Deap Ocean   作:ナルミヤ

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前回もそうでしたが本編と同じ組み合わせの試合は、読者の皆さんが原作を読んでいるものとして簡略化しています。多少変な表現になっていたとしてもご了承下さい。

あと今回いつもの二倍位あるのであしからず。


No.15 予想外デース!

「お疲れ天海。女子相手に結構なことしてたな」

「冷やかしはやめろよ。本当はもう少しマシな勝ち方したかったんだよ」

 

 客席に帰って来た天海に瀬呂が労いの言葉と共に先の試合について言及し、天海はそれに対して頭を掻きながら返事を返す。

 

「途中までは追い詰めていたけど、惜しかったわね三奈ちゃん」

「聞いてよ梅雨ちゃーん! 天海の奴ったら試合前は手加減しないとか言ってて手抜いてたんだよ!」

「気を遣ったって言えよ。女子をボコボコにしたら印象悪いだろーが」

 

 芦戸は励ましてくれた蛙吹に駆け寄ってぶうたれるが、天海はそれを訂正するように伝える。

 その後、他の者からも労いや冷やかし、励ましやら嫉妬やら色々言われる中、切島が天海に問いかける。

 

「ところで天海。……さっきから後ろにいるその人は誰だ?」

「あ?」

 

 切島の指摘を受けて、天海は後ろを振り返る。そして目を見開いた。

 

 そこには何時からいたのか、天海によく似た水色の瞳と肩まで伸びた同じく水色の髪の女性が立っていた。すらりとした体型で、身長は天海とほぼ同じくらいだ。

 

「よう大河。久しぶりだね」

 

 明るい笑顔で女性は天海に挨拶するが、当の本人は信じられないと言った面持ちだ。

 

「ちょ、ちょっと待て。何でここにいるんだ⁉」

「何でって、あんたが体育祭でこんなに頑張ってたら応援しにもくるでしょ?」

「そうじゃなくて! この席は関係者以外いちゃ駄目なんだよ! どうやって入ってきた⁉」

「いやーそれは分かってたけど、一目見るついでにあんたのクラスメイトに挨拶しようと思ってコッソリと───」

「思いっ切り不法侵入じゃねーか‼ 只でさえ雄英は先月のことでピリピリしてんだから勘弁してくれよ!」

 

 あっけらかんとした態度で話す女性に頭を抱える天海。周りからすれば何が何やらと言った状況だ。

 

「えっと…天海、この人は?」

 

 戸惑いながらも、A組全員の気持ちを代弁して尾白が質問する。

 

「え? あー悪い悪い。この人は───」

「どうも、私は大河の伯母の天海(あまみ)潤華(じゅんか)。よろしくね皆」

 

「「「伯母さん!!?」」」

 

 二人の言葉に皆が驚く。潤華の容姿は二十代前半のそれで、とても伯母とは思えなかったからだ。別に伯母は絶対に歳を食っているというわけではないのだが。

 

「随分若いね。てっきりお姉さんかと…」

「言ってもそんなにだぞ。確か今年でさんじゅ───」

 

「おっと大河。…今なんて言った?」

 

 天海の言葉を遮るようにして、潤華が何処か無機質な笑顔で天海に詰め寄る。

 

「ま、まだ二十かそこらだったかな。そそ、そうだよな? 伯母さん」

「そうだよ。全く物覚えが悪いな大河は。ハハハハ!」

「ハ、ハハ……」

 

(((天海がガチでビビってる)))

 

 顔を青くして訂正する天海をA組の面々は物珍しそうに眺める。やはり女性に対して歳の話はタブーだ。

 

「でも本当に綺麗だよねー。特にその水色の髪とか!」

「肌なんて何なら私らより綺麗なくらいやし。羨ましいなー」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるね。芦戸三奈ちゃんに麗日お茶子ちゃん」

「あれっ、初対面なのに名前知ってくれてるんですか?」

 

 先ほど試合で紹介されていた芦戸ならともかく、特に接点も無い自分の名前を呼ばれて不思議がる麗日。

 

「クラスの皆のことは大河からメールや電話で聞いてるからね。大河が随分楽しそうに話してくれたよ」

「やめろって伯母さん。別にそんな風に話してなかっただろ」

 

「何だよ天海、俺たちと友達になれたのがそんなに嬉しかったのか? さては中学ではボッチだったな?」

「どんな風に話してたんだ? ちょっと教えてくれよ」

「ボッチでもなかったし、はしゃいでもねーよ! ニヤニヤすんな鬱陶しい!」

 

 潤華の話を聞いて上鳴と瀬呂がニヤつきながら、天海に肩を組んでくる。天海は否定するが、二人からは止めようとする気配がまるで感じられない。

 

「クラスの名前は全員覚えたよ。二人は上鳴電気くんに瀬呂範太くんだね? それと…耳郎響華ちゃん!」

「えっ? な、何スか…?」

 

 急に自分を名指しされて困惑する耳郎。そんな彼女に潤華は歩み寄って笑いかける。

 

「大河が入院してくれた時はありがとう。私は仕事だし家から遠いしで、見舞いに行けなかったんだ。代わりってわけじゃないけど、行ってくれて助かったよ」

「いえ、ウチはそんな大したことは……」

 

 礼を言われて謙遜する耳郎に対して潤華は、

 

「いや、本当に感謝してる。何でも大河の為に泣いてくれたんだって?」

「うぇえ⁉ いや、それはその……!」

 

「ちょ、伯母さん‼ 何言ってんだ!」

 

 とんでもない爆弾発言を投下した。

 それを聞いて思春期の高校生が食いつかない訳がなく、周りは二人に問い詰める。

 

「それは本当ですの? 耳郎さん」

「いや、あの時は気が動転してたっていうか……」

「つまり泣いたのは本当なんだね! ねぇねぇ、二人はやっぱそういう関係なの⁉」

「ち、違うから! そんなんじゃないから‼」

 

「おい天海! お前らいつの間にそんな関係になったんだ!」

「病院で何があった! 詳しく話せ!」

「あーもううるせーな! 話すことなんかねーよ! とりあえず‼」

 

 上鳴と瀬呂の拘束を振りほどいて、天海は潤華に近寄る。

 

「伯母さん、ここは生徒専用の席なんだ。ちゃんと一般客用の席があるからそこまで行くぞ」

「えー、まだちゃんと挨拶が済んでないよ」

「こんだけインパクト残せば十分だろ。ほら、行くぞ」

「相変わらず大河は頭が固いな」

 

 少し物足りなそうな潤華を引っ張って、天海は通路へ向かう。

 

「おい天海。逃げるのはズルだぞ!」

「うるせー! 少し黙ってろ!」

 

 野次に向かって一吠えした後、二人は通路の向こうへ消えていった。

 

 

 

 *

 

 

 

「ったく、どうしてくれんだ。伯母さんのせいでめんどくさい事になったじゃねーか」

「いちいちそんな細かいこと気にしてたら苦労するよ?」

「事の元凶がそれ言うか。それにアンタはおおらかすぎんだよ。本当に母さんと双子なのか?」

「正真正銘姉妹だよ。似てるでしょ?」

「顔はな。中身は全然」

 

 清々しいほどに笑顔な潤華を見て、天海は片手で頭を抱える。下手をすれば先ほどの話でこれからずっとイジられる可能性があるのだ。天海にとったら面倒なことこの上ない。

 そんな困った様子の天海をしばらく眺めて、潤華が口を開く。

 

「にしてもあんた、中学までと比べて変わったね」

「あ? 別に変わってないだろ」

「いいや、そんな事ない。あの頃のあんたはよそよそしいっていうか……嘘っぽかった。周りに対してね」

 

 ゆっくりと歩きながら潤華は通路の向こうを見つめる。

 

「授業参観とかで学校行ったりしたけどさ、友達と楽しそうにしてても本気でそう思ってるように見えなかった。取り繕ってる感じだったね」

「そんな事ねーよ。普通だったろ」

「そんな事あったから今話してるの。うちに来たばかりの時は目付きもひどかったよ。全然喋りもしなかったし」

 

 話しているうちに二人は一般席の入り口の前まで来たが、潤華はピタリと立ち止まって天海に向き直る。

 

「あんた、(ヴィラン)のこと本気で恨んでたでしょ。殺してやりたいくらいに」

「……気づいてたのか」

「当然。伊達にあんたを八年間育ててないよ」

「参ったな、バレてないと思ってた」

 

 潤華に本心を突かれて、天海は少し気まずそうに頭を掻く。

 

「でも気づいてた割に何も言わなかったんだな」

「ああ、それはあんたを信頼したからだよ。大丈夫だって」

 

 潤華は天海の眼を真っ直ぐ見つめる。

 

「あんたはあんたの母さんによく似てる。周りを第一に考えて自分が自分がって動ける優しい子だよ。だから立ち直れるって、大丈夫だって思ったんだ。実際そうみたいだしね」

 

「……伯母さん、俺はそんなできた奴じゃねーよ」

 

 天海は言葉を連ねる。

 

「俺は自分の事しか考えれてなかった。怒りとか憎しみとかに任せて好き勝手やって、周りを巻き込んで、勝手にくたばって、周りに迷惑かけて……でも」

「でも?」

「だからこそ強くなろうって思った。まだ敵への憎しみが消えた訳じゃねーけど…変わろうって思えた。雄英(ここ)であいつらに出会えて、やっと思い出せた。俺は何の為にヒーロー目指したのか」

 

 天海は今まで恨みを晴らさんが為に生きてきた。彼にとっては、雄英は特に意味のない通過点のつもりだったかもしれない。

 しかし雄英で本心を話せる友を得て、護りたいと思う友を得て、天海の心に変化が生じた。

 

「俺はここからヒーローになる。俺と同じような思いをする奴をこれ以上生まない為にも、俺は強くなる。強くならなきゃいけないんだ」

「…うん。良い心構えだ」

 

 潤華は短く頷いて、天海の頭に手をポンと置く。大河は恥ずかしそうにしてそれを軽く振り払う。

 

「やめろよ。ガキみたいだろ」

「まだまだガキだよ。さてと、私はそろそろ行くよ。送ってくれてありがとう」

「もう来るなよ。じゃあ俺も戻るわ。もうすぐで試合も始まるだろうし」

 

 天海は踵を返して道を引き返す。潤華は黙って後ろ姿を見ていたが、しばらく行ったところで「大河!」と呼び止める。名を呼ばれて天海は足を止めて振り返った。

 

「良い友達持ったね。大事にしなよ」

「……ああ」

 

 短く返事して天海は再び道を引き返した。潤華は彼が見えなくなるまで見送った後、

 

「この短い間に随分変わったね」

 

 一言そう呟いた。潤華は薄暗い入り口を抜けて、一般席まで出て空を見上げた。

 

「───二人とも見えてる? あんたらの息子はあんな立派になったよ」

 

 

 

 *

 

 

 

「やっべ、もう試合始まってるじゃねーか」

 

 天海がA組の観客席に帰って来た時、試合は中盤に差し掛かっていた。ステージ上では"硬化"の切島と"鋼鉄"の鉄哲がノーガードで殴りあっている。天海は駆け足で元いた席に向かう。

 

「あぁ…お帰り天海…」

 

 自分の席に戻ってきた天海を見て、隣の席の耳郎は力無い声を出す。大方、天海が席を外している間に質問責めにでもあったのだろう。疲労困憊で何処と無くやつれた様子の耳郎は恨めしそうな眼を天海に向ける。

 

「何であの状況でウチだけにしたの」

「いや…あのまま伯母さん置いといたらあること無いこと言われると思ってよ」

「とりあえず誤解ってことで何とか誤魔化したけどさ。それと、何で病室でのこと話してたの」

「それに関してはマジで悪い…。まさか連絡も無しで伯母さんが来て喋るとは思わなかったんだよ」

 

 天海は申し訳なさそうに頭を下げる。耳郎は暫く黙って見つめていたが、やがて呆れた様子で小さくため息をついた。

 

「とりあえず試合見よ。天海が行ってる間に大分白熱してたよ」

「ああ。本当迷惑かけて悪かった」

「そんな謝らないで良いって。別に怒ってないし」

 

 

『ああっと‼ ここで両者共にダウンだー!』

 

 プレゼント・マイクの実況が響く中、切島と鉄哲がお互いに顔面を殴り付け大の字で倒れる。審判のミッドナイトが二人の元へ行き、二人とも気絶しているのを確認した後に引き分けを言い渡した。

 引き分けの場合は腕相撲などの簡単な勝負に勝敗が委ねられる。今回は両者気絶の為、回復するまでに残りの試合を続けることとなった。

 

「次の試合は……爆豪と麗日か」

「んー、なんか見たくないな」

 

 耳郎は落ち着きがなさそうに両腕を(さす)る。

 手加減などまるで考えに無いであろう爆豪の相手は麗日だ、恐らく今回のトーナメントで一番不穏な組み合わせだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

「ありがとう爆豪くん…油断してくれなくて」

 

 身体のあちこちに傷をつけた麗日が両手の五指を合わせる。

 試合序盤で麗日は爆豪に向かっての突進を繰り返した。触れた者を浮かせるという"個性"上、不利だと分かってても麗日は爆豪に接近せざるを得ないが、その代わり"個性"の発動さえできれば一気に有利になれる。

 それに対して爆豪は容赦ない爆破で麗日を寄せ付けない。麗日側も爆煙に紛れての背後からの接近も狙ったが、爆豪の並外れた反射神経で見切られていく。

 一見無謀とも思える麗日の突撃。観客の中にはヤケを起こしていると思う者もいた。しかしそれは、爆豪に一矢報いるための布石だった。

 爆豪が爆破の度に削り取っていたステージの瓦礫を麗日は"個性"で上空に貯めこんでいた。突進はそれを悟られない様に爆豪の視線を下に向けさせるためのものだった。

 

 そして麗日は許容重量(キャパ)ギリギリまで貯め込んだそれらを一斉にに解除した。

 

「勝あアアァつ‼」

 

 麗日の叫びと共に支えるものを失った大量の瓦礫は全て爆豪に向かって降り注ぐ。その光景はまるで流星群のようだ。

 爆豪とて大量の瓦礫をまともに喰らえばひとたまりもない。故に反撃する。麗日の作戦はその隙をついて爆豪に触れることだった。

 麗日は自身に"個性"を使用して爆豪に向かって走り出す。少しでも速く近づくためだ。爆豪は反撃の為に手を上に向けている。爆豪の"個性"は掌でしか使えないため今なら迎撃される心配もない。

 

(勝つ‼ 勝って、私もデクくんみたいに───!)

 

 あと数メートル、爆豪に触れるまで目と鼻の先というところで、

 

 

 今日一番の爆破が起こった。

 

 轟音と共に爆豪の掌から放たれた火柱の様な爆炎が瓦礫たちを飲み込み、その余波で自らを無重力としていた麗日は吹き飛ばされた。

 ステージに残ったのは少し険しい顔をした爆豪と彼によって粉々にされた小石程度の瓦礫たち、そして何とか立ち上がろうとする麗日だった。

 

「いいぜ、こっから本番だ麗日ァ!」

 

 しかめっ面から一転して凶悪な笑みを浮かべて追撃を仕掛けんとする爆豪とそれに立ち向かおうとする麗日。

 しかし、麗日は膝から崩れ落ちてしまった。

 瓦礫をたくわえる過程でギリギリまで使用し、最後の特攻で自身に使用した"個性"の反動が彼女を襲い、今限界を迎えてしまった。

 

 それでも何とか戦おうと地面を這う麗日に対して、ミッドナイトナイトは行動不能を言い渡し、爆豪の二回戦進出が決まった。

 

 

 

 *

 

 

 

 次なる轟と緑谷の試合、試合終盤で両手がボロボロの緑谷が轟に向かって叫ぶ。

 

「君の! 力じゃないか‼」

 

「俺だって、ヒーローに…‼」

 

 そしてその叫びに呼応するかのように轟の左半身から空気をも焦がすかのような炎が燃え上がる。

 

 最初緑谷は苦戦を強いられていた。

 轟がどの程度の氷結攻撃を仕掛けて来るかが分からない緑谷は、一度の攻撃を指一本を犠牲にして無力化しながら弱点を探っていた。情報が少なかったからだ。

 そして指四本と途中拘束されかねなかった際に腕一本を消費した時に、轟の変化に気づいた。

 轟の体の震え。それが右の"個性"によるデメリットであることを緑谷は見抜いた。そして、それは左の"個性"で解消できることにも。

 そこから状況は一変した。"個性"の反動で動きが鈍くなった轟に緑谷は壊れた腕で攻撃を与えていく。氷結攻撃は壊れた腕で指で無効化し、指が握れなければ頬で指を弾いた。一種の狂気に近いとも言えるであろうその行動の中で緑谷は必死に叫んだ。

 皆が全力を出し合う場で、轟が半分の力で勝ち抜こうとすることへの怒り。そして左の"個性"は決して父親の力ではなく轟自信の力であること。

 

 緑谷は叫んだ。叫び続けた。

 

 そしてそれが今、父への憎悪と復讐に駆られた轟の氷の心を溶かしたのだ。

 

「凄……」

「何笑ってんだよ。その怪我で…この状況でお前……イカレてるよ。どうなっても知らねぇぞ」

 

 轟は炎をさらに燃え上がらせ、緑谷は手足にワン・フォー・オールを発動させる。

 轟が緑谷目掛けて作り出した大氷壁を緑谷はスレスレを飛び越えて轟に接近する。

 緑谷の渾身の100%と轟が数年越しに解放した炎が衝突した瞬間、会場全体を轟かせる大爆発が起こった。

 土煙が晴れてステージ上で立っていたのは体操着が半分燃え尽きた轟、そして場外の壁際で全身ボロボロで横たわる緑谷。勝負は決まった。

 

「緑谷くん……場外。轟くん───…三回戦進出‼」

 

 

 

「うっわ、ありゃ決勝で当たったらキツイかもな…」

「水なら火相手は楽勝じゃないの?」

「こっちの水を蒸発できるだけの熱量を持ってたら相当ヤバい。その前に氷もあるしな」

 

 轟が解放した左の炎は天海の予想を上回るものだった。氷結だけでも厄介だが、今目の当たりにした火力は生半可な攻撃は容易く無力化するだろう。

 さらに片方を使えばもう片方のデメリットも回復できるとなると、かなりの苦戦を強いられるかもしれないのだ。

 

「まぁその前に倒さなきゃならねー奴がいるんだけどな。特にずっと睨んできてるアイツとかな」

 

 そう言って天海は少し離れた席を見遣(みや)る。そこには怒りと苛立ちをそのまま体現したかのような表情で彼を睨み付ける爆豪がいた。爆豪は天海と目が合うとゆらりと立ち上がった。

 

「おい水野郎。何が『決勝で当たったら』だ……。もう俺に勝ったつもりでいんのか、ああ!!?」

「勘違いすんなよ爆豪。『勝った』つもりじゃねぇ。『勝つ』つもりでいるんだよ」

「どっちも変わんねぇだろうが!」

「いーや変わる」

 

 憤る爆豪を正面に見据えるように天海も立ち上がる。

 

「俺はお前のことを甘く見ている訳じゃない。何なら俺より強いかもって思う。"個性"の使い方ひとつにしてもな。その上で俺はお前に勝つ。いや、お前の言葉を借りるなら……」

 

 そこまで言って天海は真剣な眼差しで爆豪を指差す。

 

 

「俺が一位になる」

 

 

 開会式で放った己の言葉。それをそっくりそのまま返され、爆豪の眉間の皺がさらに深くなる。一方の天海は固い表情を崩して笑う。

 

「まぁその前に常闇を倒さなきゃなんねー訳で。そういう事だから次の試合の準備に行くわ」

 

 そう言って天海は客席を後にした。天海が去った後、爆豪はドカリと椅子に座り込み、他の者は口々に話し合う。

 

「すげえな天海の奴。爆豪に向かって堂々と宣戦布告していきやがった」

「アツいね! 男同士の友情って感じ!」

「友情なの? あれ」

「悪いものでは無いのは確かね」

 

 

「───上等だよ水野郎。俺が絶対にぶっ殺してやるから負けんじゃねぇぞ」

 

 その時、爆豪が僅かに浮かべた笑みは誰にも見られることはなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

『どんどん進めていくぜトーナメント! 次に戦うのはこいつらだ!

 天海大河‼

 対

 常闇踏陰‼』

 

 プレゼント・マイクの実況と観客の歓声が響く中、ステージ上では天海は腕を伸ばし、常闇は腕を組んで凛としている。

 

『さぁ行こうか! レディィィイイ、スターート‼』

 

「行け、黒影!」

「アイヨ!」

 

 スタートと同時に常闇は黒影を解き放つ。命令を受けた黒影はもうスピードで天海に向かってくる。天海は水弾で迎撃するが、黒影は左右に躱しながらさらに近づく。

 

「オォラアッ!」

「あめーよ!」

「ウォッ⁉」

 

 天海の目の前まで近づいた黒影は腕を思い切り振り抜くが、天海は両手から水を下に向けて放出する。そのまま回転しながら飛び上がり、攻撃を回避した上で黒影の顔面に勢いのついた回し蹴りを食らわせる。

 黒影は体制を崩して少し距離を取る。天海は着地して挑発的な表情で口を開く。

 

「遠距離攻撃しか出来ないと思ったか? 来いよ!」

「言ワレナクテモヤッテヤルヨ!」

 

 黒影は怯むことなく拳の連打を繰り出す。天海はそれらを躱しながら攻撃後の虚を突いて打撃や水弾を放つが、黒影もそれらを避けたり弾きながら攻め続ける。

 

『すげえ攻防だ! 一回戦では圧勝だった黒影だが、天海は対等に渡り合ってるな!』

『天海の強さは"個性"の応用力の高さだ。ただ撃つだけじゃなく打撃に水流で勢いをつけて威力を上げたりシンプルさ故の強みだな。常闇はいかに黒影のリーチを生かして天海を近づけさせないかが勝負だろう。持久戦で体力を消耗させればその分勝機が見えるからな』

 

(さてと…どう攻めるか)

 

 プレゼント・マイクと相澤の実況と黒影との応酬の最中、天海は戦略を練る。

 

(常闇は黒影を戦わせるのが主な戦法のはずだ。訓練でも常闇自身が戦ってるのは見たことねーからな。そうなれば泣き所は───)

 

「チョロチョロト…鬱陶シイナッ!」

 

 天海との乱打戦に苛立ったのか、黒影が大振りのパンチを放つ。天海はそれを見逃さなかった。

 天海は後ろに下がって躱し、標的を失った黒影の拳は地面に振り下ろされステージにめり込む。

 

(───近接戦闘!)

 

 その隙に天海は黒影の脇をすり抜けて常闇の元へ飛ぶ。自分へ接近する天海を見て、常闇はすぐさま黒影を呼び戻す。

 

「戻れ! 黒影!」

「その前に仕留める!」

 

 天海は飛翔しながら拳に水を纏わせ、何時でも攻撃に転じれるようにしておく。しかし常闇まであと五メートル程と行ったところで、足を何かに掴まれるのを感じた。

 

「行カセネエヨ!」

「くそっ、こいつ…!」

 

 後ろを見れば黒影が右腕を伸ばして天海の足をしっかりと捕らえていた。黒影の体は伸縮自在で決まった長さや形は無いのだ。

 天海は黒影を振りほどこうと手を構えるがその前に常闇の指示が飛ぶ。

 

「そのまま投げ飛ばせ‼」

「アイヨ!」

「ぐっ……うおぉ⁉」

 

 黒影はその長い腕を存分に生かして天海を場外目掛けて投げる。軽くきりもみ回転しながら飛ばされた天海だったが、何とか水流で体制を建て直しステージに戻る。

 

「さすがだな常闇。一筋縄じゃいかねーか」

「フッ、そういうお前もな。場外に出来ないとなれば打ち負かすしかなさそうだ」

 

 お互い不敵に笑った後、天海が両手を広げて大仰に話し出す。

 

「でもよ常闇。そっちには黒影がいるし、二対一ってのはフェアじゃあねーよな?」

「……? どういうことだ。俺に黒影を使うなとでも言うつもりか?」

「いや、俺が合わせてやるよ」

「何?」

 

 意味深な発言に怪訝な表情の常闇の前で天海に異変が起きる。

 広げた両手はそのままに天海の背中から水が伸び始める。それは何かを形作るように蠢きながら徐々に大きくなり、やがて人ひとり分程になるとその姿を顕にした。

 

「おいおい。あれってもしかして……」

 

「「「黒影!!?」」」

 

 観客席にいたA組は、否、今この試合を見ていた殆どの者が驚愕の声を上げながらステージを見つめる。

 そこにいたのは黒影と瓜二つの何か。違うところを上げれば透明なところ。そして、それが天海の背中から生まれていることだ。

 

「ナ、何ダアリャ⁉ 俺ニソックリダ!」

「落ち着け黒影! あれは贋物だ。お前ではない!」

 

 動揺する黒影を常闇は冷静になるよう言い聞かせる。しかし当の本人も驚きを隠しきれてはいない。

 

「即興で作ったにしちゃ良い出来だな。名付けるなら『水影─アクアシャドウ─』って言ったところか」

 

 自らが作り出した水影を見上げて満足そうに頷く天海。水影は体表を波のように揺らめかせながら常闇たちを真っ直ぐ見つめている。

 

「さてと早速実践投入と行こうか。水影、行ってこい‼」

「迎撃しろ、黒影‼」

 

 天海は水影を前に向かわせ、常闇も黒影を向かわせる。二つの影がぶつかり合う瞬間黒影が一歩早くパンチを顔面に叩き込み、もろに食らった水影は頭部が爆散した。

 

「ヘッ、何ダ楽勝ジャナイカ」

「ッ! 黒影、避けろ‼」

「何言ッテンダ踏カ……ウオット⁉」

 

 油断していた黒影に首無しの水影が腕を振り抜いてきた。常闇のおかげで間一髪避けた黒影の前で水影の首もとからはどんどんと水が湧き出てきて、やがて吹き飛ばしたはずの頭部が傷ひとつなく復活した。

 この水影、実際は天海が"個性"で黒影っぽく固めて操作しているだけのただの水である。そのため再生は出来るが当然話すことは出来ないし、視点も天海本体からのものしかないので精密性には欠けるのだ。

 

「こっちの水影は再生できるぜ。さぁどんどん行くぞ!」

 

 きれいに再生した水影は黒影に対してノーガードで攻めこむ。黒影も攻撃を受け止めながら反撃するが、顔を吹き飛ばそうが腕を千切ろうが平気な水影は彼(?)にとってかなり面倒なことこの上ないであろう。

 

(これだけ戦えりゃ十分だな)

 

 そしてそれこそが天海の目が狙いでもあった。

 

「それじゃあ常闇…。()()()と行こうぜ!」

 

 そう吠えると天海は再び常闇目掛けて飛翔する。当然常闇も指示を出すが、

 

「戻れ! (ダーク)シャド……!」

「水影! そいつを抑えてろ!」

「グオッ⁉」

「くっ、おのれ…!」

 

 黒影が戻るより早く水影が彼(?)の両手を掴み、頭に噛みついて地面に押さえ込む。黒影は何とか抜け出そうともがくが水影がそれを許さない。

これで常闇は天海と本当の一対一に持ち込まれてしまった。

 常闇は目の前まで来た天海にパンチを繰り出すが、近接戦闘の練度が違いすぎた。天海は常闇の拳の脇に潜り込み、水を纏ったボディーブローを鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。

 

「カハッ…!」

 

 常闇は肺から空気を絞り出されるが、天海の攻撃はまだ終わっていない。常闇の腹にめり込んでいる彼の拳に水が球体状に収束していく。

 

「圧水爆撃─プレッシャー・ブラスト─‼」

 

 天海が腕を振り抜くと同時に水塊が爆ぜて衝撃波を生み出した。それを食らった常闇は場外まで吹き飛ばされ、地面を転がった後に止まった。

 

『常闇くん場外! 天海くん四回戦進出‼』

 

 勝敗が決まり会場中が一気に沸き立った。歓声や実況が聞こえる中、天海は腹を押さえる常闇の元へ行き手を差し伸べる。

 

「立てるか」

「ああ…ゲホッ! 何とかな…」

 

 差し出された手を常闇は掴み、少しよろめきながらも立ち上がる。

 

「やりすぎだったか?」

「いや、中途半端にやられてはお互いに悔恨が残るだろう。本気で来てくれて良かった」

「そうか、なら良かった。しかし常闇、お前黒影に頼り過ぎなんじゃねーか? 肉弾戦なれてねーだろ」

「ああ。考えてみれば今までは黒影にばかり背負わせていたのかもしれん。今後の課題だな」

 

 お互いに健闘を称え合う二人。

 

 対常闇、天海は危なげなく勝利を収めることができた。

 

 

 

 *

 

 

 

 同日同時刻、保須市。

 パトカーのサイレンが遠巻きに聞こえる人気のない路地裏。そこに血溜まりに沈む白いアーマーに身を包んだヒーローが一人。そしてその傍らには全身に刃物を携行し血のように赤いマフラーを巻き、そして鮮血に染まった刀を持った男が立っていた。

 

「名声……金…どいつもこいつもヒーローを騙る偽者ばかり…ハァ…」

 

 苛立ち、怒り、或いは呆れから来るものなのか。男は息を吐きながら刀についた血を長い舌で舐めとる。

 

「ハァ…貴様らはヒーローではない…彼だけだ。俺を殺していいのは……オールマイトだけだ」


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