その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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02.京都市街

京都へは六甲道駅からJRに乗り、芦屋で新快速に乗り換えればトータル一時間弱で着いてしまう。思いの外近いのだ。六甲道駅までは晶さんの車で送ってもらい、そこから天衣と二人で乗車した。春休みの東海道本線はやはりそれなりに混んでいた。二人手をつないでドア傍に立つ。

 

「こうしてるとこの間のゴキゲンの湯へ行ったときのことを思い出すな」

「そうね。でもあの時とは全く違うわ」

「うん? どういうことだ?」

「だってあの時は恥ずかしくて、でも嬉しくて、早く手を離したいような、けれど離したくないような。とても混乱していたわ。でも今ははっきり言える。ずっとこうしていたいって」

 

そう言って俺を見上げてくる天衣。手にもより力が加わる。

 

「そ、そうか」

 

としか言葉では答えられず、俺からもギュッと握り返すことで応える。それに対して天衣はふんわりとした笑みを、心底嬉しいというように浮かべてくれた。

 

 

ああッ! もう! 俺の彼女かわいすぎィィ!!

 

 

あの素直じゃなかった天衣お嬢様が、むき出しの愛情表現をガンガンぶつけてくるようになって、これもうべーわ。マジべーわ。ゴリゴリと理性をおろし金で削られる音がする。そんな感じ。以前、晶さんと『天衣ドルマスター』なるスマホゲーを作っていた(結果天衣の許可が下りずボツになった)けれど、あの時二人で妄想していたデレ天ちゃんなど較べもんにならない。俺らの妄想力は全くたいしたことなかったのだと分かる。

 

大阪駅で人が一斉に降りてからは席に座って。けれどつないだ手は離すことなく。京都に着くまでのつかの間、他愛もない会話を交わした。とても甘美な時間だったことは言うまでもない。

 

 

「次は嵯峨野線に乗り換え?」

 

京都駅に着きホームに降り立ったところで、スマホでルートを確認していた天衣が言う。確かに早いのはそうだが。

 

「そうだなぁ……せっかくだから『嵐電』に乗っていくか」

「らんでん?」

「京福電鉄の嵐山本線。通称『嵐電』。面白いぞ?」

 

せっかくだからもう少しデート気分を味わおう。

 

 

 

 

 

 

京都駅で市営地下鉄に乗り換えた。そのまま京都の中心部——四条烏丸へ。地下から出て四条通を徒歩で西へ向かう。

 

「休日の京都っていうからどれほどのものかと思ったけど、そこまでの人の出じゃないわね」

「こっち側はオフィス街だからなぁ。休日はこんなもんだろう。反対側が繁華街だからあっちは人通りが凄いぞ」

「ふーん。普通にオフィスビルばかりで別に風情はないわね」

「まあ、日本のオフィス街はどこもこんなもんだろ。京都らしさを味わいたいならせっかくだから少し回り道するか」

「うん? どこ行くの?」

「いいからいいから」

 

天衣の手を引いて二本ばかり北の路地へ入る。蛸薬師通という表示。オフィス街の裏はすぐ住宅街だ。新しい家に混ざって古い町屋や屋敷なんかも現われ、古都の空気を醸し出す。天衣も興味深そうにしだした。新旧が混在する路地を改めて西へ向かう。

 

「碁盤の目とはよく言ったものね」

「だなー」

 

定期的に縦の道が現われ直角に交わっていく。計画的な作りだが、なぜか無機質さとは無縁なのは古都ならではのものだろうか。

 

「あッ!?」

「うん? どうした天衣?」

 

とある角。油小路と書かれた通りとの交差点で突然天衣が駆けだした。慌てて後を追う。が、ほんの20mも行かないところで天衣は立ち止まった。

 

「何かあったのか?」

「ほら。八一先生」

 

天衣が指し示す先にあったのは。『本能寺跡』と記された石碑。

 

「ああ、ここが坂本龍馬が新撰組に殺されたっていう……」

「それは近江屋。それに新撰組じゃなくて京都見廻組。本能寺って言ったら信長でしょう」

「し、知ってるよ。冗談だよ。わざとだよ」

「……ふーん」

 

これっぽっちも信じていないという表情ですね。分かります。まあ、素で間違えたんだけど。いいんだよ。棋士は別に歴史に詳しくなくて(※一般常識です)。話題をさっさと変えてしまおう。石碑の後ろには立派な建物が。

 

「今は老人ホームになってるんだな」

「そうね。……でもいいのかしら」

「何が?」

「何がって。信長と言えば敦盛。『人間50年~』って炎に巻かれながら歌って、最後に自害するっていうシーンとか、歴史ドラマとかの創作でよくあるでしょ」

「縁起でもないな」

「ね」

 

うむ。老人ホームには絶対にしちゃいけない立地な気がする。なぜ老人ホームにしたし。何か見てはいけない闇を覗いた気分だ。二人戦慄しながらその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

堀川通という大通りを一本越えればすぐに四条大宮だ。大宮通を下る。そして阪急四条大宮駅の向こう側へお目当ての駅が見えてきた。ちょうど車両も止まっている。

 

「へぇ。嵐電って路面電車なのね?」

「どうだ? 面白いだろ?」

 

日本でも数少ない道路を走る電車を興味深そうに見ている天衣。その姿を見ていてむくむくと悪戯心が沸き上がってきた。

 

「ところで天衣。路面電車に別の呼び方があるのを知ってるか?」

「別の呼び方? 路面電車は路面電車でしょ? トラムはただ英語にしただけだし」

「ヒント。鐘の音」

「鐘の音? …………ッ!?」

 

その時タイミングよく。いや悪くだろうか。ホームからの出発を告げる車両が軽快に鐘を鳴らしていた。

 

『ちんちん』と。

 

「わかったか?」

「…………」

「うーん? 天衣ちゃんは分からないのかなぁ?」

「……ち……ん……」

「うん? よく聞こえないなぁ?」

「……ちんちん電車ッ!!」

「Yes!!」

 

10歳の女子にちんちんと言わせて喜ぶ17歳男子の姿がそこにはあった。っていうか俺だった。

 

 

結果、口を聞いてくれなくなった。俺のことをガン無視したまま嵐電に乗り込む天衣。席に座ってからも窓の外を見やったままこちらを向こうともしない。やがて『ちんちん』と鐘が鳴り車両が動き出す。

 

このままじゃいかんな。機嫌を直してもらうため先ほどGoogle先生に助けてもらい、にわかで仕込んだ知識を披露する。

 

「ほら、天衣。あそこにあるのが壬生寺だぞ。あの辺一帯に新撰組が拠点を置いてて壬生狼って言われてたらしいぞ」

「そ」

 

あれ。歴女の天衣ならきっと食いつくと思ったのに反応が薄いぞ。本能寺跡には食いついていたのに。

 

「別に。徳川のクソ狸の犬になんて興味ないわ」

 

Oh... なんか知らんが好き嫌いがあるらしい。歴女はみんな新撰組大好きなイメージだったんだけど。

 

けれどこの後、京都の街中を通り抜けていく路面電車からの風景に天衣の機嫌は自然と改善した。良かった。

 

市街地の大通りのど真ん中を、住宅の間と間を、そしてお寺のど真ん前を通り抜けていく嵐電。車窓を覗いて顔を輝かせるかわいい彼女。

 

 

そうこうしているうちに電車は嵐山駅へと到着するのだった。

 

 

 




歴女天ちゃんが新撰組をどう思ってるのか原作に記載はありませんが、徳川のことをすっげえ嫌ってるから新撰組も興味ないかなとこんな味付けに。
一応幕末も押さえてはいるものの、メインは戦国~安土桃山時代と予想。

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