No.9 祭りの幕開け
すっかり傷も癒えて退院した天海はこの日、クラスメイトより一日遅れの休み明け登校となった。たった二日しか空いていないが、学校に来るのが妙に久しぶりな気がした。
「おはよー」
いつもの調子で教室に入ってきた天海を見て、級友たちはドタドタと駆け寄ってきた。
「天海、無事だったか!?」
「あちこちボロボロって聞いたけど大丈夫!?」
「後遺症とか残ってないのか!?」
「ちょ、お前ら落ち着け! 何言ってるか全然わからん!!」
マシンガンの如く浴びせられるクラスメイトの質問に天海はたじろぐ。
「そりゃあ無理ってもんだよ。今回の襲撃で病院送りになったの天海だけなんだぜ」
「そんなに心配なら見舞いくらい来てくれよ。結局来たの耳郎だけだったしよ」
「えっ!? 耳郎行ったの!?」
切島と天海の何気ない会話を聞いて、傍にいた芦戸が驚きの声をあげる。
「ああ、来たけど。何か来ちゃいけない理由でもあったのか?」
「私たちも天海ちゃんのお見舞いには行こうとしたんだけれど、学校側から『出歩くのは危険だから自宅待機』って言われてたから行けなかったのよ」
蛙吹の説明を聞いて天海は合点がいった。自然と天海の視線は既に座っている耳郎に向けられ、それにつられるようにクラス中の視線が彼女に集まる。
当の本人はクラス中の視線を一身に受け、気まずさからか俯いている。そんな耳郎を見て、天海は自分の席に向かいながらため息混じりに呟く。
「お前さぁ、別にそんな無理してまで来なくてもよかったんだぞ?」
「だって、その・・・心配だったし」
「それは嬉しいけど、それで成績落とさないでくれよ? それはそれとして・・・・・・ああ、いたいた」
荷物を下ろした天海は八百万の元に向かった。八百万は参考書か何かを開いていたが、天海に気づくと閉じてにこやかに挨拶をした。
「おはようございます、天海さん。怪我はもうよろしいので?」
「おかげさまで。八百万が応急処置してくれたって聞いたから一言礼をな」
「お礼は結構ですわ。ヒーローを目指すものとして当然のことをしたまでです」
「そんなことねーぞ。お前の処置がなかったら病院の手術も間に合わなかったってリカバリーガールも言ってたんだ。俺にとっては命の恩人なんだ。ありがとな」
「命の恩人だなんて・・・。大袈裟ですわ、天海さん」
謙遜する八百万だったが、口元が緩んでいるのが見えるあたり満更でもなさそうだ。そんなことを思いながら天海は自分の席に戻る。そろそろHRが始まる時間だ。
しばらくすると教室のドアが開け放たれ、相澤がやって来た。
「おはよう」
「「「おはようございます!」」」
どこか気だるそうな相澤に対して、生徒たちは元気よく挨拶を返す。だが、天海だけはそうはいかなかった。
(相澤先生に何があった!?)
天海は心の中で思い切りツッコんだ。現在の相澤は顔も体も包帯でグルグル巻きにされており、まるでミイラ男だった。天海は隣の席の切島に小声で話しかけた。
「なぁ切島。何で相澤先生あんなことになってんだ? つーかあの状態で学校来ていいのか?」
「そうか、天海は知らないんだったな。相澤先生もUSJで
「
相澤のプロ根性に天海が感心している間に、相澤は話し始める。
「あー、天海には昨日連絡したが、念のためにもう一度言っておくぞ。昨日来てた奴らもよく聞いとけ。雄英体育祭まであと二週間だ。プロに見てもらえる、年に一回の最大のチャンスだ。結果を残せるようこの二週間、決して無駄にするなよ」
「「「はい!」」」
『雄英体育祭』
はるか昔、"個性"が世に現れる前の時代、『オリンピック』と呼ばれるスポーツの祭典が四年に一回、世界各地で開かれ、世界中の人々が熱狂していた。しかし、"個性"が発見されて以降は規模も人口も縮小し、形骸化した。
そして現代、日本に
雄英体育祭には数多くのプロヒーローもやってくる。その目的は『スカウト』だ。雄英生は資格を修得して卒業した後は、プロ事務所に
「放課後はトレーニングルームや体育館とか使えるからな。有意義に過ごせよ。つーわけで、エクトプラズム。あとはよろしくな」
相澤がそういうと、骸骨のようなマスクを身につけた両足義足のヒーロー、『エクトプラズム』が入ってきた。
「学生ノ本分ハ学業ダ。体育祭前デハアルガ、コチラモ
「「「はーい」」」
*
───放課後。
「83・・・84・・・85・・・」
校舎近くに設営されているジムで、天海はシットアップベンチを使って上体お越しに取り組んでいた。
ヒーロー養成校である雄英はこういったジムを多く有しており、最新鋭のトレーニングマシンも設置されているため、体作りにはもってこいの場所となっている。
そして、今まさにトレーニング中の天海の前には何とも不思議な光景が広がっていた。
「うおおぉぉぉおお・・・・・・!!」
目の前の鉄棒の下で、体操服が呻き声を上げながら宙に浮いている。天海はトレーニングを続けながら話しかける。
「大丈夫か、
「な、何とか・・・・・・やっぱ駄目っ!!」
そう言って鉄棒にぶら下がっていた透明な女子生徒、
「は~疲れた。天海くんはよくそんなに出来るね」
「これくらい出来なきゃ、優勝なんて狙えねーよ。・・・100!」
一段落終えた天海は、傍に置いていたスポーツドリンク片手に長椅子に座った。
「皆自分の"個性"伸ばししてるけど、天海くんはしないの?」
「今日はリハビリも兼ねてるからしない。明日からはこっちと並行して特訓開始だな」
「ふーん、そうなんだ。あ、もうひとつ聞いてもいい?」
「何だ?」
天海はスポーツドリンクを飲みながら、葉隠の質問を聞く。
「天海くんと耳郎ちゃんってさ、付き合ってるの?」
「ぶふーーっ!?」
そして盛大に噴き出した。天海のズボンと床がスポーツドリンクでびしょ濡れになる。天海はむせ返りながらも葉隠に質問の意図を問いただした。
「ゲホッゲホッ・・・何でそんなこと・・・。」
「いやね? 妙に仲良いなーって思ってさ。帰りだっていつも一緒だし」
「それは偶々道が一緒ってだけだよ・・・。やべ、変なとこ入った」
気管支に入ったスポーツドリンクを出そうと咳き込む天海に、葉隠は少し興奮したような声色で問い詰める。
「それにさ、私見ちゃったんだ。入試で天海くんが耳郎ちゃんをお姫様抱っこしながら飛んでたのを!!」
「ハァ!? お前それ何処で見た!?」
「救護班のところ。レアなシーンだと思ってずーっと見てたんだけど、まさか二人だったなんてね」
「あん時やけに視線感じると思ったら、葉隠だったのか・・・」
よくよく考えたらかなり恥ずかしかったシーンを思い出して、天海は頭を抱える。だが、そんなことはお構い無しに葉隠はどんどん言い寄ってくる。
「でさでさ、実際どうなの? ぶっちゃけ付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってねーよ」
「嘘だー!? あんだけ仲良さそうでまだなの?」
「逆に知り合って一ヶ月で付き合う方がおかしいだろ」
葉隠の主張を一蹴して、天海は立ち上がる。
「もう帰るわ。無駄に疲れた」
「ちょっと待って、もっと聞かせて! 恋バナで私にキュンキュンを頂戴よー!!」
「やけに突っかかってくると思ったらそういうことか。そんなにキュンキュンしたきゃ、自分で彼氏作れっての」
「それが出来ないから聞いてるんでしょー!? 他の学校行った友達からは、もう付き合いだしたって話が・・・・・・あっ、待ってよー!!」
恋心に飢えた乙女はめんどくさい。騒ぎ立てる葉隠を尻目に、天海はそんなことを思いながらそそくさとジムを出ていった。
そんな一幕もありながら、二週間はあっという間に過ぎていった───
*
───雄英体育祭当日。
敵に襲撃されながらも開催された今年の体育祭。一部では批難の声も上がったが、学校側はこの状況下で開催することで、雄英の危機管理体制が磐石であることを示すつもりだ。
そして、例年は積み重なった経験値から成る戦略等で三年ステージがメインとなるが、今年は敵襲撃をくぐり抜けたということもあり一年ステージも負けず劣らずの大注目を集めていた。
『Hey!!! 刮目しろオーディエンス!! 群がれマスメディア!! 今年もお前らが大好きなヒーローの卵たちがシノギを削る熱いバトルが幕を開ける!! エビバディ、アーユーレディ!!?』
一年ステージのMCであるプレゼント・マイクの大声量がスタジアム中に響きわたる。さすがは、副業で毎週夜通しラジオを担当しているだけのことはある。彼の言葉にあてられ、ところ狭しとひしめき合う観客たちのボルテージは一気にヒートアップした。
『一年ステージ、生徒の入場だ!! どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? 敵の襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!
ヒーロー科!! 一年!!! A組だろぉぉ!!?』
入場口を抜けてスタジアム入りしたA組を全観客の轟く歓声が迎え入れた。彼らはそれに対して様々な反応を見せる。面食らう者や覚悟を決めたような表情の者、果ては楽しんでいる者など多種多様だった。
「うひょー、スゲェ数だな! これ全部観客なんだろ?」
「テレビでも中継されるから、実際見てる人数はこれより多いぞ。つまり、上鳴のアホ面が全国に晒されるわけだ」
「おいおいひでぇな。まだアホになるとは決まってないだろ」
上鳴と天海はお互いに冗談を飛ばし合いながら、歩みを進める。この二人は持ち前の明るい性格のおかげで、別段緊張はしていなかった。
A組に続いてヒーロー科のB組、普通科のC、D、E組、サポート科のF、G、H組、経営科のI、J、K組も各々の入場口から、スタジアムの中央にある朝礼台を目指す。
「選手宣誓!!」
全員が集まったのを見計らい、朝礼台の上で18禁ヒーロー『ミッドナイト』が鞭を打ち鳴らす。彼女の姿はボンテージ姿に肌色の極薄タイツと、思春期の高校生には少々刺激が強い格好だ。
「18禁なのに高校にいてもいいものか」
「いい」
「静かにしなさい!! 選手代表!! 1-A 爆豪 勝己!!」
騒ぐ生徒たちを黙らせ、ミッドナイトは爆豪の名を叫ぶ。それを聞いてA組の面々は驚く。
「え~~、かっちゃんなの!?」
「あいつ、一応入試一位通過だったからな」
そんな会話はよそに、爆豪はポケットに手を突っ込みずんずんと朝礼台に上がる。
「せんせー。俺が一位になる」
「「「絶対やると思った!!」」」
クラスメイトの心配は見事に的中した。
爆豪は先日の放課後、教室に敵情視察に来た他クラスの生徒たちをモブ呼ばわりするなどして、ヘイトを集めまくっていたのだ。そのこともあり、爆豪の宣誓を聞いた生徒たちからはブーイングの嵐が巻き起こった。
「調子乗んなよ、A組オラァ!!」
「ヘドロヤロー!!」
「爆豪くん、何故品位を
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
しかし、当の本人は何処吹く風だ。おまけにテレビでは放映できないようなハンドサインまで出している。
「爆豪らしいっちゃ爆豪らしいけどよー、俺たちまで巻き込むのは勘弁してほしいな」
「本当だよ、ただでさえ目ェつけられてるのに」
天海と瀬呂は、お互い困り果てた表情で見合わせる。
そうこうしている間にも、ミッドナイトは第一種目の説明に移る。
「第一種目、
ミッドナイトが指差すと共に、スクリーンには大きく『障害物競争』の文字が映し出された。
この障害物競争は計十一クラスによる総当たりレースとなっており、コースは今自分たちがいるスタジアムの外周約4km、三つの障害物エリアが用意されている。
雄英に入学してから幾度となく聞かされた校訓、『更に向こうへ ~Plus Ultra~』。壁を乗り越えて進むという意味では、この障害物競争はうってつけと言えるだろう。
「我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば
ミッドナイトの指示に従い、生徒たちはスタート地点であるゲートの前に集まる。ゲートの上には緑色のランプが三つ光っている。
生徒全員が集うと、ランプがひとつずつ消え始める。
「まぁ、やることはひとつだな」
関節をほぐしながら天海は一人呟く。身体、技術、"個性"、この二週間で天海はこの日のために鍛え上げてきた。ひとつの目標のために。
そして今、全てのランプが消灯した。
『スタート!!!』
「目指すはトップ!!」
スタートの合図と共に、未来のヒーローたちの戦いの火蓋が切って落とされた。
執筆するにあたってアニメを見返していたんですが、鉄棒に頑張ってぶら下がる葉隠が可愛かったので今回入れてみました。
今後もこんな感じで、あまり日の目を浴びていないキャラを登場させていきたいですね。