Deap Ocean   作:ナルミヤ

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お久しぶりです。前回の投稿から早い半年近いですね。
ネタ事態は色々浮かぶんですが、それを書こうとするとどうも出来ない。定期的に投稿できる人が羨ましいです。

あとタイトル変えました。前々から変えたかったんですよね。


No.14 気を遣え

 人目のつかないスタジアム外の木陰。そこで天海は腰を降ろして、ひとり精神統一とトーナメントで当たる選手の対策を練っていた。千差万別の"個性"を持った選手たちが相手だとひとつの読みの違いが命取りになりかねない。故に天海は全員に対してある程度策を用意しておきたいのだが、とある生徒で少し難航していた。

 

(使わず一番になる・・・ねぇ。どうしたもんか)

 

 悩んでいたのは轟と戦う場合の戦法だ。天海は轟が"左の熱"を使うつもりがないのを知っている。しかし万が一ということがあるため氷結だけでなく熱も視野に入れて考えているのだが、ひとつの問題に直面していた。

 

(圧倒的に情報が無い・・・)

 

 轟は今回の体育祭だけでなく普段の授業でも"左の熱"を見せることが少ない。辛うじて使う時があっても氷結を解除するためだけだ。氷結の規模は大方の予測がつくが、熱の方は未知数なのである。

 

(とりあえず氷結は空中戦か水で方向を逸らすくらいはできるか。ただ、熱の方がどんだけの熱量を出せるのかで決まってくるし・・・・・・どうするか───)

 

『さァさァ楽しいレクリエーションも終わって、次はお待ちかねのトーナメントだ! やること済ませてしっかり備えろよ!!?』

 

「いっけね。もうそんな時間か」

 

 思案に暮れる天海をプレゼント・マイクの放送が現実に引き戻す。結局対策は定まらなかったが、足りない情報は当たるまでの試合から補うことにした。

 

「しっかし・・・勿体ないな」

 

 ズボンに付いた土を払いながら天海は独白し、スタジアムに戻る。

 

 

 

 *

 

 

 

「あ」

「お」

 

 観客席に向かう道すがら、天海は更衣室から出てきた体操服姿の耳郎とばったり遭遇した。

 

「何だ、もう着替えてちまったのか」

「当たり前じゃん。あんな格好二度としないよ」

 

 そういう耳郎の手には綺麗に畳まれたチアの衣装があった。それを見た天海は「ははーん」とニヤける。

 

「さては・・・気に入ってるな?」

「ハァ!!? そ、そんなんじゃないし! これは折角ヤオモモが創ってくれたから捨てるのは勿体ないなって思っただけで・・・・・・!」

「とか言って実際満更でもなかったんじゃねーか? 案外家に持って帰った後、鏡の前で合わせてみたりとか───」

「それ以上変なこと言ったら爆音流すよ?」

「すいません、調子に乗りました」

 

 冷えるような声と共にイヤホンジャックを耳郎に向けられて即座に謝罪する天海。その尋常成らざる速度は彼女の破壊力を身を以て知っているが故だ。

 

 その後、衣装を置きにA組の控え室に寄ったのちに二人はA組の観客席に向かった。

 

「どっか空いてる席は・・・あ、尾白。横いいか?」

「ああ、構わないよ」

 

 尾白の横の席が丁度空いていた為、天海と耳郎はそこに腰を降ろす。

 

『一回戦!! 成績の割に何だその顔! ヒーロー科 緑谷出久!!

 (バーサス)

 ごめん まだ目立つ活躍なし! 普通科 心操人使!!』

 

 プレゼント・マイクによる紹介の中、天海が尾白に話しかける。

 

「尾白、心操の"個性"って何なんだ?」

「奴の"個性"は『洗脳』だ。おそらく、奴の問いかけに答えたら洗脳が始まる」

「洗脳? そんなの掛かったら絶対勝てないじゃん」

 

 尾白の説明を聞いて耳郎がそんな事を言うが、

 

「うん、でも大丈夫。事前に緑谷にはその事を伝えてある。一応、外部からの衝撃で解けるみたいだけど・・・一対一では期待できないな」

「何にせよ、洗脳が成功すれば心操、失敗すれば緑谷の勝ちか」

 

 

『そんじゃ早速始めよか‼ レディィィィィイSTART(スタート)‼』

 

 開幕と同時に緑谷は何かを叫びながら心操の元へ走り出す。それを見て心操はニヤリと笑う。

 

「俺の勝ちだ」

 

「何やってんだ緑谷‼ 折角忠告したってのに‼」

 

 観客席で頭を抱える尾白。そんな彼の嘆きを余所に、ステージ上では洗脳に掛かってしまった緑谷はただ立ち尽くしているだけだ。

 

「尾白、緑谷には心操の"個性"のこと言ったんだよな?」

「ああ。それなのに緑谷の奴どうして・・・」

「挑発にでも乗せられたのかもな。開始前に何か話してたみたいだったし。まぁ、こうなったら心操の勝ちだな」

 

 心操に操られている緑谷は、まるで何かに引っ張られているかの様にステージの外に向かって歩き出している。

 

 このまま場外に出て緑谷の敗北。試合を見ていた誰もがそう思っていた。

 緑谷が今まさに場外に出ようとした瞬間、緑谷の指から衝撃が走った。それは暴風と共に砂ぼこりを巻き上げ、心操も思わず顔を腕で隠す。

 

『あぁーーーッとこれは・・・緑谷‼ とどまったああ!!?』

 

 まさかの展開に観客席からは歓声が巻き起こる。心操も"個性"を解かれたことに驚愕している。当の緑谷は自分の腫れ上がった指を見つめていたが、頭を振って心操に向き直る。

 心操は再び"個性"を発動させようと緑谷に言葉を投げ掛けるが、緑谷は無言を貫きながら突進し心操につかみ掛かる。そのまま押しだそうとするが、あと一歩のところでカウンターをもらい、逆に心操が緑谷を押しだそうとする。しかしヒーロー科と普通科、力量にも技術にも差がある。緑谷は押しだそうとする心操の腕を掴み、そのままの勢いで一本背負いを決め、心操を場外に叩きつけた。

 

『心操くん場外‼ 緑谷くん二回戦進出‼』

 

(緑谷の奴、どうやって洗脳を解きやがった・・・?)

 

 まさかまさかのどんでん返しで勝利を納めた緑谷を眺めて、天海は思案に暮れていた。

 尾白の情報では、心操の"個性"は心操本人、もしくは外部からの衝撃でしか解くことはできない。つまり一対一の状況下で緑谷が洗脳を解く方法などないはずなのだ。にも関わらず緑谷は自力で解除して、そして勝利した。

 

「本当予想外なことばっかだな、緑谷は」

 

 結局、天海は考えるのを止めて小さく呟く。入学の日から今日の体育祭までの遍歴を振り返ってみても、天海にとって緑谷はそういう男だった。何にしても予想外なことばかりしてくる変わった奴、そんな印象だった。

 

IYAHA(イヤハ)! 緒戦にしちゃ地味だったが、両者共に大健闘だ‼ しばらくしたら二回戦行くぞ!』

 

 

 

 *

 

 

 

「これは・・・瀬呂が気の毒だね」

「そうだな」

 

 ドンマイコールが会場のあちこちから聞こえる中、耳郎と天海は同情していた。スタジアムの屋根を越える程の氷壁に襲われた瀬呂に。

 二回戦は轟VS瀬呂の試合だった。開幕、瀬呂がテープで轟を絡めとり、場外に引っ張り出そうとした。お互いの"個性"の相性を鑑みれば、これが瀬呂にとっての最適解だったろう。

 しかし、轟はそんなものは意にも介さんとばかりに大氷壁を展開。想定外の規模で反撃された瀬呂は避ける間もなく氷壁に飲まれ、そのまま行動不能とみなされ轟の勝利となった。

 

 

 続く三回戦は上鳴とB組の塩崎との戦いだった。上鳴は一瞬で勝負を決めるために、開始早々全力の放電を放ったが、塩崎は自身の頭髪であるツルを伸ばして地面から壁を形成した。ツルの壁はアースの役割を果たし、上鳴の放電を無力化した。そして塩崎は上鳴が許容限界を迎えたタイミングで彼をツルで拘束し、空中に持ち上げた。

 

『上鳴くん行動不能‼ 塩崎さん二回戦進出‼』

『瞬殺‼ 敢えてもう一度言おう! 瞬・殺!!!』

 

「あの馬鹿・・・。結局アホ面晒してんじゃねーか」

「まぁ実際馬鹿だし仕方ないよ」

 

 呆れる天海の横で耳郎が辛辣なコメントする。試合前に相手に放った「この勝負、一瞬で終わっから」という台詞はどこに言ったのか、今の上鳴はとても情けない姿である。

 

「あれあれぇ~~一瞬で決めるんじゃなかったっけ? おかしいなぁ、一瞬でやられたよね? A組はB組より優秀なはずなのにおっかしいな? アッハハハハハハハハ!」

 

 そんな様子を見て、壁を隔てた隣の観客席からB組の物間が頭を覗かながら、ここぞとばかりに煽ってきた。天海は物間の言葉に少し苛つきながら立ち上がる。

 

「何だお前、予選落ちしたくせに随分な言い草だな。何ならもう一回白黒はっきりつけてやろうか」

「おやおや、本当のことを言っただけなのに暴力を振るうのかい? A組は怖いなぁハハハハハハ、ウゲッ」

 

 高らかな笑いを上げていた物間が突如まぬけな声を上げて壁の向こうに消えた。それと入れ替わるようにサイドテールの少女が顔を出す。

 

「ゴメンなA組。うちの物間が変なこと言って」

「あ・・・あーいや、こっちこそ悪かったな。ちょっと苛ついちまって」

「いいよ、悪いのはこっちだし。物間にはちゃんと注意しとくから。じゃっ」

 

 一言謝礼を言って少女は向こうの観客席に戻った。嵐のように消えていった物間に対してA組の面々は戸惑いの表情を浮かべる。

 

「さてと、そろそろ行くか」

 

 そんな雰囲気の中、天海は控え室に向かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 控え室には待っている選手も試合が観戦できるようにテレビが備え付けられている。天海はそれで試合を見ていたのだが、

 

「・・・何だこれ」

 

 台詞はそれしか出てこなかった。

 

 戦っていたのは飯田とサポート科の発明だったのだが、飯田はどういう訳か発明のサポートアイテムを身に付け、自身のそれと発明の持っていたアイテムに翻弄されていた。発明はまるで実演販売の様にアイテムの説明をサポート会社に向けて説明をした後に自ら場外に出てリタイア。飯田は二回戦進出を決めたものの、散々広告塔として自身を利用した発明に激怒していた。

 

「まぁ瀬呂の時じゃねーけど、ドンマイだな」

 

 哀れな飯田に向けてドンマイを送って、天海は選手入場口に向かう。次はもう自分の試合だ。

 

 

『立て続けにいくぜ第五試合! ちょっと似たような"個性"同士の対決だ!

 

 自由自在に水を操るウォーターボーイ! ヒーロー科 天海大河‼

 (バーサス)

 縦横無尽に酸を振り撒くアシッドガール! ヒーロー科 芦戸三奈‼』

 

「対人戦闘訓練では一緒だったけど、手加減はしないよ!」

「それはこっちも同じだ。後で吠え面かくなよ!」

 

 ステージ上で芦戸と天海が張り合う中観客席では、

 

「天海やっちまえ!! ずぶ濡れにして服が透けるような感じで!」

「クソかよ」

 

 全力でエロい展開を求める峰田に女子全員が軽蔑の眼差しを向けていた。

 最も、天海はそんな事をするつもりは毛頭ない。対人訓練の日にそれ関連で痛い目にあっているからだ。

 

『第五試合、レディィィィSTART‼』

 

「とりあえずは…様子見だ!」

「おっと! いきなり危ないなー」

 

 開始直後に天海は芦戸に向けて水弾を撃ち込む。芦戸は何とか反応して、スレスレを躱しながら溶解液で滑って天海に接近する。

 

「そらそらっ、まだまだいくぞ!」

「ほいっ、よっ、とうっ‼」

「ッ…! やっぱ避けられるか…」

 

(芦戸のやつ、運動神経は相当良いからな。はっきり言って近づかれたくはない)

 

 天海は立て続けに水弾を撃つが、芦戸はどれも華麗に避けながら近づいてくる。

 

 異形型である影響か、芦戸はA組の中でも素の運動能力はかなり高い。その力量は入学当初の体力テストで男子と並んで上位に食い込む程だ。

 加えて、天海は戦闘訓練の際に芦戸の機動力の高さを目の前で見ている。足場が悪かったとはいえ、中距離主体の耳郎を一瞬で制圧したのだ。警戒していなければ一瞬でやられかねない。

 

 天海は後ろに下がりつつ迎撃するが、芦戸はどんどん距離を詰めてくる。いつの間にかステージ端まで追い込まれていた。

 

「追い詰めたよー! そーれっ‼」

 

 芦戸は掌に溜めた溶解液を投げつけるようにして天海に撃つ。しかし、

 

「まだだよ‼」

「あっ! もう飛ばないでよ、ズルいなー!」

 

 天海は芦戸の上を飛び、後ろに回り込んで距離を離す。芦戸はすかさず反転して、天海を追いながら溶解液を飛ばし続ける。

 

「待ってよー! このっ、このっ!」

「っと! おい、今カスったら体操服溶けたぞ!」

「溶解液なんだから当たり前でしょー!」

 

 天海は芦戸を正面に見据え、後ろ向きに飛びながら着地するために徐々に高度を落とす。

 

(とりあえずこのままじゃジリ貧だな。ここらで反撃しないとッ───⁉)

 

 着地しようとして脚を踏みしめた瞬間、妙な踏み心地を足裏で感じながら天海は前のめりに倒れこんだ。

 接近してくる芦戸と飛んでくる溶解液を警戒しすぎたあまりに、天海は芦戸が飛ばした溶解液がどこに落ちたか把握していなかった。その結果、着地時に溶解液を踏み込んでしまい足を滑らせてしまったのだ。

 

「やべっ‼」

「ラッキー! もらったー!」

 

 体制を崩した天海はすぐさま立ち上がるが、芦戸はもう目の前まで来て顔面目掛けてパンチを放とうとしている。恐らくこの一発で決めるつもりなのだろう。勢いのついたパンチをまともに喰らえば、さすがに気絶しかねない。天海は何とか反撃を試みようと、掌を芦戸に向ける。

 

 

 この試合、天海は本気を出すつもりはなかった。残りの試合を考えて体力を温存するのもあるが、女子相手に思い切り殴ったりするのが何処か(はばか)られたからだ。

 しかしこの瞬間は焦っているのもあって、つい反撃してしまった。

 

 割と本気(ガチ)で。

 

「きゃあああああああ‼」

 

 天海の掌から放たれた水流は芦戸を丸ごと飲み込み、そのまま場外まで持っていった。

 

『芦戸さん場外‼ 天海くん二回戦進出‼』

「あ」

 

 ミッドナイトの声が聞こえて初めて事の顛末に気づいた天海は慌てて場外まで飛んでいった芦戸に駆け寄る。

 

「芦戸‼ だ、大丈夫か⁉」

「うー、大丈夫だけどびしょ濡れだよー」

 

 フラフラと立ち上がった芦戸は両手をブラブラさせながら無事を伝える。

 

「悪い、つい本気出しちまった」

「てことは本気出すつもりなかったってこと? 最初あんなこと言ってたのに」

「初戦からバカスカ撃ってたら決勝まで持たないっつーの。ほら、乾かしてやるよ」

「変なとこ触んないでよ」

「俺をあの峰田(へんたい)と一緒にするな」

 

 少し不機嫌そうな芦戸を適当にあしらって、天海は芦戸の肩に手を置いて服に染み込んだ水を吸いとっていく。服はみるみる乾いていき、吸い出された水は霧散していった。

 

「髪乾かすから動くなよ」

 

 そう言って天海は芦戸の頭をワシワシと撫で回す。

 

「…へへっ、何か誉められてるみたい」

「変なこと言うな。しっかし、芦戸の髪はボサボサだから楽だな。あんまり整えなくて良いし」

「ちょっと、女子に向かってボサボサは無くない⁉」

「じゃあ何て言うんだ?」

「えーっと………ボサボサ?」

「やっぱそうじゃねーか。よし、乾いたし行くぞ」

 

 芦戸の乾燥タイムも済んだので二人は退場口に向かって歩き出す。

 

「だとしてもボサボサは無いよー!」

「何だよ、めんどくせーな」

「めんどくさいとか言わない‼ 天海はそういうとこ気ぃ遣いなよー!」

 

 

 一方そんな光景を見ていた観客席では───。

 

「何だ天海のやつ‼ オイラにはあんなことしておいて、自分はやりたいことやってんじゃねえか!」

「あれは天海ちゃんの人柄だから許されるのよ」

「何でオイラは駄目なんだよ!」

「峰田ちゃんだからよ」

「チックショー‼」

 

 

「どうしたの耳郎さん。何か顔が険しいけど」

「……何か今の見てたらモヤモヤしてきた」

「何で?」

「…わかんない」

 

 天海、二回戦進出。


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