その便意が物語を変えた   作:ざんじばる

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酔った勢いで書いてやり過ぎたような気もする。
酔いが覚めて後悔する前に投稿予約しとこう。


03.嵐山

 嵐電がホームに滑り込む。終点嵐山駅。振り返ってみれば30分もないあっという間の時間だった。機嫌を直した天衣と手をつないで降りる。

 

 そして改札を出れば、風情溢れ———ない景色が広がっている。駅舎や周囲の建物こそ和風な造りだが、中にはお土産屋がひしめき、たむろする外国人相手に商魂たくましくセールスを展開している。

 

 二人無言で渡月橋へ移動する。けれど観光客が溢れ、それ目当ての土産物屋が立ち並ぶ様は変わらない。端的に言って風流もクソもない。

 

「先行くか」

「ええ」

 

 そういうことになった。来た道をもどり渡月橋を離れる。そのまま北西へ。途中で買った抹茶スイーツを片手に天竜寺へ向かう。俺は抹茶ジェラートを。隣を見れば天衣が抹茶ソフトを舐めている。小さな舌がぺろりと緑茶色のクリームをすくい取り、同じく小さな口の中へ引っ込む。そしてまたちろりと舌が顔を出し。こう言ってはなんだが、なんか官能的な眺めだ。

 

 俺を視線を勘違いしたのか、天衣が抹茶ソフトを「食べる?」とばかりに差し出してくる。否定しようと思ったけれど不意に悪戯心が沸き起こる。そっと顔を近づけた。差し出された抹茶ソフトを避けて。そして。

 

「うむ!?」

「ん。うまい」

 

 目の前には目を見開く彼女の顔。唇をあわせて舌を差し込み、天衣の舌の上に溶け残っていたクリームを失敬した。顔を赤くした天衣が目を怒らせる。

 

「何するの! 八一先生ったら!」

「悪い悪い。つい美味しそうでな」

「美味しそうって……どっちがよ」

「どっちもかな」

「もう! …………あーん」

 

 今度は自分の番だとばかりに俺の手を引いて口を開く天衣。かわいい。ジェラートをスプーンですくい取り口元へ運ぶ。けれどさっと口を閉じ、うーうーと唸る。こうじゃないらしい。

 

 一つ笑って、スプーンの上のジェラートを口に含む。口づけをしてその唇の間からそっとジェラートを押し込んでやった。自分から要求しておいて更に顔を赤くしている天衣。とんでもなくかわいい。

 

「どうだ? うまいか?」

「……味なんかよく分からなかったわ」

 

 恨めしげな一言に思わず吹き出してしまう。と、そこで周囲から凄い目で見られていることに気付いた。「事案」「通報」「堂々としすぎたロリコン」「源氏物語の聖地巡礼なりきりプレイ付」などと恐ろしいキーワードが聞こえてくる。天衣の手を引いて急いでその場を離れたことは言うまでもない。

 

 

 目的地へ向かう前に嵯峨野を散策して回る。まずは野宮神社。

 

「ここは恋愛や子宝の御利益があるとされてるんだぞ」

「ふーん。でも恋愛は既にかなってるし、子宝はまだ早いんじゃないかしら?」

「う゛」

 

 にまにまと笑いながら俺を見上げてくる。畜生かわいい。

 

「じゃあここは止めとくか?」

「いいわ。せっかくだからお参りしていきましょう。神様の力も重ねがけしておけばより安泰だものね。八一先生は子宝祈願してもいいわよ」

「しねーよ」

 

 口では否定しつつこの言葉に感激する俺。天衣が俺との関係を重視してくれていることもそうだが、あれだけ神様云々を否定していた天衣が素直に神頼みに応じたことに。あるいは俺との関わりが天衣の心を溶かしたんだなんてうぬぼれたりして。子宝祈願は関係ないよ。いいね?

 

 野宮神社を出ると次は嵐山最大の観光スポット——『竹林の道』へ。あらかじめ予想していたことだが、青々と茂る竹林に黒髪の美少女は非常に映えた。そのまま旅番組の1シーンに使えそうなほどだ。和装をしていたらオフィシャルな宣材にもできただろう。

 

 The日本美少女と言わんばかりの天衣に周囲の外国人から写真撮影の希望が集まり、天衣と外国人観光客の撮影会がはじまってしまったりもした。

 

『あなたの妹さん、とってもかわいいわね!』

 

 外国の人にそのようなことを話しかけられ戸惑っていると、天衣が横から、

 

「He is my lover.」

「Lover!?」

「Yes.」

「Oh... Genji Hikaru.」

 

 その時空気が一変したのを感じた。

 ……これはまずいのでは? 

 

 ごついオッサンの外人が笑顔で話しかけてくる。親指で後ろを指し示しながら。

 

「HAHAHA! OKOK. ……Let’s go to police」

 

『ポリス』の一言に警戒から避難へと一気にステータスが上がる。

 

「ハハハ。のーさんきゅー!」

 

 天衣の腕を掴むとすかさずダッシュ。後ろから「STOP」だの「FREEZ」だの聞こえてくるが無視だ無視!

 

「天衣さん、なんでああいう場面で恋人とか言っちゃうかなぁッ!?」

「だって妹なんかじゃないもの」

 

 口を尖らせて言う天衣。めっちゃかわいいけども。それどころじゃなく、竹林を道を引き返し、北門をくぐる。そしてまもなく。今日の目的地、天竜寺へ到着した。『山城桜花戦』第二局の舞台だ。

 

 将棋関係者の中に入れば警察が来ても問題ナッシングとか思ってないよ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 天竜寺の境内に入るとすぐに将棋関係者に出会った。関係者控え室に案内されるとそこには月光会長が。会長のすすめで休憩中の月夜見坂さんに会う。天衣は自分は遠慮すると言ってついてこなかったけどな。

 

 月夜見坂さんが対局場に向かった後は天衣と合流。庭園を鑑賞する。二人感銘を受けた後、控え室に戻り対局をリアルタイムに検討した。月夜見坂さん勝勢の対局。その最善の一手について会話もした。一発勝負での最善と番勝負での最善について。

 

 そこに会長がやってきて明日の予定を聞いてくれる。明日も観ていくなら宿泊先を用意してくれると。そのお言葉に甘えようとしたその時。

 

「お心遣いありがとうございます。でも宿泊先についてはこちらで用意していますので」

 

 そう言って天衣が断った。なんでも弘天さんが馴染みの旅館を予約してくれているらしい。春の京都で当日に旅館の予約が取れる夜叉神家の権力凄い。

 

 そしてやってきたのが。

 

「お、おお……」

 

 渡月橋の南の畔。歴史を感じる数寄屋造りの建物。入り口には『渡月荘』と記された行灯。まさに老舗旅館と言わんばかりの佇まいだ。

 

「何してるの? 早く行きましょうよ」

「ああ。すまんすまん」

「旅館なんて対局で行き慣れてるでしょうに。今更そんなに関心しなくても」

「そうなんだけどな。でもまあ京都嵐山はまた別格というか。歴史の重みが違うというか」

 

 そんな話をしながら玄関をくぐる。すぐに女将さんが迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました」

「夜叉神の名前で予約が入っているかと思いますが」

「はい。うかがっております。お待ちしておりました」

 

 そう言ってカウンターに案内される。そこで記帳を求められ。天衣に続いて俺の名前を記載したところで、なぜか女将さんがクワッと目を見開いた。が、何事もなくそのまま書き終えた。どうも俺の名字を見て驚いたようだが、長く客商売をやっているからかその動揺を外に出すことはなかった。少し目が怖くなったような気もしなくもないが。

 

「それではお部屋にご案内します」

 

 どうやら傍にいる仲居さんではなく、女将自ら部屋まで案内してくれるらしい。さすが夜叉神のネームバリュー。VIP扱いだ。

 

「こちらです」

 

 鹿王の間と名付けられたその客室はスイート扱いらしい。女将さんにお茶を入れてもらいながらしばし雑談の時間。

 

「夜叉神の皆様にはいつもご贔屓にしていただいておりまして」

「祖父からもよくお世話になっていると聞いています」

「お嬢様も一度泊まられたことがあるのですよ。まだまだお小さいころでしたので覚えてはいらっしゃらないでしょうが」

「そうでしたか」

「時の流れは早いものですね。あんなに小さかったお子様がもうこんなに立派なレディになられるのですから。本当にお可愛らしい」

「……ありがとうございます」

 

 褒め殺しに天衣は苦笑気味だ。けれどそうか。もっと昔から天衣のことを知っていたのか。きっとご両親のことも知ってるんだろうな。敢えて口に出さないのは気遣いなんだろう。

 

「今日は京都へは観光ですか?」

「半分観光、半分仕事といったところでしょうか」

「と仰いますと?」

「今私、将棋の女流棋士をしていまして」

「まあ。それじゃあ今日は天竜寺の」

「はい。ご存じでしたか。次の対局の相手が今日天竜寺でやっているタイトル戦のタイトルホルダーの方なのでその偵察に」

「そうでしたか。供御飯のお嬢さんと……。供御飯のお嬢さんはえろう将棋がお強いとうかがってますが、その人と対局なんて夜叉神のお嬢様もお強いんですなぁ」

「山城桜花のことご存じなんですか?」

「ええ、もちろん。供御飯と言えば京都では古くからの有名なお家柄ですから。それに山城桜花という京都にちなんだ将棋のタイトルまで長くお持ちですからね」

「なるほど。まあそんなわけで。それにタイトル戦の空気も感じておいたほうがいいと師匠にも勧められたので」

「お師匠さん? こちらの方が? ということはお客様も将棋がお強い?」

「強いも何もその人竜王ですよ」

「まあ!? 竜王って、この間名人に逆転勝ちなされたって言う!?」

「はは。まあそうです」

「それはそれは……」

 

 得心が言ったとばかりに何度も頷く女将さん。JSと同室で泊まる家族でもない謎の不審者から将棋のタイトルホルダーに格上げされた瞬間だった。いや。必死に態度には出さないようにしてたけどね。女将さん。

 

 

 その後、部屋に夕食が運ばれ、豪華な食事に舌鼓を打った。質・量ともに満足を遙かに超えるレベルだった。さすがに天衣は食べきれなかったけど。

 

 そして今。

 

「はぁー。極楽極楽」

 

 俺は食後に一人で露天風呂を満喫していた。

 

 檜の床板に据え付けられた信楽焼の浴槽。すぐ脇に据え付けられた湯口からは嵐山温泉の源泉が一定スピードで出てきて、ドバドバと浴槽から溢れていく。贅沢な掛け流しだ。

 

 そこに浸かって夜の嵐山を眺める。昼間の喧噪とは裏腹に夜のこの当たりはとても静か。心置きなく浸れる。控えめに言って最高だ。日頃の疲れがみるみる癒やされていくのが分かる。もう大阪に帰りたくないな。

 

 そんなことを考えていると後ろからカラカラと戸が開く音が聞こえてきた。誰かが入ってきたのかな。

 

 …………あれ。この風呂、大浴場じゃないよな。部屋付の露天風呂だし。

 …………ということは。

 

 背後の洗い場で体を流す音。そして。ちゃぷんと音を立てて隣に体を沈めたのは。そちらを見ないように問いかける。

 

「あ、天衣サン? どうして俺が入ってるところに入ってきたのかナ?」

 

 闖入者にして我が幼き恋人に。

 

「どうして? 温泉旅館に来たら二人でいっしょにお風呂に入るのが普通なんでしょう? この浴槽も二人で入れるように作られてるし」

 

 いやまあ確かに。カップルで来ればそうなんだろうけど。確かに浴槽の二人でゆったり入れるように設計されてるけども。でもね。

 

 それって、主に大学生以上のカップルの場合じゃないですかねぇ!?

 

「何よ。別にそんなに焦らなくても、前に銭湯でいっしょに入ったじゃない」

 

 それってあいもいっしょにいたよね。

 

「ねぇ。なんで頑なに私の顔を見ようとしないの?」

 

 嵐山温泉ってお湯が透明なんだよね。全部見えちゃうでしょ。

 

「別にもうこの体は八一先生のものでもあるんだから好きに見ていいのに」

 

 りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん! りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん! しんとうめっきゃくすれば火もまた涼し!!

 

「むう。どうしてもこっちを見ないつもりね。昼間はあんなことまでした癖に。…………いいわ。そっちがそのつもりならッ」

「おわ!?」

 

 天衣が急に動いてお湯が跳ねる。そして———

 

「これでよし」

「…………」

 

 納得がいったのか満足げな天衣。無言の俺。

 

 

 

 ———お尻が。お尻が乗っております。小っちゃくて柔らかな天衣のお尻があぐらをかいていた俺の上に。

 

 どないせーっちゅうんじゃ。こんなの。

 

 何とかお尻の感触から意識を逸らさねば。万が一あれがあれしてエレクトリカルパレードすると大変なことになってしまう。

 

 ひとまず目の前にある天衣の後頭部を見つめてみる。いつもは下ろしている髪もお湯につけないためアップにしている。そのせいでいつもは隠れているうなじが露出している。湯温に血色が良くなりほのかに色づいたうなじ。

 

 いかんいかん! 

 

 このままここに留まるのは危険だ。慌てて視線を先に進める。うなじをすぎて細い肩へ。

 

 げふんげふん!

 

 慌てて頭ごと視線を上げて夜空を見上げた。肩越しに何か見えてしまった気がする。なだらかな丘の上に桃色の……

 

 うおー! 忘れろ!

 

 頭の中で素数を数える。1・3・5・7・9・11・13・15・17・19……

 

 と、ふと天衣が肩をすくめていることに気付いた。なぜか耳も赤くなっている。……これはもしや。

 

「あの……天衣サン。もしかして………………当たってる?」

 

 無言で。けれどコクリと頷く天衣。うん。よく考えなくてもなんか感触あるわ。

 

 Oh...とっくにネズミさんもアリスもピーター・パンもお出ましだったらしい。神戸のシンデレラだけにな。

 

 どれだけ「イッツ・ア・スモールワールド」と唱えても小さくならない。仕方ないね。もはや精神が逃避の領域に入っていると恐る恐る天衣が問いかけてきた。

 

「その。……する?」

 しねぇよッ!?

 

 慌てて風呂から出た。

 

 その後、しばらく部屋の中でもいたたまれない雰囲気に包まれる。仕方なく早々に寝ることにしたのでした。

 

 

 

 いっしょに一つの布団で。手を握って。

 

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