その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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第八章.小旅行
01.いい日旅立ち


「そうだ。京都へ行こう」

 

 そんな言葉が口を突いたのは、桜が咲く季節のこと。

 弟子兼恋人の家に出向き、レッスンをしている最中にふと思い立ったのだ。

 

「何よ、突然?」

 

 盤を挟んで検討をしていた天衣は、怪訝な顔でこちらを見ている。

 

「まだ春休みは続くだろ。今の時期ならちょうどいい。京都に行こうぜ」

「お目当ては春の京都観光、ではなく『山城桜花戦』ね?」

「やっぱりわかるか。その通りだ。天衣も次のマイナビ決勝に勝てば女王位挑戦だろ。その前にタイトル戦の雰囲気を体感しておくのもいいかと思ってさ」

 

 とはいいつつも天衣が承諾する可能性は低いと思っている。なんせ次のマイナビ決勝の相手はそれこそ『山城桜花』の供御飯さんなのだ。味が悪いと断られる可能性も十分にある———

 

「いいわ」

「そうだよな。やっぱり———って、いいの!?」

「自分から持ちかけておいてなんで驚くのよ?」

「いや。味が悪いからと断られるかと」

「そうね。だから『山城桜花』には私は会わないことが条件よ」

「それでいいのか?」

「ええ。まあ、そもそも山城桜花戦は特殊すぎてどこまで女王戦の参考になるか怪しいけど」

「けど?」

「八一先生との初めてのお泊まりデートですものね?」

 

 そう言って上目遣いに悪戯っぽく見つめてくる天衣。ヤバい。俺の彼女ヤバいかわいい。動揺を誤魔化すためにスマホを出して時間の確認をする。

 

「お、おう。そうだな。……今から行けば昼前には京都に着けるな……よし! 四十秒で仕度しな!!」

「はいはい。あ、でもお爺さまに話をしておかないと」

「それは、天衣が準備している間に俺から話しておくよ」

「そう。それじゃあお願いするわ」

 

 

 ◇

 

 

 

 一旦、天衣と別れて弘天さんの部屋へ。天衣を連れ出す許可を求める。

 

「天衣と京都へ、ですか。……承知しました」

「ありがとうございます。責任を持ってお預かりします」

「ところで九頭竜先生。何やら天衣と男女のお付き合いを始めたとか」

「うぐッ。…………そうです。……申し訳ありません」

「はは。いえいえ、責めているわけではありませんよ。むしろ喜ばしいことです」

「そう、なんですか?」

「ええ。孫娘が先生を好いていたのは私も存じておりました。あれも喜んでいることでしょう」

「そう言っていただけると。でもよろしいですか、その小学生の天衣と俺が」

「構いませんとも。いや、構えるだけの時間的な余裕はないと言うべきでしょうな」

「それはいったいどういう意味で?」

「それはいずれ私が死ぬからですよ。孫娘だけを残して」

「……ッ。それは———」

「こればかりは自然の摂理。どうしようもないことです。私もいい歳だ。いつお迎えが来てもおかしくありません。その前に九頭竜先生にもらっていただけるのなら、私も安心して旅立てます」

「そんな。縁起でもない」

「これは失礼しました。ただ現実問題、あの子が結婚できるようになる年、あるいは成人までとなればそれ以上に、そこまで私の命が持つのか怪しい。なればこそ、事が早回しに進むのは歓迎こそすれ、忌避することはありませんよ」

「…………」

 

 重すぎる言葉に俺は何も言えなくなる。

 

「とはいえ、建前はともかく私も孫娘のことはとてもかわいい。気にしていただけるでしたら、大過なく連れ帰ること、誓約書にして判をついていただけますかな?」

「ええ、それくらいでしたらお安いご用です」

 

 俺としても全面的な信頼を預けられるより、何かしら要求されるほうが気楽だ。晶さんが間髪入れず書類を差し出してくる。用意いいな。

 

「では、先生。ここに印鑑を」

「はいはい。えっと急なことなんで落款しかないですけどいいですかね?」

「ああ。もちろんだ。……欲を言えば実印だがな

「えっと、今何か言いました?」

「言ってない」

「ええ? でも」

「言ってない」

「……そうですか。えっと印鑑を付く場所は」

「ここだ。先生」

「あー。はいはい。それじゃあ———ん? んん!?」

 

 何だ、この文章?

 

『誓約書   私、九頭竜八一は、夜叉神天衣さんが満16歳の誕生日を迎えたその日に、天衣さんと婚姻することをここに誓います。それまでは天衣さんを婚約者として誰よりも大切に遇し、決して浮気をしたり他の小学生に目移りしたりしません。この誓いを破った場合、命をもって償います。吊るされてもコンクリ漬けにされても一切文句は言いません』

 

「ほら先生。早く落款を」

「ちょ、ちょっと待ってください晶さん。これって天衣を外泊に連れ出すための誓約書じゃなくて婚約に関わる———」

「そうかもしれんし、そうでないかもしれないな。だが問題などなかろう? まさかお嬢様を弄んで捨てるつもりではあるまい? ん?」

 

 そう言って落款を持つ、俺の右腕を掴むと強引に誓約書へ押しつけようとする晶さん。さすがにその筋の人だけあって女性ながら凄い力だ。

 

「そ、それはそうですけど……別にこんな紙にしなくったって———」

「さっさと押させんか晶ァァァァァッ!!」

「えぇぇぇぇぇぇッ!?」

 

 もみ合う俺たちに突然ブチ切れる弘天さん。そして爺跳ぶ。両腕を広げ、対照的に両足は揃え飛びかかってくる。その様は往年のカプコン名作の主人公マイク・ハガーの如し。フライングボディアタックだ。

 

「ぐえッ……!!」

 

 押しつぶされて身動きができないそのうちに。

 

「ああ!? ……ついに押してしまった」

「「よしッ!!」」

 

 ガッツポーズする二人。

 

「はぁ。まあ構いませんけどね」

「ほう。なかなか覚悟が決まってるじゃないか。先生」

「まああんなカワイイ彼女、頼まれたって手放すつもりはありませんからね」

「カッカッカッ! 言ってくれますな、九頭竜先生」

「それじゃあお孫さんを借りていきますね」

 

 ヒラヒラと背中越しに手を振って弘天さんの部屋を後にする。その背中に弘天さんから声がかかる。振り向くと険しい目で見つめられた。

 

「先生! 天衣の花嫁姿は早く見たいと思っていますが、曾孫まですぐに見たいとは思っていませんからな。そこはよろしく頼みますぞ」

「え、ええ。もちろんです」

 

 お爺さんの眼光に気圧され、そうとだけ答えて、足早に天衣の部屋へ戻るのだった。

 




正直、8巻の内容は、下記理由から丸々スルーしようかと思ってたんですが。
・どう考えても天ちゃんが味の悪さを越えて『山城桜花戦』に来るとは思えない
・どう理屈づけしてもあいを置き去りにするストーリーが想像できない
・お燎さんや万智さんに八一が会うイベントがなくなると勝敗が変わりかねない

馬鹿野郎! 天ちゃんと京都旅行に行きたくないのか!?

という心の声に負けて、書くことにしました。全編ご都合主義でお送りします。
よしなに。

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