春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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蘇る“はじまり”

 荒れ狂っていた白い焔が消えた。

 城外で翼を広げ、愛刀夕凪を振るっていた刹那は、姫の魔力にあてられて暴走していた式神が、突如としてその実体化を解いたのを見て、瞬時に視線を巡らした。

 

 地面に描かれた契約陣が魔力の流れが途絶えたことで光を失う。

 金の髪の魔法使いが少女の体から滑り落ち、その身を力なく横たえていた。

 少女がゆさゆさと魔法使いの体を幾度か揺さぶりながら声をかけ、それでも決して声が返ることのないことを悟った瞬間、悲痛な叫び声があがった。

 

「お嬢様っ!!」「リオン君っ!!」

 

 空から翔け降りた刹那と契約陣の横にいた木乃香が顔を青褪めさせて少女に駆け寄った。

 

「木乃香様治癒の術を!」

「うん。咲耶、少し離れて!」

 

 ほんの僅かでも命が残っているのであれば。それがたとえ消えゆく蝋燭の最後の灯のようなほんの微かな残り火であったとしても、命が失われていなければまだ間に合う。

 世界最高峰の治癒術師、近衛木乃香にはそれだけの力があり、経験があった。

 ゆえに刹那はリオンに縋り付く咲耶を引き剥がし、木乃香に治療を行ってもらおうとして――

 

「!!! このちゃんっ!!」

 

 目の端でリオンの影が揺らめき、咄嗟に木乃香の腕をとって咲耶とともに跳び退った。

 

「なっ!!?」

 

 瞬動で回避した木乃香の目の前を、リオンの影が切り裂いた。ほんの僅かでも刹那の反応が遅れていれば、影が木乃香を切断していただろう。

 命を喪失したと思っていた体の影が、突如として牙を剥く。しかも他でもない、リオン・スプリングフィールドの影が。

 あまりの事態に咲耶の涙は止まっており、その混乱は極地へと達していた。

 

「せっちゃん、これはっ!?」

 

 動揺は木乃香も同様だ。

 リオンの影は横たわる彼の周囲から幾筋も立ち昇っており、まるで影自身が意思を持っているかのように渦を巻く。

 その光景に、刹那は混乱や動揺よりも危険を察知した。

 

「これはまさかっ!!!」

 

 渦を巻く影がリオンを取り巻き、その体を覆っていく。

 それは決して解けるハズのない封印が解けようとしている証。

 

「転生封印が解けるッ!!!」

 

 かつてネギ・スプリングフィールドが施した不破の封印、“リオン”という器が壊れたことを意味していた。

 

 

 

 第97話 蘇る“はじまり”

 

 

 

 リオンの弟子であるディズは、師匠が3つ目の術式兵装を展開し、ホグワーツ城城外の空で荒れ狂う白焔を纏うサクヤを対処しているのを見ていた。ダンブルドアもまた城外での異変に立ち会うためにかディズの隣に現れている。

 

 師とサクヤが空から消え、地に降りたのを追って、ディズは城から瞬動術を使って外に出た。そこでダンブルドアと共に信じがたい光景を目にしていた。

 

「むぅ」

「なっ!? マスター!!?」

 

 横たわり、影に呑み込まれようとしている師の姿。そして抜身の剣を構え、決然とした顔で“リオン”を見る翼ある剣士。

 事態の推移はディズにも追従できる領域を超えていた。

 

 

 

「すいませんお嬢様――――」

 

 そして黒い影が乱舞する光景を前に、翼ある剣士、刹那は覚悟を決め、背後に庇う少女に対して謝罪の言葉を紡いだ。

 

「完全に戻る前に滅します!!」

「刹那さんっ!!?」「せっちゃんっ!!?」

 

 剣士が構えた剣に魔力とは異なる、気を集中させていた。それは極限にまで練り込まれた気の集中。魔力と気という違いこそあれ、それは並の魔法使いの力を遥に上回る最強クラスの力。

 涙に濡れる咲耶の顔が恐怖と驚愕に引き攣り、木乃香と共に悲鳴のような声を上げた。

 

 主とその娘。刹那にとって最も大切な人たちの悲痛な声を聞きながらも、刹那は愛刀夕凪に気を集中させた。

 例えそれによってどれほど親友の娘に憎まれようとも、今ここで“彼”の封印を破られるわけにはいかない。

 

「神鳴流決戦奥義――――」

 

 “魔”を滅する剣技の秘奥。

 極限の気の集中によって刹那の持つ夕凪の刀身が一つの意志を具現化せんと輝きを帯びる。

 

 ――「真・雷光剣ッ!!!」――

 

 横たわるリオンの体から立ち上る影が接近する刹那に反応して迎撃しようとし、剣先に電気エネルギーを帯電させた刹那の剣が爆発し、全てを白閃に染めた。

 

「ッッッ!!!!!!」

 

 旧世界最強クラスの剣士の全力の剣。

 それは揺らめく影を焼きつくし、死に逝くリオンの体すら跡形もなく滅するほどの威力であり、だがしかし白閃が消え、視界が戻った時、刹那はその剣の先が受け止められていたことに驚愕した。

 

 地面から手を伸ばす影と闇で編まれた召喚魔。

 幾重にも展開された堅固な魔法障壁。

 

「やらせはせぬよ、神鳴流」

「なっ!! 使徒っ!!?」

 

 刹那の剣はリオンの体を守るように現れた二人の使徒、デュナミスとグリンデルバルドによって防がれていた。

 それは刹那にとって最も恐れていた事態であり、ディズにとっては理解の及ばぬ事態であった。

 

 墓所の主と呼ばれた剣士が現れた以上、使徒がここに現れることは予想外ではない。

 理解できないのは、突如として現れた使徒は力なく横たわるリオンの体を守ったことだ。

 ディズの師、リオンは紛れもなく使徒と敵対していた。

 今意識がないように見えるリオンを害することは使徒たちにとって容易いはずで、それどころか何もしなければ先程の雷の剣によって討滅されていたはずなのだ。

 彼らにとって最も厄介な敵であるはずの“福音の御子”を守った。

 

 刹那は仕留めるはずの剣が止められたことに驚愕し、技後であることとあいまってその体が硬直した。

 デュナミスの闇影の魔物が刹那に向けて巨腕を振りかぶり、バチリと紫電が走った。

 

「ッッ!!!」

「むっ!?」

 

 巨腕が振り下ろされたそこに、刹那の体はなかった。

 

「刹那さん、木乃香さんっ! 無事ですかっ!?」

「ネギさんっ!」「ネギくんっ!」

 

 雷天双壮状態のネギが雷速の動きで刹那を間一髪のところで抱き上げ回避したのだ。

 ネギは刹那を抱いた状態で木乃香と咲耶の所に後退して着地した。

 

「ちっ! ネギ・スプリングフィールドかっ! ……だが、出し抜かせてもらったぞ、英雄」

「くっ!」

 

 横たわるリオンの体は嵐気流のように取り巻いた影によって完全に隠されていき、溶けるように飲み込まれた。

 そして地面へと沈み込むように消え――――ゆらりと、黒衣の影が立ち上がった。

 

「なに、が……」

 

 ネギたちの背後のディズは、唖然として“それ”を見た。

 立ち上がった黒衣の人影。その裾野がまるで生き物であるかのように舞い、揺らめいている。

 ディズだけではない。ダンブルドアも、そして遅れてやって来たマクゴナガルやスネイプたちもまたその存在を見て、体が動かなくなっていた。

 視線を向けられているわけではない。威圧を飛ばされているわけではない。

 ただそこに居る、それだけでその存在は全てを圧していた。

 

 絶望感……? いや、それは畏怖であった。

 人よりも遥かに上位の存在を目の当たりにした畏敬の感情。絶対に抗えないと思わせられる存在の違い。

 その存在を表する言葉を彼らは知っていた。ただ、目の当たりにしたことはなかった。

 

「よく、お目覚めになりました、(マスター)

 

 表す言葉の名は“神”。

 そうとしか思えない存在が今、目の前に立っていた。ネギは食いしばる歯の奥から、その存在の名を呼んだ。

 

「っ、造物主(ライフメーカー)……!」

 

 始まりの魔法使い、世界を創りし者、造物主、神。

 

 封じられていたその“神”が今、眠りを破り再び現れていた。

 存在の格とも言えるモノが違う。ディズたちだけでなく、ネギたちも動くことができずに見ていた。

 忠実なる使徒に迎えられた造物主は頭部を覆う黒のローブを下ろし、その顔を露わにした。

 その顔はディズや咲耶たちが見知ったものであり、けれども何かが違っていた。

 

「マス、ター……?」

 

 無意識に、ディズは赤髪の師を呼び、咲耶はその違いに身を震わせた。

 顔は同じように見える。

 だが直感よりも深い何かによって理解させられていた。それはあるいは魔法使いとしての、人としての本能、原初の記憶に基づくものなのかもしれない。

 

 

 

 赤い髪の造物主は、細まった瞳で周囲を見回していく。

 視線が自分の体を通り過ぎるのを感じて、ディズは背中を冷たいものが流れ落ちたのを感じた。

 ネギを、咲耶を、木乃香を、ディズたちを見回した造物主は――――

 

 

「ふぁああぁ~~」

 

 

 大口を開けて欠伸をした。

 

 虚をつかれて思わず唖然となり、目を丸くする一同。その目を丸くしている者の中には敵であるデュナミスやグリデルバルドたちも含まれている。

 

「あー……んだよ、せっかく寝てたのに。なんで起こすかなぁ」

「ま、マスター……?」

 

 まさに寝起きですと言わんばかりに、使徒からマスターと呼ばれた造物主はガリガリと後頭部を掻いていた。

 

 ディズから見ても隙だらけで、先程までの神威のような威圧感はなんだったのかというほどに無防備そうに見える姿。

 だがネギや刹那は嫌な汗が流れるのを感じていた。

 たしかに以前彼らが戦った時とはなぜか振る舞いが異なっている。だが間違えようはずもない。

 その顔はネギの父――ナギ・スプリングフィールドと同じもの。

 

「よう。そっちにとっては久しぶりになるのか? ネギ」

 

 そしてまるで父のような口ぶりで、造物主はネギに振り向いた。

 悪戯っ子のようなにやりとした笑みを口元に、切れ長な瞳がネギを捉える。

 

「つーかなんだよこれ。なんかパス繋がってね?」

 

 ネギへと視線を向けた造物主だが、今度は自分の体の状態が気になるのかグーパーと掌を開けたり閉じたり、腕を上げて背中を覗くような仕草をしたりしている。

 

 思いもよらぬ造物主の振る舞いに虚を衝かれてフリーズしていたデュナミスは主の疑問にハッとなって動きを再開した。

 

「はい。忌々しいスプリングフィールドの封印を解除するためには封印式である疑似人格そのものを破壊する必要があったのです」

 

 主の性格こそ予想外であったが、計画自体は成就した。

 もっとも封印が解かれるはずのない日。もっとも“リオン”の強い日を狙ってその力を破壊する計画。

 

「不死殺しの姫。此花咲耶姫の力。それによって主を封じていた術式を破壊しました。パスはその際に結ばれた“副作用”です」

「……マジ?」

 

 最も忠実な使徒デュナミスの言葉にナギの姿をした造物主はひくりと頬を引き攣らせた。

 

「いやいや勘弁しろって。キスの契約だろコレ!? しかも相手はあんなガキじゃねえか」

「え、あ、いや。スイマセン。ま、マスターなら契約破棄も容易いでしょう」

「イヤイヤ、そういうこっちゃねーだろ、オマエさぁ。なんかこれ、思いっきり悪役じゃねえか。はぁ……それでなんでまた今になって起こしたんだよ?」

 

 どよーんと落ち込む造物主の姿に、デュナミスは思わず謝罪が口をついて出て、造物主は重々しい溜息を吐いた。

 

「無論、今度こそ完全なる世界を実現するためです!」

「完全なる世界……完全なる世界、ねぇ……」

 

 主と使徒で随分と温度差のあるやりとり。造物主はうんざりとした様子でちらりとネギに視線を向けた。

 

 かつて世界を救うための“次善策”を覆された者と覆した者。

 “神”にとってその解は全ての魂を平等に救う事であり、ネギにとっての解は不平等を許容しながらも世界を救う事。

 どちらが正しいのか、ネギ自身にも、“神”にも答えはない。

 だが彼らは一つの解を出したはずだった。

 それが例え闘いによって決められた解だとしても、かつて“神”はそれを受け入れたはずだったのに……

 

「あれからずっと機を窺っていたのか、デュナミス? ……忠臣ってやつだな」

「はっ!」

 

 造物主自身が彼の計画の最善ではない部分を認め、一度はネギの答えを認めたにもかかわらず、その造物主が居なくなった後も彼の計画を信奉し続けた執念。

 造物主は皮肉混じりにデュナミスを忠臣と評して言った。

 

 造物主にとって“計画”は願いの具現であった。

 救われぬ仔羊らを救うための願い。幸福にありたいと願う思いの具現。

 すべては他者からの願いを遍く拾い上げて救うという“神”としての優しい在り様。

 

 だがそれももう終わり。

 

 造物主は労うようにデュナミスの肩にポンと軽く手を置き、

 

「忠臣には、報いてやらねぇとな」

 

 その手がデュナミスの体を通り過ぎた。まるで水のカーテンを手が通るように抵抗もなく、“神”の手が使徒の体を通り過ぎ、二つに分けた。

 

「マス、ター……?」

 

 信じられないと目を見開くデュナミス。

 

「俺の最初の送還者だ、デュナミス。安らかに眠れ、最古の使徒よ」

 

 最も忠実なる使徒の体が真っ二つにされて断面から花が散るように解けた。

 あれほどまでにしぶとく大戦を潜り抜け、無敵の真祖の力を掻い潜り、世界を翻弄した使徒が、宿る年月の重みもなく呆気なく、最強であるはずのその力による抵抗もなく、花吹雪が舞うようにその体が消えた。

 

 驚愕は彼らだけのものではなくネギやダンブルドアたちも同様であり、

 

「なっ!!? きさっ――――!!?」

 

 主だという者の暴挙に新たな使徒であるグリンデルバルドは激昂して杖を向け振り向こうとし――――その体がビシリと固まった。

 

「バカ、なっ!? 石化だとっ!?」

「使徒が造物主に牙を向けられるはずがねぇだろ」

 

 コマンドを停止させられた機械のように、使徒として造り替えられた体は、かつての闇の大魔法使いといえども、もはやその体を自身の意志のみによって操ることができなくなっていた。

 

「なぜだ……!」

「なぜとは心外だな。完全なる世界を実現することがお前らの願いだろ? それをいの一番に叶えてやっただけだ」

「ふざけ――」

「お前も眠れ、グリンデルバルド」

 

 その一言で、かつて旧世界欧州において史上最悪と呼ばれた闇の魔法使い、新世代の新たなる使徒、ゲラート・グリンデルバルドは消えた。

 デュナミスと同じく、彼らが与えたいと願った世界を与えた世界を夢見る世界へと。

 

「願った大舞台の夢は自身で叶えなければ気が済まない……それが、“人”というものなんだろ?」

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 ――より多くの善の為に――

 

 ある魔法使いが造った監獄に記されたその言葉は、真実彼の理想であった。

 魔法使いと非魔法使い――マグルという区別なく、より優れた者による支配こそが、より多くの者にとって善なる未来に繋がる。

 欧州伝統魔法族において史上最悪と言われた魔法使いゲラート・グリンデルバルドにとってその思想は、かつては正しいモノであった。

 魔法使いであるという優位性。その魔法使いの中でも比肩する者のない魔法力と多方面における才覚を持つ自分。

 彼にとって他者の上に立ち、従えるというのは当然のことであり、そんな自分が魔法族とマグルの両者を支配するというのは、彼のもつ思想から見れば当然のことであった。

 その思想が、支配される者からすればどれほど危険なものであったとしても。

 

 そしてその認識は、ただ一人、自分に比肩する者との語らいによってより強固なものとなっていった。

 ――アルバス・ダンブルドア――

 グリンデルバルドがただ一人、対等な友であると認め合った魔法使い。

 彼らはどちらもが、自身を極めて優秀な存在だと認識しており、事実互いが出会うまで自身と対等な存在など居りはしなかった。

 そんな二人が出会い、同じ思想を共有するようになり、そしてついには死を超越する術にまで手を伸ばそうとした。

 

 そんな二人に、自身の愚かしさを認識させたのは皮肉なことに彼らの尺度で当てはめてみれば極めて矮小な、魔法使いとも呼べぬ存在の死によってだった。

 

 アリアナ・ダンブルドアとい少女。アルバス・ダンブルドアの妹。

 マグルによって魔法力を壊された少女が死んだことにより、彼らは道を違え、そしてどちらもが悔恨とともにその後の生を歩き続けていくこととなった。

 

 やがて二人は、長い、長い、懺悔のような生き方の果てに異なる答えを導き出していった。

 

 一人は死を超越するという傲慢さの愚かしさを知り、世界を導くことの重責と恐怖とを知った。

 一人はこの世界では全ての人の願いが叶わぬことを知った。

 

 だからこそ、一人は人々を導き、愚かしさを知る者として正しき道を照らす賢者となることを選び、一人はこの世界を壊してでも、全ての願いを叶えることを望んだ。

 

 より多くの善ではない、全ての願いのために。

 失ったものも、失わせたものも、敵対する者も、過去に、そして今に在る者全てのための世界となるために彼は――ゲラート・グリンデルバルドはヒトであることを捨てた。

 たとえその道の半ばで、再びかつての友と戦うこととなろうとも、その道の先では失ったものも取り戻せると願い。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

「—―――――――ッッ!!!」

「ダンブルドアッ!!」

 

 舞い散る花吹雪のごとくに、かつての闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドが消滅した瞬間、ホグワーツの賢者、ダンブルドアは杖を振るっていた。

 その形相は長年副校長として共にあったマクゴナガルや、かつて敵として、そして内通者として、彼の冷酷な面を見たことのあるスネイプにとっても、見たこともないほどに苛烈なもので、振るわれた魔法はこれまで彼が見せたどんな魔法よりも敵を攻撃する意思を示していた。

 

 だがそのダンブルドアの魔法に対して、使徒二体をあっさりと葬り去った造物主はただ黒衣をはためかせることによって応じた。

 自らは動くこともなく、広がる黒衣の裾野がダンブルドアの魔法を受け止め、姿現しによって跳びかかったダンブルドアを弾き飛ばした。

 

 弾き飛ばされたダンブルドアの体が地面を削って倒れ伏し、マクゴナガルたちが驚愕する中、ネギ・スプリングフィールドはドウッ!! と魔力を乱舞させた。

 

「ッッッ!!!!!」 

 

 敵であった二体の使徒が、造物主の手によって消し去られたのを目の当たりにし、ネギは表しようのない心の荒れを覚えていた。

 ネギにとって彼らは敵であることは間違いない。彼らの企みはネギの計画から見れば、世界を滅ぼそうということでもあり、父であるナギのころからの仇敵であったのだから。

 だがそれでも、たとえ敵だとしても、懸命に仕えた主に討滅されるなどという光景を目の当たりにして心を平穏なままで居させることなどできはしなかった。

 心の揺れのままに魔力が吹き荒れ、その意思を反映して雷天双壮のネギの体が、バチィッ!! 稲妻となり、雷化したネギが造物主に迫った。

 

 —―完全雷化“千磐破雷”――

 

 稲妻と同等の存在となったネギの速度は、人の認識を越える雷速の攻撃となり、“千の雷”を内包したネギの攻撃は拳の攻撃ですら敵を撃滅する高位攻撃魔法と同位である。

 離れたところから見ていたディズや、歴戦の剣士である刹那ですら見ることもできない速度の攻撃。

 

「っっ!!?」

 

 にもかかわらず、彼はその攻撃を受け止めた。

 雷速の利点を生かし、死角からの攻撃であったにも関わらず、顔面に向けて振るわれたネギの拳を造物主は右手一本で余裕をもって受け止め――――笑みを浮かべた。

 悪寒がネギの脳裏に警鐘を鳴らし、すぐさま雷化回避をしようとした。

 しかし掴まれた腕を基点にして造物主の力が及んでいるのか、ネギの体は雷化による回避ができず、造物主の背後に巨大な魔方陣が現出した。

 円陣、六芒星、五芒星、そのほかあらゆる魔術的要素の詰め込まれた大小幾百もの魔方陣。それらの配列自体がさらに大きな魔方陣となり、黒く輝く。

 

「しまっ――――!!」

 

 腕を離そうと力を込めるが、回避する間もなく、魔方陣から放たれた黒い閃光がネギの体を飲み込んだ。

 

「ネギさんっ!」「ネギ君っ!」

 

 閃光に飲まれたネギの体は、掴まれていた腕だけを残して、遠く彼方にまで地を削り、森を薙ぎ払い、吹き飛ばされた。

 

「しばらく死んでな、ネギ」

 

 雷腕だけのネギに語りかけ、造物主は持っていた腕をゴミのように地面に投げ捨て、地に落ちたネギの腕は陽炎が瞬くように消え失せた。

 

 現世最強の魔法使いであるネギ・スプリングフィールドをまるでよせつけない圧倒的な力。それはまさに“神”が振るう力にも見えた。

 

「くっ!!」

 

 地平の彼方まで飛ばされたのではないかと思うネギの行方を一瞬だけ視線で追った刹那は、すぐに夕凪を造物主に対して構え直した。

 力の差は歴然。

 刹那はたしかに旧世界最強クラスの剣士ではある。

 しかしネギの力に比べれば格段に劣っていることを理解しているし、造物主の力はそのネギの力をまるで寄せ付けないほどのものなのだ。

 

 造物主は、剣を向ける刹那を見て、そしてその背後に木乃香を、そして伝統的魔法族の魔法使いたちの姿を認めて、はぁと溜息をつき、すっと片腕を上げた。

 中空に先程とは形の違う巨大な魔方陣が描かれ、その魔方陣から巨大な獣の腕が重低音を響かせて地面に爪を下した。

 おそらく高位魔法使いが数十人単位でも開くことの叶わないだろう転移門をただの腕の一挙手で開き、何かが召喚されようとしている。

 

 —―魔獣召喚――

 

 魔方陣を抜け、その巨体を現すは有翼の獅子――グリフォンのような姿の魔獣。しかも

 

「なっ! デケエ! こいつぁ古龍クラスの魔獣ですぜ、刹那姉さん!!」

 

 カモが思わず叫んだように、現れた魔獣はこちらの世界に存在するグリフォンとはサイズも魔力も格の違う魔獣――否、聖獣とも呼べるほどの存在だった。

 

 魔法世界に存在する聖獣――例えばヘラス帝国の守護聖獣の一体、古龍龍樹などは、真祖の吸血鬼と同等の怪物、最強種だと言われている。

 現れたのは化け物と同格と思われる一体。

 

「くっ!!」

 

 刹那は顔を険しくして夕凪と、もう一つの剣――アーティファクト“タケミカヅチ”を装剣して構えた。

 神の名を冠する剣。

 それはまさに、木乃香の中に在る近衛の血脈。そこに宿る神威交感の力の具現の一つであり、咲耶の神殺しの力と同種の力。

 神剣を手にする彼女に、そして彼女たちの警戒に油断も見落としもなかった。

 

 

「こっちにゃ少しやることがあるんだ。しばらくコイツと遊んでな」

 

 造物主は何かに手を伸ばすように前に腕を伸ばし

 

「その間にこいつは借りてくぜ」

「!!?」

 

 その腕が、木乃香の背後に隠されていた咲耶の腕を掴んだ。

 刹那は木乃香を庇うように前に出ていて警戒し、造物主を見ていた。にもかかわらず造物主は一瞬で位置を入れ替えたかのように空間を越えていた。

 

「ひ――――」

 

 刹那は咄嗟に振り返り、しかし剣を向けるよりも早く、そして木乃香が反応するよりも早く造物主は掴んだ咲耶諸共再び空間を飛び越えた。

 短い咲耶の悲鳴が、それすらも寸断されて消え去った。

 

「しまった! リロケート!?」

 

 侮っていたわけでは決してない。 

 だが“神”たる始まりの魔法使いの力を前にただ翻弄され、大切な少女を攫われてしまった。

 そして追跡することすらできない。

 

「ッッ」

 

 ネギも、リオンも居ない彼女たちの前に、聖獣クラスの魔獣が一体、その巨体をもって立ち塞がっていた。

 

 

 

 


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