春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

1 / 105
第1章
彼女の息子は魔法先生!


「どう呼ばれるかはこれからの貴様達次第。これより先の明日は白紙。貴様達がつくる未来だ。進め、ガキども。明日へと」

 

 

 あの日々から時は流れた。

 

 

 第1話 彼女の息子は魔法先生!

 

 

 イギリスはロンドン。町の一角にあるカフェテラスで一人の男がイギリスらしく紅茶を飲んでいる。

 やや赤みがかった金髪のかなり整った容姿。切れ長の目は真面目にしていれば凛とした雰囲気になるのだろうが、今のやる気なく頬杖をつく様子からは怠惰な雰囲気を受ける。

 

「なんつーか……魔法世界よか、魔法使いの町だな」

 

 男は頬杖をついたままカップ片手に道行く人を観察し、ポツリと感想を漏らした。

 

 目の前を通り過ぎる光景の中に逸脱しておかしいところはない。

 獣耳をはやした獣人も、これ見よがしに浮いているクジラのような飛行物体も、ふよふよと漂うように移動する妖精もいない。

 ただ、目の前を通り過ぎる人の大部分は大体にしてとある共通点があった。

 ほとんどの人間が古式ゆかしい魔法使いのローブを着用しているのだ。

 

 果たして獣人が闊歩しつつも普通の恰好をしている人も住まう魔法世界と、目に映る人物の大多数が「魔法使いです」と主張しているような目の前の光景と、どちらが非一般的かと問われれば、きっと大多数の一般人は「獣人がいる方がファンタジーだ」、と訴えるだろう。

 だが、当の本人にとって獣耳や尻尾など見慣れたものの一つでしかない。

 むしろいかにもなステレオタイプをもって、町中ですら没個性的な個性感を主張している光景の方が呆れたものに映るのだ。

 

「大体なんで本場のカフェなのにこんなに紅茶の種類少ないんだ」

 

 男は手に持ったカップにちらりと視線を落として愚痴をこぼした。

 イギリスという国は、彼自身にとってはあまり馴染みのある国ではない。しかし知り合いの影響もあって男は紅茶にも興味があった。今回の渡英にあたって数少ない楽しみの一つであっただけに、ここダイアゴン横丁のカフェのメニューの品ぞろえの悪さに文句の一つも言いたくなってしかるべきだろう。

 

 不満はあっても決まってしまったものは仕方ない。

 そう割り切って、しかし不貞腐れたようにテーブルに畳んであった新聞を手にとり広げた。

 

 

 ・・・・・

 

 ことの発端は1週間ほど前にさかのぼる。

 

「久しぶりじゃのぅ、リオン」

「なんだ。そろそろ老いぼれらしく隠居でもしているかと思ったら、元気そうだな、ジジイ」

 

 親の教育方針により数年前から世界各地を転々としていた男は、知り合いの伝手によって送り付けられてきた召喚状によって日本の京都、関西呪術協会の本山へとやって来ていた。

 リオンと呼ばれた若い男は、ぞんざいな口のきき方で呼びつけてきた協会の長に答えた。

 

「ふぉっふぉ。相変わらずじゃの。まぁ今、茶をだすからゆっくりしたらどうじゃ?」

「ふん」

 

 年齢が倍どころか4倍近く離れているというのに、敬意のかけらも感じられないかのようなやりとり。だが協会の長である老人はさして気を害した風もなく顎鬚を撫でている。あまりに年が離れすぎていて、しかもよく知る間柄だけにもう一人の孫のように感じているのかもしれない。

 

 出された茶菓子が存外気に入ったのか、一口食べると静かになってお茶にも口をつけた。気難しく見えるリオンだが、母親ゆずりの性格をしているだけに、彼の母親とも親しい老人は手綱の握り方を心得ているのだろう。

 なにはともあれ、これでお茶と茶菓子があるうちは礼儀正しく座ってある程度は話にも耳を傾けてくれる。

 

「それで何の用件で、俺を呼んだんだよ、ジジイ」

 

 出された茶と菓子をひとしきり堪能して気分がよくなったのか、大人しく要件を聞く気になってくれたようだ。

 

「ふむ。リオン、お主今幾つになったかの?」

「あ? なんだ藪から棒に」

 

 リオンの満足そうな表情から、ひとまず時間を作れたことを見て取った長は話題のとっかかりとして、雑談らしく会話を始めた。

 

「しばらく見んうちにますます彼によう似てきたのぅ。口の悪さは母親似かも知れんが」

 

 リオンとは、彼が赤ん坊のころからの付き合いだ。彼の母親ともかなり付き合いが長く、色々と借りもある。彼の父親と思われる(・・・・)人物についてもよく知っている。幾度も世話になったり、あるいは助力をすることになったりした仲だ。

 リオンの容姿は彼の父親と思われる人物によく似ている。ただ血筋とも思える赤い髪は母親の遺伝を受けたのか金の色が出ており、性格は再会の挨拶に表れているようにどちらかというと母親によく似てしまったようだ。

 

「なるほど、喧嘩を売りに呼んだんだな?」

「待て待て。ほれ、八つ橋もある。茶菓子を食い終わるくらいまで年寄りの話につき合ってもよかろうに」

「むっ……」

 

 なるほど、長の友人たちはよく彼の母親を弄って遊んでいたが、その気持ちが今ならば分かる。当時は到底彼女を弄って遊ぶなどということはできなかったが、母によく似たリオンの反応を見ると、ついつい弄りたくなってしまう。

 凍気を爪に纏わせて凄んでくるリオンの姿は、彼女の姿を思わせる。

 

「ふん」

「それでお主幾つになったのじゃ?」

 

 久方ぶりに日本の、伝統ある街に来たからだろう。机から出てきた京都銘菓にあっさりと魔力を霧散させて腰を落ち着けた。

 

「あー。たしか次で……19、だな」

 

 彼の母親は非常に長命だ。それゆえ年齢の概念が希薄だったが、リオンはなんとか自身の年齢を覚えていたようで、少し確認するように指を折って答えた。

 

「なるほど19か……咲耶はのぅ、この間で13になったんじゃ」

 

 関西呪術協会の長となってすでに長い時がたった。

 昔は娘に対する義父の溺愛ぶりとお見合い好きに呆れたものだが、同じ年ごろに孫が育つと似たような感慨がわかないでもない。

 

 愛する娘が生んだ孫娘。

 それこそ目の中に入れても痛くないほどの可愛らしさだと長は確信していた。

 

「……それで?」

「小さかったあの子ももう小学校を卒業する年になった。可愛くなったぞい。見るか?」

 

 リオンも長の孫娘、近衛咲耶とは面識がないわけではない。最近は会っていないが、自惚れではなく、かなり慕われていた気がしないでもない。

 咲耶にしてみれば、時折尋ねてくるお兄さんという認識だったのか、まだリオンが活動拠点を本格的に国外に移す前、会うたびに背中にまとわりついてじゃれていた覚えがある。

 

 なんだか孫への愛情があふれ始めたジジイに冷めた眼差しを向けるが、長は気にした風もなく机から写真を取り出している。

 

「いらん」

「そんなこと言わんと見てみ」

 

 見るか? と疑問で尋ねてきが、単に孫自慢をしたいだけなのか、長は目元を緩めながら写真を寄せてきている。

 このまま断りつづけても話が進まない上、要件も終わりそうにないと判断したリオンは手をふりながらおざなりに答えた。

 

「はいはい、でかくなったな」

「可愛くなったじゃろ?」

 

 ちらりと写真を見やればそこには日本人形のように黒く長い髪の少女が映っていた。記憶にあるよりも大きくなっているその少女は、たしかに彼女の母親の面影をよく受けているようで、和風のお姫様のように愛らしい容姿をしており、写真では大輪の華のような満面の笑みをこぼしていた。

 

「…………」

「可愛くなったじゃろ?」

 

 沈黙と共に半目で長を見据えるが、じじバカが炸裂し始めた老人にはなんの効果ももたらさなかったようで、どうやらこれに答えないと話は先に進まないらしい。リオンは大きなため息をついた。

 

「はいはい、じじバカ御馳走様」

「そうか、お主にも可愛く見えるか」

 

 眼だけでなく耳にもフィルターがかかっているのか、リオンの返答に長はなぜか機嫌をよくしていた。

 

「会いたいじゃろ?」

「はいは……あん? そう言えば見ないな」

 

 もうなんだかいろいろ面倒になってきたリオンは適当に相槌をうってやり過ごそうと思い始めていたのだが、長の言葉に、ふと件の少女の姿が見えないことを訝しく思った。

 いつもなら真っ先にリオンの背中に突撃をかけてくるあの少女を、今日は本山に入って一度も見ていない。

 

「実はのぅ。咲耶は今こっちにおらんのじゃ」

「あ? 麻帆良にでも行ったのか?」

 

 疑問をそのまま尋ねると長はなにやら寂しそうな表情となり、咲耶の不在を告げた。

 それに対してリオンはとりあえず思いついた候補を口にした。

 

 関東魔法協会本部、麻帆良学園。関西呪術協会と対をなすように存在する組織だが、その来歴は全く異なる。

 日本古来の、そして土着の呪術協会に対して、魔法協会は西洋、ひいては魔法世界にゆかりの深い組織だ。

 

 昔むかしは、対立していたこともあるようだが、今の呪術協会の長の義父が魔法協会の長だったころから対立が沈静化したらしい。

 聞いた話によると咲耶の母親も初等部のころに京都から麻帆良へと編入したという話だ。

 それゆえの思いつきだったのだが、長の様子からすると少し違うようにも見える。

 

「気になるか?」

「…………帰っていいか?」

 

 ただ会話が面倒なことになってきている匂いがし始めてきて、リオンは腰を浮かせて立ち去ろうとした。幸いにも出された八つ橋はすでに食べ終えている。

 

「こらこら。あの子はの、今イギリスに居るんじゃ」

「イギリス?」

 

 腰を浮かしてその場を立ち去ろうとするリオンの袖を引っ張りながら、勿体つけていた長は咲耶の居場所を告げた。

 

「うむ。イギリスの魔法学校にこの夏から編入するんじゃ」

「そうか、大変だな……それじゃあな」

 

 知り合いにイギリスの魔法学校卒業と同時に日本の中等部で教師をとった奇特なやつがいるが、それに比べればまだ常識的な方だろう。魔法学校への進学が常識的かどうかは意見の分かれるところだが、魔法の世界を日常とするリオンはそう結論づけて再び足を進めようとした。

 

「待て待て」

「離せ! 要は孫離れできないジジイの暇つぶしに呼ばれたんじゃねえのか、これ!? んなもん他を当たれ!」

 

 歩き去ろうとするリオンに対して長は身を乗り出して止めようとしている。

 ここまでの流れで得た感想によると、どうやら初等部卒業と共に孫が、祖父離れよろしく海外に旅立ってしまったことの寂しさを紛らわせたいのだろう。

 無理やりそう結論付けたリオンは纏わりついている長を引きはがそうと袖を振っている。

 

「違うわい。実はお主に頼みたいことがあるんじゃよ」

「頼みぃ?」

 

 それに対して長はあきらめ悪く、ようやく本題に踏み込むことにしたようだ。

 すでに面倒事の予感が漂ってはいるものの、馴染みの少女に関わることのようだと認識したリオンは嫌そうな顔をしつつも一応、振り払おうとした腕を止めた。

 

「うむ。まあ座って、みたらしでも食わんか」

「……ちっ」

 

 どうやら自分を菓子で釣ることにしたようだとは分かったものの、出てきたみたらし団子を見て(それがそこらの量産品ではなく、京都御手洗発祥の由緒正しいみたらし団子であることを見て)リオンは再び腰を下ろした。

 

「お主、今のイギリスの状況を知っとるか?」

「あー……たしかあっちは、国内でドンパチやってたのが収まってとりあえず平和じゃなかったか?」

 

 ようやくの本題らしく、先ほどよりも真面目な顔となって長は尋ねてきた。それに対してリオンは今の世界情勢を思い出しながら答えた。

 

 魔法世界を揺るがす大きな出来事から30年ほど。その間に魔法世界、旧世界、そのどちらにおいても魔法界は大きな変革があった。

 イギリス国内においては、昔からいざこざはあったのだが、リオンが生まれるちょっと前、だいたい20年くらい前からいわゆる闇の勢力という一派が台頭したことにより、裏表を問わずかなりの混乱が広がっていた。

 

 世界の安定のために動いていた白き翼の一派や、立派な魔法使いという一団も動いてはいた。

 しかし、イギリス国内の件では、国内の政権と密着に絡んでいた土着の魔法使いたちとの関係が疎だったこともあり、積極的な干渉がとれず、結局10年ほど前のとある事件を機に闇の勢力は縮小。混乱も収束へと向かい現在は平穏なものだったはずだ。

 

「そうなんじゃが、実は今年からちょっと困った事態になりそうなんじゃよ」

「ん? なんかあったか?」

 

 むしろ麻帆良や魔法世界を拠点に動いている面々、国際宇宙機構の委員長に就任した知り合いの方がよほど大変で困った事態に直面してはいるだろうが、それは彼ら自身が望んで飛び込んでいることだ。

 

「今年からイギリスの“生き残った少年”が入学するんじゃよ」

「生き残った少年? なんだそりゃ?」

 

 ただ、どうもこちらの方はイギリス留学を決めた咲耶にも問題があるが、向こうの国内情勢にも関わることらしい。

 長の口から出てきた言葉にリオンは首を傾げた。

 

「んむ? お主最近は魔法世界の方か?」

「いや、最近はこっちだが……ああ、なんとかポッターとか言うやつのことか?」

 

 首を傾げたリオンの様子に長は情報の齟齬を感じて尋ねた。イギリスの情勢に精通しているとは言わないが、国内情勢にも影響を及ぼす人物の動向なら耳にはさんでいてもおかしくはない。そう思って記憶をさらっているとふと該当した人物が思い出された。

 

「なんじゃ、知っとるではないか」

「それってあっちのやつじゃねえか。メルディアナの方とは繋がりねえだろ」

 

 すぐには思い浮かばなかった理由。それはその“生き残った少年”が魔法世界の魔法使いとはほとんど関係のない少年であるためだ。たしかにイギリスにおいては有名ではあるのだが、魔法世界にまで名が轟くほどではない。

 魔法世界に名の知られた白き翼、その中でも随一の魔力を持つ東洋の姫君。その娘であれば、当然編入するのはメルディアナだと思っていたため、すぐには連想できなかったのだ。

 

「それがのぅ。咲耶が行くのは違う方なんじゃよ」

「は?」

 

 だが、少しだけ困ったように言う長の言葉にリオンは団子を食べている手を止めて視線を向けた。

 

「あの子はのぅ。お主や母親の影響もあってか魔法世界側には随分と慣れておる。むろんわしらや麻帆良についてもの。ただ国外の旧世界側の魔法使いについてはあまり知らん。それでなにを思ったのか留学したいと言い出してのぅ」

「それでイギリスか?」

 

 お淑やかそうに見えて -実際今の日本でも珍しいほどの大和撫子然とした少女なのだが― 時折思い切った行動を見せる。

 今回のことも、彼女の周りにいる大人が魔法世界と旧世界を奔走したり、宇宙開発にいそしんでいたりとする連中ばかりというのを見て育ったがゆえに、自身の見識の狭さを自覚し、奮起していたのかもしれない。

 蝶よ花よとばかりに育てられた咲耶は、国外自体あまり馴染みがないが、イギリスはまだ少し縁がある。もっとも縁といっても彼女の母親の恩師の出身という薄いものではあるのだが。

 それでもその恩師ともちょくちょく顔を合わせている咲耶からするとまだ馴染みのある国と言えるだろう。

 

「うむ。行動力有るじゃろ?」

「…………」

 

 思ってはいても、じじバカを炸裂させた直後に真面目っぽく語られてはあまりしまらない。どこか白けた眼差しを向けてしまったとしても仕方ないことだろう。

 

「こほん。本来ならばあちらの入学は11歳からなのじゃが、今の校長殿が随分と進捗的な方での。異文化交流として受けてくれたのじゃよ。」

「異文化交流って、魔法世界を旅する旧世界の姫様の娘のとる行動じゃねえだろ」

 

 異文化交流と言うなら魔法世界のお姫様のとこに行くこともできるし、留学がしたいだけなら魔法世界の学術都市に行くことだってできるだろう。イギリスに行くよりも、本山に時折訪れてくる人たちと話す方がよほど異文化と触れあう機会となるだろう。 

 

「いやいや、必要なことじゃぞ? ネギ君たちの行動だけではどうしても限界がある。実際イギリス国内のごたごたに関しては手出しできんかった」

「旧世界の土着の魔法使いと魔法世界側のやつとの軋轢は昔からのお家芸みたいなもんだろ。特にイギリスみたいな伝統重視のとこじゃ」

 

 旧世界出身の魔法使いの一族と魔法世界の魔法使いとの軋轢は大体どこの国でも見られる。日本においても、今でこそ落ち着いているものの、咲耶の親の世代くらいまでは割と険悪だった。

 

「うむ。だがいつまでもそういうわけにはいかん。ネギ君たちの目的のためにもこちらの世界で魔法使いによって一般人にまで被害がでるのは好ましくない」

「それでとりあえず、軋轢の少ない国外の、魔法世界側とも関係の深い関西呪術協会が同じく旧世界土着の魔法学校と関係を深めよう、というとこか」

 

 得てしてこの世界で暮らしてきたという自負があるためか、土着の魔法使いは一般人に被害の出る影響を及ぼすこともままある。

 まあ、魔法世界の出身の者も紛争などに介入したりすることがあるので、一概に魔法をもって影響を及ぼすことが悪いとは言えないだろうし、土着の魔法使いも彼らは彼らで一般人に被害を及ぼした際の対処と処罰を規定しているのだから、どちらも大差ないというのが正直なところだろう。

 

 ただ、それでもイギリス国内に関しては、非魔法族出身の魔法使いの排斥をはじめ、魔法を使って一般人にまで危害を加えるレベルの混乱がでていた。

 体質ゆえに外部からの干渉を嫌がりはしたものの、碌に対処もできずずるずると10年以上も混乱を長引かせていた。

 

 お偉方というのは面子を重んじる。有効な手が打てないと分かってはいても、国内に存在する魔法世界側の魔法族と連携するのは、自身たちの無能を証明するようで受け入れられなかったのだろう。

 その点、国外の旧世界固有の魔法族の名門という肩書があれば、その後ろに魔法世界が潜んでいても、まだ受け入れやすく、間接的に魔法世界との伝手ができる。

 

 他者排斥型の奴らは騒ぐだろうが、魔法世界側との伝手ができれば、一方で広い見分が入ることでそういった動きも鈍くなり、なにより抑止力が増えることで対処もしやすくなるだろう。

 

「うむ。微力ではあるが、あの子も木乃香たちのためになにかしたいと考えたんじゃろぅ。優しい子じゃ……」

 

 単に今までの箱庭暮らしから飛び出したかったのも多少はあるかも知れないが、母親たちが奔走している目標のための小さな一手になることはたしかだ。

 

 育ってきた環境ゆえにだろうか、まだ政治のことなどわかる年頃でもないはずなのに、融和への架け橋になりたいという思いを行動に移したのかもしれない。

 

「……なるほど。いい話だ……が、その話のオチはどこにあるんだ?」

 

 うまく孫を持ち上げて美談でまとめようとしているジジイに冷や水をかけるようにリオンは話の核心を聞きに踏み込んだ。

 

「むぅ、そういう言い方はないと思うが……まあよい。実はの、その異文化交流の一環として、あちらで魔法世界側の魔法を教える機会を作るということなんじゃよ」

 

 孫の成長を褒めてやってほしい長からすると、リオンの反応はさみしいものがあるのだが、向けてくる瞳が「とっとと要件を終わらせろ」と雄弁に語っているため、話を続けることにしたようだ。

 

 旧世界で育まれてきた魔法と魔法世界の魔法は毛色が少し違う。日本におけるそれを例にしてみると、気や呪術、呪符を用いる日本の魔法に対して魔法世界のそれは力ある言葉と魔力で精霊やその眷属と感応して行使するものだ。

 

「ほー、頭の固い伝統地域にしては思い切った決断だな」

「うむ」

 

 得てして伝統のあるところは変化を嫌う。その変化を、次代を担う子供たちを育成する場から始めようというのだから、先々での影響も大きくなるかもしれない。

 魔法世界側の干渉を嫌っている割には思い切った決断だ。

 

 ただ

 

「色々と裏もありそうだがな」

「う、うむ……そこでじゃ、お主に向こうに行ってもらいたいのじゃよ」

 

 人の営みとは極論に至ればすべて悪である、とは母の教えだ。

 その教えにのっとり、じろりと睨みをいれるとどこか隠し事があるのか、少しどぎまぎしたように要件を告げた。

 

「寝言は寝てからほざけ、じじい」

「いやいや本気じゃぞい」

 

 話の流れ的に想定していなかったわけではないが、これはない。

 

「魔法学校の経験なんぞ俺にもない。他をあたれ」

「いやいや、魔法学校にこそ行ってはおらんがお主はあの人からしっかりと魔法を教わっておるではないか。それに実践も経験しておる」

 

 リオンは麻帆良に通っていたことがあるとはいえ、一応あそこは表向き一般人の学校だ。半ば公然の秘密のように魔法使いが闊歩しているとはいえ、そこで教わる授業の内容に魔法は含まれない。

 それを理由に拒否を口にするが、長の言うとおり魔法自体はみっちりと母から教わっている。加えて世界を(文字通り両世界を)渡り歩いてきた中で、魔法を用いた戦いというのも当然経験している。

 

「教えられたとおりにやってもいいんだな」

「そこは臨機応変にしてくれんか。流石に授業で死人を出すわけにもいかん」

 

 だが、彼が母から教えられたとおりに、それを向こうの子供たちに教えるのは無理がある。確実に死人が出る。いやむしろ終了することができれば、それは奇跡的な生還者と言われる者になるだろう。

 

 つまりは、これは建前なのだ。

 

「…………それでホントのとこは?」

「……今でこそ混乱は収束してはいるが、どうも混乱の火種自体はまだ残っておるようなんじゃ。そこに魔法界から離れておった件の“生き残った少年”が戻ってきたら、なにかの引き金にならんとも限らん」

 

 じろりと睥睨してそれを追及するとようやく観念したかのように溜息をついて本音を語り始めた。

 

「ふん。どうせ身内問題として甘い裁定ばかりをして、きっちり火種を消してなかったんだろ」

「むぅ、向こうには向こうで色々と事情があったようじゃし、そこまで処断して居ったら国内で立ち行かなくなっておったというのもあるんじゃろ」

 

 一般人に死傷者がでるレベルの被害が国中ででていたのだ。

 当然一人の魔法使いの所業によるものだけではなく、その責任も一人が死んだからと言って片付くものではない。後顧の憂いを断つのなら、事件を引き起こしていた者すべてを冷徹にきっちり処断しておくべきだ。

 ただ、それも理想論ではある。魔法が絡んでいたのならば、たとえば意識を失わせて傀儡にされていた者もいるだろうし、脅されて仕方なかった者もいる。被害によって人材不足にも陥っていただろう。すべてを処断して、責任を追及し尽くせば、まず間違いなく以後が立ち行かないし、それは不可能だ。

 

「まあとにかく、留学の件は承服されたのじゃが、そういったところに魔法世界に縁のある者が入り込めば、闇の勢力の残党の標的にされんとも限らん、という懸念があちらから出されておるのじゃよ」

 

 つまりは平穏になった、といってもそれは向こうのお偉方がそう宣伝しているだけのようなものだ。

 時代の潮流を読むのなら、国外や魔法世界のことも取り入れていく必要があるのは明らか。だが、素直にそれを受け入れるのは面子がたたないし、角がたたない学生間の交流と言う形にしても、学生であるがゆえの非力さで問題が発生しかねない。

 

「留学を認める代わりをよこせ、ということか。咲耶を餌にしての交渉とはなかなかだが、闇の勢力に対抗するのに俺を行かしたりしたら本末転倒だろうが」

 

 関西呪術協会の長の孫娘という縁の強いものの受け入れを許す代わりに、その身柄を守るための戦力をよこせ、と暗に示しているともとれる取引だ。守護する対象がいつの間にやら咲耶から“生き残った少年”とやらにすり替えられる可能性もありそうだ。

 

 もっとも、闇の勢力の復活、もしくは残党の襲撃から守護するために“闇の眷属”であるリオンを向かわせるというのはなかなかに意地の悪い話だ。

 

「だからこそ、というのもあるじゃろ? どうもあちらの魔法使いは闇を嫌悪しすぎるきらいがある。少なくとも校長自体はどちらにも通じた者じゃ」

 

 イギリス側の国内の混乱は闇の勢力が非魔法族出身の魔法使いの廃絶、純血主義を訴え、それを行動に移したことが原因とも言われているが、他方に関しても闇に属する者を嫌悪していたという感情的なものも多少ながら含まれているのだ。

 

「アルバス・ダンブルドア、か」

「なんじゃ知っておるではないか」

「一応向こうの有名人だからな」

 

 その名は土着の魔法使いには珍しく魔法世界でも知られている。魔法薬学の分野などにおいても極めて有益な功績を残し、魔法使いの戦士としても相当に優秀だと言われている。

 ヨーロッパにおける旧世界の魔法使いたちの間では、闇の魔法使いとして名高い人物を打ち破ったことで英雄視されている人物だ。

 

「それで、受けてくれんか? 初めの数年、向こうの情勢が落ち着くか、咲耶が卒業するまででいいんじゃ」

 

 身びいきともとれる条件。だが、それもリオンの状況と魔法世界の情勢からすると仕方のないことではある。

 魔法世界では、今、英雄たちが主導するとある計画が大々的に進行中であり(干渉を嫌う旧世界固有の魔法界は知らないだろうが)、リオンも立場上、魔法世界の問題を解決するために駆り出されたりすることがあるので、あまり長くは一か所に張り付いていられない。もっとも、彼の場合その出自からメガロメセンブリア上層部などからはかなり毛嫌いされているのだが。

 ともあれ計画進行中のために、常に人材不足のため、実力のある魔法使いの都合をつけるのも難しい。

 だが、数年。その時間があれば、人材の都合をつけることもできるし、なにより状況が劇的に変わる。その確信が彼らにはあるのだ。

 

 ただ

 

「信用していいのか? 俺は木乃香さんとは違う。闇に属する魔法使いだぞ?」

 

 リオンは、分類上闇の魔法使いに分類される。それも極め付けに厄介な部類として。実力的にも、来歴的にも……

 

「闇だからといって嫌悪するものではない。ネギ君やエヴァのように闇に属していても信頼できる者はおる。わしはお主だからこそ信頼しておる」

 

 日本の土着の魔法使いはどちらかというと魔や闇に寛容だ、というのも彼らが使役する呪符や使い魔はそういった闇に属する存在であることがままある。毒をもって毒を制す、闇をもって闇を制す。あるいは光や闇によって善悪が分かれるものでないことを歴史柄知っているからだろう。

 一昔前では魔法世界でも純粋な闇の眷属は嫌われていたが、ある英雄が闇の技法に精通していることもあり、かなり寛容になってきている。

 

 そしてそれ以上に、長はリオンの人柄をよく知るがゆえに、波紋を生み出す一石として、送りたいのだろう。

 

「ふん」

「それに咲耶もお主に会いたがっておったし。なんなら向こうで仮契約なり本契約なりして一緒になってくれてもよいぞ?」

 

 だが、シリアスな雰囲気が一変、指をたててなにやら妙な提案をしてきたジジイに、リオンは威圧するような眼差しを向けた。

 

「八つ裂きにされたいのか?」

「わしもひ孫の顔が早く見たいんじゃよ」

 

 なにやらとっても、昔語りに聞き覚えのあるやり取りの気がして、リオンは半目で長を睥睨した。

 

「いいかげん似合わない義父の真似はやめろ、詠春」

「おや? 大分、板についてきたと思ったのですが」

 

 関西呪術協会の長、かつての大戦の英雄、赤き翼の一人、近衛詠春。母の古い知り合いでもあり日本の魔法界における重鎮にリオンは溜息を投げかけた。

 かつては堅物と評された詠春も、様々な経験を経て、孫までできたことでかなり柔らかくなった。

 自身ではだいぶ似てきたと思っていた義父そっくりの行動を呆れ混じりに返された詠春は、少し残念そうに微笑んで腰を上げたリオンを見送った。

 

 去りゆく背中に詠春は淡い笑みを浮かべて、

 

「あなたの後任に関してはなるべく早く準備します。必要な事務もこちらで済ませておきます。リオン……咲耶を、頼みます」

「ふん。まったく、面倒をかけさせるな」

 

 別れの言葉をかけた。

 

 




ネギま原作から約30年後
原作との相違点
原作ではネギま物語終了後の2013年に魔法の存在が公表されていますが、本作では未公表です。
ハリーポッター(1991年~)とネギま(2003年~)の時系列がずれています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。