春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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ホグズミードと赤毛の彼

 

 

 ハロウィン数日前の日曜日。

 ホグズミード行きの許可、リオンの同行は結局得られなかった。その代り、セドリックの紹介でグリフィンドールの双子のウィーズリーと会い、抜け道を案内されていた。

 

 授業で見た覚えはあっても、面識のなかった二人は、噂に聞く以上にハイテンションで明るく、ホグズミードに行きたいという留学生の希望を快く(面白がって)了承してくれた。

 どうやら双子も、噂の留学生と話してみたいと前々から思ってはいたらしい。

 リーシャも言っていたが、双子にとっても「規則とは破るためにある!」という信条らしく、とても楽しそうに連れ出してくれた。

 ただ、抜け道は秘密の通路ということらしく、あまり目立たせないために、行動は双子とセドリック、咲耶の4人だけで、クラリスたちとは後から合流するということになった。

 

 四階の廊下の中ほど呪文によって動く隻眼の魔女の石像に隠された入口を通って学校を出た4人は、双子を先頭にして長い廊下を歩いた。

 その間に、双子ともいろいろと話をしていた。

 

「サクヤはニホンのマグルの学校に行ってたのか!?」

「うん。普通の学校やよ」

「へー。それじゃ、マグルの中で暮らしてたのか?」

 

 話の内容は、精霊魔法に関することであったり、日本での学校のことに関してなどだった。

 

「んー。うちの実家には魔法使いの人、よーけ居ったみたいやけど、普段の生活は普通の人……えーと、マグルと変われへんかったよ?」

「マグルの生活様式で生活してたってことかい?」

 

 普段の生活。生粋の魔法族であるフレッドとジョージ、そしてセドリックも、マグルの生活というのはあまり馴染みがないのだろう。魔法使いの家系でありながら、マグルの生活をしていたと言う咲耶に少し驚いた表情となった。

 

「へー。そうだ! うちの親父がさ。すっごいマグル好きで、車とか、ペラグ? とか、なんかよく分かんないもの集めててさ。よかったら、その内見に来てよ」

「うん。ええよ~。フレッドとジョージのおとうさん、ってどんな人なん?」

「うちの親父かい? 聞いての通りマグル好きの魔法使いさ」

「たしか、ウィーズリーさんは、僕の父さんと同じで魔法省の人だよね」 

「そうそう。マグルが好きすぎて、マグルの道具に関われる部署に入ってるんだよ」

「あれはもはやマグル狂いだね」

 

 ところどころ凸凹のある道を1時間ほど歩くと緩やかな坂道のなり、なれない道に咲耶の息が少し乱れ始めた頃。

 

「よし、着いた」

 先頭を歩いていたジョージが行き止まりの天井に手を当てた。

 

「さあさ、留学生のお嬢さん、ご覧あれ」

「ここを開ければ、なんとそこは別世界」

 

 もったいつけたような二人の言葉だが、当の咲耶はこのイベントに瞳をキラキラとさせている。その顔を見てジョージとフレッドは嬉しそうに頷き合うと

 

「ようこそ、ホグズミードへ」

 

 イギリス土着の魔法族のみが存在する唯一の町、ホグズミードへの扉を開けた。

 

長い長い暗闇の通路から光の下へと出たことで眼を瞬かせた咲耶はそこがどこかの倉庫のようなところであることに気づいた。

 

「ここがホグズミードなん?」

「ああ。こここそ、かの有名なお菓子の宝庫」

「ハニーデュークスさ」

 

 咲耶の後からフレッドとジョージが続き、最後にでたセドリックが撥ね戸式の扉を音のしないようゆっくりと閉じていた。

 

 フレッドが咲耶に向けて静かにするようにジェスチャーして、警戒するように先の様子を見ながら階段を上ると、どうやらそこは店のカウンター裏のようで、隙を見て生徒でごった返す店内に紛れ込んだ。

 

「人が多すぎる、一度外に出よう」

「ついてきてくれ」

 

 人の多さは紛れ込むには優位に働くが、店内をゆっくり見て回るには制限となる。そのためフレッドとジョージの提案により4人は一度外へと出ようとした。

 そして

 

「なるほど、こんなところから出てくるのもありなのか」

「ほぇ……?」

 

 横から声をかけられて顔を向けた。そこにはカウンター脇の壁にもたれかかっている同い年くらいの赤髪の少年の姿があった。フレッドとジョージよりも若干明るく、光の加減んで金が混じっているようにも見える。

 

「えっ?」

「げっ!」「しまった」

 

 次いで出てきたセドリックとジョージ、フレッドも赤毛の少年に秘密の通路から出てくるところを見られて顔をしかめた。

 

「なかなか面白いところから出てくるな」

 

 セドリックは呆気にとられ、咲耶は赤毛の少年に指を向けてぱくぱくと声にならないリアクションをとっている。

 

「いやー、これは参った。まさかの失態だ」

「悪戯仕掛人が秘密のひとつを知られてしまうなんて」

 

 自信満々の秘密の通路が、お目見えしていきなり計画破綻してしまい、双子はそれぞれ天を仰ぐように額に手を当てた。

 赤毛の少年は、にやにやと咲耶を見つめていたが、双子のオーバーなアクションに視線を移した。

 

「君たちはたしか……」

「フレッドだ」「ジョージさ。それと後ろの彼はセドリック・ディゴリー。そして、こちらの少女は」

「留学生の近衛咲耶、だろ」

 

 フレッドとジョージが自己紹介し、あわせてセドリックも手振りで紹介した。もう一人の留学生のことも紹介しようとするが、それを遮るように名前を言い当てた。

 始業式の際に生徒の前で紹介されたのだから、知っていてても不思議ではない。

 

「リオ……むぐ」

 

 少年の言葉に我を取り戻した咲耶が驚きのままに声を上げようとしたが、その声はなぜか途中で止まってしまった。

 

「リオ……? サクヤは彼を知っているのかい?」

 

 中途半端に叫びをあげ、なぜか、むぐむぐと言っている咲耶にセドリックは視線を向けて首を傾げている。

 

「彼女とは図書館で偶然会ったんだよ」

 

 なにやら答えようとしない咲耶に代わって赤毛の少年が平然とした様子で答えた。

 

「君は……3年、ではないよな。見た記憶がないんだが……」

「ああ、4年だ」

 

 違う寮で生活しているとはいえ、授業では他クラスとの合同も多い。学校生活も3年目ともなれば、大体の人間の顔は見覚えも出てくるだろう。だが、目の前の赤毛の少年の顔にはセドリックもフレッド、ジョージも見覚えが無かった。

 

「名前は?」

「リオ……リオールだ」

 

 ジョージの問いに赤毛の少年は、一拍おいて名前を告げた。

 とりあえず互いの名前が分かったところで、なにやら咲耶が「ぷはっ」と塞がれていた口を開くような素振りを見せ、リオールをジト目で見つめた。ただ、その顔は少し嬉しそうに緩んでいた。

 ともあれ、通路のことを知られてしまったことは取り返しようはない。

 

「ちょっと訳ありでね。できれば彼女がここに来ていることを知られたくないんだ」

「秘密を守ってくれるのなら、君には僕たち悪戯仕掛人がとびっきり素敵なハロウィンをプレゼントすることを約束するよ」

 

 ジョージとフレッドは建設的に前向きな提案をした。

 

「へぇ、それは面白そうだな……よし、交換条件、ということでどうだ?」

「条件?」

「実は僕は去年、ここに来れなくてな。友人ともはぐれてしまって一人ではどこが楽しいのか分からないんだ。君たちなら詳しそうじゃないか?」

 

 二人の提案に対して、リオールは交換条件を提示した。

 リオールの言う通り、フレッドとジョージなら、3年生と言えども他の生徒よりもホグズミードについてよく知っているし、秘密にしてくれるというのならこちらの提案にもかなっている。

 

「なるほど」

「一緒に共犯になる。でいいのかい?」

「話が早くていいな」

 

 リオールの示唆したことを巡りの早い理解で解釈した二人に、リオールは笑みを浮かべた。

 

「これは俺たちとも気が合いそうじゃないか、ジョージ?」

「と、いうことでよろしく頼むよ、セドリック君」

「ああ。いいかい、サクヤさん?」

 

 三人だけで予定の変更をしてしまったため、遅まきながらリオールがセドリックに挨拶をして、フレッドが咲耶に確認をとった。

 

「えっ、あ、うん。よろしゅう、お願いします」

「よろしく、咲耶」

 

 咲耶は呆気にとられたように頷き、爽やかな笑みを浮かべて手を差し伸べてくるリオールと握手を交わした。

 

 ジョージたちにとってはいきなりのハプニングだったが、とりあえず予定通り、ごった返すハニーデュークスから一度外に出て、他のメンバーと合流する運びとなった。

 押し合い圧し合い。あまりにもたくさんの人がいるため、咲耶がとがめられることはなく、何とか無事に店外へと脱出した。

 先生なんかがいて、見つかると厄介なことになる。あたりを伺いながら、同時に友人たちを探していると、比較的すぐに友人たちを発見することができた。 

 

「あっ! いたいた、サク、むがっ!」

 

 同じく向こうも気付いたようで、咲耶とセドリックの姿を見つけたリーシャが嬉しそうに咲耶に大きな声で呼びかけようとするが、それに気づいたクラリスが素早くその口を塞いだ。

 一応咲耶は、内緒でここに来ているのであり、あまりおおっぴらに名前を呼ぶのはマズイためだ。

 

「うまく行ったみたいだな、セド……ん? そっらは?」

 

 乱暴に口を塞がれたリーシャは、クラリスに文句を言おうとして、クラリスはリーシャの迂闊に文句を言おうとして睨みあった。その間に女子三人と行動を共にしていたルークがセドリックへと声をかけた。

 予定通りウィーズリー兄弟と姿を現し合流できたのは計画通りなのだが、それにしては1名見知らぬ顔がくっついていることに首を傾げた。

 

「実はちょっとミスがあってね。こちら4年のリオール君」

「リオール・マクダウェルだ。よろしく。お邪魔させてもらうよ」

 

 セドリックの代わりにフレッドがリオールを紹介した。

 いきなり帯同人数が増えていることにフィリスがモノ問いた気にセドリックと咲耶を見たが、セドリックは軽く肩を竦めた。

 

「ちょっとした交換条件でね。秘密の通路のことを内緒にしてもらう代わりに、ホグズミードを案内してほしいってことなんだ」

「……サクヤ?」

 

 ジョージの説明にクラリスが咲耶に確認をとるように視線を向けた。「いいの?」という問いに咲耶はほわほわと笑いながら小首を傾げた。

 

「みんなで回った方が楽しいし、ええかな?」

「…………」

「サクヤがいいならいいけど……」

 

 心配したクラリスたちだったが、むしろ咲耶の方が問い返して来てクラリスは沈黙し、顔を見合わせてフィリスは同意を返した。

 

「まとまったみたいだし、それじゃあホグズミードを愉しもうぜ!」

「まず最初に行くとこは決まってる! ゾンコの店さ!」

 

 フレッドとジョージ主導の案内のもと、7人はホグズミードを楽しんだ。

 悪戯用具専門店のゾンコの店では二人の勧める面白魔法用具に対してリーシャが大いに関心を示し、ティーカップに鼻を噛みつかれたりしていた。そんな様子に咲耶やルーク、リオールも楽しみながら見て回った。

 

 次に見て回ったのは、ホグズミード屈指の観光スポットであり恐怖の屋敷としても知られる叫びの屋敷だった。

 どうやら怖いものが苦手らしいクラリスはいつもの無表情な状態で顔を青ざめさせ、ゾンコでのおかえしとばかりに驚かしてきたリーシャとじゃれあったりしていた。ちなみに見た目によらず、というよりも見た目通り、咲耶は別に怖いものは平気なのか、いつものほわほわとした笑みを浮かべてリオールの横で屋敷を見学していた。

 グラドラグスの魔法ファッション店では女の子全開で興味を示したフィリスが、咲耶と一緒になってクラリスとリーシャを着せ替え人形にして楽しみ、セドリックに恥ずかしい洋服姿を見られたリーシャが杖を抜きかけるというハプニングがあった。

 

 他にも魔法の機械を取り扱う魔法用具店ではリオールが大いに関心を示したりと、一行は大いにホグズミードを愉しんだ。

 そして時間的に最後の店としてフレッドが選んだのは三本の箒。マダム・ロスメルタが店主を務めるパブだった。店の中はホグワーツ生でにぎわっており、一行は咲耶を知っている人に出くわさないように気を付けつつ、席を確保した。

 

「おまちどおさま」

「えっと、これってビール?」

「バタービールさ」

「ここに来たらこれを飲まなきゃ嘘だぜ」

 

 ジョージとルークが持ってきた飲み物を見て咲耶は眼を丸くして不思議そうに見た。物珍しそうな咲耶にフレッドが誇らしげに言い、ジョージも名物だからと笑みを浮かべながら言った。

 

「大丈夫だよ、ノンアルコールのよりも低いのくらいだから」

「たしかに、おっ、いけるな」

 

 アルコールであると心配する咲耶にセドリックはほとんど入っていないことを微笑を向けながら伝え、リオールも直接飲んでそれを確認した。

 思いのほか気に入ったのかリオールの顔が少しほころんだ。

 

「ぷっはぁ! やっぱこれだねぇ!!」

「リーシャ、髭生えてるみたいになってるわよ。まったく」

 

 豪快に飲むリーシャに両手でもったグラスを傾けてこくこくと飲むクラリス。そんな光景を見て微笑みながら口をつけたフィリス。

 咲耶も友人たちだけでなく、見回すと周りの生徒たちもおいしそうに飲んでおり、リオールの表情も安心できるものでありそうなので

 

「あ、ほんまや。これおいしーわ~」

 

 バタービールに口をつけた。本来のビールとは苦いものだというのは聞いたことがあるが、口にしたそれはまろやかな甘みがあり、ジュースとは違うおいしさがあった。

 嬉しそうな顔でバタービールを飲む咲耶に、リオールやセドリックも微笑ましげな眼差しを向け、フレッド、ジョージも楽しげに話題を提供した。

 

 

 数10分後

 

 

 三本の箒は様式としてはパブだが、未成年だらけの学校に近いこともあって、その店内には街中で見られるように酔いつぶれた客というのはほぼいない。

 しかし

 

「えへへ~。リオンや~。わ~い」

「酔ったな、こいつ」

 

 咲耶は真っ赤な顔でリオールに後ろから抱きついており、抱きつかれているリオールは淡々とした様子でバタービールを飲んでいる。

 

「嘘だろ!?」「こんなの入学前の子供でも飲むぜ!?」

「幼く見えるとは思ってたけど、まさかこんなに弱いなんて」

 

 まさかとは思うが、信じがたい様子で咲耶とバタービールを見比べるジョージとフレッドは驚きの表情となっている。

ノンアルコールは厳密にはアルコールがまったく入っていないわけではなく、バタービールもまた同様なのだが……これで酔うのは屋敷しもべ妖精か、よほどアルコールに弱い幼子くらいであり、セドリックもまじまじと上気した咲耶の顔を見ている。

 

「見た目通りの体質のようね……」

「クラリスは大丈夫だよな?」

「サクヤ……」

 

 痛恨の事態に、フィリスは顔を引きつらせ、リーシャはからかい交じりにもう一人の幼児体型を見た。無礼な視線を受けたクラリスは、いつもであれば、即座に毒舌のツッコミを返すところだが、咲耶が初めて会った男子にべったりくっついてしまって頬を膨らましている。

 

「リオン~」

「…………」

 

 一方の咲耶は、隣に座るリオールに抱き着いてその肩に頬ずりしている。

 

「ダメだ、人の見分けがついてない」

「なんてこったい」

 

 一応お忍びの悪戯でもあるため、まさかの事態にフレッドとジョージは天を仰いだ。

 

「おーい、サクヤ。これいくつだ?」

「ん~。りーさ!」

「おい」

 

 酔いの状態の確認に、リーシャが3本指を立てて目の前で振って反応を確かめるが、咲耶は愉しそうに両手を上げてけらけらと声を上げた。

 頭痛を堪えるような表情のリオールに、咲耶はべったりと背中から張り付いた。

 

「大好きや~、リオン……」

「寝たみたい、だね」

 

 リオールの肩に頬をのせたまま眼を瞑った咲耶は、そのまま声が聞こえなくなり、代わりに寝息を立て始めた。

 幸せそうな表情の咲耶を見て、セドリックは苦笑している。

 

「完全に酔っ払いの行動だな」

「きっと留学っていうのは大変なんだろうね……」

「ん? どゆこと?」

 

 リオールが呆れたように背中の少女の行動を評した。一方でセドリックは咲耶の行動が不安ゆえだろうと思っているようだ。話の急な変化にリーシャは首をかしげてセドリックを見返した。

 

 いきなり寮生活、というのでもなかなかに大変だ。しかもそれが母国語の通じない異国なのだから。

 

「そうか? よく見てたけど楽しそうにしてたぜ?」

「僕らが出されている課題に加えて空白分の1,2年の間の補習課題も出されてるんだ。別系統の魔法っていう下地はあっても、レポート課題とかよく提出期限に間に合うって、寮のみんなで言ってるくらいだよ」

「たしかに、のほほんとしてるけど、いつもスプリングフィールド先生のとこでしごかれてるみたいだしね」

 

 寮が異なるため、教室や食堂でみる楽しそうな咲耶の様子しか知らないジョージたちに対して、同じ寮でいつもくたくたになるほどに課題に取り組んでいる咲耶を見ているセドリックとフィリスは優しそうな視線を咲耶に向けた

 

「ここにいなくても、これだけ彼女に想われてるなんて、スプリングフィールド先生が、羨ましいね」

「…………」

「その割には間違えてるけどな」

 

 セドリックの言葉にリオールは無言でビールを飲みほし、クラリスはすっと目を閉じ、リーシャは呆れ交じりに咲耶の頬をつついた。

 

「おっ、もしかしてディゴリー君は、留学生に恋かね?」

「マジかよ、セド!?」

 

フレッドとジョージは茶化すように声をかけると、ルークが驚きの声を上げた。

 

「どうだろうね、でも可愛い子だと思うよ」

「えっ!?」「むっ!」

 

 二人の茶化しにセドリックはさらりと笑みを浮かべて返し、それを聞いたジョージはヒューと口笛を吹いた。一方、フィリスは「きゃー」と花をとばすような黄色い声を上げ、リーシャとクラリスはそれぞれうめき声をあげた。

 

「……そろそろ、出ないか?」

 

 恋話に発展しそうな会話は、しかし当の咲耶に抱き着かれているリオールの言葉によって打ち切られた。

 

 

「大丈夫かい?」

「ああ。軽いもんだ」

 

リオールのローブを握って離さない咲耶は、リオールにおんぶされる形で移動しており、セドリックが気をつかって声をかけた。

 

「仕方ないから、セドリックたちに任せるけど、絶対に変なマネするなよ!」

「サクヤになにかあったら、鼻呪いをかける」

 

 人数の関係上、秘密の通路をあまり大人数で移動するのはリスクがあるため、咲耶に掴まれて仕方ないリオールを除いて、行きと同じように4人は別行動となった。

 酔った状態の友人を、男たちに預けるのは非常に心苦しいのだが、通路に関しては、セドリックと咲耶だけという当初の約束があるためリーシャとクラリスは呪い殺すような眼差しで念を押した。

 

「セドだったら、心配ねーって」

「分かってるよ」

 

その鬼気迫る様子にセドリックはルークと同じく苦笑いを浮かべつつも頷きを返した。一方、クラリスの眼差しを受けるリオールは、その眼差しが面白いのか意地悪く笑みを返し、クラリスを挑発した。

挑発されたことは分ったが、それでも咲耶をおぶっているためリオールに手出しできず、視線の棘が増したまま見送った。

 

 ハニーデュークスの店まで戻ってきた一行は、周囲を警戒しながら地下へと降り、倉庫へと忍び込んだ。

咲耶をおぶっているリオールが高さに注意しながら秘密の通路に降り、セドリック、ジョージと続いて、最後にフレッドがホグズミードの扉をゆっくりと閉めた。

 暗い廊下を、今度は咲耶を背負ったリオールを連れて歩き、セドリックたちは行きと同様の隻眼の魔女の所へと出てきた。

 

「とっておきだぜ」

「我ら悪戯仕掛人の秘密のタネをご覧あれ!」

 

「ディセンディウム、降下」

 

 双子の呪文により、壁と思われたところが開き、学校内への通路が開かれた。

 今度こそ見ている者が居ないことを慎重に確認した後、一行は素早く廊下へと出て動いていた像を呪文で元の位置に戻した。

 

「よし、これで悪戯完了」

「問題はサクヤだね」

 

 一行は秘密の通路からホグワーツの4階へと戻った。隠し通路の細身の出口から抜け出し、出入り口を閉じるとフレッドは満足そうに笑い、セドリックはもう一つの懸念材料を見やった。

 

「流石にこれでフィルチなんかに出くわしたらマズイな」

「そっと寮に帰って……」

 

 その場を離れるように歩きながら、方針を相談していたが、不意に前を向いていたジョージの声が途切れた。訝しんでフレッドやセドリックも視線を前方に向けると

 

「ウィーズリー、ディゴリー。もう戻ってきていたのですね」

 

 グリフィンドール寮、寮監マクゴナガル先生がタイミング悪く廊下を曲がってきて、こちらの気づいた。不幸中の幸いと言っていいのか、マクゴナガル先生は廊下を曲がってきたところのため、秘密の通路のことは見てはいないようだ。

それでもリオールの背中にいる存在に、思わず天を仰ぎたくなるフレッドとジョージだが、状況を思い出して

 

「はい、マクゴナガル先生」

「なにせ今週は我らが弟のホグワーツで初めてのハロウィンですから、色々準備を仕込んでおかないといけなくて」

 

 にこやかに笑いながら悪戯計画があることをばらすような発言をした。

その発言にマクゴナガル先生の厳格そうな眉がピクリと動き、しかし今週にあるハロウィンという一種のお祭りの日であることを考えたのだろう。

 

「まったく、なにをやるつもりかは知りませんが、くれぐれも、私がグリフィンドールを減点しなければならないようなことはしないように」

 

 二人の悪戯は、時としてはた迷惑(主にスリザリンやフィルチにとって)だが、それでもこういったイベントごとに関しては盛り上げ役として非常に優秀であり、マクゴナガルも多少は黙認するつもりのようだ。

 二人の思惑通り、マクゴナガル先生の注意は二人に向いたようで、その間にジョージが後ろ手で咲耶を隠すように、リオールとセドリックに手で合図を送った。

 

「お任せください、マクゴナガル先生」

「我らウィーズリー兄弟、特別な日には最高に楽しいハロウィンにしてご覧入れましょう」

 

 オーバーにマクゴナガル先生に近づき、一層注意を引こうとしたフレッドとジョージだが、

 

「まったく、あなたたちは……えっ? ちょっと待ちなさいそこの二人!」

「げっ!」「マズイ」

 

 健闘むなしく、セドリックたちが行動を起こす前にマクゴナガル先生の目に留まってしまった。

 

「あなたの、あなたが後ろに背負っているのは……コノエではありませんか!?」

 

 見つかってほしくない人物の惨状をばっちり見られたフレッドとジョージはそろって「あちゃー」と天を仰いだ。

 

「マクゴナガル先生、これは……」

「あなたたちは一体、彼女になにをしたのです!?」

 

 未だ咲耶の顔は赤く、リオールの背中でむにゃむにゃと夢の中にいる。そんな状態の少女を男子4人が運んでいるなどと嫌な想像しか掻き立てない状況にマクゴナガル先生は悲鳴じみた声を上げた。

 

 授業においては贔屓しないが、咲耶は他国からの留学生であることに加え、日本呪術協会の協会長の孫なのだ。そんなVIPの留学生に我が校の男子たちがしでかしたのではないかと想像してしまったのだろう。

 

「先生、彼女はちょっと勉強のしすぎで熱を出してしまわれたんですよ」

「そこで彼女と同じハッフルパフの優等生、セドリック・ディゴリーとリオール君が医務室へと運ぶ途中でして」

「バカをおっしゃい! 彼女のこれは熱ではなく、酔いなのではないですか!?」

 

 なんとか取り繕おうとするフレッドとジョージだが、気づいてほしくないところをマクゴナガルは次々に看破していっている。

 

「まさか、あなたたち、無断で彼女をホグズミードに連れ出したのではないでしょうね!?」

 

 ホグワーツの台所事情は魔法使いに従順な屋敷しもべ妖精がしきっているが、従順とは言っても主である学校の教師と生徒、どちらの命令に重きを置くかというと、当然教師だ。そのため学校において生徒が酔っぱらうような飲み物を手に入れるのは不可能だ。

 

 ゆえに、今日という日に酔う可能性のある飲み物を手に入れられるのは咲耶が行くことができないホグズミードだけだ。

 

 フレッドとジョージはなんとかこの場を逃れるための方便をひねり出そうとし、ちらりとリオールにおぶわれている咲耶に視線を向けたセドリックは

 

「……すいません。僕が彼女を無理に誘いだしました」

「ディゴリー!?」「おいっ!」

 

 二人が止める間もなく自身の違反を口にした。

 

「セドリック・ディゴリー……あなたという人は……」

 

 セドリック・ディゴリーという少年は、劣等生の多いと陰口を叩かれるハッフルパフではあるが、学年でも優秀な部類で、寮の特徴である忍耐と優しさを持つと教師陣にも評価されている生徒だ。

 ゆえに留学生を気遣ってのことだということは分からなくもないが、それでもよもや無許可で彼女を連れ出して、酔っぱらわせてきたなどということは許せるものではない。

 

「いやいやマクゴナガル先生。ちょっとフィルチの眼を掻い潜るなんて彼にはできませんよ」

「ちょっと留学生にホグズミードの楽しみ方を教えようという、我々の悪戯でして」

「あなたたち! なんということを! 彼女はスプリングフィールド先生の同行なしでホグズミード行きを許可されていません! それを連れ出した挙句、酔わせたなどと!!」

 

 一人泥を被りそうな態度のセドリックに対し、悪戯仕掛人の後継者を自認する二人は自らの悪戯であることを強調した。

 たしかに発端はセドリックたちかもしれないが、実際にそれを行動に移した以上、この悪戯は自分たちのものだという矜持が彼らにはあるのだろう。

 

 マクゴナガルは顔を真っ赤にして彼らを怒鳴った。

 

「ひとまず、コノエはマダム・ポンフリーの所に連れて行きます。あなたたちへの罰はその後です。スプリングフィールド先生にもこの件を伝えなければ……」

「まぁ、少し待て、ミネルバ・マクゴナガル」

 

 マクゴナガル先生がこの事態の対処と彼女の保護者への連絡の必要性に頭痛の覚えたような表情となっている中、少し驚いた表情で3人を眺めていたリオールが口を開いた。

 

「なんですか、あー……」

 

 言葉をかけられてマクゴナガル先生がもう一人の怒りの対象に厳しい視線を向けた。科目ごとに全生徒を担当している教師は、生徒自身よりも多くの生徒の顔を覚えている。しかしそのマクゴナガル先生においても、この少年には見覚えが無く、名前がでてこずに少し固まっている。ただ、どことなく見覚えがありそうな顔立ちに怪訝な色を滲ませていると

 

「ん。時間か」

 

 リオールの言葉とともに、

 

ボンっ

 

という音ともにリオールの姿が消えた。

次の瞬間そこに居たのは

 

「これで、問題ないだろ」

「……なにをしているのですか、スプリングフィールド先生?」

 

 咲耶を背負ったまま、先程よりも明らかに身長が二回りくらい大きくなっているリオンの姿があり、フレッドたちはもとよりマクゴナガル先生も呆気に取られている。

 一泊遅れて、まだ驚きから帰ってこないセドリックたちよりも早く、マクゴナガルが、気持ちを静めるように大きく深呼吸してから問いかけた。

 

「流石に同行するのに教師が一緒では、周りの生徒に気の毒と思いましてね」

 

 リオンの表情は、どちらかというとバレた時の周囲の表情が楽しそうだから、という副音声が聞こえてきそうなほどに面白そうな笑みを浮かべていた。

 その返答に、マクゴナガル先生は大きく鼻を膨らませて、もう一度深呼吸をした。

 真面目そうだと思っていた新しい同僚が、実は悪戯好きなのだとこの時になって確信したようで、気持ちの整理をつけているのだろう。

 

「コノエが酔っているのは?」

「これはちょっと予定外でしたが、別に彼らが意図したことじゃありませんよ。まあ、彼らも咲耶を楽しませようとして思ってくれたことなので、心配するようなことはありません」

 

 あっさりと答えるリオンに、マクゴナガル先生はパクパクとなにかを言いたそうにして、しかし言葉がでてこずに唇をキュッと結んだ。

 

「……分かりました。あなたがそうおっしゃるのなら問題はなかったのでしょう。ウィーズリー、ディゴリー、罰則は私の早合点でした。これからも留学生の彼女を気遣ってあげてください」

 

 流石は副校長というべきか。鉄のような自制心で平静を装ったマクゴナガル先生は、先に挙げた違反が覆されたことを潔く認めて、踵を返した。

 セドリックや双子の反応から、許可の前後や彼らの思惑は彼女にも察しがついたのだろうが、その保護者であるリオンが問題なしと言っている以上、証拠はなく、深く追求するのは止めにしたようだ。

色々と思うところはあるのだろうが、去り際に口にした言葉は、優しさに満ちているようにも感じられ、3人ははーっと息を吐いた。

 

「助かったー」

「スプリングフィールド先生、人が悪いぜ」

 

 マクゴナガル先生の姿が見えなくなると、フレッドとジョージはリオンに駆け寄って、先程まで同じくらいの身長だった先生を見上げた。

 

「先生。元々ついて行く気だったのに、ダメだししたんですか?」

「いや。勝手に連れ出しているのが分かったんで、先回りしたんだよ。方法は秘密だ」

 

 セドリックはどこか納得いかなそうな表情でリオンに問いかけるが、リオンはにやにやとした笑みを浮かべたまま答えた。

 

「マジかよ!」

「フィルチなんて目じゃないぜ、この人!」

 

 リオンの返答が気に入ったのか、フレッドとジョージは嬉しそうにリオンを指さしている。

 

「勝手に彼女を連れ出したのに怒らないんですか?」

「……まっ、友達が気にかけてくれるのは悪いことじゃないだろ」

 

 お咎めなしだったものの、生真面目なセドリックにとって違反しようとして、実際に行動に移してしまった罪悪感があるのだろう。しかしリオンは背中の咲耶を軽く揺すって示し、苦笑した。

 

「それより、今日のことは内緒にしておけよ。これからホグズミードに行きづらくなるんでな」

「許可して下さるんですか!?」

「いつも気付けるとは限らん。毎回抜け出される方がよほど面倒だ」

 

 やれやれといった様子のリオンだが、それでもなんだかんだで咲耶のことを気にかけているのだろう。

 

「このことを黙ってるなら、代わりに俺も今日の通路のことは秘密にしといてやるよ」

「先生、話が分かるぜ」「交換条件、だな」

 

 リオンの提案にフレッドとジョージが口笛を吹いた。今日一日、リオンと過ごしてだが、授業中の厳しそうな様子とは裏腹に、子供っぽい悪戯心を持ちあわせていることが分かったのだろう。フレッドたちはかなり親近感が湧いたようだ。

 

「ああ……さて、と。じゃあとりあえず、この酔っ払いをなんとかするか」

「先生、サクヤは……」

 

 話題を今現在、リオンの背中で寝ている人物へと変えるとセドリックは心配そうに声をかけた。

 

「あとで寮に送り届ける。心配しなくてもそんなに説教はせんよ。こいつのお友達には見つかったけど大丈夫だったとでも言っとけ」

 

セドリックに対してリオンは、心配するなと声をかけて、彼の研究室へと足を向けた。

 

 

 

 


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