春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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*注意
基本的に私は物語の最後はハッピーエンドが好みです。今回の話には死にネタが含まれているため、(特に咲耶にとって)完全なハッピーエンドで終わってほしいという方は、前話を最終話とした方がいいかもしれません。私的には今回の話はハッピーエンドとまではいかなくてもトゥルーエンドというつもりなのですが、バッドエンドの側面も含まれております。





悠久への道

 

 時の流れとは無慈悲な牢獄のようなものだ。

 

 700年という時は、悠久の身たる不死者からしても恐ろしく長く、まして定命の人間からすれば気の遠くなるほどに永い。永遠とも思えるほどに長く、残酷だ。

 

 長い時の中には楽しい時もある。

 多くの友に囲まれ、“ニンゲン”のように騒ぎ、楽しみ、ささやかな幸せを糧に日々を生きる。

 けれどそれも一瞬のこと。別れは訪れる。

 いや、それよりも前に、どれほど好きだったものにも飽きてしまう。情熱を傾けられなくなる。何もかもが時間という川の流れによって押し流され、忘却の彼方に消えていってしまう。

 

 友であった者も、慕ってくれていた者も、愛していた者も…………息子でさえも。

 

 

 

 第102話 悠久への道

 

 

 

 暗く、深い森の中。3つの影が闇を縫って疾走していた。

 先行する二つの内の一人は女性。おそらく魔力での補助を行なってはいるのであろうが、疲労の色は隠せない。それだけでなく体のあちこちに小さな傷を作っているのは、何者かの襲撃を受けたのだろう。だが、彼女は自身の疲労や負傷よりも、残る二人の方にこそ心配そうな視線を何度も送っていた。

 先行する二つの内のもう一人は男性。その腕の中には子供の体。子供には意識がないのか瞳を閉じたまま、身じろぎ一つない。抱きながら疾走している男性自身も、女性と同じく負傷しており、その度合いは女性よりも大きい。

 そして残る一つは、二人よりも少し遅れて、いや、殿として警戒しながら疾走していた。

 

「…………! ちっ!!」

「リオンさん!?」 

 

 殿の男は自身の探知網に無数の反応がかかったことを察知して舌を打ち、先行する二人は反応して振り向いた。

 

「包囲網が狭まっているな。予定地方面はいの一番に抑えられている」

「そんなっ!」

「くっ……どうしますか?」

 

 逃亡劇の終着が近い。それも彼等にとって最悪な終着。

 

 殿を務めているリオンは、探知網の中に、知っている気配を探知して、4人での脱出の可能性が無くなっていることを認めざるを得なかった。

 追撃してきている奴らの組織力。それだけでも厄介だったのに、加えてこちらの手の内を知っている“男”がどうやら始末をつけに来たらしい。

 かつて不死に“近かった”時の自身が鍛えた、“不死狩り”の弟子。

 組織の狙いはこちらが奪取した子供――奴等が造りだした、怪物。だからこそ、“不死狩り”として名をはせているヤツが出張って来たのか。それとも…………

 

「……俺が囮になって引き付ける。はるか、ジンテツ。お前たちは南側のルートを抜けて西に向かえ」

「なっ、それは!」「お父様っ!?」

 

 リオンは先行する二人――娘であるはるかと、その夫であるジンテツへと指示を出した。自分を餌にして逃げろと。

 疾駆を止めて振り向いたリオン。はるかとジンテツも慌てて足を止めて振り返った。

 

「なにをしている。早く行け」

 

 リオンに囮を任せることに躊躇し戸惑う二人に、リオンは声を強くして命じた。

 彼女たちには分かっているのだろう。“今の”リオンをここに残しては間違いなく生きられないということを。

 

「できませんっ! お父様を置いてなんて! もともとこれは私たちが勝手にっ!」

「元はと言えば種を撒いたのは俺だ。そもそもお前たちが関わる必要のなかったことだ」

「お父様……」

 

 現状を直接的に招いたのははるかとジンテツであり、リオンはそんな二人の無謀を助けるために駆けつけたのだ。

 だが元を辿れば、二人がそんな無謀を行うことになった理由はかつてのリオンの失態が原因。

 

 かつて彼自身が、とあるマッドサイエンティストに提供した彼自身の生体サンプル。それが今回の事態を引き起こしたようなものだ。

 “始まりの魔法使い”から連なる始祖の血脈と英雄の血脈。二つを内包したそれはさぞや研究対象として興味深く、弄りがいのあるものであっただろう。ありすぎて研究機関が膨張かつ暴走してしまうほどに。

 自分とは正反対の、この心優しい娘夫婦は、ろくでなしの父親の過去の失態を償うために、こんな危機に陥ってしまったというわけだ。

 間抜けにも、リオンが気づいて駆けつけた時にはすでに二人は逃走困難な状況にまで追い詰められており、リオンの力でかろうじてここまで辿りつけたということだ。

 

「しかしリオンさん。“今の”アナタの力では単独で包囲網を切り抜けることは……」

 

 だがジンテツの言う通り、もはやリオンにかつての最強クラスの力はない。

 “闇の魔法”という土台の力はなく、魔力はかつての半分にも届かない。そんな力では、それこそ二人を逃がすための囮にしかならないだろう。その後に彼が脱出することは不可能。おそらくそれすら命を賭けることになる。

 自分たちが勝手にしでかしたことで窮地に追いつめられ、駆け付けてくれた義父を犠牲にして逃げる。そんなことジンテツにも、はるかにもできるはずがなかった。

 

 だがリオンは自嘲するように笑みを浮かべ、はるかの頭にぽんと手を置いた。

 

「アイツが逝って、それでもまだ俺が生きているのはこの時のためだ、はるか」

 

 本来であれば、とうの昔に死んだはずの自分などよりも、“彼女”の方がずっと長く生きなければいけなかったはずなのだ。優しい心を持ち、人を救いたいと願い、そのための力と技(治癒の魔法)を手に入れようと頑張り続けた彼女。

 存在しなかったはずの自分などのために、彼女が寿命を縮めていいはずなどなかった。

 それを自分のエゴのために命を削らさせ、それでさえ結局目的を果たすことができなかった。その目的も、親を殺すという人でなしの考えだったのだ。真っ当な死に方なんて望めるはずもない。それが子を守って、子のために死ねるというのなら……彼にとってその死に方は十分すぎるほどにまともな死に方だ。

 ――――例え、かつての弟子に殺されるのだとしても

 

「西に抜けたら、お前たちは俺の母を……あの人を頼れ」

「ですがそれはっ!」

 

 逃亡地点が使えない以上、彼らだけで子供を守るのはもはや不可能。かつての仲間も、“白き翼”も、この状況下では頼ることはできないだろう。

 だがあの人なら。リオンと同じく、往時の力を失いこそすれ、それでも最強の魔法使いである不死人のあの人ならば。きっと彼女たちを、子供を守ってくれるはずだ。

 

「大丈夫だ。あの人なら…………行け、ジンテツ。はるか」

 

 笑みが向けられる。親から子への最期の笑み。

 父を呼ぶ娘の声を背に、魔法使いは駆けた。子らを守るために、己の最期を得るために。

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

「隊長! 例の魔法使いが包囲を突き破ろうとしています!!」

 

 部下からの伝令と共に、森の一角に巨大な氷山が出現した。おそらくその氷の魔法によって指揮下にある精鋭たちが幾人もやられただろう。

 

「…………あの人か」

 

 “今の”ヤツの力でよくやるといったところだ。

 突破されようとしているのは、あらかじめ包囲を厚くしていた方角。彼女たちが本来逃走しようとしていた方向だ。それを察知しているだろうに、あえてこれほど派手に突破しようとしている――――おそらくデコイであろう。

 娘たちを逃すために、あの“福音の御子”が死ぬつもりなのか。いや、もはや彼は真祖の力を継ぐ存在ではない。

 だが…………

 

「魔力切れまで追い込む。まずは魔法化装備で攻撃。――――今日が“福音の御子”の最期だ」

 

 本来の狙いは、裏火星のとある研究所から奪取された、“研究の失敗作”の破壊、および犯人の抹殺であったのだが、ヤツを始末できるというのならば、それは“不死者狩り”としての彼らの本来の目的に適う事だ。

 

 命を賭けるというのなら受けて立とう。

 不死者狩りとして、真祖の息子の命を絶つ。

 かつての弟子として、師匠がかつて託した願いをここで果たす。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 魔法使いは二本の氷刀を左右に、縮地を使ってヒット&アウェイによって次々に接近戦を繰り返していた。

 

 

 最初の氷結魔法で初手はとった。

 目をひく巨大な氷山はさぞや追手の注意を集めたことだろう。わらわらと狩人が殺到し、魔法化された軍事兵装で連携攻撃を仕掛けてくる。

 放たれる魔弾は今のリオンでも十分に防ぐことのできるものではあるが、統率のとれた敵の数は甚大。

 初手で放ったような大規模魔法は、魔力の温存を考えればもう使えはしない。

 体術と魔力の運用こそ健在だが、もはやリオンはかつての“福音の御子”ではないのだ。

 かつての彼ならば同じ魔法でも氷刀輪舞――宙に無数の刃を躍らせて周囲の敵を一掃できていただろう。

 放たれた魔弾を五撃、六撃と切り払うが、かつてとは比べるべくもなく脆弱な氷刀は途中で砕け、リオンは瞬動を使って回避。

 なおも迫る魔弾を、防御魔法に回す魔力すらも惜しんで避けるが、躱し切れるものではない。肩に、脇腹に、ギリギリを魔弾が掠め、血筋を刻む。

 逃げることだけを、自分が生き残ることだけを考えれば、手はないこともなかった。けれども今の彼は囮だ。娘を、子供たちを逃がすための囮。

 囮としてなるべく長く注意を引きつけるために魔力を節約しようとするリオンに対し、距離をとりながらも逃さないように包囲を敷く狩人たちは、リオンに魔力と体力を消耗させるような戦術をとっている。

 持久戦は今のリオンの状態を知っていれば、当然の戦術だろう。

 リオンの瞬動術に対しては、魔法科学技術によってブーストされた高機動兵装によって、狩人たちの脚は短距離ながら縮地クラスの瞬動術のような機動力を発揮し対抗している。

 

 

 

 ――――――子供が欲しいと、そう言ったのは、彼女と自分と、どちらが先だっただろうか。

 どちらにしても、おそらく彼女には分かっていたのだろう。リオンが子を望んでいることを。

 母が、そしてネギ()がしてくれたように、命を次に繋げ、託すこと。そんな“人”としての究極の営みを、彼もまた行いたいと願っていたのを彼女は分かっていた。

 そして…………彼女自身の命が、そう長くはないだろうことも。

 人の身に余る神代の力。あの時の解放が結局彼女の寿命を大きく縮めた。

 そのことを誰が責めたわけでもない。

 だが、たしかにそうなのだ。

 リオンの身勝手さが、そしてそんなバカの力になろうとした彼女の優しさが、彼女の寿命を縮めたのだ――――――

 

 

 

 リオンは手元に魔力を集中し、凍気を顕現させて白薔薇の荊を造形した。荊は距離をおいて囲む狩人たちに猟犬のように向かい、敵を貫いた。

 氷刀より魔力の消耗が激しいが、それでも今のまま削り続けられるよりは結果的に消耗が抑えられるはず。

 乱舞する氷の荊に貫かれた狩人たちは、氷の侵食を受けてその体を凍てつかせていく。魔力と魔法が弱体化しているとはいえ、それでもその力は凡百の魔に収まるものではない。そのことにヤツラも気が付いたのか、氷荊の侵略に恐怖を抱いたのか、たじろぎを見せる。

 

 だがまだ終わりではない。

 消耗具合を図っていたのだろう。リオンが消耗してきていると見たのか、あの程度では怯まぬ遣い手が姿を見せていた。

 

「堕ちたとはいえ流石は“福音の御子”といったところか」

「むふぅん。元よりその名の悪名が堕ちることなどあるまいが、これ以上の無様を晒す前に引導を渡すも拙僧らの役目」

 

 阿修羅の腕を持つ亜人。袈裟に身を包んだ僧侶。巨腕の魔族。魔法使い…………白き翼(・・・)持つ世界の救世主たち。

 

 

 

 ――――――ネギがリオンに望んだのは、この世界の行く末を人として見守ることだった。人として見続けた世界は、ある意味では変わり、そして本質的なところでは変わらなかった。

 魔法技術の普及と革新、そして地球規模での環境の変化により、世界の富が再分配された。

 魔法の力を持つ者。金持ちたちは魔法技術を買い、魔法の力を手に入れた、そういった“持つ”者たちは、それらを手にできなかった者たちへ差別、区別を行い、格差が広がった。それは伝統魔法族がかつてのマグルを侮蔑していたものとよく似た光景で、それが拡大したかのようであった。

 結局、ネギや木乃香、明日菜、あやからがどれだけ頑張ろうと、人の性は変わらないということなのだろう。

 醜悪で矮小な、短き定命の人という存在。

 けれどもそれがすべてではない。そんな一面はたしかに世界のあちこちで広がりを見せはしたけれど、限られているからこそ懸命に生き、人を愛し、慈しむ行いもまた、リオンが見てきた人という存在の生き方だった。――――――

 

 

 

 肩口に灼熱のような痛みが奔り、鮮血が吹き上がる。

 影を伝いリオンの死角を衝いた忍びの振るった刃が、リオンの左腕を肩口から切り飛ばしていた。

 

「ッッッ!!!!」

 

 切り飛ばされた腕の代償として、氷結の魔法を撃ち込み、敵を白銀の氷像へと変えた。

 リオンはすぐさま切断面を氷結させてこれ以上の出血を防ぐが、片腕を喪ったことに加えて大量の出血。体がぐらつき、隙が生じる。

 その隙を好機と見たのか、敵は一斉に攻勢を強めてくる。

 魔力を温存するためにではなく、再生は“できない”。そんな力ももうリオンにはないのだから。

 

「――――ッッ!!!」

 

 ――ヴォン、と上空が光り輝き、反射的に敵は空を見上げた。

 空に巨大な魔方陣が描かれ、無数の氷槍が造形された。咆哮とともにその槍が迅雨となって降りかかる。

 槍の雨の中を敵は回避し、あるいは防御しながら逃げるのではなくリオンへと迫った。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 戦場の跡は惨々たるものとなっていた。木々は折れ、地は抉れ、岩は凍りつき、砕けた氷像があちこちに転がっている。

 周囲に追跡者の姿がいないのは、包囲を打ち砕いたから――と考えるのは甘すぎだろう。おそらく子供の抹殺の方をメインに切り替えたのか。

 リオンは片腕を失くし、そして全身の至る所から血を流していた。その姿は満身創痍。体力も魔力もとうに底をついており、片目を切り裂かれ、夥しい血を流している。ズタボロの体を引き摺るようにして歩き、岩を背に預けて崩れるように座り込んだ。

 氷結させて止血させはしたが、そんなものがいつまでも保つはずがない。今のリオンはそんな存在なのだ。

 半分になった視野が、さらに紅く濡れて狭まっている。口元から吐息と共に血霧が溢れる。

 

 ――はるかは、ジンテツは、子供と共に無事にあの人の所に辿りつけたか――

 

 包囲網は脱出しただろう。だがあの人の感知網にかかるほどまで行くことができたかどうかは分からない。

 ただ、願うだけだ。

 

 ――自分よりも先に死ぬな――

 

 もう体は動きそうにない。

 霞みそうになる視界に、一つの影が落ちた。

 

「――――ここで、お前か。ディズ・クロス…………」

「お久しぶりです、マスター……いや。リオン・スプリングフィールド」

 

 リオンは途切れがちな言葉で、かつての弟子の名を呼んだ。

 世界救世軍“白き翼”、契約傭兵、ディズ・クロス。

 

 もはやリオンには顔を上げる力すらも残されておらず、ディズはそんな弱々しいかつての師を――敵を見下ろした。

 こんな再会を考えていなかったとは思わない。なぜならこの力はそのためのものだから

 

 彼がディズを鍛えたのは、彼のかつての目的――最強の不死者、吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを殺すためだ。

 リオンが鍛えていた“不死殺しの焔”が真祖を殺し得なかったとき、わずかでも殺す可能性を残すための保険。そして同時に、事を為した後、もう一体の吸血鬼を――真祖の血をひくリオン自身を殺させるため。親を殺した外道を屠るための道具。

 だからこそ、この再会は“かつての”彼の望み通りであり――――そしてディズもそれを知っていた。

 だが

 

「なぜ、出てきたのですか。今のアナタには……不死狩りの俺にとってアナタには、殺す価値などなかったのに」

 

 不死者とは、人の世に騒乱を起こす害悪である。

 かつて世界を滅亡に追い込んだ“始まりの魔法使い”然り、ヨーロッパ魔法族に暗黒時代を築いたヴォルデモート然り、使徒へと転じたグリンデルバルド然り。

 吸血鬼の真祖も、その血を継いだ福音の御子も同じだ。

 だがその力を失った、ただの魔法使いである“リオン”は違う。

 そのまま歴史の流れに埋もれて消えていくのであれびなんの問題もなかった。 

 なのに…………

 

「やはり、死ぬつもりだったのですか? 彼女が……咲耶が死んだから」

 

 現れた以上、逃すわけにはいかない。

 それにあの“失敗作”は騒乱を引き起こす。

 リオン・マクダウェル・スプリングフィールドの血から造られた失敗作。英雄(スプリングフィールド)の血脈を受け継ぐだけでなく、魔王(マクダウェル)の――“始まりの魔法使い”の系譜にも連なる素体。

 あれを連れ出すことに手を貸した彼は、やはり不死者と同じく、人にとっての害悪でしかなかったのかもしれない。

 

 あるいは、壊れてしまったのか。

 以前の彼の望みはもはや叶うことはなく。残骸のような彼を支えた伴侶を失ったことで、世界に災厄をもたらすことを望むようになったのか。それとも、全てを終わらせたくなったのか。

 

「…………俺は、死に損ないだ。親の命と、力を喰らって、みっともなく死に損なった………人としての命を、もらった。だから……簡単に死ぬわけには、いかねえな」

 

 死ぬべき時に死ななかった――――生かされた。父に、そして母によって。

 だから簡単には死ねない。

 たとえ“アイツ”が先に逝ってしまっても、命をもって生きながらえさせられた命を、簡単に投げ出すわけにはいかなかった。

 

「ならばなぜここに来た!!? 来れば死ぬと分かっていたはずだっ!!!」

 

 だからこそ納得できるはずがなかった。

 リオン・マクダウェル・スプリングフィールドで“あった”彼だからこそ、あの実験個体を残しておくことの危険性を理解しているはずなのだ。

 それを持ち出せば必ずや抹殺部隊が追手としてどこまでも彼等を追うことを理解していたはずだ。

 

 彼だけが逃げるのならばともかく。囮として誰かを守り、逃がすことのできるほどの力はもう彼にはなく、死という結末を避けることはできないと分かっていたはず。

 

「だからだよ」

「なに?」

「みすみす子を死なせる親なんていない」

「――ッ。」

 

 分かっていて、簡単に命を投げ出すことなどできないと決めていて、けれどもリオンはこの結末に辿りついた。

 

「…………それで自分が死んでも?」

「天秤にかけるようなもんじゃ、ねえんだよ。ただ、子が死ぬところは見たくない。それだけだ」

 

 死という結末を選んだのではなく、我が子の死という結末を見たくないがゆえに。

 リオンの言葉に、ディズはギシリと歯を噛んだ。

 

「――――ッッ! …………ッ。ならば、ここで終わりです。リオンさん」

 

 どちらにしても、再生能力を失ったリオンの体はもう、命を繋ぐことはできないだろう。

 不死者である師に鍛えられた弟子、不死狩りとして、ディズは腕を掲げた。

 

 リオンは自身に最期をもたらす魔法の発動を察して、薄く笑った。

 

「――――っ」

 

 魔法が、放たれた。

 胸を穿ち、心臓を貫く白杭の穿孔魔法。血が噴き上がり、衝撃にリオンの体が力なく弾んだ。

 撃ち抜かれた心臓の、周囲の空間が歪み、潰されていく。

 吸血鬼の不死者であったとしても、心臓を潰されれば動きは止まる。まして再生の核となる起点を消滅させられれば、復活速度は極めて遅くなる。

 魔法は人としての死だけでなく、念には念をいれているのか、それともかつての師に鍛えた力を見せつけているのか、不死狩りとしての力まで込めたようだ。

 そんなことをしなくとも、もはや死にかけの彼に、吸血鬼ではなくなった彼に、心臓を再生させることなどできるはずもない。

 貫かれた心臓を核にするかのように、渦を巻く暗黒が激しさを増していく。その渦は徐々に大きくなり、リオンの体を呑み込んでいく。光も逃さぬ漆黒の世界へと。

 

 

 最も厄介で危険だった敵は消えた。

 肉塊一つ残さず――――これ以上その血を利用できないように消滅した。

 

 ディズ・クロスは瞑目するように目を伏せ、そして次に開いた時には、再び“不死狩り”として、なすべきことをなすために、西へと視線を巡らせた。

 

「マギアエレベアは野放しにしてはならないものだ」

 

 この世界に今存在するマギアエレベアの保有者は“2体”。

 一つは真祖の吸血鬼、ダークエヴァンジェルの中に。そしてもう一つは………………

 

「絶対に逃がしはしない」

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 終端のウタカタに見えるのは在りし日の彼女の姿。

 その顔は記憶にあるとおりに微笑みかけてくれていて――――

 

「――――――」

 

 ――――名前を呼ばれた気がした。

 

 今でも鮮明に思い出せる彼女の顔は、どれも笑顔だった。

 初めて会った時の笑顔。初めて遊んだ時の笑顔。再会した時の笑顔。子供ができた時の笑顔。

 最期の時も、恨み言を言ってよかったのに……お前のせいで死ぬのだと、怒ればよかったのに、それでも見せたのは笑顔だった。

 

 花の舞う中、笑いかけてくれている彼女は、彼が来るのを待っていたようで――――ただ、やはり来るのは少し早かったらしい。

 ぷんぷんと頬を膨らませ――――それでも嬉しそうに彼に飛びつき、彼の腕に自身の腕を絡めた。

 懐かしく、愛おしい重み。

 リオンは少し驚いた後、泣きそうな顔で微笑み、見上げてきた彼女と視線を合わせた。

 

 悠久など必要ない。

 ただ、この温もりと、重さだけが、欲しかった。

 

 いつかのように、リオンはふっと微笑み、咲耶の頭を撫でた。

 

 彼と彼女の物語の終着。

 これは永遠に続く物語ではない。

 過去から繋がれ、そして未来へと繋いでいく物語の、ほんのわずかな時の物語。

 

 

 

 

 

        fin

 

 

 

 




魔法先生ネギま! からUQ holder!へ。
完全に原作通りにつながる物語ではないため、時間軸など異なる部分がありますが、幾つもある並行世界の一つにあったかもしれない物語と結末として楽しんで頂ければ幸いです。

リオンと咲耶の結末については、否定的意見もあるかと思いますが、人である以上、必ず生としての終わりはあるものとして描きました。

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