「最近、マリーの様子がおかしいんだが……」
「微妙にデジャヴってるような気がする」
ここは例によってロマニの部屋……ではなく、今回二人が会話をしている場所は、カルデアの職員たちが利用する食堂だった。二人はたまたま利用人数の多い時間帯を避けることができたせいか、食事をしている人間はまばらにしかいない。
ちなみに、レフが注文したのはカレーライス。味覚はともかく、精神的に郷愁があるのか、定期的に日本らしさただようレトルトカレーを食べるのが意識が目覚めて以来の習慣だった。それ以外の食事と言えば、味覚に合ったパンが中心の食生活である。
対して、ロマニが注文したのはイチゴパフェのみだった。甘党であり、お菓子類を好むロマニの昼食は、決まってデザートを頼むことが多かった。本人曰く、食の好みはもちろん、適度な空腹が集中力を持続させるとかなんとか……。むろん、朝食と夕食は普通の食事になっている。
ともかく、人が少ないゆえに席はたくさん空いているにも拘わらず、二人は対面で食事をしていた。ちなみにこれは余計な補足情報になるが、カルデアの淑女たちの中では若いエリート二人に対してよからぬ妄想を抱いてることがままあるらしい。最近のトレンドは、もっぱらレフ×ロマニ方式である。だが、ロマニ×レフ方式は一部のコアなファンの間で強烈な人気を誇っているらしい。
閑話休題。
「で、一応聞きたくもないけど、友人として放っておけないボクは聞くよ? マリーの態度がどういう風におかしいのさ?」
「ああ、実は最近、マリーに避けられている気がしてならないんだ。魔術や勉強を教えているときもどこか上の空な気がする。かと思えば、唐突に筆を走らせたかと思うと口角が上がって、どこか不気味だ」
「おぉーふ……」
ロマニは頭を抱える。何がどうしてそうなっているのか、理解できているゆえになおさら頭の痛くなる話だった。なんだ? ここは少女系漫画雑誌のラブコメ空間でも発生しているとでも言うのか? というか、レフはレフでそれだけ様子見ているんだったら、気づいてやれよとも思う。
「ああいや、でも急に筆を走らせてニヤけるっていうのは、わからないな……いったい、何が書かれているんだろうね?」
「それに関しては、偶然目に入ったが、大したものではなかったぞ?」
「おいおい、年ごろの娘のノートを見るのはよくないよ? ……まあいいか、で、そこにはなんて書いてあったんだい?」
「うむ、何やら奇妙な数式が書かれていた。あれは確か……ロマニ×レフだったような――――」
「オーケー、それ以上何もいうな。そして、その数式の意味を一瞬たりとも思考するな。事と次第によっては、ボクは全力でマリーを――いや、さすがにそれはかわいそうだな。うん、じゃあ、マリーの代わりに君を殴ることにする」
それで少しでも妙な噂が減少するなら……いや、ダメだ。あの手の腐った生ものはどんな状況だろうと、凝った設定を追加して妄想を膨らませるのがオチだ。そう、普段一緒にいるロマニとレフが急に腐った生ものたちの前で喧嘩なんて始めたら――――。
『どうして!? どうしてわかってくれないんだ!? ボクは君が好きなのに!?』
『ああ、ロマニ。すまない、君の気持ちには答えられないんだ』
ここまで妄想した時点で、せっかく目の前にあるパフェにリバースするところだったので、お目汚しはここまでにして真面目な話へと取り組もう。
「いや、ロマニ、顔が青いぞ? 救護室へ行ったらどうだ?」
「だ、大丈夫。それ以上に、誰が純真なマリーにそんな知識を植え付けたのか、考えなければ!」
そう、まだ若干中学生ほどのマリーが、一人で唐突にそんな妄想を繰り広げるわけがない。というか、あってほしくない。むしろ、なくなれ。つまり、入れ知恵した誰かがいるということだ。一体、誰だ? 仮にも次期当主であるマリーに容易に近づけ、そんな彼女を簡単に染めてしまえるほどの知識を有しているのは――――。
「むろん、ダヴィンチちゃんさ!」
「やっぱり君かぁぁぁっ!?」
突然、というわけでもなく、スタンバっていました彼女こそ、かの『万能の天才』レオナルド・ダ・ヴィンチその人である。もっとも、現在英霊として現界している姿は、ダヴィンチの作品の一つであるモナリザそのものなのだが……。
ともかく、彼女が犯人であることは間違いがなかった。
「ていうか、ボクとレフのそういう噂を広めたのが君だって本当なのかい!? 言っておくが、ボクはもちろんのこと、この鈍感ボンクラ野郎にそんな毛色があるはずないじゃないか!」
「おい、この非力駄目人間、一度歯を食いしばれ。安心しろ、まったくもって話は理解できんが、君が私を馬鹿にしているということだけはわかっている」
「どーどー、落ち着くんだ、レフ。いいのさ、今回の件が私の責任だというのは、認識している。拳を向けるとするなら、私にするといい」
「いいや、ダヴィンチ女史が謝る必要はない。君が何も言わなくとも、結末は同じはずだ。ああそうだ、正直理由や道理云々を抜きして、私はこの男を殴りたい」
「いくらなんでも、支離滅裂すぎないかい!? ていうか、今の会話の流れだとボク一人が悪者扱いだよ!? いや待つんだ、レフ。そんな拳を振りかざしちゃいやぁぁぁぁっ!?」
このレフ・ライノールとかいう紳士の皮をかぶった外道、本当に殴ってきやがった。むろん、そんな予想可能な攻撃をわざわざ食らうほど馬鹿ではないのが、ロマニだ。ぶっちゃけ、問答無用で逃走をはかった。
「くっ、逃げるとは卑怯だぞ、ロマニ!」
「問答無用で殴り掛かってくる方が外道だよ! ふわぁぁぁぁっ!?」
「ちっ、すばしっこい!? 諦めて私の愛を受け止めろ!」
「待ってやめて! そのセリフを吐いたあとに殴り掛かってくるのは、さすがにアウトだから! ちょぉぉぉっ、どうしてさっきまでまばらだった人が、こんなにも腐女子で埋め尽くされてるわけぇぇっ!? 君たち仕事はぁぁぁっ!?」
「アッハッハッハ、さぁ、ロマン、諦めてレフの愛を受け止めるんだ! 安心しろ、君の雄姿は、このビデオカメラと我が同志たちによって永遠に脳内に保管されるだろう! そして! 私たちは栄光の世界へと羽ばたくのだ!」
「君たちの栄光腐りすぎだろ!? ちくしょぉぉぉっ、覚えてろよ、バーカバーカ!」
「子供か、君は!?」
稚拙な捨て台詞とともに、全力で駆け行くロマン。その姿はまさに、走れメロス。いくんだ、メロス。いずれ邪知暴虐の王、ダヴィンチちゃんを倒すその日まで――――。
第一部、完。
「って、モノローグにまで入ってネタやんないでよ! そもそもボクがレフに足で勝てるはずないでしょ!?」
「ダヴィンチ女史、捕まえたぞ。さあ、判決をどうぞ」
「ああ、ありがとう、レフ。君にはあとでダヴィンチちゃん特性、快適安眠枕を進呈しよう」
「だから、なんでボクが悪者扱いなの!? ていうか、レフが寝返ってる! あ、いや、この外道は最初から割とボクの味方じゃなかったな……ついでにレオナルド、その安眠枕、ボクにもちょうだい。割と普通にほしい」
ロマニ・アーキマン、若干二十歳。睡眠に質を求める男。できれば、質も当然だが、その無理をする癖を直して睡眠の量を上げてほしいというのが、カルデア職員の望みだったりする。
「ああ、わかってる。君にはちゃんとハートが書かれたイエス・ノー枕をあげよう。これで夜の性活、もとい生活に安息が与えられるだろう」
「その腐ったネタ、いつまで引っ張るの!? 安息どころか、夜恐ろしくて眠れやしないよ!」
「何? 確かに君の睡眠が快適ではないのは、カルデアの重役の私としても困る。では、一晩だけ子守歌を聞かせてやろう」
「ねぇ、レフ、君絶対わかってて言ってるよね!? 腐女子たちのペンの動きが摩擦で煙出てるんだけど!」
「不満か? うーむ、不服だが添い寝までなら……」
「だーかーらー!」
とうとう鼻血を垂らしながらもペンを進める女子が出始めたので、話を進めよう。
「だが、ロマン。君の睡眠に関しては私たち職員も思うところがある。君、今朝の三時半まで何をしていた?」
「えーっと、勉強?」
「君は大学生か!? いくらなんでも、生活のリズムがおかしいだろ!?」
「落ち着け、ダヴィンチ女史。確かにこの馬鹿は馬鹿だ。というか、馬鹿を通り越して大馬鹿なわけだが――安心しろ、すでに遅延性の睡眠薬をパフェに紛れ込ませた。今夜のこの男は、寝落ちするだろう」
「いい加減にしろよ、この外道腐れ紳士! せめて薬だけ渡してくれよ!」
「そうしたら、君は薬を飲むのを忘れしまうほど、没頭するだろう?」
ロマニはぐぬぬと口をつぐんだ。間違いなく、事実だからだ。ロマニはとにかく、自分を追い詰めることが得意な男だった。
「しかし、私はそんな薬にも頼らずともロマニに安眠をもたらす方法を思いついたのだ!」
「ほう、レフ教授、その方法私には教えてはくれないかね?」
「うむ、単純だ。先ほどの添い寝を実践すればよいのだ」
レフは驚きの提案をしてきた。その言葉にざわつくのは腐女子たちだけではない。
「レフ、君ってやつは本気でそっちの毛色が……」
「ん? 誰が君なんぞと一緒に寝るか」
「おい、ちょっと待て。その話の流れは嫌な予感しかしない。よし、私はラボに戻らせて――――」
「喜べ、ロマニ。君は今日からダヴィンチ女史と同室になった!」
「やっぱりかっ、この外道っ!」
予想の斜め上を行く発案だった。
「むろん、本気だとも。男女七歳にして席を同じうせずなんて、甘いことは言わせないぞ? 何しろ、君の無理や無茶は大概なところまで来ている。そこに麗しい肉体を持つダヴィンチ女史が一緒に寝泊まりするなら、君は嫌でもその母性の虜になるはずだ。とはいっても、断ることもできるがな」
「た、確かにこの私のパーフェクトボディを利用すれば、この馬鹿をバブみの虜にすることができるだろう……だがしかし!?」
「おい、レオナルド、深く考えるな。ここは素直に断ればいいんだ。ていうか、ボクは元男の君の虜になることはない」
「………………だから童貞なんだよ、お前は」
「言ったな! 君は言ってはいけないことを言ったな!? よーし、いいだろう! いくらボクに経験がないからって、君みたいな人になびくわけがないって教えてやる!」
「ほほぅ、それはこの天才に挑むと? だとしたら、私こそ君に教えよう。君は今夜、私の胸の中で『ばぶぅ』と言うだろう!」
「言うわけないだろ!?」
「いいや、言うね!」
そうして二人はダヴィンチちゃんラボへと向かっていった。その様子はどこをどう見ても、仲のいい夫婦にしか見えなかったのは、カルデアの独身率が高いせいではないだろう。
と、そこに事態についていけなかった職員が、レフに声をかける。
「えーっと、レフ教授? 本当にこれでよかったんですかね?」
「ふふっ、当然だろう。何せ、ダヴィンチ女史はマリーに変な知識を教えたんだ。これくらいの罰で済むことを感謝してほしい」
「…………え、もしかしてレフ教授、さっきまでの漫才って、そういう知識を本当に理解したうえでの……」
「さて、なんのことかな? ほらほら、君たちも仕事が残っているだろう? 仕事を再開させるぞ」
「は、はぁ……」
計画通り。つまりはそういうことだった。ヘタレロマニ×イケイケダヴィンチを美学だと思うのが、このレフという男の考えだったのだ。あと割と本気でマリーに変な知識を教えたことを根に持っていたりもするが、それを二人が知ることはないだろう。