春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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世界滅亡へのカウントダウン

 ―――― 近頃、一人でいることが多くなった。

 一人、と言ってもこの大きなお屋敷の中には沢山のお手伝いさんとかお弟子さんとかが居るから誰かは居た。でも彼らは大体にして忙しそうで、幼い彼女に構ってあげることはできなかったし、また彼女の出自を考えれば、そうおいそれと馴れ馴れしくするのも憚られたのだ。

 大好きなお母さまは今日も世界のどこかで誰かを救っているし、お祖父様は沢山の紙に埋もれて大変そうだ。

 

 すいっ、と障子の向こうに歩く姿が見えた気がした。いつもは見ない人の気がして、 少女はそぉっと障子を開けて廊下に顔を出した。

 たしかに人が居た。

 普段はこのお屋敷には居ない彼。少女――近衛咲耶はぱぁ、と顔を輝かせると廊下に飛び出し――――

 

「り~~おんっっ!!」

 

 ドーンッと元気一杯に彼の後ろから突撃した。

 小さな少女のタックルとはいえ、相手もそれほど大きくはない子供。 

 

「オイ、ガキ」

 

 突き飛ばされかけ、けれどもなんとか諸共に転倒することを堪えた少年は、くるりと不機嫌そうな顔で振り向いてドスをきかせた声を出した。

 

「えへへ~。お久しぶりやね、りおん!」

 

 淋しさなどまるで見えない、無邪気な満面の笑みを浮かべている咲耶の顔を見て、リオン少年は「はぁ」とため息をついた。

 

「いきなり飛びつくな、咲耶」

 

 それは遠い記憶。

 もう微睡の中でしか見ることのできない彼との記憶――――

 

 

 

 第99話 世界滅亡へのカウントダウン

 

 

 

「咲耶ッ!!」

 

 微睡から浮上しかかった咲耶は、自身の名を呼ぶ声を聞いて瞼を開けようとした。

 だが瞼は異様に重く、苦心して開けた視界に飛び込んできた光は眩しくて、反射的にぎゅぅっと目を閉じた。

 

「ぅ、ん……。おかあ、さま……?」

 

 今度は恐る恐る瞼を開けると、ぼやけた視界の先に泣きそうな顔で安堵した様子の母の姿があった。

 母の後ろには同じく安堵した様子の刹那や、フィリス、クラリス、リーシャたちも居てくれていた。

 起き上がろうとした咲耶だが、その体は瞼を開けようとした時と同様に重く、苦心して上体を起こした咲耶は無意識に欠けている何かを求める様に辺りを見回した。

 

 何かが欠けていた。

 誰か大切な人が、居て欲しいはずの人が、そこには居ない。

 

「リオ――――」

 

 思わず口をついて出た音に、誰よりも咲耶自身が驚愕し、目を見開いた。

 

 幾つもの光景が、走馬灯のように駆けた。

 自身の中から溢れて狂った焔が、彼の体を貫いた光景。

 黒い影が彼を飲み込み、そして彼とは違うヒトへと換えてしまった光景。

 彼に手をとられ――そして手を伸ばした光景。

 

 ―――― これが最後だ――――――俺を、殺しに来い ――――

 

 意識の奥底で耳に残っていた声がリフレインした。

 

 あの人は、もう居ない…………

 

「咲耶、大丈夫?」

「!」

 

 動揺が顔に表れていたのだろう。木乃香が心配するように尋ねた。

 母の声に咲耶ははっとなり、もう一度周囲を見回した。心臓の拍動が痛いほどに跳ねており、自身の荒い息遣いが遠くに聞こえていた。

 

「…………あれから、どないなったん?」

 

 咲耶の問いに、木乃香は痛ましげに顔を歪め、刹那は目を伏せて顔を逸らした。あれからどうなったのか。そのことに対いするある程度の答えは二人にはあったが、それを今の咲耶に伝えて精神衛生上無事でいられるか分からなかったのだ。

 そして室内にいる、彼女を心配する友人たちは答えを持っていなかった。彼女たちと咲耶との違いは、ただ起きていただけであって事態の把握はほとんどできていなかった。

 昨晩からの事態の変遷はそれほどまでに理解の及ばぬことだった。

 

 咲耶に答えをもたらしたのは新たな入室者だった。

 

 

「今頃ボーヤはお偉方と会議中だよ」

 

 

 探し求めていたのと同じ白金の髪。だがその髪は長く、膝裏にまで届きそうなほど。なによりも“彼”とは全く異なる姿と声。

 

「エヴァ、さん…………」

 

 小柄な体型であるクラリスよりもさらに小さな体格の少女のような風貌。

 だがその瞳は“彼”と同じく碧眼で、周囲を刺すような鋭い眼差し。

 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

「エヴァちゃんも来たんや」

「ああ。息子の不始末だからな」

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 旧世界では全世界強制認識魔法の発動から半日が経っていた。

 ホグワーツ城では緊急会談が開かれていた。ホグワーツに来ていたためにそこに、同席しているイギリス魔法省の魔法大臣は、今までに行われていた会談と、あまりに違う様相に唖然としてついて行けていなかった。

 

「現在、一般人に対する魔法認識の浸透度は76%。この進達速度は、おそらくかつて(チャオ)が計画していた魔法バラシの情報網や、ブルーマーズ計画の一端として進行していた公開の準備という下地があったためでしょう」

 

 報告しているのは魔法使いでも人でもない。

 エヴァンジェリンとともに新たに増援としてやってきていた機械人形――ガイノイドの茶々丸だ。そして会談に臨んでいるのもここにいる人物たちだけでなかった。

 中空に浮かぶ仮想ディスプレイに映る者たち、ISSDA代表(フェイト・アーウェルンクス)雪平コンツェルン代表(雪平あやか)関西呪術協会長(近衛詠春)など魔法使い、非魔法使い、気力使いなど伝統魔法族とはまるで違う面々だ。

 

「このままのペースで行くと2日後には現実世界での魔法の受け入れはほぼ完了するものと思われます」

「なんたることだ…………この失態、どうなさるおつもりですか、ミスター・スプリングフィールド!!」

 

 ガイノイドからの報告に魔法省大臣は呻くように頭を抱え、そしてまんまとこの事態を許した人物を一方的に詰った。

 今回の大事件、結果的に引き起こしたのは関西呪術協会から派遣された魔法世界側の魔法使いリオンだ。

 いずれ魔法を世界に公開する予定であったとはいえ、今はまだ下地を作っている段階だったのだ。人外となっているネギやフェイトならばいざ知らず、定命であり単なる役職の魔法省大臣にとっては今、そんな混乱の素を引き起こされては溜まったものではないのだろう。

 今回の事件の発端に、魔法省から派遣された闇祓いが、闇の魔法使いの走狗になっていたという事実は都合よく彼方に放り投げている。

 

 ネギはそれを指摘する気はなく、大臣に対しては無言の返答を視線とともに返してから、ディスプレイの一つに視線を向けた。

 

「実際の影響の方はどうなっていますか、あやかさん?」

 

 魔法世界と深い関わりを持ちながらも非魔法使いである――伝統魔法族の言うところのマグルの代表としてこの場にいる人物。ネギと数十年来のつきあいのある雪平あやか。

 

<ISSDAに関わりの深い企業に関してはそれほど大きくはありませんわ、ネギさん>

 

 彼女は世界的なコンツェルンの代表としてネギと、彼の計画に賛同、協力しており、今回の事件によって生じた非魔法族側の混乱についての情報を収集していた。

 彼女の集めた情報の限りにおいては、現在まだ表立った問題――軍事的・政治的に致命的な事態は起こっていない。

 

<けれども問題が起こるのはこれからだよ、ネギ君>

「フェイト」

 

 だがフェイトが横から指摘したように、問題が起きるのはこれからだ。

 

<君が懸案していた魔法技術への民間応用に関する道筋はまだたてられていない。伝統魔法族の非魔法族に対する意識の改革も十分ではないようだしね>

 

 やがて魔法を軍事的に利用しようとする企業やテロリストが表立って現れるかもしれない。魔法を用いて魔法を使えぬ者を欺いて政治利用しようと企む輩が現れるかもしれない。

 無論それらは、すでにある問題ではあるのだが、魔法という存在が世の裏だけでなく表の世界にも知られれば、魔法を持つ者たちは持たない者たちにこれまで以上にその力を振るうようになるだろう。

 そのための整備は、間に合わなかったのだ。

 そして

 

<何よりも彼が蘇ったということの方が厄介だ>

 

 フェイトは“そんな”事態よりも遥に懸念すべき厄介な事態が起こってしまったことを指摘した。

 

 “始まりの魔法使い”、“魔法世界創造の神”、“造物主”――ライフメーカーの復活。

 かつて彼によって創られた使徒の一体である彼には、ネギよりもさらにその深刻さを受け止めていた。

 

 

「そもそも彼は何者なのですか?」

 

 ネギたちの会話に、ディズが割り込んで尋ねた。

 彼にとっても昨夜の事件は衝撃が大きかった。この一年弱、自分を鍛えてくれていた師匠が倒れたかと思うと、突如として敵のようにふるまい始め、かと思えば敵を一瞬で葬り、そして去って行った。

 あの時の黒衣の魔法使いが、師匠であるリオンと同じ人物だとは思えなかった。

 

 同席している魔法省大臣やホグワーツの魔法先生たちもそのことを聞きたいと関心を示しており、ネギは深く息を吐いた。

 そしてゆっくりと、かの魔法使いの正体を語り始めた。

 

「彼は、始まりの魔法使い。魔法世界を創りだした造物主。そして――――――完全なる世界の首魁です」

「なっ!?」

 

 最強の味方であったはずの存在の正体。

 悪魔をけしかけ、最悪の闇の魔法使いを陣営に引き込んだ組織、“完全なる世界”。

 ディズやダンブルドアですら驚きに目を見開いた。

 

「“始まりの魔法使い”は太古の昔から転生を繰り返す不滅の存在で、今から24年前、我々は“始まりの魔法使い”の討滅を行いました」

 

 それはかつて、ネギの父が、そしてネギ自身が、彼の仲間たちとともに行った討伐の話。

 

「通常の方法では、彼を滅ぼすことはできません。転生体を滅ぼせば、彼の魂は新たな宿体に憑りつき、共鳴りをおこして新たな“始まりの魔法使い”となります」

 

 ネギやエヴァとは違う、不死ではなく不滅の存在。

 

「転生を繰り返す彼を封じるため、僕たちは特殊な封印術式を用いました。彼の魂を転生体から引き剥がし、転生能力そのものを封じる方法です。それによって生み出されたのが……“リオン”という存在でした」

 

 外道と罵られようとも、自身のエゴを通すために選んだ手段だった。

 

 ――泥にまみれても尚、前へと進む者であれ――

 

 師に言われたその言葉の通り、師ですらも利用して目的を叶えた。師であるエヴァンジェリンの胎を利用した術式。

 神である“始まりの魔法使い”を人の枠組みに押し込む封印。

 

<ネギ君。あの時から僕は何度も忠告したはずだよ。まだ無力な内にアレを始末すべきだと>

 

 だからこそ、転生を封じた状態で“彼”を滅ぼすことを試みるべきだと、仲間は主張していた。

 フェイトはかつて諫言した繰言を述べた。その言葉にネギは顔を歪め、視線を落とした。

 

 たしかに彼の選択した答えには甘さがあった。

 外法に手を染めたのなら、それを貫くべきだったのに、それでも幸福な選択肢を彼もまた感受する権利があると思ってしまった。

 それは外法を胎に収めたエヴァが、それでも最愛の人と魄を同じくするそれを、まるで母であるかのように見つめていたのを見てしまったからか。それともあるいは、その命を生み出した父としての責を感じたからか。

 

 いずれにしても、ネギの選んだ道はここにきて破滅へと至る道となった。

 

 

「よろしいかね、ミスター・スプリングフィールド?」

 

 会話がネギたちの中でのみ行われようとしているところに、魔法大臣が口を挟んだ。

 

「その“始まりの魔法使い”とやらが、真実、魔法使いの始祖だと言うのなら、彼の意思こそが魔法使いたちにとっての標ではないのかね?」

 

 魔法省大臣は口元を歪めて言った。

 元々彼らは伝統的魔法族の中でも純血主義に属する輩。本心としては魔法の使えないマグルとの関わりを深めたいなどとは思っていないのだろう。

 

 かつて、マグル生まれの魔法使い、つまり初代の魔法使いはマグホプと呼ばれ、ある種の敬意をうけていた。だがやがていつの間にか、伝統的魔法族は魔法力が血に宿るというような解釈をするようになり、マグル生まれは魔法族から魔法力を奪っているなどとまで思う輩が現れるようになった。

 

 今代の魔法大臣もそんな輩。

 始まりの魔法使いという、言ってみれば純血の大元とでも言う存在がいることを都合よく解釈して、反論に出たいようだ。

 おそらく伝統的魔法族としては“始まりの魔法使い”という呼称も内心では懐疑的かもしれない。

 

 だがそれを受け入れるわけにはいかない。

 ネギにとって、いや、これからの未来を選んだ者たちすべてにとって、彼の選択肢は世界を滅ぼすことに等しいのだから。

 

「それは――――」

<ネギッ! 大変よっ!!>

 

 魔法大臣の言葉に反駁しようとしたネギだが、それを遮った新たなウィンドウが彼の横に現れ、危急を告げる切羽詰まった言葉が響いた。

 

「アスナさん!?」

 

 映っているのは魔法世界、ウェスペルタティア王国の女王、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアだ。

 

<ネギ、今どこにいるの!?>

 

 会議に突如乱入してきた通話者に、魔法大臣やホグワーツの魔法使いたちは呆気にとられ、だがアスナはそれらを気にしている暇などないとばかりにネギに向けて質問している。

 

「今は地球のイギリスです」

 

 ネギにとってアスナはかつて最も近しいパートナーであったのだが、今は互いに重い立場のある身の上同士。常に互いがどこにいるのか分かるなんてことはなく、この様子ではもしかしたら普段ネギが最も多く居るISSDAの本部の方に問い合わせていたのかもしれない。

 ひどく慌てた様子から、思わず場所を教えてしまったネギだが、続く言葉に今会談中であることを告げようとした。

 

<とりあえず外を見て!!>

「えっ?」

 

 だがそれよりも早く、アスナは強引にネギに指示を出した。

 

「何が……?」

 

 明日菜の切羽詰まった様子に促され――――そしてあることに気づいてネギはハッとなり、窓枠に駆け寄って空を見上げた。ダンブルドアや魔法大臣たちはネギのその行動に訝しみを覚えつつも、窓の外に目をやった。

 外に広がるのは山の端に落ちていこうとしている太陽。星はまだそれほどはっきりとは見えないが、気の早いものがちらほらと輝き始めようとしている頃だ。

 世界で魔法という事実が暴露された混乱とは無関係にいつも通りの茜空が広がっており、そんなネギに茶々丸が「ネギさん」と声をかけた。

 

「火星の位置に異常が見られます」

「火星の位置?」

 

 ネギにも、他の誰にも判然とはしないが、高性能なレーダーと、文字通り人間を大きく上回る演算能力を有する茶々丸には、目に見える火星の、肉眼では大きさの区別などつかない差がわかるらしい。

 

「目視により確認される火星の大きさが、現在の天体運行状況から観測されるはずのサイズを逸脱しています。おそらく――――」

「まさか火星が地球に落ちてきている!?」

「!!!?」

 

 魔法世界のみならず、二つの世界そのものの、滅亡へのカウントダウンが進行しようとしていた。 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 開けた視界に映るのは、峻険な岩山、浮かび上がる岩塊、そして次々に湧き上がり、海のように広がる黒い異形――召喚魔たち。

 

 彼が眠りについている間に随分とこの世界も変わっていた。

 今まで人の文明が大きく発展するということはまま見てきた光景であり、前世紀においては特にそれが顕著であった。

 だがそれがこの世界――ムンドゥス・マギクスにまで及ぶようになるとは彼にとっても驚嘆に値する出来事であった。

 

 彼が――“始まりの魔法使い”が創造した魔法の世界。

 いずれは泡沫に消える定めのその世界の行く末を、一度は人に託そうとし、継ぐ者が現れず絶望し、自ら救済しようとした。

 だがその伸ばした手は、かつて期待した世界を救わんとする人の手によって拒絶された。神の示す道ではなく、人が自ら拓いて行く道。

 一度は望んだはずのその希望を、しかし目の当たりにして彼が抱いたのは寂寥感であった。

 

 あれほど永く望み続けてきた時には現れず、自らの手を振るわんとしたところで現れて結末を塗り替えようとする。

 自らの愛し子が、自ら解を出し、進んでいこうとする。

 

 けれども…………それは…………

 

「全てを救う解ではない、か」

 

 ネギの示した方法では、世界は救われるが、全ての人は救われない。

 世に蔓延る理不尽、不平等、苦難、災厄、貧困――――それらを解決する法には、決してならない。

 むしろ彼のあのやり方は、それを助長し、より一層、顕著なモノへとしてしまうであろう。

 

 自分ならばよりよくできる。

 自分の解の方が優れている。

 自分の方が――――――――

 

 かつて、彼は英雄に語った。

 

 —― 人間とは度し難い ――

 

 まったくその通りだ。

 人として生きることを望み、それを与えられた今だからこそ、“始まりの魔法使い”()であった彼も理解した。

 自らの中に宿っていた思いを。

 

 他でもない。自分の手で、世界をよりよくしたい。

 この舞台は誰にも譲らないというエゴを…………

 

 

 だが“神”の意思に背くのもまた人の権利。

 彼の座すこの迷宮の深奥から遠く離れた入り口にて、異変を嗅ぎ分けた抵抗者たちの戦いが、始まっていた。

 

 

 

 ムンドゥス・マギクス、夜の迷宮(ノクティス・ラビリントゥス)

 

 魔法世界において、オスティア王国旧王都と並んで屈指のダンジョンと評されるその入口で戦いが行なわれていた。

 

「俺の名は黎明のノン♡タンなり!! 新しき魔法世界に轟くであろう俺の名を知るがいいっ!!」

「また言ってるのかお前は!」

「前と名乗りが違ってんぞ、オイ」

 

 賞金稼ぎに冒険者に傭兵。腕に自身のある彼らが、最難関とされるこのダンジョンに彼らが集ったのは、平穏を保っていたはずのこのダンジョンがにわかに活性化し、突如大量の魔物が出現し始めたことにあった。

 異界より召喚されたと思われる大型のデーモン型召喚魔。高位の召喚術師であっても単独では1体召喚するのがやっとというレベルの召喚魔が、数十、いや数百もの軍勢として“夜の迷宮”にて召喚されている。

 放っておけば、近隣の国や街にまで進出し、人々を食い散らかしていくであろう災厄。

 それを阻止するために急行できる場にいた近隣の腕利きたちがその召喚魔を駆逐するために駆けつけたのだ。

 

「しかしこれほど大量の大型召喚魔を異界から召喚するとは……」

「湧き止む気配がないな。入口で食い止めるのも限界だぞ。いっそ中に潜り込むか」

 

 召喚魔は今もなお、湧き止むことなく召喚され続けており、現在、ダンジョンの入り口付近から、召喚魔が外に出ていくのを防ぐのがやっとであった。

 

「いや、ここは“夜の迷宮”。深入りは危険だ」

 

 正確には元々彼らはダンジョン内部にまで踏み込むつもりはなかった。

 なぜなら“夜の迷宮”はここ半世紀、踏破の居ない危険なエリアだからだ。半世紀前、かの“紅き翼(アラルブラ)”のみが踏破したと言われているが、それ以降、このダンジョンの内部に潜り込んで生還した者はいない。

 一体どのような内部構造になっているのか、どのような悪辣な罠が仕掛けられているのか、どのような魔物が巣食っているのか、圧倒的に情報が乏しいダンジョン。それが“夜の迷宮”だった。

 ゆえに彼らはこのダンジョンの入り口にて召喚魔を駆逐し続けながら、わずかずつ内部を覗こうと試みていたのだが

 

「? なんだ、なにか光――――」

 

 遠く離れた迷宮の頂上。千里眼の魔法によってかろうじて建物があると認識できるほど遠くの頂上で、なにかが光った。

 

 刹那、ノン♡タンは間近で響いた轟音と衝撃波に吹き飛ばされた。

 

「――!!!? ガハッッ!!!」

 

 地雷型炸裂魔法でも踏み抜いたのかと瞬時に思考した。

 

「なにが――――」

 

 吹き飛ばされることで爆発から運よく逃れたノン♡タンや“生き残りたち”は爆破の中心地を振り返った。

 だがそこに居た筈の仲間の姿はなく、代わりに雷神槍を携えた白く輝く異形の魔物の姿を見た。

 大きさは人間大。携えている魔法槍こそ長大だが、本体の大きさは決して大きくはない。

 

 その魔物の名を知っていた。

 名高き四大精霊の中で最強とも称される“雷”の最上位精霊。

 

「まさか、ルイン――――!!!!」

 

 驚愕の言葉は、最後まで紡ぐことができなかった。

 

 ――――「千の雷」――――

 

 白輝の魔物が一言、告げた瞬間、幾百、幾千の雷が荒れ狂い数百m四方を埋め尽くした。最高位の魔法使いのみが扱うことのできるというハイエイシェント、そのオリジナルの魔法。

 中心に居た者たちは血液が沸騰、内部から爆裂し、離れた所に居た者達も雷に貫かれた。

 

 

 

 ウェスペルタティア王国ならびにメセンブリーナ連合、ヘラス帝国の観測術師が、魔法世界時間で1日前、ありえないほどに大規模な召喚魔法の発生を観測した。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

<異変を察知して乗り込んだ冒険者や傭兵たちの脱出報告はないわ>

「夜の迷宮には最上位精霊が巣食っています。おそらく……」

 

 明日菜からの報告にネギは沈鬱に顔を歪めた。

 最上位精霊。それは最強クラスの魔法使いであるネギ自身がそれに匹敵すると称される最高位の魔物だ。

 おそらくAAAクラスの腕利き10人程度居たところで相手にもならないだろう。

 

 “夜の迷宮”で“始まりの魔法使い”によるものと思われる大規模召喚魔法が行われ、突入した者たちの脱出報告がない。それが今現在魔法世界側の諜報部が得られた情報だ。

 

「火星の地球への接近速度から計算すると、衝突までおよそ72時間。ですが、地球の引力、そして魔法世界の重力と進行速度から推測すると、およそ60時間後には魔法世界と地球の衝突は不可避となります」

「60時間…………」

 

 そして火星衝突までのタイムリミット。

 ガイノイドである茶々丸の報告にネギたちは絶句した。彼女の計算能力は人間のスペックを大きく超えており、おそらく間違いはないだろう。

 

「そんなバカな話があるか!!! 魔法使いの始祖が、魔法使いを滅ぼすつもりなのかっ!!?」

 

 だがネギたちが信じようが、魔法大臣にとって茶々丸は信用ならないマグルの玩具。そんな彼女の言葉を是が非でも戯言としたいかのように叫んだ。

 生粋の魔法使いとしての自負をもつ彼ら伝統魔法族にとってみれば、魔法族の始祖が自分たち魔法族を滅ぼそうとしているのは理解しがたいのだろう。

 

「魔法使いだけではない。全ての人、世界を、じゃな……」

 

 狼狽する魔法大臣に対し、ダンブルドアはより深刻に事態を把握していた。

 いかに優れた魔法使いといえども、火星が地球に衝突するなどというバカげた災厄を防ぐことなど出来るはずもない。

 そもそも魔法学において惑星の天体運行は運命を表すにも等しいものなのだ。流れ星程度ならばともかく、惑星軌道などずらせるはずもない。

 火星の運行軌道をズラし、まして数日という短期間で地球に衝突させようなどという行いは、それこそ運命を悪戯にする神の所業だ。

 

「おそらく彼の狙いは、こちらと向こうの二つの世界の全てを“完全なる世界(コズモエンテレケイア)”に送るつもりです」

完全なる世界(コズモエンテレケイア)? それは彼らの組織の名では……?」

 

 ネギの言葉にディズが不審気に尋ねた。ディズは先の夏休みに、リオンについて敵の捜索を行っていた。だがリオンからは敵の目的についてまでは聞いていなかったのだろう。

 ネギはディズだけでなく、魔法大臣やダンブルドアたちにもゆっくりと見回してから言葉を続けた。敵の、始まりの魔法使いの企みについてを語るために。

 

「“コズモエンテレケイア”とは最善の可能世界。無垢なる楽園。人の最も幸福に満たされた時を、在り得たかも知れない幸福な現実を、与える世界です」

 

 かつてグリンデルバルドは言った。マグルとの垣根を無くすという願いも、魔法族からマグルを排し、真に純血を貴ぶ世界という願いも、相反する願いだろうと並び立つ、全てを叶える世界を創ると。

 これこそがその方法。

 万人の願いを叶える世界などあり得ない。だが万人の願いを個々に叶える世界ならば……そんなことができるとすれば、たしかに叶うのかも知れない。だが……

 

「ですがそれは世界の終わりと同義です」

 

 それは現実ではない。

 

「この世界は辛いことも多い。悲劇も起きる」

 

 悲劇に溢れるこの世界はたしかに辛い現実だ。

 両親を殺された子供がいる。愛を受けずに育った子供がいる。戦争がある。貧困がある。疫病がある。

 もしも今こうならばと願うことは誰にだってある。

 

「けれども、未来は色々な可能性に満ちている。今思い描くよりももっとずっと素晴らしい未来だってあります」

 

 一歩を踏み出すには勇気がいる。

 辛い現実を踏みしめ、未来へと歩んでいくためのわずかな勇気。

 

 それは傲慢な考え方なのかもしれない。

 いくら勇気をもとうと、踏み出すことすらできない理不尽なことは確かに存在する。

 もしかしたら彼の願うことこそが、全てを平等に幸福に導く行いなのかもしれない。

 

 けれども――

 

「可能性を終わらせる“コズモエンテレケイア”を、僕は認めることができません」

 

 ネギ・スプリングフィールドは悪を為す。

 己が選ぶ未来、人が未来を選ぶことのできる世界のために。

 


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