「おや、珍しいものを食べているじゃないか、レフ。それは、カレーライスかい?」
ロマニは、レフに食堂で話しかけた。というのも、彼が珍しいものを食べていたからだ。レフが口にしているのは、日本のレトルトカレー。紳士然とした食にうるさい彼にしては珍しく、庶民的な味の夕食だった。いや、そもそもロマニがこうしたレフの食事風景を見たのは、そう記憶にないことだった。
どちらにしろ、魔術師としてのレフしか知らないロマニにとって、彼のこういった食事はイメージにはないものだ。特にこのカレーライスに関しては、
「…………ああ、ロマニか……」
「どうしたんだい? 見たところ、元気がないように思えたけど?」
「いや…………大したことはないさ」
それは嘘だ。ロマニは、他人を信じない。破滅という未来が起きることを知り、それが自分に関わってくることを理解しているロマニにとって、レフが嘘をついていることを見破ることなど、容易いことだった。いや、特にいえば、最近のレフの動向を見る限り、ロマニは違和感を感じていた。
レフはロマニに友情を感じている。それは理解している。だが、最近のレフにはそれとは別の感情があるように思えた。まるで、
だが、ここでロマニは気まぐれにレフの相談に乗ってみることにした。
「おいおい、レフ、水臭いじゃないか。よし、このロマニ・アーキマンが相談に乗ってあげよう!」
ロマニにとっては、これは当然のことだった。ロマニのレフに対する友情は嘘偽りのものだ。だからこそ、ここでいけしゃあしゃあと相談に乗ることを選択した。
だが、それこそが悪手だった。
「――――相談? 笑わせるな、ロマニ・アーキマン。君がやろうとしているのは、ただの情報戦だ。人理焼却という未来に対応するためのあくまで伏線でしかない」
「――なっ!?」
「何を驚いている? なら、もっといってやろうか? そうだろう、魔術王ソロモンよ」
「レフ…………君はいったい……」
どうしてそれをと、続けるべきだったのか、それとも、何者だと、続けるべきだったのか。喉元まで出かかった様々な言葉が、何かにせき止められたかのように、出てこない。脳裏の先、どこか魂とでも言うべき場所が、何かを訴え叫んでいることに、言葉がつっかえる。
「君の問いはわかる。私がどうして君の正体を知っているのか、私自身の正体がなんなのか……それを知りたいのだろう? だが、悪いな。どちらを答えるにしても、“まだ”経験値が足りないんだ。今はまだそのときではない。例えばそうだな……あと数千回ほど、“世界が滅んだあと”にでも答えるとしよう」
「つまり、君は世界を滅ぼす側の人間だということか?」
「その問いには、そうでもあるし、そうではないとも答えられる。曖昧だと思うか? だが、それ以外に答えを持っていないのも確固たる事実なのだよ。ああでも、だとしたらも一つの事実を答えよう。確かに私は
滅ぼした。この男は、確かにそう言った。“過去形”でそう答えた。それはいったい、どういう意味だろうか? まるで、世界の滅亡を
「言っておくが、ダヴィンチ女史に相談をしたところで無駄だ。彼女も契約上、私とともにある」
「それは、どういうことだ?」
「簡単さ、レオナルド・ダ・ヴィンチは私の味方ではないが、決して敵になりえない存在だということだ。彼女には私の魔術で“縛り”がある。だがまあ、安心したまえ。さっきも言ったが。ダヴィンチ女史は私の味方ではない。むしろ、私の“縛り”さえないのなら、私を止めに来るだろう。彼女はそういった側の天才だ。実に人間らしく、尊敬に値するだろうね」
「一つ、君に問おう。君は、ボクの敵か? 人類の、敵なのか?」
「――――ふふっ、その問いもどこか懐かしい。だがまあ、“私”はまだ敵のままだよ。安心するといい、人理は必ず焼却される。君の努力と憂いが無為に消えることはない。では――――おやすみだ」
視界がぐらぁっと揺れるのを実感した。これはあれだ、連続徹夜明けの本気で意識が飛びに行く奴に似ている。似た感覚だからこそ、ロマニの意識は地に這いずりながらでも、辛うじてつなぎ止めることができた。地に伏したロマニをしり目に、レフは独り言を続ける。
「ここでの会話を消させてもらうよ、ロマニ。何、大したことはない。今回
魂が脳裏の先で叫ぶ。眠ってはいけないと。この男から目を逸らしては、忘れてはいけないのだと叫んでいた。だが、すまない。視界がボヤけ、意識が途切れ始める。
「ああ、大丈夫だとも。いつか、いつか必ず、勝ってみせるから。“俺”のやっていることが自己満足にすぎないんだとしても、無駄な足掻きだとわかっていても――――必ず君やみんなを、――を救うから」
誰……だ……。今、誰の名前を口にしたんだ? 忘れてはいけない。魂が泣き叫ぶ。どこか、この光景を覚えているような気がした。ああ、そうだ。ボクたちは、いや、“君”だけ繰り返しているんだ。それを理解すると同時に、ロマニの意識は、そぎ落とされるように途切れた。
――――――…………
「それで、よかったのかい?」
「ダヴィンチ女史か……すまない。また、この馬鹿を頼む」
「いや、私から言わせてもらえば、“君”の方が馬鹿だ、大馬鹿だ。“君”のやろうとしていることは、非常に愚かだ。カルデアのメンバー全員の顔に泥を塗る行為だと言ってもいい。終わったことをやり直す。そのことの愚かしさを理解していないわけではないんだろう?」
「ああ、知っているさ。でも、私はもう決意してしまったんだ。何度繰り返すことになっても、この馬鹿を救うルートを見つけ出すとね」
「じゃあ、今回はそのための踏み台なのか? それに私はふざけるなと言っているんだよ。いや、違うな。踏み台でもないのか。“君”の話が本当なら繰り返している。文字通りのやり直しだ。元あった“道”が分岐して戻るのではなく、“道”ごとなくなってやり直されている。ああなるほど、これでは踏み台どころか、犠牲ってことじゃないか」
ダヴィンチの言葉は的を得ていた。レフがやっているのは、そういうことだ。原作staynightにおいて、セイバーアルトリアが故郷を救うために選ぼうとしていた選択肢。あるいは、魔神王ゲーティアが選ぼうとしていた『逆光運河・創生光年』に似た計画だった。
ただ一つ違うのは、前者の二人はこの選択肢により、成功を願ったのに対し、レフが選んでいるのは失敗の“積み重ね”だった。
「“君”、このままじゃ失うよ?」
「ああ、それでいい。それがいい。“俺”の選んだ道の先に、“俺”はいないのだから」
ハッピーワールドエンド。いつだか、彼女と約束をしたエンディングの内容。誰しもが笑って迎える結末を迎えるために。ただ一つ、その場所に■■■■という異物はいらない。
「じゃあ、せめて名前を教えてくれよ。いつかはわからない。わからないけど、“君”のことを思い出すためにさ」
「名前? ああ、そういえばそんなものもあったような気がする。だが、もうとっくに忘れてしまったよ。だがまあ…………一度だけその馬鹿に“俺”の計画を話して殴られたとき、こう言われたよ」
それも、ずいぶんと昔の話だった。
『いいか!? 君のやろうとしていることは、最低最悪の愚行だ! ボクも、マリーも、マシュも、レオナルドも、立香ちゃんも! カルデアにいる職員やサーヴァント全員が、君の計画に反対する!』
だけど、その男は最後に泣きながらこう言った。
『――――わかった。ボクは君の計画を認めない。でも、“今の”ボクにはこれから行く君を、今更止める術はない。だから、ボクの
「“俺”の名前はアンノウン。ミスターアンノウンさ」