「最近、マリーの懐き具合がスゴいんだが……」
「…………なんだい、それは。もしかして、この歳でも童貞を貫いているボクに惚気ているのかい?」
レフは、いつものようにロマニの部屋にいた。ちなみに、こう言ってしまうと二人がサボっているかのように思えるが、ロマニならまだしもレフは普通に仕事をこなしたうえでの休憩時間の話だ。そんな普段の彼らの談笑のなかに、唐突にぶち込まれた話。内容は単純だ。
最近、オルガマリーのスキンシップというか言動が、危ない。
「友人として先に言っておくよ、レフ。さすがにあの歳の女の子に手を出すのはマズイと思うんだ」
「おい、話を飛躍させるな。私はあくまでも多感な時期にあるはずのマリーが、なぜかやけに背伸びをしている気がしてならない」
「いや、別にボクも思春期に思いであるわけでもないけどさ、それ普通なんじゃないの?」
多感な時期だからこそ、大人びたいという思いはあっても不思議ではないはずだ。というよりも、それを理解できるくらいの感性の持ち主であるレフがこうまでも慌てていることの方が、ロマニには不思議でならなかった。
「オーケー、じゃあまず整理しよう。仮にマリーの態度がレフの言う通り変わったとする。だけど、それにはきっかけがいるだろう? そこらへんに心当たりはないのかい?」
「ふむ……そういえば、この前共に世界を滅ぼす約束をしたな」
「レフ、ボクにわかる言葉で喋ってくれ。いや、仮に君の言っていることが直訳的にそういうことだとしても、だ。いくらなんでも話が突拍子もないだろう? ちゃんと説明してくれよ」
そこからレフはロマニに、先日の約束を教えた。誰もが笑い合えるような世界の終わりを演出するという約束だ。そして、彼女はそれを最全席で眺めることを了承したらしい。あくまでもオルガマリーがレフにそれを求めたときにのみ発動する約束だが――――。
「レフ……これは全面的に君が悪い」
オルガマリーは承認欲求が強い。彼女ための約束、彼女ための終わり、舞台。それを提供することを誓うことは、彼女にとって甘美な響きだったはずだ。彼女は、自分をオンリーワンだと思ってくれる特別性に弱い。他にも他者と目的意識の共有というのは、彼女にとっては珍しいことのはずだった。
他人が介している限り、彼女の目的はあくまでも己を認めてもらうこと。ゆえに、今回のように私事における目標というのは、大きな衝撃を与える。
今回の話で性質が悪いのは、このレフという男がそれを実感していないことだ。なお性質が悪いのは、オルガマリーがそれを承知でアプローチを仕掛けていること。
どうしよう、同年代くらいの男が、ちょうど幼女以上少女以下くらいの女の子から、好き好きアピールされて気づいていない。いや、それ以上にその相談相手になっているロマンがあまりに哀れだった。
「あのさ、レフ。悪いことは言わないから、この話は当主には説明しない方がいいよ?」
「いや、すでに説明を終えている」
「馬鹿なの!? 君は馬鹿なのか!? えっ、いや、むしろ説明をしたうえでどうして生きているんだ!?」
「君は私を殺したいのか……?」
いや、真面目な話、あのマリスビリーはオルガマリーを溺愛している。基本的に職務が忙しくて相手ができないのを悔やんでいるが、その愛情は本物のはずだ。そのマリスビリーがこの話を聞いて、何もせずに流した? どうしよう、ロマンの中にはとても悪い予感が敷き詰められている。
「じゃ、じゃあ、マリスビリー当主はなんて言っていたのさ?」
「娘をよろしく頼むだとか、なんとか……別に今更ではあると思うのだが、酒の席で大笑いしながらそう言っていた」
「あー、ちくしょーっ! そういえば、お前ら魔術師だったな! 年齢の差なんて、二の次だもんな! ていうか、君はそれでいいのかよ、マリスビリィィィ!?」
「何を吠えているんだ、うるさいぞ」
というか、真面目に考えてみるとすごいことなのではないか、これは。アニムスフィア家は魔術師の名門貴族だ。そして、魔術師というのは、一部の例外を除いて血統を重んじるものである。そこに功績はあれど、名門出身ではないレフをあてがうなど――――。
(あっ、これたぶん、ガチな奴だ)
あの親馬鹿、娘の初恋に対して本気の姿勢で挑む気でいる。
「レフ、その……これからいろいろと大変ではあるだろうけど、あーうん、頑張ってくれ」
「おい、待て。君は今脳内でどんな結論と未来を思い描いた? そしてその生暖かい視線をやめろ」
「うんうん、わかってるよ。大丈夫、ボクは君がロリコンだったとしても味方だ」
「よし、歯を食いしばれ、このもやし野郎。私のジェントルマンが伊達ではないことを教えてやろう」
――――――…………
「いてて、レフの奴……ちょっと本気出したな……と、あれは……」
レフの休憩時間が終わり、ロマニは殴られた頬を撫でながらカルデアの廊下を歩いていると、そこに曲がり角でひょこりとしている銀髪を捉えた。
「マリー」
「ひょわぁぁぁぁっ!? って、ただのロマニじゃない。脅かさないでよ」
いや、そこでなんで『ただの』という言葉が頭につくんだ? もしかして、普通じゃないロマニ・アーキマンが存在するとでも言うのか? …………カルデアなら、ドッペルゲンガー的な存在がいてもおかしくない気がした。特にロマニの場合。
「って、そうじゃないや。そこで何をしているんだい?」
「何って……別にするようなことは何もしていないわよ」
「いやいや、廊下の曲がり角でそうひょこひょこしていたら、嫌でも目に留まるさ。それで何もしていないなんてことはないだろう?」
「チッ、ロマニのくせに目ざといわねっ」
「……君の中でボクはどういった評価なんだい……?」
「聞きたいの?」
「イエ、ダイジョウブデス」
絶対に碌な評価ではない。
「で、結局のとこと、何をしていたんだい?」
「だ、だから何でもないって言ってるでしょ!?」
「んー、ここから何かを見ていたってことだよね? んーと、今いるのは……」
レフである。職員が壁になって見えにくいが、どうしようもなくこれ以上なく、レフ・ライノールその人だった。さしものロマニもこの光景が意味することに、冷や汗を流した。
「えっと、マリー?」
「いや、違うのよ!? ちょっとレフに用事があったんだけど、今大事なお話しているみたいだから、様子を見ていただけなのよ!?」
必死の言い訳である。さすがに恥ずかしいと思っているのか、顔も赤い。だが、その言い訳の内容こそが墓穴を掘っていることに少女は気づいていなかった。
「あーマリー、レフは今大事な話じゃなくて、ただ談笑しているように見えるんだけど……」
正直、オルガマリーの目的が
「え、いや、し、してたのよ! さっきまで大事なお話をして、それ今普通のお話をしてるんでしょ!? もう、それがわからないなんて、だからあなたはロマニなのよ!」
「さながらボクの名前を罵倒のように使うのは、やめてくれないかな!? ボク、結構自分の名前気に入ってるんだからね!」
あーだこうだと十歳ほど年下の少女と戯れる若干二十歳の優男。しかも、口喧嘩はもともと得意ではないのか、オルガマリーの方が優勢な状況にあるのだから、いたたまれない。そして、廊下の片隅でそんな大きな声で喚ていたら、近くにいる人間に聞こえてしまうのは当然で――――。
「二人とも、そこで何をしているのかな?」
「見たらわかるでしょ!? このノーテンキを叱ってあげて――――れれれれ、レフぅぅ!?」
「え、えっと、マリー? さすがの私でもそんなに幽霊を見たように驚かれると傷つくというか……なにもロマニの背後に隠れることはないんじゃないかな?」
「え、えっと、その……あーもう、ロマニ! 私の代わりに何か話なさいよ!」
「唐突な無茶ぶりだね!? あ、あー、レフはマリーのことをどう思って――いったぁっ!?」
「馬鹿なの!? 死ぬの!? とうとうその桜髪はお花畑になったの!? いくらんでもデリカシーなさすぎるでしょ、あなた!?」
「ごめっ、謝るから脇を抓らないでぇぇっ!」
とっさに話が思い浮かばなかったとはいえ、確かにオルガマリーの言う通りデリカシーがなかっただろう。多感な時期の少女には、この直接的な質問はタブーなはずだ。では、もう少しだけ変化球ならば……。
「いたたっ、えーっと、レフは年下の女の子についてどう思う?」
「いや、どういう質問なのだ、それは? 今の私よりも年下となるとそれなりに若いのではないかね?」
「い、いいから答えてくれ。このままだとボクの脇の肉が抉られる!」
「ふむ……まあ、真面目に答えるなら私に少女趣味はないよ」
あ、終わった。レフの言葉を聞いた二人は少なくともそう思った。いや、実際は趣味がないというだけで諦めるほどの理由ではないはずなのだが、恋愛する暇もないロマニと恋に盲目的なオルガマリーでは、そう思わざるを得なかった。
「うーむ、その様子では望んだ答えではなさそうだね。では、もう少し付け加えてみよう。私に少女趣味はない。だが、そこに魅力を感じていないわけではないのだよ?」
「ん、んー? ごめん、どういうことなのか、説明してくれるかい?」
「そうだな、例えばマリーを例に挙げてみるとしよう。君はとても勤勉だね。魔術に対する姿勢だけではなく、生きるという行為そのものに対して一生懸命だ。そこに人間的な魅力を感じないものはいないだろう?」
「あー、じゃあレフの言う魅力って言うのは、異性に対する魅力とは別なのかな?」
「それはどうだろうね? 人間的な魅力にあふれる人は、異性として見ても素敵なはずだよ。もちろん、異性としてではなく、父性、友情、師弟愛……まあ、色々な言葉があるけど、少なくとも私の見るマリーは、とても美しいからね。っと、すまない。どうやら仕事の続きだ。立ち話になってしまったが、こんな解答でよかったのかな?」
いいも悪いもないだろう。その答えを持っている少女は、先ほどからロマニの服にしがみついて顔を俯かせているのだから。銀髪の間から覗く耳が真っ赤なところを見ると、答えはわかってしまいそうなものだが。
「では、これにて失礼」
そういって、レフは立ち去って行った。レフの姿が見えなくなると、オルガマリーは崩れおちるように、ロマニにしな垂れかかった。
「とと、マリー、大丈夫かい?」
「ロマニ、どうしよう……」
「えーっと、何が?」
どうしようはこっちのセリフだ。明らかに聞いたらマズイ話になる気がするから、足早に立ち去りたいのに、無駄な善人気質がオルガマリーの体を支えて離れられない。
「わ、私、なんだか、変なの。さっきの話、なんでもない誉め言葉だったはずなのに、とっても嬉しくてちょっと泣きそうなの」
ロマニは気づいてしまった。いや、この場にいれば鈍感レフはともかく、誰しもがわかってしまうことだろう。簡単な話だ。このオルガマリーという少女、自分の恋心を自覚できていなかったのだ。それも、現在進行形という喜劇のような形で。
まあ、これまで他人との関係を承認という目的だけで築いていた少女に、いきなり恋心を自覚しろというのが、土台無理な話だったのかもしれないが――――。
「ボク、今回ばかりはお手上げかもしれない」
他人の恋路を邪魔するつもりは毛頭ないが、それでも馬に蹴られたくないは当然だ。