春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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今回の話で近衛咲耶の物語としての“春のおとずれ”は最終話です。


英雄譚の残照

 岩肌が露出した渓谷。濃密な魔力を含んだ空気が、霧が立ち込めるように靄をはり、岩塊を宙に浮かせている。

 ブルーマーズ計画により魔力の以前よりも魔力の充溢した魔法世界全土から、いや、裏火星“ムンドゥス・マギクス”の依り代たる表火星からも、ゲートを通して地球からも魔力をかき集めて大規模な儀式を発動させようとしているのだろう。

 

 一人の男が膝をつき、左腕のあった場所を抑えていた。

 

 裏火星“ムンドゥス・マギクス”、夜の迷宮(ノクティス・ラビリンタス)

 

 大規模投入された彼の仲間たちはすでに地に倒れ、眼前には巨大な異形、異界から召喚された魔物が立ち塞がっていた。

 一人残された彼も、もはや魔力は尽き、剣は折れ、片腕すら失う満身創痍の有様。

 

「ぐぅ…………」

 

 次々に召喚される魔物たちは、一体一体がAAAクラスにも匹敵するほど。平時であれば、一体を倒すのにすら魔法化軍備を揃えた軍の部隊が派遣されるほどだろう。

 そんな敵が、圧倒的な多勢として召喚され続ける。そう、この悪魔のような魔物たちはただ召喚された者たちに過ぎないのだ。

 これほどの存在を次々に召喚し続け、そして一方で別の儀式を進行させるなど、もはや一魔法使いがなしうる所業ではない。 

 太古より生きると言われる伝説の存在――始まりの魔法使い。

 

「グブブ。雑魚め」

「くっ!」

 

 魔物たちは抵抗の力の残されていない男に対して、破壊の鉄槌を振り下ろすかのように腕を撃ちおろし

 

「ぐぶアっ!」「なっ……!?」

 

 その瞬間、雷の大槍が悪魔の体を貫いた。貫き、地に落ちた瞬間、大槍は雷霆となり周囲の悪魔を飲み込んだ。

 数体の悪魔が一瞬で無に帰され、他にも数体の悪魔が四肢を貫かれた。

 

「何者だ!?」「探せ!!」

 

 攻撃は目の前の瀕死の人間によるものではない。それよりも遥かに恐ろしく強い存在。

 悪魔たちは人間に止めを刺すことよりも、雷槍の主を求めて周囲を警戒し、探査の網を素早く巡らした。

 

「アレだ!」「速い!」

 

 そして悪魔たちは気が付いた。

 人ではないナニカ。

 閃光そのものの速さで飛来し、接近してくる存在。

 

 圧倒的な力。

 雷速で空間を縦横無尽に奔り、千の魔法が全てを破壊し、魔物を屠っていく。

 当代最強の魔法使い――――英雄、ネギ・スプリングフィールド。

 

「大丈夫ですか。すぐに救護班が来ます。持ち堪えてください」

「……!」

 

 魔法使いは片膝をつく男の前に背を向けて立った。

 その背はあらゆる災厄を討ち払い、災禍から人々を守らんとする“マギステルマギ”の背。

 

「おい、ぼーや。ただの人間に構っている暇はないぞ」

「ネギさん。地球衝突までの残り時間、5時間を切りました」

 

 声が聞こえて、男は目の前の存在以外にも、少し離れた所に数人の魔法使いたちが降り立っているのに気づいた。

 

 白金の髪の少女。白いスーツを来た感情の見えない男。銃を手にした褐色の女性。機械仕掛けの感覚器官を頭部につけた緑髪のガイノイド。女性と見紛う長髪の魔法使い。道化師(クラウン)のような少女。……そして刀を携えた白狼の妖魔。

 

「奴が逃げる。追うぞ。これで最後だ」

「はい、マスター!」

 

 その言葉とともに、彼らは飛び立った。

 あらゆる侵入者を阻んできた“夜の迷宮”の深奥。最悪の不死者、“始まりの魔法使い”が待ち受ける終焉の地へ。

 

 

 

 第101話 英雄譚の残照

 

 

 

 世界の行く末を選ぶための戦いは、神話に語られるラグナロクほどではないにしろ、超常の者同士の苛烈な争いを極めていた。

 

 世界滅亡まで、残り2時間。

 

 異界から続々と召喚され続ける魔物の群れは、ある者達は高重力の渦に呑みこまれて圧し潰され、ある者たちは天より落ちる科学の雷により打ち砕かれ、あるいは神出鬼没に跋扈するクラウンに引き裂かれた。

 

 そして

 

「――――――ッッ!!!」

 

 魔眼の射手の放つ銃弾を躱し、岩塊の砕斧を砕き、凍漣の槍を溶かし、雷速の相手と拳打を交わす“神”が一柱。

 氷と黒耀の無数の刃が舞踏のように宙を踊る。

 “始まりの魔法使い”は黒衣を震わせ刃を弾き、雷速で動く最も厄介な敵を探し――空気を切り裂き、無数の刃の隙間を掻い潜って弾丸が撃ち込まれる。

 

 半魔のスナイパーが己が能力を全解放して放った魔弾は、それだけでは“始まりの魔法使い”を仕留めるには至らない。

 だが仲間の攻勢を的確に援護していた。

 

 3人の最強クラスとの攻防の合間に刹那に生じた僅かな好機。それを逃さぬ歴戦の魔女が、魔法使いの黒衣を一瞬で凍てつかせ、攻防一致の鎧を封じる。

 同時に脚が封じて隙を広げ、左からかつての人形が襲いかかった。

 使徒の中でも最も膂力に長けた地のアーウェルンクス。

 交錯は一瞬。人形は自らの半身を失うのを代償に人形師の左腕をもぎ取った。

 落ちる人形の行方は追わず、魔法使いは残る右腕を奔る紫電に合わせた。

 雷速瞬動で迫る英雄。

 その心臓を魔法使いは貫いた。

 心臓を貫かれれば、いくら不死者といえども……まして貫いたのは“始祖”の御手。例え物理攻撃を無効化する雷化であろうとも、“始まりの魔法使い”の力の前には及ばない。

 

 ネギ・スプリングフィールドの不死の力が侵され、血が吹き上がる。

 

 そして――――目を見開いた。

 

 ネギの心臓を貫いた自らの腕の下。ネギの腹部から伸びた氷の槍が、二人を繋ぐかのように“始まりの魔法使い”の腹部を貫いていた。

 

 背後から味方の一撃を受けたネギは、しかし“始まりの魔法使い”の腕と動きを完全に封じたことで微笑んだ。

 

 最後の一手。

 

「!!!!」

 

 “始まりの魔法使い”の背後から、神をも焼き殺す白き焔を纏った刃が、その体を貫いた。

 主の意に逆らいし式神の命を賭けた一刀は、永劫の時を越えて振るわれた。

 その力は、不死者である始まりの魔法使いだけでなく、使い手である白狼天狗すらも灼いている。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 “アンタは不死者ってもんを何も分かってないねぇ”

 

 “…………”

 

 “いいかい。不死者ってのは強く! 美しくあるもんなのさ! そこいくとなんだいアンタは? 人間のやることなすことをいちいち気にかけて右往左往。みっともないったらありゃしない!”

 

 “貴族の貴女たちに理解してもらおうとは思わないさ”

 

 “ふん。あんな生きた屍連中と一緒にして欲しくはないねぇ。むしろアンタの方こそ、危ういってことに気づいてんのかい?”

 

 “…………”

 

 “分かっちゃないねえ。断言してあげるよ。アンタはいずれ孤独に耐えきれなくなる。不死者の強さと美しさを持てずに苛まれて、アンタの大好きな人の世に災厄を撒き散らす。人間に無駄な希望を抱いて、幻滅して、勝手に絶望して、やがては全てを終わらせたくなる”

 

 “……もしも……いや。貴女がそう言うのならきっとそんな未来が来てしまうのだろう。けれども私は人の可能性を信じたい。永遠などどこにもないのだから。例えそれが真祖であろうと、貴族であろうと、永劫不変などありはしない。死すべき定めの人の子こそが、時を紡ぎ、世界を変え続けるのだと、信じている”

 

 “アンタの言うその変化が、いいことだって保証はどこにあるんだい? 勝手に希望を抱いても、その分アンタは絶望をすることになるのさ。絶対的な善なんてのは、アンタの言うどこにもない永遠なんての以上にありえやしないもんなんだからね”

 

 “善かれと思ってやったことでも、不滅者のアンタからすれば、どこかで歪みを作って不満になるもんさね。それは積み重なって絶望を導く”

 

 “…………貴女の言う事だ。おそらくそうなのだろうね”

 

 “なんだいアンタも分かってんじゃないかい”

 

 “それでも! 私は人を信じたい”

 

 “………はぁ。言うだけはいったよ。あとは好きにおし”

 

 “ああ。そうさせてもらうよ、狭間の魔女”

 

 “はぁ…………ああ。そうさね、二千年くらいして、もしもアンタが子猫でも飼いたくなった時は……少しだけ預かってやるくらいは私とアンタの誼にしてやるよ”

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 地に倒れる二人の魔法使いを、ただ一人立つエヴァンジェリンは見下ろしていた。

 

「これで、終わりだ。ライフメーカー。不死の焔がお前の不死を貫いた……永遠の終わり。神話の終焉だ」

 

 一人は彼女の“父祖”。

 死すべき定めにあった彼女の命を永らえさせ、人の道を踏み外させた憎悪の対象。

 

 一人は彼女の弟子。

 自らの力を受け継ぎ、結果として人の道を外れてしまった光の子。

 

「そのよう、だな……我が、愛しき娘よ」

 

 一度は己が手で惨殺し、そして己が身の内に宿すことになった魂。まるで感情を凍てつかせたかのように彼女はそれを見下ろした。

 主を倒したとはいえ、この場に召喚された魔物や迷宮に巣食う精霊たちの相手をしている茶々丸たちはまだ合流できていないため、残りの時間がどれくらいかは分からない。ただ、未だに世界が終わっていないところからすると、おそらく間に合いはしたのだろう。

 それともこれは、すでに世界が終わっていて、自分にとっての都合のよい夢、自分を吸血鬼にした憎き“始まりの魔法使い”をついに倒したという夢を見ているのだろうか。

 いや……そんなことはない。これが自分の願いだなんてあるはずがない。だって―――――

 

「これでようやく、世界は動く。絶望を越えて、新しい時代への希望と、混沌とが開かれたわけだ」

「キサマ……」

 

 にぃ、と笑みを浮かべる彼に、エヴァは眦を険しくした。

 

 たしかにネギの、彼らの計画は世界を次のステージに進めうるものだった。魔法という秘された技術を公然のものとし、常人にはなしえない奇跡と、奇跡が起こせないからこそ足掻き続けて研鑽された科学の技術、二つを融合することによって滅びゆく世界を救い、人の世界を広げるもの。

 だがそれを進めるための壁は厚く、足踏みを余儀なくされていた。魔法を持っていないからこそ持つ者への怖れ。持っていたからこそ、恐れられた過去。持つ者という選民的な意識。

 魔法や不可思議に対する強制認識。それは世界を混乱させる危険な試みではあったが、ネギたちが、世界が踏み出すことのできなかった一歩を無理やりに踏み出させたのだった。

 “彼”の計画では、魔法の世界のものとした全てを等しく夢に取り込むものだったのだろう。

 だが、それは失敗しても構わなかったのだ。

 “彼”の願いは、彼が破れたとしても、叶ったのだ。

 魔法の垣根は取り払われ、崩壊するための世界を救うための道筋はこれで整えられたのだから。

 

「神様気取りで、全部を掌の上で転がしたつもりか?」

「くっくっく。為すべきことは終わった……すべて、終わったのだ」

 

 ハジマリに抱いた願いは当に色褪せ、悠久の中で消えてしまったが、たしかに終わったことを、彼は受け入れていた。

 浮かぶ笑みは、満足気にも、皮肉気にも見えるもので、エヴァは苦味を噛んだように顔を顰めた。

 エヴァにとって、彼のそのすべてを受け入れたような顔が気に入らなかった。

 たしかに彼にとって、この結末は自分自身のエゴを通せなかったことを除けば、望んだ結末なのだろう。

 だが、彼女が望んだのはこんな結末ではない。彼女が望んだのは…………

 

「マス、ター……」

「ぼーや!」

 

 途切れがちなネギの声に、エヴァはハッとなって振り向いた。

 常ならば“マギアエレベア”の影響で傷を高速修復するはずのネギだが、“始まりの魔法使い”の魔力の影響ゆえにか、貫かれた胸の傷の修復が未だにできていなかった。

 修復の呪詛が阻害されている以上、ネギの傷は重傷、にもかかわらずネギはなにか伝えたいことがあるのか、苦心して身を起こそうとし、エヴァはネギのもとに寄って上体を起こすのを手伝った。

 

 エヴァに抱き起される形で身を起こしたネギは、倒れ伏し、間もなく消滅するであろう“始まりの魔法使い”へと向き直った。

 

「ライフ、メーカーさん」

「……お前の勝ちだ。英雄」

 

 憐憫を含んだかのような眼差しを向けてくるネギに、“始まりの魔法使い”はにやりとした笑みをそのまま向けた。

 

「もう一度聞かせてください。リオンとして、1人の人間として、生きたことは、なんの影響もなかったんですか?」

 

 戦いの前にも行われたネギの問いに、浮かべていた笑みを消し去った。

 

「俺は…………いや。戦いの前にも言ったはずだ。その問いに何の意味がある。もう、終わったことだ」

 

 リオン・スプリングフィールドとしての生。エヴァの息子として、母のことを思い続け、そして特別な誰かを愛しいと思う心を取り戻させてくれた生き方。

 

 意味は十分にあった。

 あのままで、あの少女と終わりの時までいたかった。

 けれどももはやそれはなんの意味もない感慨。

 他者の望みではなく、自分の望みを叶える生き方は、もうないのだ。

 

 終わりを受け入れる始まりの魔法使いに、ネギはふっと、優しい眼差しを向けた。

 その笑みは、まるで――――彼こそが終わりの覚悟を決めたかのようであった。 

 

「貴方はこれまで、神様としてこの世界を見守り続けてきたのでしょう? なら今度は、僕たちが、貴方が変えたこの世界を見届けるべきだ。終わりのない神様としてなんかではなく、限りある命の、一人の人間として」

「なん……だと……?」

 

 告げられた言葉の意味をすぐに飲み込めず、そして為さんとしているその意図を察して“始まりの魔法使い”はネギを睨み付けた。

 

「もう今の僕では、自分の損壊と、貴方の消滅を、止めることはできません。けれど僕の中には、貴方と同じ血と、闇の魔法がある」

「貴様……」

 

 ネギと“始まりの魔法使い”の不死の根源である“闇の魔法”。

 だがそのどちらも、すでにか細く、消え逝こうとしていた。片や“神殺しの焔”に貫かれ、片や“始まりの魔法使い”の力に貫かれている。

 

「リオン君を返してもらいます。僕の残りの全てと引き換えに」

 

 だが、ネギの残り全てを引き換えにすれば、――“マギステルマギ”の力とともに全てを代償にすれば――――。

 それは“神”への奇跡を願うようなもの。

 

 だがそれは“彼”にとって救いではない――――救われていいはずが…………

 

「無駄なことだ。ヤツはもう――――」

「貴方の中には、まだ、リオン君が、残っているのでしょう?」

「……なぜ、そう思う?」

 

 拒絶するための理由を、ネギは否定した。

 

「咲耶ちゃんの、彼女のパクティオーが、まだ生きているから」

「やはり、消しておくべきだったな」

 

 リオンという存在はたしかに消えた。けれども確かにまだ残っているものもある。

 

 かつてナギ・スプリングフィールドという男が、奇跡によって取り戻されたように、微かに残ってはいる。

 それが如何なる意志によるものなのか、“彼”自身も分ってはいない。

 

「なぜ、そこまでする?」

 

 残っていたとしても、存在する意義などもうないのに。

 他でもない、敵であるネギが、“彼”を残す必要などないはずなのに。

 

 それでもネギが、“リオン”を求める理由は――――

 

「僕が、リオン君の親だからです」

「!?」

 

 ネギの言葉に、“始まりの魔法使い”は目を見開いた。

 

「彼を生み出したのは、理由があったからですけれど、それでもリオン君は、僕が望んで、エヴァンジェリンさんがこの世界に産んでくれた、子どもだから…………だから、彼の幸せを、願いたいんです」

「…………」「ぼーや…………」

 

 親として――そんなもの、もう理解できない思いのはずなのに。

 ネギと“彼”との間の繋がりなど、無いに等しいものの筈なのに。

 

「ごめんなさい、マスター。勝手にこんなこと決めちゃって。それでも僕、マスターと同じ体になって、それでマスターに彼を産んでもらったのが、すごく、嬉しかったです」

 

 

 奇跡を起こすのが神とは限らない。

 

 

「……バカが」

「後は、頼みます。エヴァンジェリンさん」

 

 

 いつだって人こそが奇跡を望み、それを為さんと人は足掻き続けるのだから。

 三つの“闇の魔法”により紡がれた奇跡。それは今度こそ人の世で生き続け、そして死を迎えるだろう。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 ある日、全世界の人たちが同じ夢を見た。

 

 空に迫る火星。この世界の終焉を告げるかのような赤い星が来襲する夢を見た。

 勿論惑星である火星が地球に落ちるなんてことあるはずがなく、世界は今も続いている。

 ただあの夢の日から、世界は“なぜか”大きく変わっていった。

 人々は魔法や超能力、気といった超常的な存在を認識し、それを不思議なものと思わずに受け入れるようになった。

 科学の発達した現代において、近代文明で否定されてきた魔法が混ざり合う。それにより技術レベルは格段に向上した。

 

 

 仮想ディスプレイが宙に浮かび上がりTV映像を流す、などということは今や先進国の一般家庭や、どうということのないカフェですら普通に見られる光景だ。

 イギリスはロンドン、町の一角にあるカフェにおいて、長年の友人と会っている二人の男性たちも、そんなこの10年足らずですっかり見慣れた光景を当然のものと受け入れていた。

 

 ディスプレイでは箒に乗った魔法選手たちが高速で宙を駆け巡り、ボールを回し、ブロックし――――クィディッチの世界大会の様子が放送されていた。

 

<――――スニッチか!? スニッチを見つけたのかハリー!!? いや、クラムもだっ! 地面が迫る、危ない! いや、どちらも回避した!? スニッチは! ハリーだ!! ハリー・ポッターがスニッチをとった!!!!>

 

 昨日行われたクィディッチワールドカップ、イングランド対ブルガリアの様子だ。二人の男性が話しているのは録画放送の内容ではなく、もっと日常的な、彼らの近況について。

 

「――――それがどうもサクヤからの手紙だったらしくてな。もうじき出産だってよ」

「ああ! それでか」

「うん?」

「アメリカに負けて落ち込んでたリーシャのテンションが随分と上がって、ルークの奥さんのところに飛んで行ったからね」

 

 魔法省法執行部にて日々魔法がらみの犯罪事件を追っている男性、セドリックは、久々の休日にホグワーツ在校時代からの友人、ルークとの会話を楽しんでいた。

 話の内容はお互いの家庭の――二人の友人でもあった奥さんたちの最近の様子や、遠く離れてしまった友人からきた手紙についてなど、懐かしさに心温まるものだ。

 

「はぁ~、それで珍しく休日にアイツとデートじゃなかったのか、セド」

「まあ、それもある、かな?」

「そろそろいい頃合いだろうし。いい加減リーシャも踏ん切り付ければいいのにな。プロポーズはもうしたんだろ?」

 

 すでに既婚者である友人からの言葉に、プロポーズを保留にされているセドリックは苦笑した。

 

「ワールドカップのこともあったからね」

「ベスト8だろ? リーシャだってなかなかの結果出してたし、サクヤの報告はいいきっかけになるんじゃねえの」

 

 かつての想い人にして、今は親友の婚約者、そしてクィディッチのイングランド女子代表。今自宅に来て、奥さんと盛り上がっているだろう友人の煮え切らなさも、そろそろだろうと、ルークは笑い飛ばした。

 

 遠く離れた異国の地に居る友人が、母になるという知らせは、きっと彼女にもいい刺激になるだろう。

 だいたい、彼女と親友はとっくにお似合いになっていたのだから、もっと早くにそうなっていてもよかっただろうに。

 青年となって、一層ハンサム度の増した友人の気の長さには呆れる程だ。

 

 ルークは置いていたカップに手を伸ばし、セドリックも同じく手を伸ばそうとして――――胸元に入れていた端末が着信を知らせるのに気づいて取り出した。

 端末を確認したセドリックの顔が休日を過ごす穏やかなものから一転、魔法警察としての引き締められたものとなっていた。

 

「仕事か?」

「うん。魔族絡みの強盗事件みたいだ」

 

 魔法や気、超常的な力が一般的に受け入れられるようになり、たしかに科学レベル――魔法科学技術は以前よりも格段に向上し、人々の生活水準は平均で見ても大きく向上した。

 魔法炉の開発によって環境破壊のないクリーンエネルギーは、安定的に人々に供給されるようになったし、魔法技術を用いた環境整備事業は衛生面を整え、疫病の発生を大きく減らした。

 それまでの非魔法使いの中からも、知ること、学ぶことによって精霊魔法を扱える者が出始めていたし、非魔法使いに魔法を疑似修得させる魔法道具が現れ始めたことによって、魔法族と非魔法族の境界は薄れていった。

 しかし一方で、魔法犯罪が増えた。

 魔法を使えなかった者たちがその力を手にしたことによる倫理観の崩れというのが“伝統的な魔法使い”に属するコメンテーターたちの意見であった。

 だがそれは今まで表沙汰にならなかった、非魔法使いにとっての違法行為が明らかとなっただけだという意見もある。

 

「気をつけろよ、セド」

「うん。それじゃあ、フィーにもよろしく、ルーク」

 

 魔法使いは席を立った。

 マグルという言葉が意味をなさなくなった世界で、日々のささやかな営みを守っていくために…………

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

セドリック・ディゴリー

ホグワーツ魔法魔術学校を首席で卒業後、魔法省魔法法執行部へと入局。魔法警察として増加する魔法犯罪の取り締まりや魔法を使えない民間人の守護者として活躍していく。

 

ルーク・アグリアーノ

ホグワーツ魔法魔術学校を卒業後、グリンゴッツで働き始める。旧魔法族の通貨と一般的な通貨の交換が盛んとなり、魔法使い以外の顧客も出始めたことでゴブリンとの折衝が大変になってきているらしい。在学時からの彼女と結婚。

 

リーシャ・グレイス

卒業後、プロクィディッチ選手として活躍。とある魔法省局員と交際が囁かれ、結婚まで秒読みが噂されるが、当人はなかなか踏ん切りがつかない模様。

 

クラリス・オーウェン

ホグワーツ魔法魔術学校を卒業後、魔法世界アリアドネーへと留学。魔法騎士団の教育と訓練を受けた後、イギリスへと戻り魔法省国際魔法協力部に入局。外交官として国内外のみならず、旧世界と新世界の交流に尽力。

 

フィリス・レメイン

卒業後、魔法省国際魔法協力部に入局。事務官として友人の手助けをしたり、結婚の踏ん切りのつかない友人の愚痴を聞いたりとした日常を送る。在学中より交際していた彼氏と結婚。

 

ハリー・ポッター

O.W.L試験では魔法薬学の必修要件を満たすことができず、“闇祓い”になることはできなかった。卒業後、プロクィディッチ選手になり、シーカーとして活躍。イングランド代表として世界の強敵と戦う。奥さんは同じくプロのクィディッチ選手らしい。

 

ハーマイオニー・グレンジャー

ホグワーツ魔法魔術学校を主席で卒業。

 

ジョージ・ウィーズリー、フレッド・ウィーズリー

在学中より発明品がアルフレヒト・ゲーデル博士の目に留まり、メガロの魔法技術開発部に勧誘される。母親を激怒させる成績で学校を卒業後、父の後押しもあり母を説得。魔法世界へと行き、魔法道具の開発を行う。彼らのアイデアを基盤に、一般人にも魔法を擬似的に修得させる魔法具が開発され、それらは後に“魔法アプリ”として発展していく。

 

アルバス・ダンブルドア

ホグワーツ魔法魔術学校の校長としてその任を全うする。特にお気に入りであった少年が卒業した数年後、全ての役目を終えたかのように学び舎で眠りにつく。彼の名はイギリスを中心とした伝統的魔法族における認知度とは裏腹に、彼らがマグルと呼んだかつての人々にはまったく知られることはなかった。魔法族と非魔法族の融和政策に関して最後まで中立、傍観の立場を貫いたその態度は時代の流れから取り残されているかのようでもあった。

 

 

ネギ・スプリングフィールド

ISSDAの創始者にしてブルーマーズ計画の提唱者。彼のなした功績はあまりにも大きく、“立派な魔法使い(マギステルマギ)”として彼の名は比肩する者のない名となる。現在行方不明。死亡説も囁かれるが、熱烈な信奉者たちは彼の生存を信じてやまない。

 

フェイト・アーウェルンクス

ネギ・スプリングフィールドの盟友にして最強の魔法使い。魔法や宇宙開発を担う国際的な大企業アマテル・インダストリアル社設立に協力。後に彼の行いは世界の富を再分配したと言われる。

 

エヴァンジェリン・AK・マクダウェル

行方不明

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 その日、屋敷は常ならざる緊迫感に包まれていた。

 巫女装束に身を包んだ術士や医術の心得のある女性が慌ただしく廊下を動き、閉じられた室内の外で男が静かにたたずんでいた。

 数時間、男はじっと待ち続けた。

 宵闇のころから続けられたそれは、明け方、一つの泣き声とともに終わりを迎えた。

 

「!」

 

 男はその声を聞いた瞬間、はっと顔を上げた。

 男の立ち入りを拒むように閉じられていた部屋の戸へと駆け寄り、開こうと手を伸ばしかけて宙で止めた。

 

 ――この扉を開ける資格が自分にはあるのか……――

 

 逡巡が男の動きを押し留めた。

 これまで彼が歩んできた道が、奪ってきたものの重みが、そして、終わりを約束された運命が、男を戸惑わせ――――扉は中から開かれた。

 

 室内には、男の愛する女性が身を横たえており、その隣に立つ女性が産着に包まれた赤子を抱いていた。

 男が開けることを逡巡した扉を開いたのは、愛する女性と面影の似た、彼女の母。

 義母に導かれて、男は愛する彼女と、そして生まれたばかりの自らの子の前に立った。

 赤子を抱くのは黒髪の――かつての最強の剣士。

 

 男は出産を終えたばかりの女性――咲耶の顔を見て、そこに浮かぶ慈母の微笑を見て、泣きそうな笑みを返した。

 そして咲耶に促されて、剣士から赤子を渡され、慣れない様子で恐る恐るその腕に抱いた。

 

 彼の愛する女性と同じく、そして彼と同じく、やがて命尽きる定命の存在。

 けれどもその命こそが、今を、そして未来を紡いでいくのだ。

 

「リオン。名前、決まったん?」

 

 弱々しくけれども確かな微笑を浮かべて咲耶は、赤子の父となった男――リオンに尋ねた。

 リオンは、腕に抱いた赤子が懸命に手を伸ばして自分に触れようとするのを見た。

 

 永遠を約束されない今だからこそ強く思う願い。

 おそらく長くは生きられない母と、終わりを覚悟している自分の分まで長く生きて欲しいという願い。

 遠く未来にあるだろう希望を見晴るかせてほしいという願い。

 

「ああ…………“はるか”。近衛、はるかだ」 

 

 




前書きにも書きましたが、本話をもちまして2年を超える“春のおとずれ”の本編はエンディングを迎えました。
主人公・近衛咲耶としての物語の終着はやはりこの形だろうなーと連載開始時から考えていたのでまずまず構想通りになりました。
ハリー・ポッターの世界を中心的な舞台に、魔法先生ネギま!のその後の物語を描くというコンセプトですから、開始直後にUQ holder!の連載が始まってしまい、そちらの展開も多少混じるようになりました。
物語の終わりはネギま!の終わり方にならってみましたが、どうでしたでしょうか? 構想通りでしたが、ハリーやその周辺の人物をあまり関与できなかったのはやはりちょっと残念です。
近衛咲耶としての物語は今回で終わりですが、実はまだ完結ではありません。
最終話に登場しなかった人物――ディズ・クロスの物語はまだ終わっていません。そしてリオンの物語も。
次回完結、といきたいところですが、まだ完成していません。そこで次回から少し活動報告の方にて“春のおとずれ”の設定など(ネタバレ含む)を公開していきたいと思います。

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