながら声をかけてくる天衣。

 

「ああ。すまん。行こうか」

 

 先導する意味もあって先に歩き出す。

 

 今日俺たちがやってきたのは同じ難波でも道具屋筋ではなく、戎橋筋やセンター街などの飲み屋街。もちろん目当ては酒じゃない。師匠だ。

 

 昨日の順位戦でまさかの見逃しから痛い敗北を喫してしまった師匠は一晩経っても家に戻らなかった。順位戦の対局で師匠の家に預けていたあいを迎えに行った際に桂香さんから師匠の回収を頼まれた。そのため師匠の主要な潜伏場所であるこの場所にやってきたのだ。たまたま居合わせた天衣を伴って。

 

「人が多いわね」

「まあ。観光客にも人気のエリアだからなぁ。典型的な大阪のイメージっぽくて受けるんだろうな」

「ふん。ごちゃごちゃして猥雑よね」

 

 神戸と違って。

 そんな心の声が聞こえてきそうだ。意外と地元愛が厚いやつだからな。

 

 苦笑していると———ふいに、手に小さく暖かい感触が絡みついてきた。驚いて見てみれば、これもいつぞやの再現のごとく俺の指と互い違いに交わる細い指。

 

「人が多くてはぐれてしまいそうだから。迷子を探しに来て自分が迷子になってたら世話ないしね」

 

 その指の持ち主はそういいながら、悪戯っぽい笑顔で俺を見上げてくる。

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 どぎまぎしながらそう返すしかない。告白以降、いやそのちょっと前からか。どうにも最近の天衣はボディコンタクト過剰だ。そしてJSの誘惑に惑わされる俺。決してロリコンじゃないんだからね。

 

 そんな俺たちに周囲からビジバシ視線が刺さる。特に小学生くらいの子供を連れたお母さんの視線が痛い。親子連れの視線から逃れられる場所がどこかにないだろうか。そうだ。戎橋商店筋街を左に折れ、法善寺横町へ。飲み屋街に入る。

 

「ちょっとあの店に入ろう。天衣」

「え? 八一先生?」

 

 早すぎる休憩に戸惑う天衣を引っ張って、とある店に入る。

 

「なに? このお店?」

 

 店員は着物姿。周囲は外国人だらけの店内に不思議そうな天衣。急に引き込んだから提灯を確認してる暇もなかったのだろう。その問いには答えず、

 

善哉(ぜんざい)と冷やし善哉を一つずつ」

「はーい」

「メニューは善哉のみ? またニッチな店ね」

「これがまたうまいんだ」

「ふーん? よく来るんだ、八一先生は?」

「いや。俺もずいぶん久しぶりだな。子供の頃は師匠にちょくちょく連れてきてもらったんだけどな。姉弟子といっしょに」

「……ふーん」

「あ、いや。すまん」

「いーえー。お気になさらず?」

 

 そう言いながらも天衣は両手にあごを乗せて呆れ顔だ。このシチュエーションで他の女の話しをする? とでも言いたげな。タイミング良く店員が善哉をもってきてくれて助かった。

 

「お待ちどおさまー。善哉一つと冷やし善哉一つね」

「うん? なんで二つ頼んでお椀が四つもあるの?」

「ふふ。うちのは”夫婦(めおと)”善哉ですから。可愛らしい奥様?」

「な、夫婦って……!?」

 

 助かったと思ったら去り際に爆弾を投げて微笑みながら去って行く店員。後には顔を赤くする天衣と若干気まずい俺が残された。

 

 ぬぉぉ。とんだテロ店員め。この空気どうしてくれる!

 

「ほ、ほら。食べようぜ。天衣」

「え、ええ」

 

 とにかく。こんな時はものを食べて誤魔化すに限る。黙々と善哉を口に運び始める俺たち。

 

「……何よ。なかなか美味しいじゃない」

「だろ? 俺も善哉ってたまにしか食べないけどなんかホッとする味だよな。うーん。善哉善哉(よきかなよきかな)

「よきかな? なにそれ?」

「善哉って書いてよきかなって読むんだよ。最初に食べた一休さんがあまりの美味しさに善哉って叫んだことからそう言うようになったんだってさ」

「一休さんってまさか一休宗純? ……一気に胡散臭くなったわね」

「本当だって! いや、まあそういう説もあるって話だけど」

「ふーん。そうすると善哉って京都辺りが発祥なのかしら。善哉善哉(よきかなよきかな)、ね」

 

 そういや、天衣って歴女の気があったっけ。一休さんって戦国時代の人だっけか?(※室町時代です)

 

「さて、そろそろ行くか」

「ええ」

 

 支払いついでにお土産用の善哉レトルトパックも買う。次のJS研のおやつとして出してやろう。天衣も気に入ったみたいだし、小学生にも喜ばれるだろう。

 

「ごちそうさま。八一先生」

「どういたしまして」

「はい」

「ん?」

 

 なぜか手を差し出してくる天衣。なんだ?

 

「夫婦らしいから。私たち」

「……手をつなげって?」

「エスコートよろしくね。旦那様」

「…………仰せのままに。奥様」

 

 差し出された手をうやうやしく取る。恋人つなぎに。周囲からの視線が痛い。天衣には背伸びする女の子を微笑ましく見るような視線が注がれているのに対し、俺にはロリコンを見るような刺々しい視線が刺さっていた。気にせず店をでる。その瞬間。

 

「「!」」

 

 俺と天衣の頭上に某メタルギアなゲームのようにビックリマークが出た気がした。

 

「ししょう? おむかえを待ちながらいっしょうけんめい道場でおしごとをしてる弟子を放置して、天ちゃんと二人でおぜんざい屋さんですかぁ?」

 

 声がかかる。愛らしい声が。

 店を出るとその正面には不自然なほどニコニコと笑顔を浮かべている内弟子が待ち構えていた。

 

「しかも何ですかこのお店? めおとぜんざい? へー、夫婦って書いて『めおと』って読むんですねー? 漢字のべんきょーになりますねー」

「そう。よかったわね。一つ賢くなれて」

「「!」」

 

 今度は俺とあいの頭上にビックリマーク。不穏な空気を纏うあいに正面から天衣が突っかかっていった!?

 

「美味しい夫婦善哉を食べて八一先生も私も嬉しい。賢くなれて貴女も嬉しい。ほら、何も問題ないでしょ?」

「……天ちゃんとししょうはなんでこんなところにいたのかな?」

「清滝先生を探しに来た途中で八一先生に誘われたのよ。あなたこそなんでこんなところにいるの?」

「このお店に天ちゃんと師匠が入っていくのを見かけたからここで待ってたんだよ」

 

 戦慄! え!? 俺たちを見かけてずっと待ってたの!? お店の正面で!?

 

「そ、そう。でもなんでそもそもここ(法善寺横町)にいるのよ?」

「師匠に埋め込んだ発信器の反応を追ってきたの」

「「!?」」

 

 三度びっくり。発信器って……怖すぎる。

 

「というのは冗談です。もともとあいはここに来る用事があったんですから」

 

 本当に冗談なんだよね? ね?

 

「用事って法善寺にか?」

「はい。『水掛不動』の前でお父さんと待ち合わせしているので」

「おとうさん?」

 

 

 あいのお父さんが大阪に来ているなら、娘を預かっている身として挨拶をしておくべきだろう。あいを送るついでに水掛不動へ向かう。

 

「ところで天ちゃん」

「何よ」

「何で師匠と手をつないでるのかな?」

 

 絶対零度の視線が俺たちの間。つながれた手に注がれる。

 

「い、いやっ。これはな———」

「ああ。そんなこと。この辺って人が多いでしょう? 人混みを歩くのって私は慣れていないから、はぐれないようにね。貴女は一人でもこれるくらいだから平気でしょうけど」

 

 あいを挑発しつつ牽制する天衣。

 

「そうだね。すぐ迷子になっちゃうお子ちゃまとは違ってね」

「うふふ」

「あはは」

 

 空気がッ……空気が重い!

 

 

 

 ◇

 

 

 

「八一先生。大丈夫? 重くない?」

「……ああ」

 

 天衣の問いかけに生返事を返す。正直全く頭が回っていない。

 

 順位戦の翌日。天衣と俺、それに姉弟子は生石さんとの研究会に出向いていた。姉弟子は今日も夜は帰宅。そして俺たちはゴキゲンの湯にお泊まりだ。飛鳥ちゃんに案内された先で俺たちを待っていたのは、いつぞやと同じく一組だけの布団だった。

 

 二人で布団に収まる。これもいつぞやと同じように天衣は腕枕を要求。けれど今日、天衣が頭を乗せたのは腕というよりもほとんど肩口。仰向けではなく横を向いている天衣の体は俺に密着し、頬はもはや俺の胸に乗っかっている。

 

 至近距離にその美しい(かんばせ)。紅玉のような瞳が俺の顔をのぞき込んでいる。この状態で先ほどの問いだ。密着した体から伝わる体温とか、髪や体からほのかに香るものが鼻をくすぐったりでとてもこっちはそれどころじゃない。美しい瞳がにんまりと細まる。

 

「何? 八一先生、緊張してるの?」

「い、いや。そんなことないョ?」

「そう。……そうよね。八一先生は大人なんだから小学生と添い寝したくらいで緊張しないわよね?」

「お、おう。もちろん——ヒャイッ!?」

 

 天衣が指を一本立てて俺の胸をなぞっている。そのくすぐったさに思わず奇声が出た。

 

「あ、天衣さん? いったいなにをなさってるのかなぁ?」

「まだ眠くならないから、ちょっとゲームでもしようかと思って。文字当てゲームよ。八一先生」

 

 そう言ってなぞる指を続ける天衣。ぞくぞくする。その白魚ような細指が描く文字は。

 

 口・リ・コ・……

 

「分かっ」

「いやー! 全然分からないな!!」

 

 食い気味にギブアップを伝える俺。

 残念! 本当にな!

 

「もう。仕方ないわね。それじゃあレベルを落として次は二文字よ」

 

 また動き出す指。今度は。

 

 ス・キ

 

「ああ……あのな。天衣」

「何よ。分からないの?」

「いや、あのさ———」

 

 そして視線を天衣の顔へ向けて絶句する。

 熱量の籠もった眼差しが俺に向けられていた。

 

「本当に……分からない……?」

「……あのな天衣。こんな状況で男にそんなことをするのは危ないぞ。俺だって自制心が切れたら何をするか———」

「構わない」

「———は……?」

「構わないわ。別に八一先生に何をされたって」

 

 感情の高ぶりを表すようにその瞳が潤む。その瞳にいつぞやの初夢やこの間の夢を思い出して息を飲む。

 いいんじゃないか? 天衣がこう言ってるんだし、なんならあの夢を現実にしまっても。

 

 けれどなけなしの理性を総動員して、その魔の囁きを押さえ込む。

 

「天衣の気持ちは分かってるから。だから、答えは少しだけ待ってくれないか?」

「八一先生……?」

「年上の男として情けないとは思うんだけどな。……今はYesともNoとも言うべきではないと思う。師匠として。だからもう少しだけ待ってくれないか?」

「……………………分かったわ」

「……ありがとう」

 

 俺の情けないお願いを聞き入れてくれた天衣はそっと目を閉じた。腕枕をしている腕でその小さな背中を抱き寄せる。その柔らかな体の感触がよりよく伝わってくる。

 

 果たしてその行為は天衣への謝罪だったのか、俺自身の欲望だったのか。自分でも分からぬまま、俺もまた目を閉じた。

 

 




拙作『便物語』をいつもご愛読いただきありがとうございます。
厚く御礼申し上げます。

さて、この場を借りて少々宣伝をさせてください。
活動報告にも上げさせていただきましたが、この度『なろう』にてオリジナル作品の投稿を開始しました。
スポーツものということで毛色は変わりますが、こちらも『便物語』同様楽しんでいただければ幸いです。

なにとぞよろしくお願いします。

■新作のご案内
タイトル:少女暗殺者はフットボーラーの夢を見るか
作者  :さんじばる
https://ncode.syosetu.com/n7020ex/

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