「やあ、おはよう、マシュ・キリエライトくん」
「あ、レフ教授。おはようございます」
薄紫のショートカットの少女、彼女の名前はマシュ・キリエライト。原作のおける主人公の唯一無二の相棒にして、デミサーヴァント召喚のために作られたデザイナーベイビー。実験で英霊を身に宿すことに成功はするが、英霊は沈黙。そのため、長く無菌室暮らしをしていたが、ロマニによって救出されて現在に至る。
現在もその身に一人の英霊を宿しながらも、そのマスター適正の高さから、このカルデアではマスター候補Aチームとして訓練に参加する予定だ。
ちなみに生まれたのは2000年であるため、現在は小学校低学年ほどの年齢である。
「どうだい、このカルデアには慣れたかな?」
「はい、このカルデア内での生活の基本は覚えました。ただ……」
そこまで言うとマシュは言い淀んだ。そして、彼女はゆっくりと窓から空を見上げる。
「ここには……青空があまりないのが、少しだけ残念です」
カルデアは、標高6,000メートルの雪山の地下に作られた地下工房だ。天気は曖昧なところは多々あるが、それでも最近の吹雪の様子は激しかった。これでは、散歩はおろか日向ぼっこくらいの贅沢もできない。いまだ幼いマシュにとっては、世界は色彩の薄いものにしか感じられないだろう。
「ふむ、ちょうどよかった。せっかくだ、マシュもこちらについてきなさい。何、そう時間は取らせないし、君の勉強にもなるだろう」
「? はい、わかりました」
そういうと、レフはマシュを横に連れて歩き出した。しかし、マシュのカルデアの知識では、向かっている先は広いミーティングルーム。しかし、今の時間は誰も利用する理由のない部屋だった。そうこうしているうちに、ミーティングルームにたどりついた。
「あの、レフ教授? どうしてミーティングルームなんかに……?」
「何、確かに職員だけを集めるというのは、失念していた。興味のあるなしに関わらず、こういうことは大事だというのにね」
「あれ? みなさん、どうして集まっているんです?」
マシュが入った先、ミーティングルームには、カルデアの職員たちが見えた。決して少なくない数がこの部屋に集まっている。しかし、いったいどうしてなのかまではマシュにはわからない。ミーティングルームというのだから、このあと会議でもするのだろうか? それにしても職員たちが手にしているものを見ると、ポップコーンやドリンクなど、まるで映画鑑賞でも行うかのようだ。
それに、全員が椅子に座らず、床にシートを敷いて座っていた。
「あれ? レフ、マシュも連れてきたのかい?」
「ああ、ちょうどいい。マシュはあのダメな人の隣に行きなさい。大丈夫、マシュがいくら可愛いからと言って、手を出す度胸はあの男にはない」
「君、失礼すぎやしないかい!? ボクに少女趣味はないよ! ていうか、ここまで来たら幼女だよね……うん、さすがにありえないでしょ」
確かにマシュの容姿と年齢を考えれば、性欲よりも父性の方が勝ってしまうのが普通だろう。さしものロマニも真面目なトーンで容疑を否定した。
「知っている。今や君はダヴィンチ女史による調教を受け、彼女の黄金的な比率の絶妙バランスボディしか受け付けないのだろう? うむ、一応彼女も英霊なので避妊の必要性はないだろうが、あまりやりすぎるなよ? 最近、彼女の女性らしさが増していると、君に色々な容疑がかかっているからな」
「自分で同室に持ち込んでおきながら、その言い草はないよね!?」
「ひにん?」
「おっと、すまない、マシュ。今の話は大人の戯言だと思って忘れてくれ」
そういうとレフはそそくさと立ち去ってしまった。少し離れたところで、何かを弄っている。残されたマシュは、指示通り、ロマニの隣に座る。彼も彼で、その手には飴やお菓子などを持ち込んでいた。
「あの、ドクター。今日は何の集まりですか?」
「ん? レフに聞かされていないのかい? なるほど、だとしたらボクはこう言おう。見てからのお楽しみ、ってね」
「んー、内緒ということでしょうか?」
「違うさ、言葉通りお楽しみなのさ。ほら、最近は天気もよくないだろう? 天気って言うのは、意外にも人間の精神状態に影響してくるんだ。晴れなら痛快で、雨なら億劫……みたいにね。もともと今回の発案者はレフだったけど、こんなにも人が集まるとは思わなかったよ」
「では、みなさんもお楽しみなのですね」
「ああ、そうさ。ボクたちみんな、楽しみにしているよ。っと、ほら、始まるみたいだ」
ロマニがそういうと、照明が落とされた。真っ暗闇の世界。一面が黒に染まった色彩。マシュは、根は素直でいい子で、それでいて臆病な子でもある。隣にいるロマニの顔が見れないほどの暗闇というのは、幼い彼女自身としては怖い。
だが、そんな感情も次の瞬間には、吹き飛んでいた。
「わぁー! すごい、すごいです!」
真っ暗な世界に、満天の星空が浮かんでいた。
「ふふっ、気に入ってくれたかな、マシュ」
「はい、これはなんですか!? どうして、お部屋の中にお星さまがあるんです!?」
「プラネタリウム。とは言っても、今のカルデアに専用の部屋を作るために割く資金などはない。だから、部屋はここで我慢するからカルデアに広がる星空を見せろとマリスビリー当主に話してね」
「彼は魔術師らしい魔術師であり、その瞳には大きな情熱を宿している。正直、娘を溺愛しつつも研究一筋の男だからね。まあ、だから最初は反対されたけど、研究能力を向上させるためのリフレッシュだと言ったら、しぶしぶ了承してくれたよ」
「それでこれだ。思いのほか人間が集まったようでね。ほら、マシュも座っていると首が疲れてしまうだろう? せっかくだ、横になりなさい」
「は、はい!」
言われた通り、マシュは横になった。そうして目に飛び込んでくるのは、多くの眩い星々。これが本物ではないのだというから、すごいと思う。そして、これがカルデアの上にあることをマシュは気が付かなかったし、考えもしなかった。
「どうだい、きれいだろう?」
「はい、世界にはこんな景色もあるんですね……」
「そうだよ、ここは標高6,000メートルだから、星はこれ以上なく見える。特にここは雪山だから空気も澄んでいるしね。今度、晴れたときに外に出て空気を吸い込んでみるといい。勢いよく吸い込むと冷たくてむせてしまうが、なぜか呼吸をするというだけで人は感動できるものだ」
「呼吸に感動をするんですか?」
「ああ、そうだ。このカルデア内の空気は清浄だ。だが、そこには快適さはあっても変化はない。だからこそ、外の空気というものを新鮮な感動として認識することができる。実は外でゆっくり深呼吸をするというのは、私の密かな楽しみでもあってね」
「最近は、私もそれについて行ったりしているのよ」
突然、マシュの反対側から声がかかった。そこには、オルガマリーが少しだけ不機嫌そうな顔で、寝転がっていた。
「まったく……レフ、次に人を集めるときには、あまり音を立てる食べ物は持ってこないようにしてちょうだい。ていうか、ロマニ、飴を噛んで砕かないでくれるかしら、うるさいわ」
「とと、ごめんごめん。ついつい癖でね。しかし、マリー、君はこの時間、魔術について学んでいるはずじゃ……」
「レフがいないのに、学んだったって意味はないでしょ? それに、私も多少はリフレッシュをしておきたかったのよ。ハァ……お父様も研究にかかりっきりだし、少しは肩の力を抜けばいいのに」
「あの……先ほどのレフ教授のお散歩について行っているというのは……?」
「ん? ああ、最近というほど最近ではないわね。あまり晴れないけど、まあ、晴れた日にはこのカルデアって、空気が澄んでいて青空がきれいなのよ。遭難しない程度になら、散歩するのも悪くはないわ」
青空。それはマシュの見たいものだ。この灰色の空に、澄んだ空気と青空。それはきっと美しいものだとマシュは思う。これまでは、決してカルデアの外で眺めようとは思わなかったが、今は少しだけ違う。ただ眺めるだけじゃない。その空気感と、世界を感じてみたかった。
「私も……ついて行っていいですか?」
「え? あー、そうね。ああ、別にダメって言うわけじゃないのよ? ただ、ちょっと思うところがあってね……」
「まあまあ、ここは年上のお姉さんらしいところを見せて、君が譲ったらどうだい? いくらレフと二人きりがいいからって――いたい! ボクと真反対だからって、ペットボトルを投げないで!?」
「馬鹿なの、死ぬの!? とうとうその桜髪はお花畑を通り越して、天国にでも行っちゃったの!? だから、あんたはデリカシーなさすぎんのよ!?」
「あ、あのー」
「ああ、大丈夫よ。ちゃんとついてきていいわ。さすがに私もそんなお子様じゃないし」
「いえ、そうではなく、レフ教授と二人っきりがいいということについて聞きたいのですが?」
一瞬、オルガマリーの稼働が止まり、ギギとブリキの人形のような動きで、マシュを振り返った。ちょっと暗闇でそういう動作をされると怖いので、やめてほしいです。
「――――レフ、この子の教育、レフも参加していたわよね?」
「ん、ああ、マシュはまだ幼いし、この世界以外を知らない。だから、当然、私も教えているよ。それがどうかしたのかい?」
「それ、私も参加するわ。いいえ、させなさい。この子、このままだとロマニみたいな……あるいはレフみたいな子になってしまいそうで、少し怖いわ。ええ、私がみっちりと色々と教育してあげる」
どうしよう、心強いはずなのに、どうしてか不安になる。なんというか、真っ白なキャンバスに色彩が積み重なった末に色々と間違った子に成長してしまいそうな気がして――――。
しかし、そんな予感を誰しもが感じつつも、オルガマリーを止めるものはいなかった。理由? なんとなく、レフが教育し続けるとマシュの純粋さゆえに、お互いにコロッといってしまいそうなのだ。何がとまでは言わないが、強いていうなら――――イエスロリータ・ノータッチ!